夕陽の帰還

 下衆どもの命乞いほど、見苦しいものはない。

 腹も括らずに、今まで手を汚してきたのか。

 いずれにせよ、目の前で転げ回るドラゴンハンターを生かしておく気は毛頭ない。

 そして連中の処刑係である奴等が騒いでいる。血の臭いに周囲の烏共は興奮しているのだ。


「今まで手を汚してきたのだろう。だったら、汚ねぇ死に方を準備しろ。そおら、魔物どものドラッグパーティーが始まるぜ」


 俺がそう言った瞬間だった、いきなり烏達はハンター達の顔面に飛び付いた。

 奴等はくちばしからカテーテル状の舌を伸ばし、それをハンターどもの目の中に潜り込ませた。

 幻感覚烏サイケクロウはカテーテル状の舌を眼窩に挿入し、そこから脳に侵入させて微弱な電流で刺激して神経伝達物質を放出させる。そして脳味噌もろとも吸い上げてしまうのだ。

 脳内で生成されるβエンドルフィンはモルヒネの数倍作用が強いと聞く。その摂取が、よほど気持ちよいのか烏達は顔をたるませゲギョギョギョと笑っているのなんなのか分からない不気味な鳴き声をあげる。

 なかには昇天でもしたかのように、ギョロリと目を見開き、地面を転げ回っている烏もいた。

 カテーテルをぶちこまれなかったハンター達は、顔面蒼白で烏達のパーティーを眺めていた。仲間達の脳が吸い上げられる光景など、おぞましいかぎりだろう。

 そして脳内麻薬を吸ってから、烏達はご馳走にありつく。幻感覚烏は脳内を吸引し高揚してから、獲物を補食するのだ。

 五人のハンターが脳味噌を掻き回され事切れたが、まだ数人が残っている。

 ……はっきり言って、カテーテルをぶちこまれなかった連中の方が気の毒だ。

 生きながら烏共に喰われていく運命となるからだ。

 烏達は時間でも停止したかのように、ピタリと動きを一時的に止めると、突如甲高い鳴き声をあげながらハンター共をついばみ始めた。


「ぎゃあぁぁ!」

「ぎぃっ! ……ぐうぅ!」


 ある者は目玉を抉り出され、またある者は腹を破られる。

 二羽の烏が腸の奪い合いをしている。ハンターは、その光景を呻きながら見ることしかできない。自分の内臓で綱引きされるさまを。

 そして、この魔物の牙はノコギリのようになっており骨まで削って食す。実際、目の前で剥き出しになった頭蓋骨を削られて悶え苦しんでいるハンターがいる。

 そのため食い残しは、ほとんど残らない。この烏達は魔物ではあるが、自然界に発生した死骸の処理を行うため環境を保つのに重要な役割があるのだ。

 ハンター共の激痛の叫びそして血の臭い、その凄惨な光景を見ないようにトウカは目をつむり耳を覆う。

 アドバ隊長もリズリに見せないように、彼の顔をしっかり押さえこんでいた。


「残さず食ってもらいなぁ」

「フギャアァ」


 唯一、俺とベーンだけは食事風景を最後まで眺めていた。自分達が何をしているのか、それに目を背けないために。

 数十分程でハンター達は食いつくされた。

 そして風船のようにパンパンに膨れ上がった烏達は、その場で眠りについた。

 残ったのは血が染み込んだ地面とハンター共の身に付けていた装備や装飾品のみだ。




 リズリもアドバ隊長も傷だらけだが、命に別状はないようすだ。

 早く檻から出してやらねば。

 鍵が見当たらないので、仕方なく力づくで檻を破壊することにした。

 ベキッ!

 容易くひしゃげ、千切れてしまった。金属と言うか、飴細工だなこりゃ。


「マガトクロム製なのに……」


 強固な金属製の檻が事も無げに壊されたことに、アドバ隊長は唖然としているようだ。

 全力など出していないのだが……。

 檻の中の二匹は姿を人に変えて出てくる。するとトウカが竜化し地面に降り立ち、また人化するとリズリとアドバ隊長に泣きながら抱きついた。

 一番彼女が彼等を心配していたからな。


「ご、ごめんなさい……私を逃がすために……私、なんの役にも立てなくて」

「トウカ様。ボク達は大丈夫ですから」

「そうだ。これくらい問題ない」


 とは言うもののリズリもアドバ隊長も足元が覚束ない。

 二匹をゆっくり座らせると、ベーンとトウカは彼等に包帯を巻き始めた。

 ベーンは常に応急処置キットを持ち歩いているため助かる……あと、なぜか死体処理道具までも。

 俺は、痛い痛いと言いながらトウカに包帯を巻かれるリズリに視線をやる。

 赤面してないあたり落ち着いたようだな。そんな小さい体して、歳上の女の子を守るとは男として上出来だ。

 ひととおり二匹の応急処置も終わり、全員を頭に乗っけて帰路につくことにした。

 周囲もだいぶ紅く染まっていた、都市につくのは日が沈む直前ぐらいになるか。

 ……ベーンはどんな包帯の巻き方をしたのか、アドバ隊長がミイラのようになっていた。





 予想通りゲン・ドラゴンが見えてきたのは太陽が沈む直前だった。

 途中でリズリ達とは別れることにする。


「気を付けてな。あとでしっかり、エリンダ様に傷をみてもらうんだぞ」


 俺は、そう言って竜化した三匹が飛び去る姿を見送った。

 本部の建物に目をやると、玄関のところにオボロ隊長とニオン副長がいるのに気づいた。

 やっと二人とも帰ってきたようだな。問題なく緊急の依頼を終えたようだ。つーか、あの人達が失敗するわけないか。


「ムラトー! ナルミから聞いたぞ。大丈夫だったか? リズリ達は無事だったんだな!」


 隊長が走り寄ってくる。

 ナルミからリズリ達を救出に向かったことを聞いて、俺達が帰ってくるのを待っていたのだろう。


「はい、大丈夫です。全員無事です」


 俺は寄ってくる隊長に返答した。

 そして、もう一人猛烈な勢いで走ってくる姿が、俺達を一番心配してくれていた忍者娘だ。


「うえーん! 心配したよぉ、ムラト。帰って来なかったらどうしようと……」

「おいおい。そんなに泣くなよナルミ。必ず帰ってくると約束しといただろう」


 ナルミは俺の足下でエンエンと泣きだした。ありがたい、俺のことをそんなに心配していてくれたのか。

 そしてアサムがやって来ると、ベーンは俺の頭の上から降りて彼に抱きついた。


「お帰りなさい。ベーン」

「アヨヨヨ」


 やれやれ、まるで俺達は飼い主達の元に帰ってきたペットのようだな。


「なんだか妬けるぜぇ」

「彼等をスカウトしたのは、ナルミ殿とアサム殿ですからね」


 隊長と副長が、少し羨ましそうに俺達のことを眺めていた。

 ふと、隊長に目を向けるとあることに気づいた。腕に包帯を巻いているのだ、しかも血が滲んでいる。

 魔物ごときの討伐で、あの人が傷を負うとはとても思えない。……やはり、あれが絡んでいるのか。


「……隊長」 


 今回の緊急依頼に関して問おうとしたとき、都市から俺に向かって飛翔してくる存在を察知した。トウカだ。

 するとトウカは俺の頭に着地して、全身を光に変えて人の姿となった。

 もはや俺の頭はヘリポート状態だな。


「突然で申し訳ございませんムラト様。エリンダ様が、お呼びです。石カブトの隊長様といらっしゃってくださいとのことでした」

「エリンダ様が? 分かった。すぐに行く」


 ドラゴンハンターを倒したことについてだろうか? 

 オボロ隊長には、おそらく蛮竜のことでだろう。

 飛び立ったトウカを見送ると隊長に視線を向ける。


「隊長!」

「ああ聞こえた、すぐ行くぞ。それにしてもムラト、あんな可愛い子をどうやって勧誘したんだ。隅に置けねぇ奴だな」

「何を言っているんです! 俺は彼女を助けただけです」

「へへっ冗談だ。良くやったなムラト」


 一応、褒めてくれる隊長。

 おおかた不在の間に、なにがあったのかナルミかアサムに聞いたのだろう。

 隊長を頭に乗っけて、反対側にある北門を目指して足を進めた。

 ……あれについては、またの機会にしよう。

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