首謀者

 ギルドマスターから、ことの発端を聞き出す前に、彼の腕の治療をしなければならない。

 マスターの片腕を切り落としたことに、やり過ぎたとは思ってない。

 俺達がやらざるを得なかったこと、そしてサンダウロで死んでいった者達のことを考えると……。


「それでは、始めます」


 そう言うのは、治療魔術を得意とするアサムだ。

 こんなことも予測して、隊長はこの子をつれて来たのだろう。

 腕の機能をすぐに回復させるため、上級の魔術を使うそうだ。


「オボロさん、ギルドマスターの体をしっかり押さえていてください」

「おう!」


 アサムに頼まれた隊長は、マスターに布をくわえさせて、体をしっかり押さえこんだ。

 隊長の怪力にかかれば、微動だにできないだろう。

 そしてニオン副長が、切り落とされたマスターの腕を切断面に押し付ける。

 そして治療が始まった。 

 アサムの手が輝き、それをマスターの腕の密着部にかざした。

 切断面の体組織を一度分解してから、接着させるらしい。金属の溶接のようなものか。

 しかし地獄極まる苦痛が伴うようだ。


「ぐっ! ……があぁ! ぎぃぐうぅ……!」


 ギルドマスターは歯を食いしばり、激痛に耐えている。聞こえるのは絶叫ではなく、低い呻き声。

 人によっては、発狂する者さえいると言う。

 その過酷な光景に周囲の連中は目を当てられないでいるようだ。

 何人もの冒険者が目を背けている。

 若い新米の中には、涙をこぼす奴もいた。

 治療は数分程で終った。

 数分といっても、マスターには数十分にも感じられただろう。

 マスターは治療で相当に体力を消耗したらしく疲れきって、まだ起き上がれないでいる。

 だが意識はあるようだ。


「わ、わたしの……腕は?」


 彼は横になったまま、治療された腕の方の手を握ったり開いたりを繰り返し感覚を確かめている。


「大丈夫ですよ。まだ無理はできないですけど、すぐ良くなると思います」

「す、すまない……」


 アサムは小さな両手でギルドマスターの治療したばかりの腕を優しく撫でて、笑みを見せた。

 それを見てマスターは安心した表情をうかべる。

 あんな天使のような、笑顔を見せられりゃあ心もなごむものだ。


「いいなぁ、あんな可愛い子に。おれもケガしたら、みてもらいてぇ。……さわってほしいな」

「まえに負ったアソコの傷とか、治してもらいてぇな」

「女神……いや、天使か」


 ギルドの連中がアサムにたいして、次々と何かを呟いている。愛くるしい容姿のせいで女の子と勘違いしているのだろう。

 しかし、品のない発言とアサムに歪んだ欲望を向けているため、ややイライラしてくる。

 ……そんなに治療してもらいてぇなら、てめえらの金玉タマタマでも焼き切ってやろうか?

 あの子に、変なことをするのは許さんぞ!


「アサム殿は男性なのだがね。変な考えはしないで、いただこうか」


 卑猥な発言をした男達の背後に、不愉快そうな顔で副長が佇む。この人も俺と同じ気持ちだろう。


「げっ! 男だと! ……いや、でも、そっちのほうが、むしろ……」


 だめだな、こいつら。

 たぶん変な嗜好がある。

 そしてアサムが男だと分かるといなや、女性冒険者達まで狂いだすしまつであった。


「ぜひとも、嫁にしたいわね。……魅惑のタプタプ」

「ココア色の天使だわぁ。柔らかそうな体。それにあの眩しい太もも、舐め回したい。えへへへ」

「くっ! 可愛いわね……けっこうオッパイあるわね、なかなかのバブみ」


 女性陣も歪んだ欲望にふけっているな。

 まあ、たしかに魅力的な子ではある。それは俺も認める。

 健康そうな褐色肌に、マシュマロや餅を思わせるポッチャリ体形。今までに無い、色気を感じさせるのだ。

 ここでやっとギルドマスターは落ち着きを取り戻し、何とか話せる状態になったようだ。

 色々聞き出す前に、絶対にこの男には言わなければならないことがある。

 絶対に知らなければならないのだ。


「腕がくっついて良かったな、ギルドマスター。五体満足で家に帰れるぜ」

「ムラトさん! そんな言い方……よくないと……」

「すまんなアサム。だが、この男はどうしても知らなければならないことがある」


 サンダウロで死んだ者達のことを……。


「赤竜団の兵士が千切れた脚にしがみついて、うちに帰りたいと苦しんでいた」

「仕方なかった、家族や街の人々を守るためにも……」


 俺の言葉に、ギルドマスターは目線を地面に向けた。

 経緯はまだ詳しく知らんが、この男も家族や誰かのために、こんなことを仕出かしたのだろう。

 だが誰かのためにと言うなら、赤竜団の奴等も同じだ。


「ギルゲスの赤竜団の連中は、人質として将軍に家族を取り上げられていたんだ。反抗は許されず、そして強制されて無理な戦いを強いられていた。ある奴が、サンダウロを奪えなかった度に妻の指が送られてきたと言っていたぞ」

「す、すまない。わたしも必死だったんだ! わたしにも家族が……」


 マスターは後ろ暗い様子で膝を地につけると、頭を地につけた。


「あんた子供はいるかい?」

「……ああ、娘がいる……」


 マスターは声を震わせながら俺の問いに返答した。


「バイナル王国の騎士の中に、女の子と男の子の大魔導師がいた。国と誇りのために戦って、最後に隊長の仇と言って全員で俺に突撃してきたんだ。おそらく手も足も出ず、殺されると分かっていただろうにな……」

「うわぁぁぁ! 許してくれぇ! わたしはなんてことを……!」


 ギルドマスターは頭を抱え、喚きだした。

 直接手は出してはいないが、ギルドマスターも今回の惨劇に関わっているのだ。

 それに目を背けて生きていくなど、あってはならない。


「直接ではないが、あなたもこの殺しに関わっている。このこと一生肝に銘じておけ。忘れることは絶対に許さない、いいな」


 ギルドマスターは涙を溢しながら何度も頷いた。

 彼はしばらく咽び泣き続けたあと、呼吸を整え落ち着いた。


「それで、誰の差し金なんだ?」


 オボロ隊長がマスターの肩に手を置く。怒った様子はなく、口調は穏やかであった。


「国王様が……国王陛下が、お前達を始末するために転移玉をわたしに渡したのだ」


 とんでもない人物が話に出てきたものだな。サハク王国の統治者だ。


「どういうことだ! なぜ国王がオレ達を!」

「わたしにも理由は分からない。この機密の内容を誰かに漏らせば、わたしも家族も街の人々も反逆罪として始末すると……すまない脅されていたんだ」


 サハク国王が俺達を始末しようと、しただと?

 なぜ俺達のような雇われ屋を?

 恨みか何か買ってんのか?


「こうしては、いられない。街の者達を逃がさなくては。こうなった以上、いつ国王が我々の始末にかかるか!」


 ギルドマスターは慌てて街に向かおうとしたが、隊長がそれを制止させた。


「待て。こうなったら、色々と探らせてもらうぜ!」


 オボロ隊長は決心したように、力強く立ち上がった。


「直接国王の城に行って探ってやろうじゃねぇか」

「……な、何を言っているオボロ! 捕まるだけだぞ!」


 ギルドマスターの言う通りだ、捕まりに行くようなものだ。

 だが、隊長が言うことだ。何か考えがあるのだろう。


「ムラト、お前はここに残って街と住民を守れ。ニオンとアサムは、ベーンと一緒に王都の近くで待機だ。城の中は、オレとナルミでやる」


 と、オボロ隊長が俺達に指事を出した。

 やはり、何か策があるようだ。

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