ゲン・ドラゴンの人々

 日が登る。

 そして、その陽光が都市を照らしていく。

 それが、あたかも一日の始まりの合図だったかのように都市内から扉を開く音が複数回聞こえた。

 朝が早い人々は、仕事の準備などもあるのだろう。

 俺は、そんな人達と目を合わせた。

 全員が、あんぐりと口を開け、目を丸くする。


「りゅ、竜だー!!」


 犬の毛玉人男性が叫ぶと、一斉に家から人々が飛び出し悲鳴をあげ始めた。

 ヨーグンと同じように、ここでも多くの毛玉人達が生活してるようだな。

 ここに来る道中がてら、国によっては毛玉人は迫害を受けている、とナルミから聞いた。

 しかし、このサハク王国は平等に彼等に接している。


「あ、ありえねぇ……」

「いくらなんでも……冗談だろ?」

「あんなのが、中に入ってきたら……」


 人々が俺を見上げ、狼狽えている。

 まあ、仕方ないか……。

 竜や魔物も巨大なんだろうが、俺とではもはや比較にならないのだろう。


「ひ、避難だー!」

「エリンダ様に報告を! ……飛竜隊をっ!」

「子供達が!」


 さっそくパニックに陥っていた。

 仕方ないとは言え、そう騒がんでほしいものだ。


「心配するな。って食ったりはしない」


 人々を刺激しないように、ゆっくりと話しかける。

 俺の言葉に、全員が一瞬呆気にとられたようだが、少し落ち着きを取り戻したようだ。

 少々ザワザワしているが、取り乱してはいないようだ。

 しかし、今度は頭の上にいる熊が騒ぎだす。


「ム、ムラト! ……お前、喋れるのか!?」

「自分自身でも良く分かりませんが、人と会話ができるんです」

「んっ? ……お前知らないのか? 人でなくとも、人と同等の理性や意思を持つ生き物は大気中にある魔粒子を反応させることができる。それによって通訳することができるんだ」


 いまいち、よくわからんが大気中に漂う魔粒子のおかげと言うわけか。粒子が声に変換してくれているのだろうか。

 それで、こんな肉体でも人語を発することができたと。

 随分と便利なものだな魔粒子とは。

 つまり、魔術を扱うような圧縮状態にしなくても通訳ぐらいの作用は発揮すると言うことか。


「隊長、ムラトはあたし達が知らない未知の場所から来たんだって。だから分からないことが多いみたいなの、色々と教えてあげないと……」


 そう説明してくれると助かるぜ、ナルミ。

 彼女から、ある程度この世界に関して聞いたが、まだ知らないことも多いからな。


「……そうなのか、ムラト。分からないことがあったら聞いてくれよ」

「はい、そのつど聞くようにします」


 俺は再び都市の人々を見下ろす。

 騒ぎは治まったが、みんなはまだ心底不安な様子だ。

 まあ、いきなりこんなでかいのが現れたんだ、安心なんかできねぇよな。

 どうにか、彼等を安心させられないだろうか。


「俺はこれから、この都市に仕える竜です。本日より世話になります。だから、ご安心ください」


 挨拶をしても、やはり都市の人々は半信半疑なようだ。

 人々が慣れるまで、多少時間が掛かりそうだな。


「なんだムラト、随分と礼儀が良いじゃないか。そういう奴は好きだぜ!」


 そう隊長が喜んでいると、石カブト本部から物音が聞こえた。それは玄関を開けた音。

 そして、玄関口に立っていたのは一人の少年。

 その少年が目を見開いて近づいてくる。

 ……随分と可愛らしい子だな。


「オボロさん……ナルミさん……この竜は一体?」


 少年は俺を見上げ、ポカーンとしている。

 やっぱり初対面なら誰でも、そういう表情になるか。

 さすがに、そんな反応にはなれてきた。


「おー、アサムか。新入りだ、仲良くしてやってくれ!」


 俺の頭の上にいるオボロ隊長が、少年に向かって手を振っている。

 この少年が、さっき隊長が言っていたナルミの傷を治してくれる仲間か。

 ひとまず挨拶でもしておく。


「俺はムラト、よろしく頼む。お前は?」

「……僕はアサムです、よろしくお願いします」


 頭の上にいる二人と一匹を落っことさないように、ゆっくり腹這いになりアサムと挨拶を交わした。

 その少年の容姿は、中性的で可愛らしい顔立ち、褐色肌、肩に届きそうな黒髪で後ろ髪を一本結びしており、ぽっちゃりとふくよかな体型をしている。

 女の子のナルミよりも背が低い。

 彼女は一四三だから、この少年は一三五か。

 そして、服装にも目がいく。民族服なのだろうか? 

 上半身は胸に布を巻いてるだけで、つまりタプタプと柔らかそうなお腹をまるだしにしたヘソ出し。

 下はムッチリとした太股ふとももを堂々とあらわにするほどに短い腰布。

 非常に露出度が高い服装をしているのだ。

 男と分かっていても非常に可愛らしく色っぽい、そしてムンムンとしていそう。

 ……柔らかそうだな。それが第一印象。

 触ってみたい、と言う衝動にかられる。

 この少年は、魅力的なマシュマロボディをしているのだ。


「アサムー! ケガしちゃったのー、みてもらえる?」


 俺の頭から降りてくるなり、ナルミは顔を緩ませながらアサムに抱きつく。 

 そして彼女は、むちむちした少年のふくよかな体をいじくり回す。


「わ、わかりました……」


 アサムは急に抱きつかれたためか呆気にとられたようだ。

 しかし、すぐに気を取り直しナルミの治療に取りかかった。

 その治療法とは、魔術によるものだ。

 アサムの手のひらから光が溢れだし、それをナルミの傷にかざす。

 すると傷が、ゆっくりと消えていくではないか。凄い力だ。


「アサムの治療魔術は国一番だ。詠唱無しで使用するからな。オレ達も良く助けられたものだ」


 そうオボロ隊長が語る。

 治療か……今の俺には、無縁の言葉だな。

 それだけ今の俺は、異常な存在と言える。

 熱核攻撃を食らって、軽い熱傷だけだったからな……この肉体に傷をつけるのは相当に至難だ。

 あげくには、驚異的な再生能力まで備わっている。


「ナルミさん、終わりましたよ」

「ありがとねー!」


 色々と考えている間に、ナルミの治療が終わったようだ。


「ぬふふ、触らせてぇ」

「あぁ、ナルミさん、くすぐったいですよ……」


 怪しい笑みを見せたナルミは再びアサムを後ろから抱きしめ、彼のタプタプした腹部や胸をいじり回す。

 失礼かもしれんが、ナルミよりも大きいのでは……胸が。

 スキンシップなのだろうが、過剰すぎるな。

 それにしても、うらやましい。


「あんな見た目だが、アサムの奴はナルミより年上なんだぞ」


 うらやましげに二人を眺めていると、隊長がそう告げてきた。

 ……年上ねぇ。

 ナルミは辛うじて中学生ぐらいに見えるが、どう見たってアサムは小学生にしか見えん。


「アンギャー!」

「お前、いつまで俺の触角で遊んでるんだぁ?」

 

 未だに触角で遊び続けるベーンが変な鳴き声をあげると、都市の門を指差した。

 すると、知っていたかのように表門が開き始める。

 重そうな門がゆっくりと開いていくが、俺から見れば小さいメモ帳程度の大きさだ。

 そして開いた門から現れたのは四人組。その人達が、こちらに向かってくるではないか。

 ……なんだ、あの人達は?


「あーひゃっひゃっひゃっ! うひょー!」


 先頭を行くのは、眼鏡をかけ白衣を羽織った女性だ。

 ……狂喜している。目付きがヤバイ。

 その後ろにメイド二人と、何やら軍人のような銀髪の美青年が続く。


「隊長、今こちらに向かってくる、あの奇声をあげてる女性は?」

「あの方はだな……」


 オボロ隊長に尋ねていると、上空で羽ばたく音が突如聞こえた。

 白い美しい体毛に覆われた一匹の竜が、いきなり俺の背びれに降り立つ。

 全長七メートル程で二対の翼、四肢がある。


「あの方は領主エリンダ・ペトロワ様です。竜の研究家なので、あなたに興味があるようですね」


 なんと、その美しい竜は人の言葉を発した。

 人語を話せると言うことは、この美しい竜は、人と同様の理性を持つ希竜きりゅうか。

 すると、その希竜がいきなり光に包まれ、人間の男の子に姿を変えた。

 その子は背びれから飛び降りると、俺の頭部までテクテクと歩いてくる。


「コイツも竜でな、希竜という種類だ。希竜は人と会話ができ、姿を人間に変えることができるんだ」


 と、隊長が説明してくれる。

 人の姿になれる、希竜はそんな能力まで持っているのか。

 デカイだけの俺と比べて、生活しやすいだろうな。

 俺のサイズでは、どこにも出入りできないからな。


「ボクはリズリと申します。エリンダ様のお世話係りです」


 男の子が俺の頭の上で自己紹介をする。

 みんなして俺の体に乗っかるの好きなのか?

 そんなことを考えていると、猛ダッシュでこちらに接近していた領主様がたどり着くなり、未だに寝そべっている俺の頬にへばりついてきた。

 容姿的に二十代前半と思われ、とても綺麗な方だ。

 しかし、どこかやばそう。


「えへへへ、君は竜だよねぇ? 随分と立派な体してるねぇ」


 領主様が狂気的な笑い声をあげて俺の頭に、よじ登ろうとしている。

 見かけによらず、なかなかのクライミング技術をお持ちのようで。


「その頭についてる角か触角みたいなの、しゃぶらせてぇ! ママのおっぱいをくわえるように優しくペロンチョしてあげるからぁ!」


 言ってることが、まともじゃない。

 大丈夫か、この領主様。

 彼女は、ベーンが遊んでいない方の触角を目指している。

 ……てか舐めるんですか?


「隊長殿、この巨大な竜は一体?」


 エリンダ様の後に続いていた人達も到着した。

 その中の一人である、銀髪の青年が歩み寄って来た。

 オボロ隊長を「隊長殿」と呼ぶ辺り、この男性も石カブトの一員のようだな。

 隊長が俺の頭から飛び降り、地に着地する。


「ニオンか、良いところに来た。新入りだ」


 そう言って、隊長は俺の下顎をポンポン叩く。

 とりあえず挨拶。


「ムラトと言います」

「会話ができるのだね……私は石カブト副隊長兼エリンダ様の直属の剣士、ニオン・アルガノス。よろしく頼むよ、副長とよんでほしい」


 この人が副隊長。

 白い軍服に、腰には日本刀という身なり。

 そして、かなりの美形でありながら二メートル近い長身、広い肩幅、太い首。

 相当に肉体が鍛え上げられていることが分かる。

 ……あっ! 

 そんなこんな考えている間に、触角に到着したエリンダ様が触角先端部をしゃぶり始めた。

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