ドラゴンハンター

 マガトクロム製の檻の中で、綺麗な体毛におおわれた二匹の竜が横たわっていた。二匹とも相当に暴行を受けたらしく、全身がぼろぼろであった。美しい毛の一部が血で汚れている。


「……ぐっ、すまない、リズリ。竜達を統括する奴が、こんなざまで……」


 大柄な竜が子竜に話しかける。彼は己の力不足に憤りを感じていた。


「……アドバ様、大丈夫ですよ。きっとトウカ様が助けを呼んでくれます。それにトウカ様だけ、助けられただけでも……」


 リズリは謝るアドバに弱々しく視線を向けた。竜の少年は自分の身よりも、少女が逃げ出せたことに満足している様子である。

 すると二匹の檻の近くに、竜の素材で作られた装飾品を多数ぶら下げた男達が寄ってくる。


「希竜が二匹とは、こりゃとんでもねぇ金になるぜ!」

「さすが竜達が多く住む地域だ。遠路遥々来ただけのことはある」

「だが、雌の希竜を逃がしちまったのは惜しかったなぁ」


 男共はニヤニヤと笑みをうかべ、檻の中の竜を眺めた。ただでさえ希少な竜である希竜を二匹。笑わずにはいられなかった。

 その美しさゆえ、愛玩用としても毛皮用としても、とんでもない金額で売買できるのだ。

 とくに片方は子供である。若ければ若いほど高額になる。

 ゆえにハンター達はリズリに注目した。

 今は血で少しばかり汚れているが洗えば問題ない。若い毛はそれは美しく柔らかい、それを欲しがる連中は多い。

 これは、かなりの金額になる。ハンター達の頭の中では欲望が渦巻いていた。

 しかし、そのときいきなり震動が襲った。しかも一度だけでなく、何度も続き、揺れの強さもましてきた。


「おい! なんだありゃ!」


 一人のハンターが、それに気づいた。それは巨大な山がこちらに向かってきている情景。

 捕まえた希竜に夢中で、それの接近に気付くのが遅れたのだ。


「グゴオォォォ!!」


 そして、鼓膜を破壊しそうなほどの咆哮が響き渡った。


× × ×


 触覚を研ぎ澄ます。

 ハンター共の会話が聞こえる、間に合ったぜ。まだそこにいるな!


「グゴオォォォ!!」


 俺は咆哮をあげながら全速で接近した。

 肉眼でハンターが確認できる距離にたどりつく。

 ドラゴンハンターと言われるだけあって竜の鱗や爪や牙を使用したと思われる装飾品をつけている奴等だ。

 俺が発した地響きで、さすがにハンター達も向かって来ている俺の存在に気づいたようだ。


「ばっ、馬鹿な! 冗談だろ!」

「デケェなんてもんじゃねぇ」

「逃げた雌の竜が仲間を呼んできたのか?」

「いや! とんでもない僥倖だ! あの新種の竜も捕まえるぞ!」


 個々に何かを叫んでやがる。

 そしてハンター共の傍らに大型の檻があるのを見つけた。中には竜の姿をしたリズリとアドバ隊長がいた。

 相当に痛めつけられたようでボロボロになっている。怒りが込み上げ、俺はハンター共を睨み付けた。

 やってくれたな、クズ共が!

 奴等との距離が縮まったため、歩みを緩めた。

 俺の体から降りたベーンが、トップバッターで突っ込んだ。

 すると一人の男が懐から音叉のような道具を取り出した。


「馬鹿が! こいつを食らわしてやる」


 男は手にした音叉を鳴らすと詠唱を始めた。何かの魔術を唱えているようだ。

 その魔術が発動した瞬間、音叉の音が大きくなった。


「フギィィ!」

「きゃあぁ!」


 その途端に突っ込んだベーンと俺の頭の上にいるトウカが苦しみ出した。二人だけじゃない、檻の中にいるリズリとアドバ隊長までもが苦悶の叫びをあげている。

 あの音叉がナルミが言っていた、対竜用の道具なのか?

 音叉を持った男はゆっくりと、苦しむベーンに近づいてきた。その後ろに何人かの仲間も続く。


「陸竜は高く売れねえから、いらねえな」


 音叉を手にした男はベーンにそう吐き捨て、俺の方に視線を向ける。

 ニヤニヤと下品な笑みを見せながら、俺の体を吟味しているようだ。


「ほらほら。苦しい思いはしたくないだろ? 大人しく言うことを聞け。……それにしてもデケェな」


 そう言うと男は、音叉の音量をさらに上昇させた。


「グギィィィ!」

「いやぁぁぁ!」


 ベーンとトウカが頭を押さえて絶叫をあげる。

 あの音叉から発せられる音波の影響だろう。

 音叉から竜の感覚に作用する振動を発生させて、それを魔術で増幅させているにちがいない。


「何をしても無駄だ! 竜の骨から作った、この音叉はお前達の骨に伝わり竜の感覚器にダメージを与える。防ぐのは不可能だ」

「じゃあ、その音を止めればいいだけだろ」


 そう言って俺は足をもち上げ、音叉を手にしたハンターの頭上にもってきた。


「へ? お前、しゃべっ……」


 問答無用だ潰れて死ね。

 ズンッ!

 虫のごとく音叉を持ったハンターを踏みつぶした。怪獣の踏みつけだ、助かるはずがない。


「馬鹿な! あのデカイ奴には効いてないのか!」


 ハンター達にとっては予想外のことがおきたのだろう、だらしなく狼狽えてやがる。

 頭痛から復帰したベーンが慌てふためくハンターの達に向かって駆け出した。


「フガアァ!」


 かなり激怒しているな。雄叫びをあげるベーンは一人のハンターを背後から襲う。ハンターの腰のあたりに爪を突き立て、グリグリと手をめり込ませた。


「ぐぐっ……ぎぃ!」


 腰部を抉られた男が苦痛の声をあげる。

 そしてベーンは血に濡れた何やら白い物体を抜き取った。

 ……あれは腰椎か。


「ぐがぁ……」


 腰椎をぶっこ抜かれた男は胴体がグニャリと二つに折れ曲がり地面に崩れおちた。

 ベーンはすぐに次の獲物を視界におさめていた、そいつの脇腹に指を突き入れて、数本の肋骨を無理矢理に抜き取った。

 高速振動する爪があるからこそ可能な芸当だろう。その威力は皮膚を容易く裂き、骨を角砂糖のように砕く。


「ぐぎゃあぁぁ! ぐがっ! ごっ……」


 肋骨を抜かれた瞬間に男は絶叫するが、だまらせるようにベーンは抜き取った肋骨を男の喉に深々突き刺して絶命させた。


「うあぁ!」

「……なんなんだ、こいつ」


 それを見ていたハンター達の阿鼻叫喚が空気を揺らす。

 だがベーンの怒りはおさまらないようだ。受けた痛みは、数倍にして返すつもりだろう。仲間の分も含めて。

 ベーンはまた別のハンターに攻撃の矛先を向けた。今度は首にかけているポーチから赤黒い玉を取り出すと、それを投げつけた。

 それを顔面に受けるハンター。玉が割れると何かが飛び出した。それは赤黒い粘液。


「ぎぃやぁぁぁ!!」


 粘液を被った男から煙がたちこめる。

 玉の中身は粘着質の溶解液だった。

 おそらく成分は蛮竜の溶解液と同じものだろう、それに増粘性を加えたようだ。

 たぶんベーンが体内で合成したものだ。これをこしらえるために、蛮竜の溶解液を舐めて成分を調べていたのだろう。


「ぎゃあぁぁ!」


 まとわりつくような溶解液をかけられた男の頭部は、煙をあげながら頭蓋骨を露にした。

 生きながら溶かされるとは、さぞ地獄だろう。


「い、嫌だぁ……」

「逃げろー!」


 逃がしゃしねぇよ。


「逃げんなよ」


 俺は力を込めて地面を踏みつけた。

 その震動で逃げるハンター達を転倒させた。そして横になった連中の脚に精確に照準をつけて、光線を照射した。一人一人丁寧に脚を切断していく。

 悲鳴と鮮血が散らばる。緑だった草地が、瞬く間に赤に染まった。


「ひぎゃあぁぁ!」

「あ、脚がぁぁ!」


 ハンター共は這いずり回りながら悲鳴をあげ、俺を見上げてきた。激痛で表情が歪んでいる。


「頼むぅ。命だけは……」


 一人の男が俺の足元に這いずりながらよってきた。

 今さら命乞いなど聞き入れるつもりはないし、楽々と息の根をとめる気もない。


「……とどめは刺さねぇよ。だが残飯処理係が来ているぜ」


 その処理係とは、俺の触角に止まっている奴等だ。それは烏のような生物。

 しかし烏と呼ぶにはあまりに巨大、翼長は二メートルにもなる。

 触角だけではなく、上空にも数羽ほど飛び回っている。そいつ等は地上に降り立つとハンター達にジリジリと詰め寄り始めた。


「なんだ? こいつ等?」


 竜には詳しいが、魔物には詳しくないようだな。

 そう、この巨大烏きょだいがらすは魔物だ。

 こいつ等については俺が説明してやろう。

 この世界に来て魔物については色々と学んだからな。


幻感覚烏サイケクロウと言う魔物だ」


 牙があり、目が四つある。目の焦点はあっておらず、表情も一羽一羽バラバラ。怒ってたり、笑ってたり。

 俺は説明を続けた。


「この魔物は死にかけの生物をあさる。そしてエンドルフィンやドーパミンを好んで摂取する習性がある。だから、こいつ等は常に高揚と興奮状態でな。今この魔物共は、てめえ等の脳ミソの中にある神経伝達物質を欲しがってるんだよ」


 ハンター共の顔が青ざめていく。どうなるか、うすうす分かってきたのだろう。

 奴等は恐怖で震え上がっているが、まだ説明は終わらん。


いにしえでは、この魔物は公開処刑に利用されていたらしいぜ」


 説明が終わると、ハンター達は絶叫しながら必死に再び命乞いを訴え始めた。このあと、どうなるか全て理解したのだろう。

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