都市防衛

 現状の戦力は完璧とまでとは言えない。

 オボロ隊長とニオン副長はギルドからの依頼で別の領地にいっている。なんでも緊急の依頼で、危険な魔物が姿を現したらしく救援に呼ばれたのだ。そのため、二人はしばらくの間は不在だ。

 つまり石カブトは、ナルミ、アサム、ベーン、俺の二人と二匹だけ。

 少しの間、このメンツで現状を凌ぐ必要がある。とは言え飛竜隊もいるので、蛮竜どもが襲来してきても、どうにかなるだろう。

 さっそく、その都内の飛竜達が北門近くに召集されて、彼等に今後の警戒体制について竜の姿のアドバ隊長が説明している……俺の頭の上でだ。

 


「いいか良く聞け。半分は防壁の上に乗って周囲を警戒するんだ、もう半分は北門近くで休息を兼ねた待機だ。定期的に警戒組と待機組で交代するんだ、いいな。おれと石カブトのデカイ竜は、一番重要なエリンダ様の護衛だ!」


 アドバ隊長が一通り説明すると、飛竜達は了解の返事をするように鳴き声をあげ自分達の持ち場についた。竜達の動きは早い、よほど訓練されているのだろう。どうやら俺の役割は一番重役である領主様の守りのようだ。

 何が起きるかもわからないので、都民達にはあまり外出しないように伝えてある。

 そして診療所にはエリンダ様、リズリ、希竜の少女がいる。そしてアサムとナルミも同じく診察室に常駐している。

 エリンダ様は少女が良くなるまで診察室を離れないそうだ。ここまで付きっ切りで竜の面倒をみる方なのだ。なぜ竜達がエリンダ様に心酔するのか、その理由が良く分かる。

 だからこそ俺も彼女についているのだが。


「しっかし、こんな竜が世にいたとはな。まるで要塞だな」


 人化したアドバ隊長が俺の頭の上を歩き回っている。俺に興味があるようだな。彼の人の姿は白髪の美丈夫だ。


「アドバ隊長。蛮竜を直に見た人は国内には、いないのですか?」


 アドバ隊長も竜に関して、ある程度知識があるらしく尋ねてみた。


「ああ、いない。南の果てにしかいないと思われていたからな。……いや、唯一見たことがあるとすれば、お前達の隊長だな」


 ……オボロ隊長が。

 頭の上の希竜はそのまま話を続ける。


「石カブトを創設する前のことだ、あいつは相当な傭兵でな。南方で蛮竜討伐を成し遂げたことがあるらしいんだ」


 昔っから、とんでもない無茶していたんだな我等が隊長は。でも、それほどの実力を持ちながら、なぜ雇われ屋になったんだろうか。国の直属の騎士とかにもなれたと思うのだが?

 やはりエリンダ様の人柄に引き寄せられたのだろうか?


「なぜ、傭兵を辞めたんですかねぇ?」

「それは、わからん……」


 ……よくよく考えると、隊長と副長については俺もよく知らないんだよな。直接聞くにも気が引けるし。

 俺がそう考えていると、アドバ隊長が何か語り始めた。


「数百年前の話だが、一度蛮竜は大陸の南を滅ぼしかねない程に繁殖したことがある。しかし、一国を犠牲にしてこれを沈めたんだ」

「一国を犠牲に?」

「そうだ。大仙たいせんで生み出された、未知の毒化合物を使用したらしいんだ。国を容易く不毛にしてしまうほどの代物だったらしい。いまだに、その国の跡地は生物が住み着けないでいると聞く」


 とんでもない話だが、大陸の南側が全て失われる位なら、どうしようもなかったのかもしれない。


「だがその毒の使用方法はとんでもないものだった。毒を使う以上、誰かが残って毒を散布しなきゃならない。その国の王族共は国民を騙して彼等に毒を使わせたんだ」

「つまり王族共は民衆にその毒を使用させたんですね。しかし、なぜそんなことを?」

「……蛮竜を引き寄せておくための餌にするためだったらしい、つまり自分達が逃げるまでの時間稼ぎだ。国民を蛮竜の囮にして、王族共はその隙に密かに国を捨て国外へ逃延びたそうだ。反吐がでそうな昔話だよまったく」


 国民を餌にして逃亡とは、とんでもねぇ話だ。まったく。

 空を見上げると太陽が傾き、暗くなりつつあった。


× × ×


 夜になっても警戒は厳重であった。

 飛竜達は夜目も確りきくため、暗闇でも問題はない。

 ムラトは触角に意識を集中させ、広範囲を警戒している。今のところ問題はない様子であった。

 飛竜達も仮眠をとりながら、交代で警戒に当たる。

 診察室にいるエリンダ達は不安で落ち着かない様子。その不安をまぎらわすためか、エリンダはリズリをナルミはアサムを抱きしめていた。


「ああ、良い匂い」

「そうですね。良い匂いでモチモチスベスベ」


 彼女達は腕の中の少年と青年の頭に鼻を近づけて匂いをかいでいる。ナルミはそれに飽き足らず、アサムの体を撫で回していた。

 その行動に男子二人は苦笑するしかなかった。

 心を落ち着かせるためにも、彼等をいじるのも仕方ないことであった。

 そして少し落ち着いたのか、ナルミが蛮竜について口を開いた。


「エリンダ様。どうして蛮竜は、北上してきたのでしょうか?」

「わからないねぇ。南で蛮竜が大量繁殖して餌に困ったのか……」

「……でも、そしたら南側の国々から情報が来ると思うのですが」

「そうだろうねぇ……現状では分からないねぇ」


× × ×


 静寂な夜が過ぎていく。綺麗な月が壮大な平原を照らす。

 とても蛮竜が襲ってくる様子などない。

 夜景に心が奪われそうだった。

 

「さすがに今夜すぐには、蛮竜も襲ってこないか」


 アドバ隊長が俺の頭で、あぐらになって一息ついたときだった。

 不意を突くように、快晴のように天空が輝いたのだ。


「何だ!」


 とっさに俺は上空を見上げた。いきなり頭を動かしたため、アドバ隊長と触角にぶら下がっていたベーンが吹っ飛ばされそうになった。……すまない。

 空で光を発しているものには見覚えがあった。


「転移の魔術か!」


 光を発しているのは魔方陣だった。しかもあの形は転移魔術のもの……。

 その光の中央から、無数の飛翔体が蟻のように、わんさか出てきた。

 蛮竜!

 馬鹿な竜は魔術が使えないはずだぞ。いったい何が?

 その数たるや四百はいるだろうか。その体で月光を遮り、その数で俺達の上空を埋め尽くす。醜悪な貪欲竜。

 魔術を利用しての大量襲来など予想外だった。


「照明点けろぉぉぉ!」


 アドバ隊長が竜の姿になり、俺の頭上から飛び立ちながら叫んだ。

 都市の所々からサーチライトのような真っ直ぐな光が上空にむけられる。さながら大戦時の空襲か怪獣映画を思わせる光景だ。

 蛮竜共は高音の雄叫びをあげながら、何かを探すように上空を縦横無尽に飛び回っている。


「なんて数だ……」


 上空を見上げ戦慄するアドバ隊長。

 空が見えない。無数の十八メートルにもなる巨体が夜空を遮っているのだ。


「なにごと? どうしたのムラトくん?」

「ん? なになに?」


 騒ぎを聞きつけてか、エリンダ様とナルミが窓から顔を覗かせた。

 俺はすぐさま診療所を守るように背をむけた。


「エリンダ様……絶対に外に顔を出さず、室内で静かにしていてください。ナルミ、アサム、念のため備えておけ」


 状況が分かったのだろう、みなの表情が一気に凍り付き始めた。

 エリンダ様は急いで窓をしめた。

 すると二匹の飛竜が上空の蛮竜達に向かっていくのが見えた。


「よせぇー! 少数で突っ込むなぁー!」


 アドバ隊長が二匹を制止させようとしたが、駄目だった。

 一匹は銛状の舌でメッタ刺しにされ、もう一匹は水圧カッターのごとく鋭く吐き出された溶解液によって翼を切断され落下してきた。

 二匹は事切れていた。


「くそう!」


 アドバ隊長が仲間の死に顔を歪める。

 怒りと哀しみを感じているのは彼だけではない。

 他の飛竜達も上空にいる不気味な奴等を睨み付けていた。

 にも関わらず蛮竜共は何事もなかったかのように平然と空を飛び回っている。

 まるで俺達には、なんの興味もないように。

 その様子が飛竜達の逆鱗に触れたのか、竜達は怒鳴るように咆哮をあげる。


「落ち着け、お前ら! バラバラでは駄目だ。固まって戦うんだ、それに奴等を都市の中に落とすわけにはいかない」


 怒りは凄まじくとも、アドバ隊長は冷静だった。

 幸いなことに蛮竜達は都市にも興味を示している様子はない。

 やはり目的は少女だけなのか?

 飛竜達がぞくぞくと診療所付近に集合してきた。

 いつでも攻撃ができる状態だ。


「数が多すぎる。固まって戦っても、これでは……」


 アドバ隊長が震えた声をもらす。

 彼の言うとおり戦術を練って、どうにかなる数じゃない。量が違いすぎるのだ。

 だが、ここは俺が何とかする。

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