第七巻 第一章 不平等条約改正に向けて

〇大阪紡績会社・工場

製糸器械から出てくる糸を繰る女工たち。工場内はボイラーの湯気でむわっとしており、しきりに汗をぬぐう女工たち。

N「明治も中頃になると、日本の主要産業であった製糸業は機械化が進み、生産が飛躍的に増大した」


〇大阪紡績会社・社長室

豪華な社長室。デスクに腰掛けている小さくなっている山辺丈夫(中年・大阪紡績会社社長)と、堂々と客用の椅子に腰掛けている渋沢栄一(初老)。

渋沢「生産は順調のようだな」

山辺「これも相談役のおかげです。しかし……」

渋沢「……関税か。政府も条約改正に動いてはいるが、なかなかな」

N「江戸幕府が欧米諸国と結んだ不平等条約の問題点は、大きく言って二つあった。一つは治外法権(外国人の犯罪者を国内で裁けない)。もう一つは関税自主権(輸出入にかかる税金を自国で決める権利)がないことである」


〇鹿鳴舘・外観(夜)


〇鹿鳴舘・ダンスホール(夜)

洋装の日本人上流階級男女が、外国人男女と踊っている。

N「政府は明治十六(一八八三)年に鹿鳴館を建設、外交の力で条約改正を目指したが、なかなかうまく行かなかった」


〇紀州沖(夜・暴風雨)

暴風雨に木の葉のように弄ばれる、二百四十トンの貨物船・ノルマントン号。轟音と共に浅瀬に乗り上げ、船体には大きな亀裂が入る。

N「明治十九(一八八六)年十月二十四日、日本人乗客二十五名を乗せたイギリスの貨物船・ノルマントン号は、紀州沖で座礁した」


〇ノルマントン号船内(夜)

右往左往しているイギリス人乗組員たち。日本人乗客も船室から飛び出してくる。甲板へ向かう乗組員たちの後を追う乗客たち。


〇ノルマントン号甲板(夜・暴風雨)

続々と救命ボートに乗り込む乗組員たち。続いて乗り込もうとする乗客たちだが、乗組員がそれを妨害する。

乗客「俺たちも乗せろ!」

乗組員「(英語)このボートは満員だ! 別のボートに乗れ!」

何とか理解した乗客たち、甲板を見回すが、他のボートなどない。そのスキに発進してしまう救命ボート。

乗客「(悲痛な叫び)俺たちも乗せてってくれ!」

乗組員「グッバイ、ジャップ!」

取り残されて呆然としている乗客たちに、大波が襲いかかる。

N「イギリス人乗組員は全員、救命ボートで脱出したが、日本人乗客は全員死亡した」


〇神戸領事館・臨時法廷

被告席にドレーク船長(中年)と数名の船員。判事席のジェームス・ツループ(英国領事・中年)が判決を下す。

ツループ「被告たちは日本人乗客を救助しようとしたが、英語が通じなかったため果たせなかった。これは不可抗力である。よって無罪!」

傍聴席の井上馨(外務大臣・五十一歳)、ガタっと立ち上がって

井上「これは人種差別であるばかりでなく、非人道的行為である!」

ニヤニヤとそれを聞き流すイギリス人たち。


〇東京・街角

行き交う大勢の通行人の中に、号外配り(少年)。号外配り、チリンチリンと鈴を鳴らして

号外配り「号外、号外! ノルマントン号事件の判決が出た! 何と全員無罪! 詳しくはこの号外を読んどくれ!」

通行人、わっと号外配りに群がり、号外をむしり取って読む。

通行人「不可抗力で無罪だって? そんな馬鹿な!」

通行人「日本人の命はイギリス人の命より軽いと言うのか!」

通行人「こうなったらイギリスと戦争だ!」

わいわいと騒ぐ通行人たち。


〇外務省・外相官邸

官邸の門前に二頭立ての馬車が止まる。客席には大隈重信(外務大臣・五十二歳)。

N「明治二十二(一八八九)年、外務大臣となった大隈重信は、アメリカ・ドイツ・ロシアとの条約改正にこぎつけようとしていたが」

と、近くに隠れていた来島恒喜(右翼・四十歳)が爆弾を手に飛び出し、

来島「日本の司法を欧米に売り渡さんとする姦賊に、天誅を下す!」

爆弾を馬車に投げつける。爆弾が炸裂するのを確認して、短刀で喉を突いて自害する来島。

半壊した馬車から、よろよろと這い出してくる大隈。

N「大隈が最高裁判所に外国判事を置こうとしたことに抗議してのテロであった。大隈は右足切断の重傷を負い、条約改正も白紙に戻った」


〇大津・道路

ものものしい警備体制の中を通過していく、人力車に乗ったニコライ(ロシア皇太子、二十四歳)・ゲオルギオス(ギリシャ王子、二十三歳)・有栖川宮威仁親王(三十歳)。

N「明治二十四(一八九一)年五月、ロシア皇太子ニコライ(後のニコライ二世)が日本を訪問する」

と、警備の警官の一人・津田三蔵が腰のサーベルを抜いて、先頭のニコライに斬りかかる。傷つきながらも逃げるニコライを、なおも追う津田だが、ゲオルギオスの杖に背中を打たれ、車夫や他の警官たちに取り押さえられる。

N「この事件を『大津事件』と呼び、当時青木周蔵外務大臣が進めていた条約改正交渉も、暗礁に乗り上げた」

〇外務省の一室

陸奥宗光(外務大臣、四十九歳)と青木周蔵(ドイツ公使、四十九歳)が会話している。

青木「イギリス公使の任、確かにお引き受けいたしました」

陸奥「条約改正は困難な道のりではあるが……」

青木「今度こそ……!」


〇イギリス外務省の一室

青木周蔵(イギリス公使、五十一歳)とトーマス・ベイティ(イギリス外務次官、二十六歳)が会見している(英語)。

ベイティ「……なるほど、日本はすばらしい憲法と、正式な国会を持つに至りました。大英帝国と対等な国家であることは認めましょう」

青木「では……!」

ベイティ「しかし、条約を改正するということは、我が大英帝国が貴国に持っていた利権を手放すということ。日本はその代償に、何を差し出してくれるのですか?」

青木「(落ち着いて)かつてあなたの国のグラバーやパークスは、日本の革命家たちを支援してくれました。その時、日本は貴国に損をさせましたか?」

ほう、と感心した顔のベイティ。

青木「イギリスは清国をはじめ、アジアの多くの国に権益をお持ちだ。日本はその維持のため、力を惜しみません」

N「明治二十七(一八九四)年七月十六日、治外法権の撤廃を含む、日英通商航海条約が締結され、間もなく他の欧米諸国とも条約改正にこぎつける。しかし関税自主権の回復は、明治四十四(一九一一)年、小村壽太郎外相の時まで待たねばならなかった」

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