第575話案内役と厄介なゲスト




「で、マヤメは、ここからの道のり知ってるんだよね?」


 轟轟と荒れ狂う砂嵐を遠目に見上げ、マヤメに確認する。



「ん、マヤは知らない。把握してたのはマスターだけ」


「え? ならどうやって探すの? さすがにこれは…………」


 マヤメの返答を聞いて絶句する。

 あの凶悪な嵐の中から、工房を探すのは骨が折れそうだと。


 何せ外からでさえ、中の過酷さが容易に確認できる。

 

 ここから見えるのは、数メートル先も視認できない程の、暴風と砂塵の荒れ狂う、まるでホワイトアウトのような視界の悪さだ。


 それと、耳鳴りのような、風切り音が外まで聞こえる事から、中に入れば視覚だけではなく、聴覚も使い物にならないだろう。



『まさか、マヤメが道のりを知らないなんて事ある? もしかして、一人で出た事なかったとか?』


 こっち(表)の世界へ来た当初は、まだマヤメが創られたばかりだと聞いた。

 だとしたら、マスターとしか出られなかったかもしれない。



「ん、でも問題ない。案内ロボ持ってる」

「案内ロボ? ああ、あのロボカラス? でもそれじゃ……」


 ロボと聞いて、反射的にオウム返しするが、確かあれは偵察用だった筈。

 しかもあの砂嵐の中を飛べるとは思えない。

 

 なんて心配していると、


「ん、違う。ボロカスじゃない。マジロボ」

「本気 (マジ)ロボ?」


 スッと、短パンからあるモノを取り出し、地面にそっと置く。

 それは直径20センチほどの、真っ黒な球体だった。



「なにコレ?」

「え? マヤメちゃん、さっきから何処から出してるの?」


 ボーリングの玉みたいだなと、不思議そうに眺めていると、


「ん、起きる。マジロボ」 


 もぞもぞと動き出し、ある動物に変化した。



「あ、アルマジロか。でもなんでマジロボ?」

「ん? アルマジロのロボだから。だからマジロボ」

「いや、それ略し過ぎて、もう殆ど原型ないじゃん」


 独創的な略し方にすぐさま突っ込む。

 アルマジロの部分は、マジしかないし。


「ん?」

「まぁ、いいや。それで、このマジロボが案内してくれるんだよね?」

「ん、そう。後を付いていく」


「へ~、なんか可愛いかも? あ、立ったっ!」

 

 見下ろす私たちの前で、ヒョコと立ち上がるマジロボ。

 トテラの琴線に触れたのか、しゃがみ込んで目を輝かせている。



 そんなマジロボは、キョロキョロと周囲を見渡した後で、主のマヤメと目が合った瞬間、また丸くなり、


 そして――――



 ギュルルンッ


「お? 今度はなに?」


 ド、ヒュ―――― ンッ!


「わっ! ぺっぺっ!」


 高速回転したかと思いきや、そこから一気に加速して、砂埃をトテラにぶっかけながら、私たちの前から遠ざかっていった。



「いやいやいやっ! いくら何でも速すぎるって、案内役が私たちを置き去りにするってどうゆう事よっ!」 


 ドガンッ


 なので、透明壁スキルで行く手を遮り、砂嵐に入る前に無理やり停止させる。



「んっ!? 澄香っ!」

「いや、だってしょうがないでしょ? あれじゃ絶対に見失うって」


 ちょっとだけオコの、マヤメにそう言い訳する。

 『反発』を使えばよかったんだけど、いきなり過ぎて間に合わなかった。



「んっ! マジロボは起動確認してた」

「起動確認?」

「ん、動くの久し振り。だから準備運動してた」

「………………そう?」


 その割にはなんか逃げようとしてなかった?

 マヤメを見た瞬間、某音速針ネズミの様に、全力疾走してたよね?



「んっ! マジロボ戻ってくるっ!」


 ギュルルル、ルン――――


「マジロボ?」


『――――――』


 主に呼ばれ、戻ってきたはいいが、丸まったまま無反応だった。

 そんなマジロボを見下ろし、不思議そうに首を傾げるマヤメ。



『………………』


 ほらね。 

 理由は知らないけど、なんかマヤメを毛嫌いしてるよね?

 起動確認とかじゃなく、明らかに逃げてったよね?



「ぺっぺ、あのさー、さっき口の中に――――」

「はい」


 砂まみれのトテラに濡れタオルを渡してあげる。


「あ、ありがとうっ! スミカちゃんっ!」

「いいよ、それくらい。で、そのロボは大丈夫なの?」


 ダンゴムシ状態のマジロボの前に、座り込んでいるマヤメに声を掛ける。



「ん、問題ない。いつもの事。今開ける」

「開ける?」


 ってなに?

 機械っぽいから、開閉できるボタンとか付いてるの?

 ってか、いつもそうなの?



「ん」


 ガシッ 


『ッ!?』

「んんっ!」


 ググ、グググググ――――


「んんんんん――――」

『ッ!!!!』


 パッカ―――― ンッ!



「ん、開いた」


「いやいやいやっ! なんか思ってたのと違うんだけどっ! ってか、そもそも開けばいいってもんでもないでしょっ!」


 脳筋且つ、原始的な開け方に思わず声を荒げる。


 何せマヤメは、丸まったマジロボを太ももで挟み込み、テンタクルマフラーと2本のナイフを隙間に入れ、無理やり開けてみせたからだ。 



「ん、これもいつもの事。だから問題ない」


 二本足で立ったマジロボの頭を軽く撫でる。


「…………そう。なら先に行かせて。私の魔法壁の中でなら逃げられないし、その方が見失う事もないでしょ?」


「ん、わかった。マジロボ行く」

『――――コクン』


 こうして、ここトリット砂漠の代名詞ともいえる、巨大な砂嵐の中に足を踏み入れた。





「それで、ここからどれぐらいかかるの?」


 マジロボを先頭に、ゆっくりと嵐の中を進んでいく。


「ん、それは不明。砂嵐の入る位置で距離が違う」

「ああ、それはそうか」


 勝手に中央付近にあるもんだと思っていた。


「それとマジロボは大丈夫? 結構派手にぶつかったから」


 ついでにマジロボの調子を聞いてみる

 かなりの勢いで、透明壁スキルに激突したから。


 何せ、暴風や砂塵はスキルで防いでいるが、視界はそうもいかない。

 中に入って実感したが、ほんの数歩先さえも見えなかった。


 なので唯一、入り口を知っているマジロボの存在は不可欠だ。

 仮に故障いたならば、目的地に辿り着くのは不可能に思える。



「ん、マジロボは頑丈。何度か崖から落としても壊れなかった」

「へ? 落としたってなんで?」

「ん、ロボカスと間違えた」

「間違えた? しかも何回もって……」


 もしかして、それじゃないの? 嫌われてる原因って。


「ん、でもマヤは大事にしてる。マスターに貰ったものだから」

「そう?…… きっとそうだね」


 色々と突っ込みどころはあるが、マジロボを撫でるマヤメの表情を見て、そう相槌を打った。


 




『――――――』


 砂嵐の中を歩く事、約半刻(1時間)。

 先頭を歩いていたマジロボが、不意に立ち上がり振り返る。


「ん、着いた」

「着いた? どうみても何もないけど」

「そうだね~、それっぽいのも見えないね」


 トテラと二人周囲を見渡すが、何も見当たらなかった。

 何か目印となるものがあるかと思ったが、どうやら違ったらしい。



「ん、マジロボ。お願い」


 私たちの反応を横目に、マヤメは何かの命令を出す。


『――――――』


 ギュルルルンッ!


 すると、それを聞いたマジロボは、すぐさま丸まった状態になり、高速回転をしながら、一気に真上に飛び跳ねた直後――――



 ドガンッ


『ッ!?』


 ポテン


 スキルの天井に勢いよく激突し、そのまま何もなかったように落ちてきた。



「「???」」


 突如、目の前で起こった、マジロボの突飛な行動に、トテラと二人、顔を見合わせていると――――

 


「んっ! 澄香っ!」


 何故か私だけがマヤメに呼ばれる。

 しかもまたオコなご様子だ。



「な、なに? 私何かしたっけ?」

「んっ! 魔法壁を解除して欲しい」

「解除って? 全部?」

「ん、違う。マジロボの周囲だけ」


 主を見上げるマジロボを見て、そんな要望をしてきた。



「もしかしてだけど、マジロボ自身がカギみたいなものなの?」


 この様子だと、案内役兼、入口を開ける役割なんだと理解する。


「ん、そう。マジロボだけが正確な場所知ってる。だから」

「うん、わかったよ。なら解除するよ」


 『縮小』と『通過』を使い、マジロボだけを外に出す。



 ギュルルル、ルンッ!


 すると、またさっきのように、高速回転をしながら上昇し、何もない地面に衝突した直後、


 カチン


 と、機械音が周囲に響いたと同時に、


 ズズズズズ――――



「ん、良かった。何処も故障してない」


 地面が徐々に隆起し、砂で出来た、小さなカマクラのようなものが現れた。



「これが入口?」

「すごぉ――いっ! なにコレっ!」


 ポッカリと開いている、入り口らしきものを眺める。



「ん、そう。ここから下に降りられる。マヤが先に行く」


 私たちに安全だと証明したいのか、マジロボを回収し、マヤメが中に入っていく。


「うぇっ!? またズボンの中に――――」

『ケロッ!』

「っ!? …………次はトテラが行って?」


 マヤメが暗闇に消えたのを見届け、トテラに先に行くように促す。


「うん、わかった。でもスミカちゃんは?」     

「もちろん後から行くよ。だから入り口はこのままにしておいて」

「え~? なんで後からなの?」


 私の答えに不思議がるトテラ。


「一応、周囲を確認したいんだよ。誰かに見られてる可能性もあるからね」 

「そっか~、ならマヤメちゃんと待ってるね」 

「うん」


 マヤメに続き、トテラが入ったのを確認し、入り口を保護色のスキルで覆う。

 これなら見つかることもないし、中の二人がこともないだろう。



 そして、背後を振り向き、荒れ狂う嵐の中を一瞥し――――



 ザッ



「さあ、これでまた一騎打ちだね。今度こそ満腹にしてやるよ。但し、私が食べさせてあげるのは、この世界で最も有毒な、私特製のフルコースだけど」


 ――――厄介な来客を見据え、なんちゃって長槍を装備する。



 すると、この暴風の中でも、私の挑発が伝わったのか、



『『!!ッ――――ォオIこじふgytftrdせwぁく』』


 風切り音を搔き消すほどの、地鳴りのような雄叫びを上げながら、



『『!――――ッUrヤ”テツグソゴドnコ !ッガEマオ”タマ…………』』


 消息不明だったはずの、あの白い人型が現れた。 



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