悪戦苦闘の採取
「ぬぐぅ……」
呻くような声をあげながら隊長は目を覚ました。
だが、意識を取り戻さなかったほうが良かっただろうに。
また、彼女になにかされるはずだ。
「うぅ……なんか
オボロ隊長は悪夢からでも目覚めたような表情をし、自分の頭をトントンと小突いた。
たしかに隊長の言うとおり、最悪なことはされていた。脳に電流を流されてゴキブリのごとき動きをしていたのだから。
まあ、取り敢えず隊長に異常はないようだ。普通に喋っているあたり、脳にもダメージはないだろう。
だが、さっそく次の実験が始まろうとしていた。
いつの間にかオボロ隊長はマエラさんが準備した巨大万力にセットされてしまった。
「おいおい、本当に大丈夫なんだろうな?」
「ひひっ……安心して。うまくいけば、くびれた腰と
さっきの実験のこともあり隊長は不安なようすだ。
しかしマエラさんは気にもせず躊躇ない。
「この万力の圧力で体を成形するのよ。それじゃ、いくよ」
そして、お構いなしにマエラさんは万力の手前にあるレバーを回し始めた。……なんか嫌な予感。
―――ゴリゴリゴリ! メキョメキョ! コキャッ!!
「ひぎゃぁぁぁ!
「ほれ男だろ、我慢しろ」
圧迫される隊長から、なんか砕けるような音がしている。
しかし隊長の激痛の叫びなど気にもせず耐えるように言いつけ、マエラさんはレバーを回し続ける。
そして数分程圧迫され、ようやく隊長は万力から解放された。
「あらら、効果はないみたいだね」
マエラさんの言うとおり、隊長の体が変形することはなかった。いや、成功したら成功したで大変なことになってたと思う。
そしてオボロ隊長は脅えてうずくまってしまった。よほど、あの万力がヤバかったのだろう。その姿は、まんまプルプル震える茶色の毛玉である。……なんか面白い。
「やぁやぁ諸君、お待たせ。遅くなったねぇ」
やっとエリンダ様が帰ってきた。この時をどれ程待っていたことか。
これでやっと拷問染みた実験が終わる。隊長は救われたのだ。
ふと、その彼女の隣に小柄な女性? がいることに気づいた。見た目は幼女そのものである。
「あっ! 姉さん……ひひっ」
小柄な女性を見て、そう言ったのはマエラさん。つまり姉妹なのか。
てか、このちっこい人が姉なのか。身長はナルミと変わらないぞ。
姉妹にしては似てない。……とくに体とか。
「ちょっとマエラ、ダメじゃない大事なお客様に! その方々はエリンダ様に従えてる人達なんだから」
しゃべり方から察するに姉は常識的な人だな。
もしも姉妹そろって、実験好きだったら惨事になっていたかもしれない。
「いやいや、失敬。装置の実験に夢中になっていたもので……ひひっ」
それにしても先程の装置類は何の目的で開発したのだろうか?
さっきの実験は隊長達じゃなかったら死んでいたぞ。……たぶん。
マエラさんは装置を片付け、俺達に一礼すると街の中に去っていった。
「妹が大変な失礼をしました。わたくしは、この街の町長であり研究開発の責任者、マイルと言います」
小柄な女性、マイルさんは俺達に頭を下げ自己紹介をする。見た目は子供だが礼儀正しい、おそらく俺よりも年上だろう。
俺達も軽く挨拶を済ました。
「この街では
エリンダ様がスチームジャガーがどんな場所なのか説明してくれた。
なんでも、この街の地下から燃石と言う燃料が採掘されるらしい。それを利用した蒸気機関や発電機の、おかげで工業が進歩していると言うのだ。
それを裏付けるように街内ではレールが敷かれ、蒸気機関車の用な乗り物が行き交っている。
「コレが燃石です」
そう言って、マイルさんは俺達の前に黒い塊を差し出した。見た目は、まんま石炭のようだ。
だが異世界のものなので、地球の石炭とは成分なんかは多少違うだろう。
「ガーボの油脂以上に優れた燃料なのです。でも、このままでは使用しません。一度溶かして成分を調整してから再凝固させたものを燃料にします」
マイルさんの話によると、燃石を融解させて不純物を抜き取り、再び固形化することで、より強力な熱を発するようになるそうなのだ。
また最近になってスチームジャガーだけでなく、他の街からも豊富に燃石が取れるようになったらしい。
そのため人々の生活にも少しずつ、この新型燃料が普及してきてるそうだ。
「マイルちゃん達のおかげで、この領地は大きく発展できたのよ」
「すべては領主ペトロワ家が、援助してくれたおかげです」
二人の会話から考えるに、エリンダ様の助力でマイルさん達は、より良い実験をすることができるようになったのだろう。
「わたしは、手伝いをしただけだわ。ここの人達が頑張ったからよ」
「エリンダ様の助けと、
ここでも大仙の話か。やはり、その国のことが気になる。
思いきって聞いてみた。
「エリンダ様、大仙とはどのような国なのですか?」
「じつは、オレも良く知らないんですよ。先祖は大仙に住んでいたんですが、大陸に移住してきたもので」
「フゲェ?」
俺だけじゃなく、オボロ隊長やベーンも知らないのだな。
大仙とは、ナルミの出身国で遥か東に存在する島国。それぐらいしか俺は知らん。
彼女は、
しかし、とんでもない科学力と技術力を持っていることは確かだ。
そして隊長の先祖が移住した話だが、名前から察するにそんな気はしていた。おそらくギルドマスターのグンジさんもそうだろう。
たぶん和風な名前をしている人達は大陸に移住してきた人々の子孫なのだろう。
「ごめんね、わたしも詳しいことは分からないの。ただ東の果てにある島国で驚異的な科学技術を持っていることしか知らないの。お祖父様からの代から交友は、あるんだけど……貿易と多少の技術を教えてくれるだけなの。警戒心が強いのか、大陸に来る人も少ないわね」
うむ、エリンダ様でも詳しくはわからないか。
話から察するに、ちょっとした貿易だけで極端な関係を結んでるわけではないようだな。
するとマイルさんが口を開いた。
「わたくしも詳しいことは存じませんが、この大陸の数百年先を行く科学技術を誇り、火山からエネルギーを汲み上げる機構、天にも達しそうな超々高層建造物、大陸まで届く投擲器、金属の巨兵、などを保有しているという話を聞きました」
その話が本当なら、ぶっ飛んでるぞ。
いずれにしろ、とんでもない国であるには違いない。
しかし、その国と関係を持っているからこそ、他の領地を差し置いてペトロワ領は近代化できたのだろう。
「まあ、その話はこれぐらいにしましょう。マイルちゃんから実験と器具の使用許可はでたから、さっそく体組織の採取を始めるわ!」
エリンダ様の言うとおり。
今は余計なことを考えていても無意味なので、目的を成し遂げよう。
……でも、なにされんだろうか?
俺は街の付近で腹這いになり背中を工事されている。体組織を採取するためにだ。
本当やってることは、工事そのものである。
オボロ隊長が息をきらして、マガトクロム製のツルハシで俺の頭を殴打している。わずかに衝撃を感じるだけ。
ちょいと心地よい。
「くそ、ダメだ頑丈すぎる。道具がもたねぇよ」
と、先端が折れたツルハシを放り出して隊長はその場で座り込んだ。
「プガァァァ」
ベーンは掘削機で俺の背中を削ろうとしているが、それも効果なしだ。掘削機の振動を受け続けたためか気分が悪くなっている様子だ。
なにげに、しっかりと安全ヘルメットと腹巻きをつけて作業してる。……妙にこだわってんな。
「んー、やっぱりダメかぁ。ムラトくん、頑丈すぎるもんねぇ」
「それでは、これならどうでしょう。エリンダ様」
「……それは?」
「新型の兵器です。最近やっと生産性が向上した急激に燃える粉末の力で、マガトクロム製の玉を飛ばすんです。理論的には防壁を破壊することができます。威力だけなら従来の武具をはるかに凌ぎます」
よいしょよいしょ、とマイルさんと何人かの男性スタッフが車輪の付いたデカイ筒状のものを押して持ってきた。
旧式カノン砲のようなものだ。しかも、かなり大口径。
文明的に見れば、この世界では最先端の兵器と言えるのだろう。
この世界では魔術があるためか、火器などは今まで見たことがないからな。
隊長とベーンがカノン砲を動かして寝そべる俺の脇腹に照準をつける。
ファンタジーな異世界に来て剣や魔術ならともかく、大砲をぶちこまれるとは思いもしなかった。
「照準は
マイルさんが注意を呼び掛けると、全員が耳をふさぐ。それを確認すると導火線に火を放って、彼女自身も耳をふさいだ。
ズドーンっと凄まじい轟音と共に砂煙が舞い上がり、放たれた高強度金属の球体が俺に着弾する。……衝撃が伝わるが、苦痛などは感じない。やはり強靭な皮膚と巨体により衝撃が吸収され全体に拡散されてしまうのだろう。
俺にぶつかったマガトクロム製の砲弾は地面にボトリと落下してゴロゴロと転がった。
「うそー! コレでもダメなの……」
自分達の技術力が通用せず唖然とするマイルさん。
そもそも旧式カノン砲が通じるはずがないのだ。
日本にいたころ、
「やはりダメです、エリンダ様。お手上げです」
「ホガァァ」
手詰まりになり、両腕を上げ降参をアピールするオボロ隊長とベーン。
しかしエリンダ様は、まだ諦めてない様子。
「こうなったら最後の手段。ムラトくん、口を開けて、舌をだして」
「口を開けて、舌ですか?」
領主様の指示に従いベロを出すと、エリンダ様の手にはメスのようなものが握られていた。
しかも、ただのメスではないようだ。彼女の背後には大型の装置があり、メスと配線で繋がっている。
そして、メスの刃がもの凄い振動していた。
彼女が手にしているのは高周波メスのようだ。
「ちょっと、ゴメンね。すぐ終わるからね」
子供に注射でも射つような台詞を言いながら、エリンダ様は俺の舌から採取を始めた。ちょっとだけ、ピリッとする。
「さすがに内部組織は軟性のようね。……ようし取れた」
……初めから、そっちの採取方が良かったのでは。
「あんまり竜の舌を切るとかは、したくないからね。どうしても可愛そうだから……」
大砲は良いのに、舌を切るのは嫌なんですね。まあ、俺のことを思ってのことだし……ただ隊長達の苦労はいったい。
すぐさま所員達が解析器を運んできた。
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