第577話再戦と消えた桃ちゃん
『『!!ッ―――モク”ヨ !ッ―――ロヤノ”ゴ、ゴ』』
ズババババ――――――ッ!!
「くっ!」
怒りの咆哮が視えない衝撃波となって、私に襲い掛かる。
透明スキルの中にいても尚、咄嗟に身構えるくらいに。
この攻撃は一度見た事がある。
蝶の魔物の巣窟だった、アシの森の広範囲を更地にしたあの攻撃だ。
「その身体でよくやるよっ!」
長槍の一撃を受け、未だ人型の左半身は吹き飛んだままだ。
だと言うのに、ここまでの攻撃を放つのは異常だ。
『『!ッ――――ガガガウ』』
ダンッ
砂塵舞う嵐の中、人型が一気に距離を詰めてくる。
顔面をこちら向け、残った右半身だけを使って。
その動きはまるで尺取虫のようだった。
右手で地面を掴み、右足を引き付け、それを連続で行う事で高速移動を可能にしていた。
「き、気持ち悪っ!? しかも速いしっ!」
この動きにはさすがに驚愕する。
最早、生物の動きとは大きくかけ離れている。
「ち、だったらっ!」
ブン――――
なんちゃって鉄球を2機展開する。
範囲の狭い真正面ではなく、左右から圧殺するつもりで。
タンッ
ところがこれは難なく躱される。
宙に飛び上がり、寸前で回避されたまではいいが、
『『!ッ――――ォォオオグ』』
「えっ!?」
再度、白い人型の形が変化する。
バサッ
いや、これは変化ではなく『変形』だった。
今度は右手右足を左右に広げ、それを両翼に変形させ、飛翔していた。
「一体なんなの、本当にコイツはっ!」
得体の知れない”ナニ”かだとは理解していた。
だがここまでくると、そんな生易しい言葉では到底片づけられない。
私は初見でこの人型は、子供が作った『粘土細工』のようだと比喩した。
ただ人の形を模しただけの、出来損ないの『人形』だとも。
だがそれはあながち間違っていなかった。
その例えの通り、粘土の様に自在に姿を変えられ、人形の様にダメージをものともしない。
『しかも、もっと厄介なのが……』
それは、索敵モードにマーカーが表示されない事だった。
だからか、毎回不意を突かれ、想定外の場所で遭遇してしまう。
『これが本当の神出鬼没ってやつか。そもそも生物なのか無機物なのか、それとも全くの別物なのか…… その正体が不明のせいで、気配も索敵も行動の起こりも読めないし……』
それだけで私の戦闘力は激減してしまう。
気配がないから行動予測が出来ず、感情がないから行動を誘導出来ない。
これでは、私の集大成ともいえる、プレイヤースキルを封じられたのと一緒だ。
膨大な戦闘経験から身に着けた『後の先の、更に先を取る』が通用しない。
「ま、それでもマシナリー系(機械兵)だと割り切れば、やりようはいくらでもあるけどねっ!」
シュッ
高速で向かってくる人型に長槍を射出する。
直撃する直前に『分割』を使い、更に10本に増殖させるが、
クンッ ×3
『『!ッハン』』
異常な動きで、10本の槍の全てを回避される。
「な、この動きって――――」
槍が直撃する寸前でピタと急停止し、一瞬で急降下しながら、全てを躱された。
慣性の法則など無視し、直角に垂直に飛翔しながら。
その動きはまるで、ある魔物と酷似していた。
ジーアが私と勘違いした、蝶に似たあの魔物の動きに。
「もしかして、捕食した魔物の能力を、自分のものにできるって事っ!?」
この動きは『軌道力』。
急加速、急停止、急上昇を可能とし、直角や垂直に曲がり、獲物に急接近する。
これは、蝶のジェムの魔物とその取り巻きが使っていた能力だ。
「だったら、遠距離からの攻撃はあまり意味ないって事か……」
全く同じ能力かは判断できないが、仮に同じであれば、プレイヤースキルに続き、遠距離攻撃も効果が薄い事になる。
「…………桃ちゃん。ちょっと離れてもらってていい?」
『ケロ?』
『変態』で作っていたフードから、桃ちゃんを地下への入り口に降ろす。
ここならスキルで覆われているし、戦闘の被害が及ぶことはないが、
「でね、一応、何かあった時は、その入り口から地下へと降りて、私を待ってるマヤメたちと合流して欲しいんだ」
私を見上げ、首を傾げる桃ちゃんにそう告げる。
『ケロロ?』
「うん、そう。本当なら私の傍が一番安全って言いたいんだけど、アイツにはナニか感じるんだよね? こっち世界の常識や、私の世界の当たり前を、根底から覆す、ナニかを」
それが何かは分からない。
けど、何かをやらかす不気味さを、あの人型は持っている。
これは何の証拠も裏付けもない、ただの私の勘だ。
膨大な戦闘経験から来る、一種の直感だ。
だが確証はある。
近い将来、この世界を脅かす、災害級の存在になると。
このまま魔物を取り込み、成長をし続ければ、私の一番の脅威となると。
だからこそ――――
「よし――」
自分を覆っていた透明壁スキルを解除する。
途端に、砂塵が視界を防ぎ、暴風が方向感覚を狂わすが、
「――――これなら残った全てのスキルを、攻撃に全振りできる。オマエが何なのかはわからないけど、ここで確実に仕留めてやるから」
フードを目深に被り、白い人型を鋭く見据える。
今ここで駆逐すべきだと本能が告げている。
『『!ッ――――▲☆=¥!>♂×&◎♯£』』
私の殺意に呼応するように、言語化不能な咆哮を上げる。
地上に降り、人型に戻って、お返しとばかりに激しく体を震わせながら。
「………………」
タンッ
砂地を強く蹴り、人型の距離を一気に縮める。
視界が悪いのであれば、接近戦を仕掛ければいいだけだ。
ブンッ
人型が勢いよく片腕を振るう。
私との距離は凡そ20メートル。
到底届く距離ではないが、
「ちっ!」
タンッ
腕の付け根からギュンと伸び、一直線に私に襲い掛かる。
寸でのところで躱したがいいが、今度は――――
『『!ッ――――イ”な”さがに』』
そのまま進行方向を変えて、私の後を追尾してくる。
「って、今度は触手っ!?」
恐らくは、何処かで捕食した魔物の能力なのだろう。
私を捕らえんと、2本の触手がウネウネと追いかけてくる。
タタンッ
「これぐらい目を閉じてても余裕だってっ!」
前進しながら迫りくる触手を躱す。
左右にステップし、軌道を見極めながら、人型の懐に潜り込むが、
『『――――ザ――ザザ、ザ――』』
パカ
「っ!?」
『『!ッ――――ババョジバョジ』』
顔面の中央に穴が開き、そこから広範囲に渡って、何かの液体を吹き出した。
「熱っ! こ、これって…… 酸っ!?」
溶け始めた地面、そして、避けきれず、自身に降りかかった液体に驚愕する。
「あ、つ…… くっ――――」
溶ける。
装備もろとも自身の身体が溶けていく。
「か、はっ!」
この速さは尋常ではない。
モノの数秒で、身体の大半が溶解した。
『こ、これって、メーサの――――』
パカッ
『!ッ――――ババョジバョジ』』
再びあの液体を噴出する人型。
確実に息の根を、いや、私の存在そのものを、この世界から消す為に。
『『!ッ――――あsdfjぎkwq』』
そして勝ちを確信したのか、また言語化不能な雄たけびを上げる。
「あ、く、………」
それはそうだろう。
既に私の身体は死に体で、これ以上避ける意味も意志もなかった。
この液体の威力は知っているからこそ諦める。
これはメーサの胎内を満たしていた、あの王水にも似た消化液だからだ。
ドバンッ
『『!ッガン』』
突如、白い人型の頭部が、吐き出した消化液ごと弾け飛んだ。
『『――――――』』
が、それでも倒れず、フラフラと歩きながら、すぐさま再生し始める。
ザッ
「あれ? 今度は変形じゃなく、わざわざ再生するんだ。デタラメな構造してるけど、結局、部位の役割自体は変わらないって事か」
欠損した部分を、巻き戻すように再生する人型。
そんな人型の様子を、私は
『『???』』
「……なんか、何でって顔してるね?」
再生を終えた人型が、無言で私を振り返る。
表情はないが、何となく仕草でそう感じる。
「あのさ、得体の知れない相手に、何の策も無しに突っ込むわけないでしょ。お前が止めを刺そうとしたのは、私の分身だよ」
そう。
人型に溶かされたのは実体分身の私だ。
懐に入った時に設置し、その隙に背後から攻撃を仕掛けた。
『それにしてもコイツ、どうして……』
ここでまた違和感を覚える。
戦う前に感じた、ある疑念が脳裏をよぎる。
それはこの人型が、以前ほどの脅威を感じなかった事だった。
まるで弱体化したような、薄まった気配を感じたからだった。
『まさか……』
だが、その直感は間違っていた。
いや、半分は正解だったが、その半分は不正解だった。
得も言われぬ不気味さは、確かに薄くなっている。
けど、薄まったのはそれだけではなかった。
遠目では確信には至らなかったが、接近戦を仕掛けたことで――――
「は、わかったっ! 体も薄くなってるんだっ!」
そう。気配だけじゃなく、物理的に体の厚みが薄くなっていた。
ガコンッ
「え?」
そんな事実を知った直後、地下への入り口が、音を立てながら消えた。
「……桃ちゃん?」
その入り口付近に避難させていた、キュートードの桃ちゃんと一緒に。
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