第一巻 第三章 ムラからクニへ

〇環濠集落

水を張った堀と木の柵に囲まれた、三十戸ほどの竪穴式住宅。五件ほどの高床式倉庫。中央には、木造の大きな建物。柵の近くには、木製の物見櫓が立ち、弓を手にした見張りが立っている。

集落の周囲には水田が広がり、農民たちが石庖丁を使って、稲刈りに勤しんでいる。

見張りの声「大変だ! 敵が攻めてくる!」

遠くからときの声が聞こえる。

慌てふためく農民たち。稲刈りを中断し、弓矢を取りに走る。

村に向かって、数十人の、青銅器の武器で武装した男たちが攻め込んでくる。見張り台からの弓矢で何人かが倒れるが、構わず攻め込んでくる敵。

村人「俺たちの収穫を取られてたまるか!」

集落の男たち、弓を取って堀の内側に集まり、敵軍に向けて射る。敵軍からも射返してくるが、集落からの矢の方が明らかに多い。

前進を止め、じりじりと引き返していく敵軍。集落から歓声が挙がる。

残された敵兵の死体の中に、まだ息のある者がいる。

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広場の中で縛り上げられている敵兵。負傷には一応の手当てがされている。

村長・ヤオハル(三十歳くらい)が敵兵(二十歳くらい)を訊問している。

ヤオハル「どうしてこの村に攻め込んできた」

敵兵「……先月の大嵐で、うちの村の稲は全滅したんだ」

ヤオハル「言ってくれれば、少しくらいは食料を分けてやったのに……」

敵兵「断られたら俺たちは飢え死にだ! 力尽くで奪うしかなかった……」

敵兵の必死の形相に、憐憫の情を催す村人たち。ヤオハル、村人に合図して、敵兵をほどかせる。

ヤオハル「……お前、自分の村に帰れ」

敵兵「い、いやだ! 帰ったら俺も飢え死にだ!」

敵兵、哀れみを乞うように

敵兵「なあ、この村に置いてくれ! 働く! 何でもする!」

顔を見合わせる村人たち。

ヤオハル「……お前は生口(せいこう、奴隷のこと)になるが、それでもいいのか」

敵兵「構わない! 飯さえ食わせてくれれば!」

ヤオハル「みんな、いいか」

うなずく一同。歓喜する敵兵。

N「人類は農耕をはじめたことにより、食料の安定した供給と引き換えに、飢餓と戦争に対処しなくてはならなくなったのである」

〇村の広場(夜)

村人たちが収穫を祝って祭りをしている。

かがり火の側では大型の銅鐸が打ち鳴らされ、それに合わせて踊る村人たち。

N「銅鐸の使い道は長らく謎とされてきたが、近年では祭祀に使われた楽器説が有力である」

村人たちは、高坏(たかつき)に食べ物を持って食べている。

村人の輪の外で、ぽつねんと座っているミシロウ(敵兵)。ヤオハル、酒の入った器を持って近づき、

ヤオハル「飲め」

ミシロウ「(驚いて)い、いいのか?」

ヤオハル「今日は祭りだ」

器を受け取り、嬉しそうに酒を飲むミシロウ。

N「縄文時代から果実酒らしき物が作られていた形跡があるが、米が主食となった弥生時代になると、本格的に酒造りがはじまる」

ヤオハル(M)「今回は敵を撃退できた。だが、もっと大勢で、もっといい武器で攻めて来たら……」


〇見張り台

ヤオハルが遠くを眺めている。と、近づいてくる影に気がつき、弓矢を手に取る。

近づいてくるのは、男女十人ほどの、見慣れぬ衣装の集団(渡来人)である。彼らが武装していないのを確認して、

ヤオハル「おおい! 見慣れない奴らが来る! 用心しろ!」

弓矢を持ったまま見張り台を降りるヤオハル。弓矢や青銅器の矛で武装した何人かがそれに従う。


〇村の入り口

渡来人たちを出迎える、武装したヤオハルたち。渡来人たち、手に武器を持っていないことを示してから、リーダーのソンイル(三十歳くらい)が進み出る。

ソンイル「お前たちの言葉が話せるのは俺だけだ」

ヤオハル「海の向こうから来たのか?」

ソンイル「そう。助けて欲しい」

顔を見合わせるヤオハルたち。


〇大きな建物


〇建物・内部

ヤオハルとソンイルが話し合っている。少し離れて、村人たちと渡来人たち。

ソンイル「海の向こうで、大きな戦があった。村が焼かれたので、逃げて来た」

ヤオハル「海からここまでは遠い。なぜこんなところまで?」

ソンイル「海の近くに、いくつもの村をまとめた、大きな村がある。最初はそこに入れてもらおうと思った。だけど、生口にされそうになったので、逃げて来た」

ヤオハル「その大きな村には、何人くらい住んでいる」

ソンイル「三百人くらいだと思う」

村人「俺たちの村の三倍以上だ……!」

ヤオハル「助けてくれたら、これをやる」

ソンイル、袋の中から鉄剣を取り出す。ヤオハル、手に取って

ヤオハル「見たことのない金属(かね)でできている……」

ソンイル「青銅の剣よりずっと強い。試してみてくれ」

ヤオハル、青銅剣を持ってこさせて、鉄剣で斬りつける。真っ二つになる青銅剣。驚きの声をあげる村人たち。

ソンイル「時間と材料があれば、たくさん作れる」

ヤオハル「だが大きな村に追われているんだろう?」

ソンイル「そうだ。助けてくれ」

ヤオハル「……みんなで相談する。とりあえずどうするか決まるまで、村に居ていい」

ソンイル「ありがとう」

ヤオハルの拳をぎゅっと握るソンイル。

ヤオハル(M)「他の村とも相談しなくては……!」

深刻に青ざめているヤオハル。

〇ヤオハルの村・集会場

ヤオハルと周辺の村々の長が集まっている。

ヤオハル「……ということになっている。おそらく、その大きな村の兵隊が、遠からず探しにくるだろう」

村長「そんな奴ら、引き渡してしまえばいいではないか」

村長「いや、そのままおとなしく引き上げるとは限らない。ついでに我々の村も襲っていくかもしれん」

村長「……ヤオハル。何か考えがあって、我らを集めたのだろう」

ヤオハル、うなずいて

ヤオハル「俺たちの村一つ一つでは、大きな村にかなわない。しかし、俺たち全部が力を合わせれば、勝てるかもしれない」

村長「……勝算は、あるのか」

ヤオハル、うなずいて、脇に置いてあった鉄剣を手に取り、銅剣を真っ二つにしてみせる。驚嘆する村長たち。

ヤオハル「この武器は、まだあまり数はない。そこで……」


〇草原

百人を超える「大きな村」の武装した兵士たちが移動している。武装は弓矢と、青銅器の剣や矛、木の盾と鎧。

と、その前にヤオハルが立ちはだかる。

ヤオハル「そんな大勢で、武器を持って、何をしに来た」

リーダー(三十歳くらい)「お前たちの村に、海を渡って来た奴らが逃げ込んだろう。引き渡してもらう」

ヤオハル「……引き渡したらおとなしく引き上げるのか?」

馬鹿にするように笑って答えないリーダー。兵士たちも馬鹿にしたように笑う。

ヤオハル「……彼らは引き渡さない。俺たちの村にも手出しはさせない」

ヤオハル、鉄の剣を掲げる。それを合図に、隠れていた村人たちが大勢出てくる。慌てる兵士たち。

ヤオハル「この剣の威力は知っているだろう。おとなしく引き上げないと、ここでお前たちを皆殺しにする」

兵士たちが意気消沈しているのを見て、歯がみするリーダー。

リーダー「……覚えていろ。必ずお前たちの村も、征服してやる」

引き上げていく兵士たち。わっと歓声をあげる村人たち。ほっと大きく息を付くヤオハル。


〇村の広場

かがり火が焚かれ、銅鐸が打ち鳴らされ、村人たちが踊っている。ヤオハルの村人だけでなく、周辺の村の村人も踊っている。渡来人も踊っている。

ヤオハルと村長たちが、車座になって酒を酌み交わしている。

村長「ヤオハル、何もかもお前のおかげだ」

ヤオハル「何を言う。みんなで力を合わせたからだ」

村長「……だが、大きな村の奴ら、必ずまた攻めてくる」

村長「そこでみんなで相談したのだが……俺たちも大きな村を作ろう」

村長「長はヤオハル、お前だ」

驚くヤオハル。

ヤオハル「いや、俺はそんな……」

村長「バラバラでは奴らに勝てない。力を合わせ、鉄の武器をたくさん作って、自分たちで身を守る」

皆の視線を受けるヤオハル。ぐっと杯を干して、

ヤオハル「できるかどうかわからないが、やってみよう」

わっと歓声をあげる村長たち。それっとヤオハルを取り囲み、胴上げする。

村長「ヤオハルは村長の長……大長だ!」

困惑しながらも、責任の重さに身震いするヤオハル。

N「このようにして、村々は自衛のために団結し、いつか大きな村は『クニ』と呼ばれるようになっていった」


〇漢の宮廷

日本人の使者団が、漢の皇帝から金印などを授かっている。豪奢な漢の服装や内装に比べ、あまりにもみすぼらしい日本人使者団。


〇金印のUP

N「江戸時代の天明年間、現在の福岡県の志賀島で、『漢委奴國王』と刻まれた金印が発見された。この金印を与えられた『國王』も、こうしたクニの長の一人であったと考えられている」

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