第一巻 第七章 壬申の乱

〇大海人王子(三十八歳)

N「天智天皇七(六六八)年、中大兄王子が天智天皇として即位すると、弟の大海人王子は東宮(皇太弟)として、その政治を補佐した」

〇近江宮の一角

大海人と天智(四十三歳)が会話している。

天智「かつて我が国は、唐の圧倒的な国力に敗れた。これからは唐に学び、強大な国家を作って行くのだ!」

大海人「兄上、私も微力を尽くしてお手伝い申し上げます」

満足げにうなずく天智。

大海人(M)「……確かに唐は進んだ大国だ。だが、唐にべったりでは、属国にされてしまうかもしれない。独立を保つためには、独自の外交も模索せねばならぬのではないか……?」

〇大友王子(弘文天皇、二十四歳)

N「多くの者が、大海人こそが天智の後継者であると思っていたが、天智天皇十(六七一)年、天智天皇は息子の大友王子を太政大臣に任命する」

〇唐と新羅

高句麗はすでに滅亡し、半島は新羅が統一している。

N「折しも唐と新羅の戦争がはじまり、両国とも日本に軍事援助を要請してきていた」

〇近江宮の一角

病の床の天智(四十六歳)を、大海人(四十一歳)が見舞っている。部屋の隅に大友。

天智「私はもう長くない……だが、大友はまだ若い。次の大王には、お前がなってくれない

だろうか」

驚く大海人。だが、天智の目は真剣である。部屋の隅の大友、かたずを飲んで見守る。


〇大海人の回想

蘇我安万呂が大海人に警告している。

安万呂「大王は、あなたが大友王子を廃して、王位を狙っていると恐れておいでです。大王が『お前を次の大王にする』とおっしゃっても、決してお受けにならぬよう。お受けになれば、あなたは大王に殺されるでしょう」

〇近江宮の一角

大海人、しばし沈黙してから

大海人「……大友王子はまだお若いですが、きっと立派な大王になられることでしょう。私は出家して、吉野に隠棲します」

深々と一礼して退出する大海人を、複雑な表情で見送る天智。

大友、天智の元に駆け寄り

大友「父上、あれは果たして、叔父上の本心でございましょうか?」

大友、大海人の退出した方向を見やって

大友「虎に翼をつけて、野に放ったことにならねばよいのですが……」

不安げな大友と、複雑な表情の天智。

〇近江宮の一角

朝廷を主宰する弘文天皇(二十五歳)。

N「天智が亡くなると、翌天武天皇元(六七二)年には大友王子が弘文天皇として即位、朝廷を主宰した」

弘文「唐と新羅の両国が、ともに我が国に軍事援助を求めて来ている。この機会に唐を援助し、唐との関係をより深めていきたい。それが亡き父の志でもある」

うなずく廷臣たち。

〇吉野宮、広間

大海人(四十二歳)と、妻の鸕野讃良王女(二十八歳)が、密偵からの報告を受けている。

大海人「唐に一方的に肩入れするのは、果たして我が国のためになるのであろうか……?」

鸕野讃良「高句麗なき今、新羅が敗れれば、半島の全てが唐の物となります。そうなってしまえば、唐と我が国を隔てる物は海峡のみになってしまうでしょう」

考え込む大海人。

と、血相を変えた舎人が駆け込んできて、

舎人「美濃や尾張で、朝廷の役人が徴兵をはじめました!」

大海人「(冷静に)慌てるな、唐への援軍の準備であろう」

と、別の舎人も飛び込んできて、

舎人「朝廷の兵が、宇治橋を封鎖しています!」

これには大海人の顔色も変わる。

大海人「宇治橋を封鎖したと言うことは、ここ吉野への物資の移動が抑えられたということか……」

皇女「大王の……いえ、大友の意図するところは、もはや明らかです。王子、ご決断を」

大海人、深くため息をついて

大海人「……向こうから仕掛けて来たとあっては是非もない。それに、誤った外交が我が国を危うくするのも見過ごしてはおけぬ……」

大海人、立ち上がって

大海人「挙兵して、大友王子を討つ!」

頷いた舎人たち、飛び出して行く。

〇関ヶ原

激突する両軍の兵士たち。

N「東国で兵を集めた大海人は、関ヶ原で大友軍と激突。敗れた大友王子は自害し、翌年、大海人は飛鳥岡本宮(後の飛鳥浄御原宮)で、天武天皇として即位した」

〇勝利する新羅軍

N「この戦乱のため、日本は唐だけでなく、新羅にも軍事援助をすることはできなかったが、六七六年、新羅は自力で唐軍を撃退する」

〇飛鳥浄御原宮、宮廷

天武(四十六歳)、鸕野讃良(三十二歳)らが廷臣たちと会議している。

天武「新羅に味方することはかなわなかったが、これはよい機会でもある。我が国はこれより、唐とも新羅とも対等な国家として、両国との外交を進めていきたい。それにはまず、唐に劣らぬ律と令を制定することが第一である」

うなずく廷臣たち。

N「『律』は刑法、『令』は行政法を意味する。律令を整備するということは、近代的な法治国家としての形を整えることに他ならなかった」

〇天武に朝貢する新羅の遣い

N「天武の治世の間には、遣唐使は派遣されなかったが、新羅には朝貢使を求めている。新羅は唐への対抗上、どうしても日本との外交関係を必要としていたのである」

屈辱を押し殺している朝貢使。

〇飛鳥浄御原宮の一角

稗田阿礼らが、『古事記』『日本書紀』の編纂作業をしている。

N「天武天皇十(六八一)年、天武は稗田阿礼らに命じて、後に『古事記』『日本書紀』となる、歴史書の編纂作業を開始させる」

そこに入ってきた天武(五十一歳)、紙に大きく『日本』『天皇』と書く。顔を見合わせる阿礼たち。

N「この時に国号としての『日本』、尊称としての『天皇』が制定されたと考えられている」

〇藤原京の建築現場

天武(五十六歳)・鸕野讃良(四十二歳)が、舎人らと共に作業を見学している。

天武「后よ、ここに新たな京を作るのだ。これまでのように一代ごとに都を移し、宮殿を建て替えるのではなく、末代まで政を行える、偉大な京をな」

天武を頼もしげに見る鸕野讃良。

N「天武は藤原京の完成を見ることなく天武天皇十五(六八六)年に亡くなる。鸕野讃良は夫の跡を継いで即位、持統天皇となり、持統天皇八(六九四)年、藤原京を完成させて遷都した」

〇藤原宮

持統天皇(五十歳)が香久山を見上げて歌を詠んでいる。

持統「春過ぎて 夏来るらし 白妙の 衣干したり 天(あめの)香(か)具山(ぐやま)」

N「この歌は小倉百人一首にも選ばれた」

〇藤原宮

大宝律令を読み上げる文武天皇(十九歳)。

N「天武天皇が制定を命じた律令は、大宝元(七〇一)年、大宝律令として公布される。すでに天武は亡く、その孫・文武(もんむ)天皇の治世であった」

〇唐の宮廷

則天武后(女帝、七十八歳)に謁見する、粟田真人(中年)ら遣唐使たち。

N「大宝二(七〇二)年、日本はついに唐との正常な国交を回復すべく、遣唐使を派遣する」

武后、国書を見て

武后「『日本』……? その方らは、倭国の者どもではないのか」

真人「倭国は生まれ変わりました。これからは『日本』とお呼びください。また、『倭王』ではなく『天皇』と」

遣唐使を視線で威圧する武后。受けて立つ真人。武后、笑って

武后「ははは、面白い。よかろう、認めてつかわす」

ほっとする遣唐使一同。

N「日本は動乱の東アジアの中で、新たな地位を確立したのである」

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