第五巻 第六章 天保の改革と迫る外国船

〇浦賀

沖合から、米国旗を掲げたモリソン号が接近してくる。

しかし沿岸の砲台から砲撃され、やむなく引き上げていく。

N「天保八(一八三七)年六月二十八日、日本人漂流民七名を乗せた米国船・モリソン号が浦賀に接近するが、『異国船打払令』によって砲撃され、打ち払われた」


〇高野長英邸(夜)

『戊戌夢物語』を書いている長英(三十四歳)。

長英(M)「漂流民を送り届けに来た異国船を、砲撃を以て打ち払うなど、日本はどれほど没義道(道理を心得ない)の国と思われたであろうか……!」


〇江戸城の一室

水野忠邦(老中・四十六歳)と鳥居耀蔵(目付・四十四歳)が『戊戌夢物語』を前に相談している。

忠邦「『戊戌夢物語』高野長英著、か……」

耀蔵「蘭学者ごときが、ご政道を批判する書物を流布する……このようなことをさし許しては、公儀の権威に傷がつきまする」

忠邦「うむ。大御所さま(家斉)のご政道は、民草に対し甘すぎるのだ」


〇捕縛される高野長英

N「天保十(一八三九)年、高野長英・渡辺崋山ら高名な蘭学者たちが、一斉に捕らえられ、伝馬町の獄に入れられた。これを『蛮社の獄』と呼ぶ」


〇正装の水野忠邦

N「天保十二(一八四一)年、大御所・家斉が死去すると、老中首座の水野忠邦は、家斉の寵臣たちを粛正、綱紀粛正と農本思想を柱とする改革を開始する」


〇江戸・下町

役人たちが町人たちを取り調べている。

役人「生まれが江戸でない者は、みな生国へ帰るようお触れが出た!」

町人「そんな! 生国に帰ったら、どうやって食っていけばいいだ!」

役人「田を耕して年貢を納めよ!」

逃げる町人たちを捕らえる役人たち。

N「すでに一大経済都市となっていた江戸には、多くの農村出身者が働きに出ていた。忠邦はこの現実を無視し、彼らを農村へ強制送還して、年貢収入を安定させようとしたのである」


〇取り壊される歌舞伎小屋

呆然と見ている関係者や町人。

役人「歌舞伎などを見て、遊びほうけておる暇は貴様らにはない! 田を耕して、年貢を納めるのだ!」

カチンと来た歌舞伎役者たち、役人にくってかかろうとする。割って入る遠山景元(江戸町奉行・中年)。

役者「お奉行さま……!」

慌てて平伏する役者たち。

景元「いや、白州じゃねえんだから、勘弁してくれ。それよりみんな、俺が何とか話をつけるから、今日のところはこらえてくんな」

N「忠邦は歌舞伎を廃絶するつもりであったが、江戸町奉行・遠山景元(『遠山の金さん』のモデル)の働きにより、浅草・猿若町で興行を続けることを許された」


〇英国船の砲撃で沈む清のジャンク船

N「天保十三(一八四二)年、アヘン戦争での清の敗北を知った幕府は、『異国船打払令』を撤回し、『薪水(給与令』を発した」


〇江戸城の一室

徳川家慶(十二代将軍・五十一歳)の前に平伏している忠邦(五十歳)。

家慶「江戸や大坂の周辺の旗本や大名の領地を、上知させようとしているそうじゃな」

忠邦「は。江戸・大坂の異国からの防衛と、年貢の円滑な納入のために……」

家慶「ただちに中止せよ」

忠邦「(狼狽して)しかし……」

家慶「余だけではない。上地を命じられた旗本や大名はもちろん、紀州も大反対しておる」

忠邦「そうおっしゃられましても……」

家慶「くどい」

N「忠邦の改革の仕上げは、江戸・大坂の周辺の土地を全て幕府直轄領にする『上知令』であったが、これが大不興を買い、忠邦失脚のきっかけとなった」


〇丸亀・鳥居耀蔵幽閉先

狭い部屋で正座している鳥居耀蔵(老年)。

N「忠邦の腹心であった鳥居耀蔵は、忠邦を裏切って地位を保つが、後に忠邦が一時的に復帰すると報復され、明治時代まで丸亀藩に幽閉された」


〇江戸城の一室

阿部正弘(老中、二十七歳)が江川英龍(江戸韮山代官、四十五歳)を謁見している。

正弘「水野どのの時代は、さぞかし苦労されたことであろう。これからはそちにも存分に働いてもらうぞ」

平伏する英龍。

N「弘化二(一八四五)年、老中・阿部正弘は、海防掛を常設の役職とし、異国船対策に本腰を入れはじめる」


〇薩摩・鶴丸城・白州

島津斉彬(薩摩藩主・四十三歳)がジョン万次郎(二十五歳)を謁見している。

N「嘉永四(一八五一)年、漂流してアメリカ船に保護され、アメリカで八年間を過ごしたジョン万次郎が日本に帰国する」

斉彬「アメリカの政治について、知っておるところを申せ」

万次郎「アメリカでは、民の入れ札で選ばれた、最も賢い者が君主となります。それを四年ごとに繰り返します」

唸る斉彬。

N「琉球で薩摩藩に保護された万次郎は、藩主・斉彬直々に取り調べを受け、最新のアメリカ事情を詳しく語った。後に長崎奉行所に移送され、幕府も同じ情報を得る」


〇歌川広重・葛飾北斎らの浮世絵

N「浮世絵師の歌川広重や葛飾北斎が活躍したのもこの時期。欧米との貿易がはじまると、彼らの浮世絵も輸出され、ヨーロッパの画家たちに大きな影響を与えた」

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