第六巻 第一章 黒船来航

〇英艦隊の砲撃で炎上するジャンク船

N「天保十三(一八四二)年、清(中国)はアヘン戦争でイギリスに敗北、香港の割譲や貿易の完全自由化、領事裁判権(治外法権)など、屈辱的な条約を結ばされた」


〇阿部正弘邸の一室

阿部正弘(老中首座、三十四歳)、島津斉彬(薩摩藩主、四十四歳)、水戸斉昭(元水戸藩藩主、五十三歳)、松平慶永(春嶽、福井藩主、二十五歳)が『風説書』を前に顔を突き合わせている。

正弘「カピタン(オランダ商館長)の提出した風説書です」

斉彬「……来年にも、アメリカの使者が日本へ来航するのですか」

斉昭「して、公儀はどのような準備を?」

首を横に振る正弘。

正弘「『来るか来ぬか定かでないものに備えることはできぬ』の一点張りです」

衝撃を受ける斉彬、斉昭、慶永。

慶永「何と……!」

斉彬「公儀の腰が重いのは存じておりましたが……ここまでとは……」

無言で立ち上がる斉昭。

正弘「斉昭さま、どちらへ」

斉昭「水戸へ帰る。夷狄に備えて、大砲を増産せねば……水戸は公儀抜きでも、夷狄と戦う!」

ずかずかと出て行く斉昭を見送る、正弘、斉彬、慶永。

斉彬「幕閣の方々も、アヘン戦争のことは存じておいでなのでしょう? ならば……」

正弘「今の公儀には、銭も人材もないのでござる……」

絶句する斉彬と慶永。


〇鹿児島・集成館

ガラス工場や製鉄所などの建設が進むのを視察している斉彬。

斉彬(M)「幕府が備えぬと言うのなら、我らが備えねばならぬ……!」

N「斉彬は鹿児島に集成館を作り、西洋の産業を取り入れようとした」


〇浦賀

沖合に停泊する四隻(二隻外輪船、二隻帆船)の黒船。海岸には、それを見物しよ

うという野次馬が集まっている。黒船の巨大さに、騒然としている野次馬たち。

N「嘉永六(一八五三)年六月三日、アメリカのペリー提督が、四隻の黒船を率いて来航する」

野次馬「あんな大船、見たことがねえ……」

野次馬「船の横に車がついてるのは、何なのかねえ。煙突が煙を噴いてるのは、飯でも炊いてるんだろうけど」

見物人の中に、坂本龍馬(十八歳)。いきなり刀を抜いて、黒船に向かって構える。

驚いて離れる周囲の野次馬たち。

龍馬「異人の首、取っちゃるき!」

龍馬は真剣だが、その姿はあまりにも蟷螂の斧である。その滑稽さを笑う野次馬たち。龍馬もつられて笑い出し、刀を納める。


〇江戸・勝塾

勝海舟が瓦版を読みふけっている。その周囲に数人の若い弟子たち。

N「無役の御家人・勝海舟は自費で蘭学を学び、江戸の田町に私塾を開いていた」

弟子「勝先生、その瓦版は?」

海舟「驚くなよ、老中首座の阿部正弘さまが」


〇阿部正弘(三十五歳)

正弘「アメリカのペルリ(ペリー)の再度の来航に備えるため、よい思案のある者は、身分を問わず申し出よ」


〇江戸・勝塾

ざわめく塾生たち。

海舟「こうしちゃいられねえ!」

さっと紙に意見書を書き始める海舟。

海舟の意見書「まずは個々の国ではなく、日本全体を守る海軍こそ必要と存じ候。そのためには……」

N「この海防意見書が阿部正弘の目に止まり、無役の御家人であった勝海舟は、後に設立される、長崎海軍伝習所に入門する機会をつかむ」


〇江戸城・松溜の間

井伊直弼(三十八歳)と間部(まなべ)詮(あき)勝(かつ)(四十九歳)が会話している。

直弼「阿部どのはどうかしておられます! 幕臣はともかく、外様大名や庶民にまで、幕政に口を出させるとは……公儀の権威は、地に落ち申した!」

詮勝「して、直弼どのには、何か腹案がござるのか」

直弼「鎖国は不可能! となれば、開国するよりございますまい」

驚く詮勝。

直弼「日本が鎖国しておる間に、異国は風がなくとも進む、大砲を乗せた大船を作るほどに賢くなってござる。開国してその知恵を盗み、奴らに追いつかねばならぬ」

N「老中たちの中で唯一『開国』を主張したのは、後に大老となる井伊直弼ただ一人であった」


〇応接所

臨時にしつらえられた応接所だが、それなりに格式を感じさせる作り。

ペリーと林復斎(幕府大学頭、五十三歳)が通訳を介して話し合っている。ペリー側にも幕府側にも複数の役人。

復斎「……交易は致しかねる。この線は、譲れませぬ」

ペリー「わかりました。交易については、あらためて話し合いましょう」

N「翌年一月、ペリーは約束の期限を待たずに再来港し、幕府はやむを得ず日米和親条約を結んだ。その直後のことである」


〇浦賀、ポーハタン船上(夜)

びしょ濡れの吉田松陰(二十五歳)と金子重之輔(二十三歳)が、通訳を介してペリーと話している。

松陰「私は何としても異国をこの目で見たいのです! どうか私たちを、米国までお連れください!」

必死の松陰だが、ペリーは首を横に振り

ペリー「今、私は日本と交渉の最中です。そんな時にあなた方を受け入れることは、信義にもとり、交渉の妨げとなる。お引き受けすることはできません」

水兵が落胆する松陰たちを連れて行く。ペリー、通訳に

ペリー「……あのような勇敢な若者たちが大勢いるのなら、いつかこの日本は、恐るべき国となるかもしれぬ」

ぽかんとしている通訳。

N「松陰は密航の罪をとがめられて長州藩預かりとなるが、松下村塾を開講、高杉晋作・伊藤博文ら多くの志士を育てる」


〇下田玉泉寺・アメリカ領事館

タウンゼント・ハリス(アメリカ総領事・五十四歳)が岩瀬忠震(幕府目付・四十歳)と会見している。

ハリス「私をいつまで下田に押し込めておくつもりか! いざとなれば単身江戸に出て、大君(将軍)に面会を申し出る!」

忠震「貴君の要望は幕閣に届いており申す。今しばらくお待ち願いたい」

N「アメリカは総領事・ハリスを日本に派遣し、通商条約調印のための交渉を開始した」


〇江戸城の一室

堀田正睦(老中首座・四十九歳)が井伊直弼(四十四歳)・松平忠固(四十七歳)ら老中たちと相談している。

直弼「ハリスをぶらかす(ごまかして時間を稼ぐ)のも、もう限界です」

忠固「水戸のご老公(斉昭)さまや松平慶永さまの、『一橋慶喜さまを次期将軍に』との運動も何とかせねばなりませぬ」

正睦「……阿部どのが生きておれば……いや、詮無いこと……」

N「幕府は開国問題に加え、次期将軍を巡っての対立をも抱えていた」


〇一橋派と南紀派

一橋派は、斉昭・斉彬・慶永など。南紀派は直弼・忠固・大奥など。

N「次期将軍に、英邁(優れた人物)と見られていた一橋慶喜(十五代将軍)を推す一橋派と、血筋の近い徳川慶福(家茂・十四代将軍)を推す南紀派との対立である」


〇江戸城の一室

正睦「……いや、この二つの問題、一度に解決できるかも知れぬ」

直弼「と申しますと」

正睦「朝廷に、開国と次期将軍の選定について、勅許をいただくのだ」

驚く直弼と忠固。

忠固「そ、そんなことをなされては……」

直弼「(忠固を目で制して)……まことに結構なご思案と存じまする」

正睦に見えないように、黒い笑みを浮かべる直弼。


〇京都御所

御簾の向こうに孝明天皇。離れて平伏している正睦。

孝明天皇の侍従「勅許は出せぬ。開国については今一度、御三家と相談せよ」

呆然とする正睦。

N「しかし夷狄嫌いの孝明天皇は開国の勅許を出さず、将軍継嗣問題についても沈黙した」


〇江戸城の一室

京都から戻った正睦を出迎える井伊直弼(大老)。

直弼「余は大老として、上様と諮り、慶福さまを将軍継嗣と決した」

呆然として、口をあんぐりと開ける正睦。

N「そして大老・井伊直弼の元、勅許を得ぬまま、日米修好通商条約が締結された。関税自主権がなく、治外法権が認められているなどの不平等条約であった」


〇江戸・伝馬町牢屋敷・刑場

斬首される吉田松陰。

N「権力の座に就いた井伊直弼は、斉昭・慶永らを謹慎させるなど一橋派を弾圧、さらに吉田松陰や、慶永の懐刀であった橋本左内を刑死させるなど強権を振るう。これら一連の弾圧を『安政の大獄』と呼ぶ」


〇井伊直弼

直弼「力ある幕府を、いま一度……!」


〇海を行く咸臨丸

甲板の勝海舟(三十八歳)。

N「安政七(一八六〇)年二月、幕府は遣米使節団を派遣する。うち咸臨丸は、日本人だけが操船する船であった」


〇薩摩・鶴丸城

西洋式軍隊の調練を閲兵している島津斉彬(五十歳)と島津久光(斉彬弟、四十一歳)。

斉彬「井伊どのの好きにさせていては、日本の将来のためにならぬ。私はこの三千の兵を率いて上京する!」

驚く久光。

斉彬「そして朝廷を動かし……」

突然血を吐いて倒れる斉彬。

久光「兄上!」

N「斉彬の急死により、この卒兵上京計画は中止となった」


〇江戸・桜田門外(雪)

駕籠に乗った井伊直弼の行列に襲いかかる、十七名の水戸浪士と一名の薩摩藩士。

水戸浪士の一人がピストルを駕籠めがけて発射する。

N「安政七(一八六〇)年三月三日、登城中の井伊直弼は、水戸浪士らの襲撃を受けて討ち取られた。これによって幕府の権威は、決定的に失墜したのである」


〇横浜・両替商

アメリカの水兵たちが列を為している。

アメリカ水兵「私ノ銀ヲ、日本ノ金ノ小判ニ替エテ下サイ」

不審に思いながらも両替する商人。

N「実は欧米と日本では、金と銀の交換レートが違ったため、海外から銀を持ち込んで日本で金に両替するだけで、莫大な利益を上げることができた。幕府がそれに気づいて交換レートを是正するまでの間、およそ十万両の金が海外に流出したと言われている」


〇米屋

店主と客が言い合いをしている。

客「米一升の値段が、一ヶ月で倍になるってのはどういうわけだ!」

店主「問屋が値上げをしたんだから仕方ねえだろう!」

N「通貨の価値が暴落した日本国内では、ハイパーインフレーションが起き、庶民生活を直撃したのである」

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