隊長は熊

 目的地が見えてきた。 


「見えてきたよ! あれがゲン・ドラゴンだよ」

「あれが、か」


 ナルミが指差す方向には人工物が建ち並ぶ。そして、それらを守るようにそびえる高さ七、八メートルの防壁。

 防壁と言っても、俺から見れば足をぶつけただけで壊れそうなサイズだ。

 今の俺の視力はかなり優れているため、距離がはなれていても、その密集した人工物の様子が分かる。

 石造りの家に、街灯、噴水、用水路。

 都市なだけあって生活水準も高いようだ。

 ……あれがゲン・ドラゴン。この領地最大のみやこか。

 都市の傍らには湖がある、おそらくそれが人々の生活用水になっているのだろう。

 そして都市の中央部には、領主の館と思われる大きい建物。

 時は夜明け寸前、周囲が明るくなってきている。


「ムラト、静かに近づいてね。まだ都市の人達は眠ってるはずだから」

「わかったよ」


 地響きで人々の安眠を邪魔しないように、俺は加減してゆっくりと足を進めた。

 しかし、ここで気になることが。


「ナルミ、見張りはいないのか? ふつうなら門番とかいるだろ?」

「いるよ。ほらっ! あれ」


 ナルミが門の方を指差す。

 門の近くに、一匹の陸竜りくりゅうがいる。しかし自分の尻尾を抱きかかえ熟睡していた。

 ……あの陸竜が見張り、なのか?


「……あれで見張りになっているのか?」

「あの陸竜も石カブトの一員だから大丈夫だよ。それに、この周辺には魔物いないからね」


 ここまでの道中に石カブトは少数精鋭の部隊、と彼女から聞かされていたが、本当だろうか。

 とは言えナルミは盗賊数人を相手取る程の実力があるのだ、精鋭であるのは嘘ではないはず。

 信じるしかあるまい……。


「でっ、石カブトの本部は都市のどの辺にあるんだ?」

「門の近くにあるよ」

「壁の外にあるのかよ。俺は、てっきりみやこん中だと思ってたぞ」


 まあ本部が壁の外だろうが中だろうが、俺が都市の外側で生活するのは変わりない。

 サイズ的に都市内に入るのは、どう考えても不可能だからな。

 そして、眠る陸竜から少し離れた場所に、木造の民家を改築したような建物を発見した。

 ……まさか、あれか?

 想像よりも大分ちがうな、砦のような物をイメージしていたのだが……。


「みんな寝てると思うから、起こしてくるね」


 俺がゆっくり腹這いになると、ナルミが頭の上から飛び降りた。

 地に降り立った彼女は本部の建物に向かわず、まず熟睡する陸竜の方へ。


「ベーン、起きて。居眠りしてると怒られるよ」

「アンギャ……?」


 ナルミが熟睡する陸竜に声をかけると、変な鳴き声をあげて竜が目を覚ました。

 ベーンと呼ばれた陸竜はあくびをすると、腹這い待機中の俺に気づき、見つめてきた。

 この陸竜、盗賊達の竜と違って鋭い目付きではないな。

 真円の目で黒目の焦点が合ってない。

 なんと言うか、間抜けなそうな顔立ち。

 全長は三メートル程。


「ベェアー」


 ベーンは鳴き声をあげると、俺の顔によじ登ってきた。

 こいつ、俺を見ても驚かないんだな。

 てか、いきなりなんなんだ? ふつう警戒もせずに初対面の奴の体に、よじ登ろうとするか。


「ベーン。そこ気に入ってるんだから、あまり汚さないでね」


 俺の頭の上に到着したベーンにそう言ったあと、ナルミは本部の建物に向かって駆け出す。

 その台詞だと、ナルミよ、俺の頭を私物化してないか?


「ウバァー」


 頭の上にいるベーンが空を指差している。

 立ち上がってくれ、ということか?

 しょうがねぇな、もう。

 ベーンの望みに従い、俺はゆっくり立ち上がった。


「プガァァァ!」


 なにを思ったのか、ベーンの奴は俺の触角にぶら下がって遊び始めた。


「危ねぇ、やめろー! 落ちたらどうすんだ。それに、そこはレーザーを照射する器官なんだ! 危ねぇだろ!」


 注意するもベーンは遊び続ける。

 悪い奴ではないんだろうが、その行動からいまいち何を考えてるか分からない。


「隊長! 今、戻ったよぉ!」


 ナルミが本部の前で、隊長と言われる人を呼んでいる。

 隊長か、どんな人物なのだろうか?

 ベーンをぶら下げたまま、俺も本部建物の正面に静かに移動する。

 ぎぃ、と建物の玄関が開き、隊長とおぼしき人物が姿を表す。

 俺は、その人を見て驚愕した。

 それは熊の毛玉人。

 全身傷だらけで、三メートルを軽々と越える巨漢。

 茶色の毛に、胸に白い三日月模様、アメリカのコミックにでてくるヒーローのように隆起した筋肉。

 ヒグマとツキノワグマの両方の特長を思わせる見た目の毛玉人だ。

 そして何よりも、その姿は……全裸まっぱだ!

 ついつい隊長の下半身の方を見てしまう。

 うわっ! 何だ、あのでっかい土筆つくしは!


「……おぉ、ナルミか? よく戻ったな。ふぁー」


 隊長は堂々と全てをさらけ出し、あくびをする。

 まだ寝ぼけているのか?


「もう、隊長! ズボンぐらい履いて外に出てきてよぉ! そのうち捕まるよぉ」

「ぐへぇぇぇ……!」


 ナルミは呆れた表情をしながら、熊の隊長に石を投げつけた。

 石は見事に土筆に被弾。

 隊長は怯み、土筆もしおれ、その巨体が崩れ落ちた。

 おお、あれは効くだろうな。 


「すまなかった、ちょっと待ってろ」


 元気を取り戻した全裸熊は背を向けると、すみやかに建物の中に戻った。

 ……もしかしたら背中に赤毛があるのではと思ったが、あったのは大きな傷跡だった。


「待たせたな」


 ズボンを履いた上半身裸の熊が帰ってきた。

 そして、改めてナルミから報告を受ける。


「隊長。ヨーグンの調査は終わったよ、詳しくは後程。それと竜を一体勧誘してきたよ、乗用に」

「そうか、ご苦労だったな。エリンダ様も喜ぶぞ。それで竜は、どこにいるんだ?」


 隊長はキョロキョロして周囲を見渡すが、俺の体が大きすぎて視界に入ってないようだ。


「グルルル……」


 こちらに気付くように唸り声をもらす。

 それで気付いたのだろう。隊長はゆっくりと上を見上げ、俺と目をあわせた。


「何じゃこりゃあぁぁぁー!!」


 隊長は目を真ん丸にして、叫び声を日の出寸前の空に響かせた。




 「しっかし、これは凄い発見じゃないのか?」

 「あたしも、初めて見つけた時は山かと思ったの」

 「ポアァー」


 隊長とナルミが頭の上で会話している。

 ベーンは、今だに触角にぶら下がって遊んでる。コイツには、もう何も言うまい。

 みんなが俺の頭の上に登ったのには理由がある。


 「見てみろナルミ、日が上るぞ」

 「綺麗だね」


 そう、日の出を見るために彼等は俺の頭に移動したのだ。

 ……俺は物見用の高台か?


 「ところでナルミよぉ、随分派手になって帰ってきたな、大丈夫か?」


 隊長が包帯だらけのナルミを見て、心配しているようだ。

 盗賊の陸竜と対峙したときに受けた彼女の傷は、そこまでひどいものではないが、まだ無理はできない。

 確りとした治療と休養が必要だろう。


「盗賊の陸竜と一戦交えて、殺されそうになったところをムラトが助けてくれたの」 


 そう言って、ナルミは俺の頭皮を撫でてきた。礼のつもりだろうか。

 仲間なんだから、助けるのは当然のこと。礼にはおよばん。


「そうか、この竜はムラトっていうのか。そうそう自己紹介が、まだだったな。オレは雇われ労働隊石カブトの隊長で、ムトウ・オボロてんだ」


 オボロ隊長か。

 ……最初会ったときは露出癖があると思ったが、仲間思いで至って普通の人だ。良き隊長だ。


 「ところでムラト。オレの御裸おヌードは、どうだった? すっごいだろ」


 ……訂正しよう。

 だめだ、この熊やはり露出狂じゃねぇか。

 息子せがれをさらけ出すのが、好きなのだろうか?


「隊長、ムラトに変なこと聞かないでよ」

「……すまない。まあ、それはさておき、ナルミ、後でアサムに怪我を治してもらえよ」


 まだ別の仲間がいるようだな。

 話から察するに、そのアサムって奴は、なにか医療技術を持っているのだろうか?

 都市の方もなんだか、騒がしくなってきた。

 あんまり住民達を刺激しないようにせんとならんな。

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