第532話マヤメの戦う理由




 ※マヤメ視点



『んっ! 後ろを取った』


 ジェムの魔物に向かって投擲した、ククリナイフ壱【影式】に潜影ダイブし、気付かれることなく、背後まで接近できた。

 

 これも魔物の注意を引きつけている、澄香のおかげ。

 私だけならこんなに容易に、近づくことはできなかった。


 なにせこの魔物の能力は、『軌道力』と『機動力』だけではなく、

   


『ん、周りの揺れを感知する事に長けている。だから居場所や攻撃がバレる。きっとあの羽根が、そう』


 澄香に向かって、高速に羽根を動かし続ける、その背中を注意深く見る。


 8枚の羽根のうち、左右の後翅うしろばね(一番下)だけが動いていない。

 宙に留まっていた時も、澄香を攻撃している、今もそうだった。



『だからあの羽根を狙う。あの羽根はセンサー。あれが無くなれば、きっとマヤたちでも倒せるっ!』


 シュッ


 ククリナイフをテンタクルマフラーで握り、無防備な背中に向かって投擲する。

 後は近づいたところで、ナイフから浮上し、あの羽根を切断するだけだ。 

 

 そうすればただ速いだけの蝶の魔物。  

 それでも手を焼くが、ジーアと二人でならなんとかなる。


 

「んっ!」


 取った。 


 シュパンッ ×2


 間合いに入った瞬間、右手とマフラーのナイフを一閃し、後翅うしろばねどころか、他の羽根も切断することに成功した。



『んっ!? これで機動力の殆どは失った。もうマヤ一人でいけるっ!』


 パラリと落ちていく、数枚の羽根を横目で見ながら、自身の勝利を確信した。


 それでも懸念はあった。


 攻撃を仕掛けた瞬間、すぐさま反撃される恐れがあった。

 だと言うのに、3枚も落とせたのは僥倖だったと言える。


 そんな思いもよらない結果に、一瞬戸惑ったが、これも嫌がりながらも、挑発を引き受けてくれた澄香のおかげだ。

 


 

「んっ! これで――――」


 ギュッ


 左腕の代わりのマフラーで、ククリナイフを力強く握る。

 これを振り下ろせば、澄香の負担を減らせる。



「――――倒せるっ!」


 シュッ!


 無防備な背中に向かって、袈裟斬りに振り下ろす。


 私は澄香の力になるために、ここまで付いてきた。

 なのに自分は愚かにも捕まって、しかもまた助けてもらった。


 だからもうこれ以上、澄香の重荷になりたくない。

 出番がなくなるジーアには悪いけど、この一撃で全て終わらせる。


 それとあまり澄香を戦わせたくない理由もあった。


 私はこれまでに数度、澄香とジェムの魔物との戦闘を見てきた。

 

 戦う度に、多彩な技や魔法を駆使し、敵を圧倒する澄香。

 苦戦知らずのその強さは、ジェムの魔物を放っている、エニグマ(謎の組織)には脅威に映っただろう。


 だけどその反面、



『澄香は実力を見せ過ぎている。だから戦闘を重ねる度に、魔物が強くなってきている。澄香もそれを感じてる。今回の魔物もそう』


 澄香の速度やチカラを上回る魔物や、遥かに巨大な魔物。  

 極小の消える魔物や、再生能力が高い魔物。


 それと今回のような、人質を取るほどの知能を持つ、狡猾な魔物。  


 単純な強さから一転して、現れる度に厄介な能力を身に着けている。

 確証はないが何かしらの方法で、情報を収集されている可能性が高い。



『ん、だからマヤが頑張る。澄香の強さを見せないために。澄香の強さを知られないために。澄香の強さがこれからも絶対必要。だからマヤが――――』



 止めの一撃を放つ。

 袈裟斬りに振り下ろした、この刃が届けばそれで終わりだ。

 


『んっ!?』

 

 ところが、切っ先が肩口に届く瞬間、ジェムの魔物がクルと振り向いた。



「どうしてマヤメが私を?」

「んっ、な、なんでっ!? うぐっ…………」


 ズッ


 寸前でナイフを避けられ、そのまま手刀で右肩を貫かれた。 

 今までジェムの魔物だと思い、止めの一撃を放った相手は、

 


「ん、なんで、澄香が?」


 マスターに次いで、最も多く呼んだ名前を口にする。

 そんな澄香は、私を貫いた自分の手を眺めながらこう答えた。



「なんでって、それはマヤメが仕掛けてきたからに決まってるでしょ?」 

「ち、ちがうっ! マヤは魔物を――――」


 攻撃した筈だった。

 なのになぜ?


「私の性格知ってるでしょ? やられたらやり返すって」

「ん、だから違うっ! マヤは澄香の為にっ!」


 止めを刺すはずだった。

 これ以上エニグマに情報を渡さない為に。


「そう、私の為なんだ。ならそのまま私の糧になってもいいよね?」

「んっ!? な、なんで?――――」


 届かない。

 私の声は、今の澄香には届かない。



『ん、またエナジーが……』 


 意識が遠のいていく。

 澄香の手から、ジェムの魔物の時のように、体中の力が抜けていく。


『んく、でもまだ』


 戦える。

 私にはまだこれが残っている。



 『ククリナイフ参 影絵式』  

 

 私はマスターに貰った、第三のナイフを取り出した。


 そしてそのまま――――


『んっ!』


 ブシュッ!


 自身の腹部に躊躇なく突き刺した。

 




 ※スミカ視点



「…………なにか変だ」


 ジーアの元を離れた瞬間、ナイフを握ったまま地面に落りて行ったマヤメ。


 これも作戦なのかと見守っていたが、地面から起き上がったマヤメは、右肩を押さえて膝を付き、苦悶の表情を浮かべていた。


 見たところケガはないが、その表情から何かあったのだと感じる。



「…………ジーアは?」


 一方、ジーアの様子は、マヤメが離れた時と殆ど変わらない。

 変わった事と言えば、眉間に深い皺を寄せ、額の汗が増えただけだ。


 その様子から、今の状況が見えないほど、集中しているのだとわかるが、  



「なにかおかしい。ジーアはあれとして、マヤメの様子が……」


 マヤメの行動と表情に違和感を感じる。

 傷のない右肩を押さえ、何故フラフラしているのか。

 仮にあれが作戦だとしても、演技だとしてもおかしい。



「…………だとしたら、マヤメの身にだけ何か起こってるって事? でもなんでマヤメだけ? あ、もしかして、これが関係してる?」


 ジェムの魔物の攻撃から私を守っている、透明な壁に視線を向ける。

 二人に違いがあるとすれば、スキルで覆われているか、否かだった。



「ジーアはそのままスキルの中で魔法を唱えている。けどマヤメは飛び出した途端にああなった。だとしたら――――」


 原因はこの大気中にある。

 恐らくマヤメはスキルを出たことで、何かしらの攻撃を受けたかもしれない。



「外傷はない。だとしたら、私の『幻夢』みたいに、精神を攻撃されてるっぽい。そんな素振りはなかったけど、相手も何だかんだ言って、蝶を改造した魔物だし。だったら――――」


 もうここまでだと悟り、ジーアを見て胸が痛む。

 苦しげなマヤメの姿を見て、胸が締め付けられる。


 そしてそんな攻撃を予想できなかった自分に腹が立った。



「二人には悪いけど、もうここからは私が――――」


 割って入るしかない。

 ジーアは無事だとしても、マヤメがこれ以上戦えるかわからない。



「よし、なら先にマヤメを助けて、その後でジェムの魔物に――――」


 自分も戦うと決意し、先ずはマヤメの元に駆け付けようと、振り返った瞬間、



「え?」


 それは起こった。


 膝を折る、マヤメの足元からドス黒い何かが現れ、私とジェムの魔物の間に割って入ってきた。

 

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