4-4 拓海

 柊吾から電話を受けた時、宣告された内容を、拓海はすぐに呑み込めなかった。

 湧き上がった疑問が多すぎて、最初に何を訊くべきか困ったのだ。仮に訊いたところで、この疑問に柊吾が答えられるとも思えない。

 それでも、拓海は訊いた。

『なんで、俺?』

 ――分からない、と。答えた柊吾の声も、呆然としたものだった。

 電話を受けたのは夕食を終えた八時頃だったので、翌日に七瀬も交えてファミレスに集まったが、告げられた言葉が変わるはずもなかった。

 夏の盛り、葉月の某日。

 藤崎克仁ふじさきかつみ邸の、二階にて。

 呉野和泉が、坂上拓海を待つ。

 ……指名だった。他の三者の誰でもなく、拓海が指名されていた。

 柊吾なら、分かる。七瀬でも、分かる。もし撫子であったなら多少不審に思っただろうが、撫子は和泉と面識があった。少なくとも拓海よりは、まだ理解に足るだけの理由がある。

 だが、拓海だけは違った。四者の中で拓海だけが、唯一和泉と面識がない。家主であるという七瀬の師範、藤崎克仁とさえ面識がないのだ。柊吾も不可解そうにしていたが、おそらく最も驚いていたのは七瀬だ。動揺と恐れがない交ぜになった顔で、手元の飲み物に視線を落としていた。

『私じゃなかったの? ……なんで……?』

 全員が事態の急転について行けず、軽く放心状態になっていた。

 事の発端は、今年の春に起こった『鏡』の事件にまで遡る。

 拓海達が中学三年生になったばかりの頃に――篠田七瀬の『鏡』と、呉野氷花の〝言霊〟が衝突した。柊吾達の助けを借りて事件は何とか切り抜けたが、拓海達の前には依然として、いくつもの謎が残っていた。

 氷花が持つ〝言霊〟の力。無作為に向けられる悪意。標的を定める行動原理。秘匿された家庭環境。

 そして、氷花の兄を名乗る謎の男――呉野神社の神主、呉野和泉。

 全ての謎に対して、納得のいく答えが欲しいわけではない。だが、拓海達は氷花に何ができるのかを知ってしまった。しかも氷花は、まだ東袴塚ひがしこづか学園中等部に在籍しているのだ。

 事件以降、幸いにして氷花からの接触はない。生徒数の多い学校だから偶然会わないだけなのか、それとも氷花の方でも拓海達を避けているのか、遠目に姿を目撃する事はあっても、視線がかち合う事は一度もなかった。

 ただ、そんな冷戦状態がいつまでも続くとは思えなかった。七瀬は呉野神社を訪ねた際に、和泉から不吉な予言を受けている。同時に和泉は、氷花の秘密について語る場を、夏に設けてくれると約束した。日取りについては、藤崎と繋がりのある七瀬、和泉と繋がりのある柊吾によって、少しずつ整えられていた。

 そこまでは、順調だった。二十七歳という年上の大人に話を聞きに行く緊張はあったが、一人ではなく四人なのだ。全員が気楽に構えていたと思う。

 事態が急変したのは、学校が夏休みに突入し、約束の日が三日後に迫った時だった。和泉から柊吾へ、一本の電話が入ったのだ。

 ――いわく。何人で来ても構わないが、和泉の会話相手は、あらかじめ一人だけを指定したい。そう要求されたらしいのだ。

 大人数よりも、一人の方が話しやすいから? そう予想を立ててみたが、拓海は何となく違う気がした。和泉がひもとく氷花の秘密は、拝聴する上である種の覚悟が必要になるのだろうか。

 求められた〝代表者〟は、当然、七瀬が務めるものかと思われた。約束を取り付けたのは七瀬であり、招待を受けたのも七瀬なのだ。だから柊吾は、和泉へ問い質したそうだ。それは、篠田七瀬を一人で行かせるという事か、と。

 ――いいえ、違います。

 否定した和泉の声は、おっとりとしたものだったという。

 ――もちろん僕は、七瀬さんとまたお話をしたいと思っていますよ。……ですが、我儘をお許し下さい。

 そして、少しだけ、寂しげな声だったという。

 ――僕は、坂上拓海君と、お話をしたくなったのです。

 選ばれなかったメンバーは、藤崎克仁邸の一階で待機する。その間に、拓海は藤崎克仁とともに二階へ赴き、呉野和泉と対峙する。

 これは、そんな会合だった。

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