第255話 王都案内④

多目的レース場を抜けると賑やかな活気のある声が消え。じめっとした陰鬱な空気が流れる場所へと入る。すこし薄暗い通りをオリンお嬢様に先導されながら通る。

遠くからも屋根が少しボロボロの家々などが並んでいる。


ギャギャあ?

(ここは?。)


俺はここがどういう場所か。だいたい察していたがオリンお嬢様に一応たずねる。


「ここはスラム街よ。色々な事情で夢破れたものが集う場所。ご免なさいね。ちょっと私用で寄らなくちゃいけないところがあるんだけど。」


オリンお嬢様は申し訳なそうに謝罪する。

スラム街に貴族のお嬢様が何の用なのだろう?。


オリンはちらっと視線をライナの背中に乗せるマリス王女に向ける。マリス王女は疲れてしまったか。ライナの背中でスヤスヤと寝息をたてていた。

マリス王女の専属メイドであるメイドのメニーさんは周囲を警戒している。


「大丈夫なのですか?。」


パールお嬢様はスラム街と聞いて心配になる。騎竜乗りとしてそれなりの戦闘訓練を受けてはいるが。スラム街と聞いて治安の悪いのではないかと心配になる。


「大丈夫ですよ。騎竜連れなら誰もおそってこないですから。」



騎竜連れてなかったら襲いに来るんですか?と突っ込み入れたくなるが。まあ、ここはスルーすべきだろう。

オリンお嬢様はスラム街の通りを抜けると少しひらけた場所に到着する。こじんまりした施設が建っている。そこには小さな子供達が楽しく騒いで遊んでいる。


「あっ!オリンお姉ちゃん!?。」

「フェニスもいる!。」

「オリンお姉ちゃあーーん!!。」


施設の前で遊んでいた子供達がオリンとフェニスに視界に入るとわっと嬉しそうに駆け寄ってくる。


「みんな元気でしたか?。」

「元気だよ。アルミスなんかレースの真似事して少し怪我したくらいだし。」

「だ、大丈夫なんですか?」


オリンは慌てて視線を巡らし。アルミスという少女の姿を探す。


群がる子供達の中からおずおず所々生傷のある少女が前へ出てくる。


「へへ、大丈夫よ。私は将来は立派な騎竜乗りになるんだから!。そしたらもっとこの孤児院を立派にするんだ!。」


アルミスの無事な姿にオリンはホッと胸を撫で下ろす。


「無理しないでね。アルミス。騎竜乗りを目指すのも自由ですけど。それで大怪我したらもともこうもありませんから·····。」

「ご、ご免なさい····。」


アルミスという少女は素直に謝る。


「それよりお土産を買ってきたの。」


ガサガサ

オリンお嬢様は南地区のお店で買ったと思われる大きな紙袋を孤児院の子達の前で広げる。


「わあ~!!。バブルベーカリーの騎竜パンだ!。」


子供達は嬉しそうに竜の形をしたパンに飛び付き。次々に紙袋に入っている竜の形をしたパンを手に取る。


「私は薔薇竜騎士団の黒薔薇竜パンよ!。」

「お!俺は狂姫のマッスル竜パンだ!。」

「あっ!?、私は絶帝竜パンね。」


竜の形をしたパンを手に取った孤児院の子供達が次々その騎竜の種類を言い当てはしゃいでいる。


ギャアラギャ?

(騎竜パン?。)

「王都で歴代にレースで名を残した騎竜達は王都のバブルベーカリーの騎竜パンになるの。バブルベーカリーは王都で有名で。パンになるだけで世界に名を残したと認めるくらい有名なのよ。」


王都に詳しいカリスお嬢様がバブルベーカリーの騎竜パンの説明をする。


「いつもすみませんねえ。オリン様。」

「いいえ、院長。私が好きでやってることですから。」


孤児院の院長はオリンお嬢様に会釈していた。


「フェニス、遊んでよ!。」

「悪いわね。今日は用があるからまた今度ね。」

「ええ~。」


鳳凰竜フェニスも孤児院の子供達と親しそうにしている。孤児院の子達は遊んで貰えず残念そうにしている。


「オリン、この子達は?。」


事情を知らないアイシャお嬢様がオリンお嬢様にたずねる。


「この子達はスラムの孤児よ。色んな理由で孤児院に引き取られたの子達よ。私がこの孤児院に寄付しているの。」

「へえ~凄いねえ。」


アイシャお嬢様はオリンお嬢様の行いに素直に感心する。


「オリン様、今年も孤児院は財政が不足しております。今月は子供達に満足に食事を与えられるかどうか。」


孤児院の院長はオリンお嬢様に相談していた。


「そうなのですか!。なら急いでレースに出場してお金をつくらないと。」

ギャラギャガアギャ?

(どういうこと?。)


俺は竜首を傾げる。

アイシャお嬢様はマーヴェラス家の財政難で稼がなくちゃいけないと解るが。オリンお嬢様は王都の貴族である。アイシャお嬢様のように稼ぐ必要性はないと思うが。


「オリンの家のナターシス家はスラムの孤児院に寄付することには猛反対なのよ。だからオリンが直にレースに出場して稼いでいるわけ。でも多目的レースでは賞金が一般の年に一回行われるレースよりも安くてね。しかも年に一回行われる遠出のレースに関してはシャンゼルグ竜騎士校の申請が必要なの。シャンゼルグ竜騎士校の国外のレース出場するのは基本自由なのだけど。動機を書く必要性があるの。スラムの孤児院の寄付と書いたら受理されなかったのよ。」 

「そんな·····。」


鳳凰竜フェニスの主人の実情にアイシャお嬢様はショックを受ける。


「あの、オルドス国王に掛け合ってみたらどうですか?。オルドス国王なら孤児院の財政を保障してくれるとおもいますが。」


マリス王女専属メイドであるメニーが孤児院の院長に提案する。


「残念ながらそれは無理なのです。オルドス国王に相談しても取り巻きの王侯貴族が猛反発を受け。受理されることはありませんでした。スラムに与える金は無いといって。」

「それだけじゃないわ。神竜聖導教会でも孤児を引き取るんだけど。彼等は選別して孤児を引き取るのよ。」


鳳凰竜フェニスは忌々しげにオレンジ色の細眉がつり上がる。


「選別?どういうことですか?。」


パールお嬢様は困惑する。


「神竜聖導教会の孤児院は優秀な信徒を育成するための機関よ。彼等は能力のあるものを選別し。孤児を引き取るの。特に彼等が崇める救世の聖女と同じ光属性の魔法の才を持つ子は神竜聖導教会では重宝されるわ。それ以外で魔力が低いものや光属性ではないのは弾かれて。ここのスラムの孤児院に行き着くと王国の財務をしているお父様が言っていたわ。」


王都に詳しいカリスお嬢様は神竜聖導教会の実情を話す。


「もしや財務官のデーベル・ナイン様のご息女ですか?。」


シャンゼベルグ城のメイドとして働いているメニーが面識のある財務官のことをカリスお嬢様にたずねる。


「ええ、まあ····そんなとこね····。」


カリスは父親に触れて少し言葉を濁し。顔を背ける。


「私達も貴族達に孤児院の寄付を募っているのですが。現状かんばしくはありません。」


孤児院の院長は不安げに眉を寄せる。


················

子供達は孤児院のどんよりとした空気を感じとり。静かに沈黙していた。


「ライナ。私、考えあるんだけど····。」


突然アイシャお嬢様は俺の竜の耳許で小さく小声を挟む。


ギャアギャ?ギャアラギャ

(何ですか?アイシャお嬢様。)


アイシャお嬢様の発する小さな声の吐息が少し竜耳にこそばゆい。


「私さっきヴァーミリオン商会のセネカさんから出資者になる話があったよね。」

ギャアラギャガアギャラギャギャラギャガアギャラギャガアギャアガアラギャアガアギャアギャラギャ

(ええ、承諾しましたね。ヴァーミリオン商会のワッペンを貼ったままレースに出場すると自動的にヴァーミリオン商会から資金がでるとヴァーミリオン商会の会長の娘であるセネカさんからきいております。)


確か1レースに金貨30枚だっけ。出来高制で有名になればなるほどその金額が上がっていくそうだ。スポンサーである他の商会も更に付いてくるらしい。

最強の一角となると多数の商会付きなら小さなレースでも1レース金貨千枚はくだらないそうである。狂姫のラチェット・メルクライの三大陸制覇を成し遂げたなら神竜銀貨300枚にも及ぶという。


「私、その資金をここの孤児院に寄付したいの。いいかなあ?。」

ギャアラギャ!?

(本気ですかっ!?。)


アイシャお嬢様の案に俺は竜瞳を見開き驚く。

没落したマーヴェラス家を復興するために資金を稼がなくてはならないのに。折角のスポンサー料をアイシャお嬢様は孤児院に寄付するというのだ。優しいアイシャお嬢様に寄付することに関して反対しないが。マーヴェラス家復興が長引くような気がする。


「私の家も苦しいけど。別に食べ物や暮らしに困ってないでしょう?。」


ギャアラギャガアギャラギャアギャアラギャガアラギャアギャアガアギャラギャギャアラギャギャラギャギャアガアラギャア

(まあ、確かに家は貧乏ですが。レースとか出場して賞金を手に入れてからは食糧には困っていませんね。カーラさんの無駄な檻づくりがあるくらいですから····。)



カーラさんの無駄な出費の檻造り以外はマーヴェラス家は今のところ安定はしている。貧乏ではあるが食っていけない程の暮らしではない。


「だからヴァーミリオン商会の広告で稼いだお金を孤児院の寄付にあてたいの。マーヴェラス家の復興の資金はレースで稼ぐから心配しないで。」


アイシャお嬢様の円らな澄んだ青い真剣な眼差しに俺はぐうの音も出なかった。

こうなっては頑固な部分のあるアイシャお嬢様の決意は揺らがない。


ギャアラギャガアラギャアギャアラギャギャラギャガアギャラギャガアラギャアギャアガアギャラギャギャアガアラギャア

(はあ、アイシャお嬢様がそれでいいなら俺は構いませんけど。ただ、カーラさんだけはごもくそ垂れ流すでしょうけど。)


あの人は根っからの守銭奴である。


「カーラのことなら私が説得するよ。お父様もリリシャも話せば納得してくれると思うから。」

ギャアラギャガアラギャアギャアガアラギャアギャアギャラギャ

(解りました。アイシャお嬢様の好きにしてください。俺には資金をどうこういう権利はありませんから。)


元々アイシャお嬢様がレースで稼いだお金である。俺がどうこう言う筋合いはない。


「何を言っているの?。ライナが広告で稼いだお金だよ。半分ライナのものだよ。」


アイシャお嬢様の発言に俺の竜瞳は丸くなる。

何処まで律儀な人なんだ家の主人は。

ヴァーミリオン商会のワッペンに貼ってレースしてるからヴァーミリオン商会のスポンサー料は自分にも使う権利があると家の主人は言いたいのだろう。


ギャアラギャガアラギャアギャアラギャギャラギャギャ

(ではアイシャお嬢様。露店の肉の串焼きで手を打ちます。)


俺はこのままだとアイシャお嬢様は納得しないだろうと思い。食べ物で手を打つことにした。

王都の南地区にもどうやら俺の大好物の山賊焼きもどきがあるようなのでそれを交渉材料にする。


「相変わらずライナは露店の串焼きが好物だよね。」


アイシャお嬢様は半場呆れる。

そりゃあもう適度な塩胡椒をまぶしたゴマがついた肉の串焼きが噛む度に肉汁が溢れてじゅるり。ああ····段々食べたくなってきた。


「解った。露店の串焼きは買うけど。毎日とかは無理だからね。太るから。時々だからね。食事のバランスも騎竜にとっては大切だから。」


ギャアラギャギャギャ

(解っておりますとも)


俺は素直に竜の長首を頷く。


「オリン!。私、孤児院に寄付したいの。いいかなあ?。」


アイシャお嬢様は突然の申し出に目をぱちくりしてオリンお嬢様が驚く。


「え?良いのですか?。アイシャの家は···その····財政が苦しいと聞いておりますが。」

「いいの。さっきのヴァーミリオン商会のセネカさんから出資者の話で。レースに出場したらお金が入るみたいだから。それを孤児院に寄付にあてるわ。」

「ヴァーミリオン商会の出資者ですか?。それは凄い!。」


孤児院の院長は中央大陸を牛耳るヴァーミリオン商会が1騎竜乗りに出資者になることは相当難しいことである。見たところまだ学生で年若い少女がヴァーミリオン商会に出資されていることに驚く。


「ありがとう。アイシャ。貴方になんといっていいか·····。」


オリンはアイシャお嬢様の寄付の提案に心から感謝する。


「いいのよ。困ったときはお互い様だし。」


アイシャは笑顔で言葉を返す。


「お姉ちゃんが寄付してくれるの?。」


生傷の多い幼い少女アルミスが純粋にアイシャに言葉を投げ掛ける。


「ええ、そうよ。」

「でもその騎竜ノーマル種だよね?。」

「こら!アルミス!。」


オリンはアルミスを失礼な言葉に叱りつけようとするが。アイシャお嬢様は笑顔で静かに静止する。

ノーマル種が乗り手である騎竜乗りが孤児院に寄付することなどアルミスは考えられなかった。

アイシャはゆっくり膝を落とし。優しく言葉を掛ける。


「ノーマル種のライナはとても強いんだよ。色んなレースに出場しては勝っているんだから。」

「へえ~ノーマル種って凄いんだ~。」


アルミスは疑いもせずにアイシャの言ったことを信じる。

後にこの孤児院の生傷のたえない少女はノーマル種の乗り手となり。世界をまたにかける騎竜乗りとなる。狂姫と思わせるほどの戦闘と、あり得ないほどのノーマル種の飛行テクニックと力によって。次々とレースで勝ち上がり。世界に名を轟かせる騎竜乗りとなるのだ。彼女の戦闘スタイルと強烈なノーマル種の飛行テクニックに因み。二つ名は危ないノーマル種の乗り手。『アブノーマル』と呼ばれることとなる。

それはまた別の話····。


「アイシャが寄付するなら私もメルドリン商会として寄付するわ。」

「私も王国の財務している父に頼んでみるわ。表立ってできないけど。私個人のお願いなら聞いてくれるかもしれないから。」

「ふええ、じゃ、じゃあ、わ、私も。」


次々にアイシャお嬢様に続いて孤児院の寄付に手をあげる。


「みなさん···ありがとう····。」


オリンは感激のあまり泣き崩れる。


「良かったね。オリン···。」


ラム・カナリエは優しげに親友の背中をさする。


「ありがとう。ラム····。」


スラムのどんよりとした空気が一瞬に晴れ。スラムの孤児院に微かな光明の光が射す。

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