残虐ファイト

 変な鳴き声をあげているのはベーンだ。

 こいつは普通の陸竜と違い、なぜか奇妙な鳴き声をあげる。

 

「どうしたベーン? なんか見つけたか」


 触角にぶら下がっているベーンが何かを見つけたらしい。片手で触角にぶら下がりながら何かを指差している。

 ベーンが指差す方向は前方、つまり進行方向だ。その先に目を向けると、大地を駆けながらこちらにやって来るものを捉えた。

 そいつらは俺の足元に到着するなり、ギャアギャアと喚きだした。……魔物だ。

 体長四メートル程だが首が十八メートルも伸縮する魔物。轆轤狼ろくろおおかみが二匹だ。

 ここいら周辺は魔物は多くないが、出くわす時は出くわすものだ。


「ほれっ! しっしっ!」


 追っ払おうとするが、どけようとしない。

 俺から見れば芋虫程度だというのに獰猛な連中だ。ほとんどの魔物は俺を見るなり戦意喪失して逃げ出してしまうと言うのに。

 たしかに極めて獰猛なやつは俺を前にしても襲ってくる。しかし戦いにならない。

 太刀打ちとか、そういう問題ではないのだ。踏むか蹴るで終わってしまう。

 言うなれば歩くだけで魔物を倒せるのである。

 飛行する魔物もいるが、ほとんどハエのように叩き落とすか、殺獣光線で撃ち落とす。

 なぜレーザーではなく殺獣光線とよんでるのか。それは領主様が勝手に多目的殺獣光線たもくてきさつじゅうこうせんと言う名称をつけてしまったからだ。

 今後は殺獣光線か光線と呼ぶことにしよう。

 この能力をエリンダ様に、お見せしたら狂ったように喜んでいた。……んで最後に触角ペロペロされた。


「ワンワンうるせぇな、こいつら。……踏むか」


 犬っころを相手にするのは中学以来か。帰宅中に小学生の女の子が野良犬に襲われていたから、その場で野良犬の首を捻じ切ったんだよな。

 でも女の子はその光景を見て、泡吹いて気絶してしまった。

 そんな過去の記憶を振り返りながら、狼を踏み殺そうと足を上げたとき、それを制止する鳴き声が聞こえた。


「ポギャー」

「ん? なんだベーン。お前が相手するのか?」


 俺の皮膚の凹凸に爪を引っ掻けながらベーンが下に降りていく。すごいクライミング技術だな。

 ベーンは地に降り立つと魔物に向き直った。


「ポガァァー!」


 ベーンは雄叫びをあげ二匹の狼を威嚇。しかし、それでも魔物連中は逃げ出さない。

 すると先手必勝とばかりに先に仕掛けたのはベーンだった。

 右の狼に向かって駆け出し、奴の手前で飛び上がる。そして全体重を乗せた肘落としを狼の左目に喰らわした。


「ギャイィィン!」


 狼の左顔面がボッコリと陥没した。

 ありゃ左眼球が潰れたな。陥没箇所からドクドクと流血している。激痛からか轆轤狼は絶叫を発する。

 しかしベーンの攻撃は容赦なく続く。

 今度は右眼球に爪を叩き込んだ。そしてグリッと目玉を抉りだす。赤い神経がくっついた眼球がドロリと草の上に落下する。

 そして、とどめに喉を食い千切り息の根を止めたのだ。

 ふざけた容姿とは裏腹に戦闘に関しては冷酷で容赦ないな。

 実際のところ隊長から、ベーンはああ見えて戦闘に関しては真面目で躊躇がないと聞いていた。石カブトの中ではもっとも残忍な面があるらしい。

 もう一匹の狼が首を伸ばしてベーンに噛みつこうとしたが、ベーンは素早く横に跳んで回避した。そして伸びた首を爪で切り裂いた。

 動脈をやられたな、鮮血が噴水のように噴き出している。

 しかし、ベーンのあの爪の切れ味は異常だな。魔物の頑丈な皮膚を豆腐のように切り裂いている。

 触覚を研ぎ澄ませると、その理由がわかった。

 ベーンの爪の周囲の空気が揺れているのだ。そうかベーンの爪は高速で振動しているのか。……だからあれほどの切断力が。


「アオォォォン!」


 なんだ、断末魔か? 

 動脈を切られた狼はフラフラになりながらも最後とばかりに遠吠えをし息絶えた。


「ムラトさん、さっきの遠吠えは仲間を呼んだんです」

「そうなのか……どうやらそのようだ」


 アサムの言うとおり前方から狼の群れがやって来るのを察知した。二十五匹か。

 そいつらは到着するなり俺達を包囲した。逃がさないつもりなのだろう。


「まったく、次から次へと。粉々にしてやるか」

「フギャス」


 俺が触角を前に向けると、手を出すなと言わんばかりのベーンの変な鳴き声。

 するとベーンは自分の尻を正面の狼に向け、尾をピーンと立てた。

 何をする気だ?


「ムラトさん、気をつけてください! ベーンはフレグランスを使うつもりです」


 なに、フレグランス?

 香り? 香料のことか。……そんなもん、なんで今つかう。香りで敵を倒すとでも。


「ベーン! 程々にね!」


 アサムがそう言うと、ベーンは目を血走らせ力みだした。

 ……あっ、もしやこれは! 

 気づいた時には、全てが遅かった。轟音と共に黄色いガスが周囲を埋め尽くす。


 ――ブー! ブリブリブリ! ミチミチミチィ!


 おぞましき音、そして恐るべき激臭。

 ってっせぇぇぇぇ!! ヴェェェェエエッア!! 

 フレグランスっつうか、ただの爆臭じゃねぇか! ベーン! お前の屁は化学兵器かなんかか。

 だがしかし、そのガスは有効だった。

 狼共は口から泡を噴射しながらバッタバッタと倒れていく。……まさに死の香りである。

 そしてベーンが次にとった行動は、自分の首にかけたポーチから火打石を取り出していた。

 おいおい! まさか……。


「ムラトさん! ここから離れてください」


 鼻と口を押さえるアサムの指示に従い、俺は急いでその場から距離をとった。

 そしてカチカチと、着火音が響き渡る。

 次の瞬間、輝きに包まれ爆音共に轆轤狼達は粉々に吹き飛んだ。

 燃やしても酷い臭いだ!

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