第508話異世界最強魔法少女(幼女)の置き土産




「それじゃ解除するよ。さっきの約束忘れないでよね?」


「ん」


 メドに再確認しながら、フーナを囲んでいたスキルを解除する。


 バッ!


「うえ――――――んっ! やっと出られたよぉ~っ!」


 ようやく出られた解放感か、フーナは両手両足を目一杯広げて、空に向かって叫んでいる。


 それはそうだ。 


 透明壁スキルの中で、ずっと人間ドリブルされてたみたいなもんだし。

 よく今まで無事だったねと、その精神の強さにちょっとだけ呆れるけど。



 ビチャチャッ!


「うわっ! 汚いっ!」

「んっ!」


 そんなフーナが出てきたと同時に、何かの液体が降り注いできたので、マヤメも含めて慌ててスキルで防ぐ。


「なにこれ?」


 これ液体って言うか、確実に体液だよね? 涎と涙だけだよね? まささその他には何もないよね? 

 吐きそうとか、漏らしそうって言ってたのが、物凄く気になるけど、



 因みにメドたち三人にも、謎の液体が飛び散っていき、


「んっ!?」

「が、がうっ!」

「きゃっ!」


 一瞬にしてフーナから距離を取り、自分の身なりを確認している。

 やはり家族と言っても、嫌なものは嫌らしい。



「ちょっと、みんなぁ~、それは酷いよぉ~っ! やっと出られたのにぃ~っ! まだ目が回ってるし、気持ち悪いんだってぇ~っ!」


 袖の長いローブをパタパタしながら、家族たちを追うフーナ。

 フラフラしながらも、何とかメドたち三人の元に辿り着くが、



「んっ! フーナさま、足元から何か垂れてるっ!」


「うえ?」


「がうっ! も、もしかしてフーナ姉ちゃん、漏らしたのか?」


「なっ!? わたし漏らしてなんて――――」


「ん? この匂いは…… 間違いないわ」


「ち、違うよぉっ! これは汗だよぉ~っ! だからわたしから逃げないでよぉ~っ! うぇ~んっ!」


 怪しい液体を垂れ流すフーナから、更に距離を取るメドたち三人。

 それを泣きながら、必死の形相で追いかけるフーナ。



「なんなのこれ?」

「ん、みんな仲良…… し?」


 そんなフーナたちを、私とマヤメは何とも言えない表情で眺めていた。





「ん、フーナさま足上げて」

「うう~、本当にわたし漏らしてないのにぃ~っ!」


 あらかた騒動(?)も収まって、私たちはシクロ湿原の大橋の上に移動した。

 その橋の上でメドは、泣きべそをかいているフーナに下着を履かしている。

 

 まぁ、漏らす云々以前に、元々履いてなかったんだけどね。



「ん、これで一安心」


「で、これからあなたたちはどうするの?」


 下着を履かせ終えたメドに近寄り、声をかける。 


「ん、ワタシたちは直ぐに王城に行く」


「おうじょう?」


「ん、王城。王様がいるお城」


 スクと立ち上がり、私の質問に答える。



「いや、それは知ってるけど、なんで?」


「ん、呼ばれてるから。だから行かなきゃならない」


「ふ~ん、なんかやらかしたの? 例えばキュートードの密漁とか」


 少しだけ嫌味を込めて聞いてみる。

 謝罪したと言っても、無作為にキューちゃんを狩ったのは確かだし。



「そんなわけないじゃない。我たちは勅令で動いているのよ? 密漁とかにかまけてる暇はないわよ。勅令って言っても仕事扱いで、それなりの報酬は出るけど」


 メドの代わりに、黒髪で黒ドレスを纏った、少女のエンドが答えてくれた。


「そうなんだ。まぁ今のはキューちゃんたちの想いを、私が勝手に代弁しただけだから、あまり気にしないでいいよ…… って、なんでフーナとアドは驚いた顔してるの?」


 メドの隣ではフーナが、エンドの隣ではアドが「えっ?」って顔してる。

 アドはどちらかと言うと「(・・?)」って顔してるけど。



 もしかして、知らなかったとか?…………



「んっ! そ、それじゃワタシたちはもう発つ。色々と迷惑かけてゴメンなさい」

「そ、そうね、予定が詰まっているから、そろそろ行かないとだわっ!」


「えっ! ね、ねえメドぉっ! ここに来たのって、お土産取りに来たんだよね? ルーギルに手紙出したのって、メドだよね? ちょくれいってなんなのっ!? それとお仕事ってっ!?」


「がう?」

 

 そそくさと帰ろうとするメドに、声高に食って掛かるフーナ。   

 そのメドの手には、虹色に輝く拳大の水晶が握られていた。



「んっ! フーナさまうるさいっ!」

「うえっ!? わたしが悪いのっ!」


「そうよ。集中しないと何処に飛ぶかわからないのだから、大人しくしなさい」

「がうっ!」


「ちょ、またわたしが悪者なのぉ~っ! いつもいつもわたしのせいにするのやめてよぉ~っ! この前のナメクジの魔物の時だって――――」


「ん、それじゃ本当にこれでお別れ。この国は蝶の英雄さまがお願い。マヤメもあまり無理しないで」


 ぐずっているフーナの手を握り、真剣な眼差を私たちに向けるメド。


「ふふ、随分と印象と違ったけど、フーナをここまで追い込んだ人間は初めてだわ。我たちは暫くこの国を離れるけど、今度再会した時は、他の三人も含めて、我たちとも手合わせをお願いしたいわね」


 もう一方のフーナを手を握り、挑戦的な笑みを浮かべるエンド。

  

「がう、もっと遊びたかったけど、またなっ! 今度は俺も本気でやるから、またやろうって伝えといてくれよなっ!」


 フーナを後ろから抱き着き、無邪気な笑みで横から顔を出すアド。


 そして、


「グスン…… 結局、蝶のお姉さんには勝てなかったよぉ。今回はこれでお別れだけど、今度会ったらわたしが作った自信作の、魔法少女のコスプレ衣装を着て遊ぼうね。お姉さんならきっと似合うと思うんだ。だって、背中だけじゃなく、おへそも見えちゃうし、それに脇から覗けば、お姉さんの可愛いちっぱ――――」



 シュ ン――――



 フーナの話がヒートアップしだした矢先に、4人の姿が忽然と消えた。

 水晶から溢れた虹色の光が4人を覆い、それが消えた後には、私とマヤメだけが残った。



「…………ふぅ」


 ここでようやく溜めていた息を吐きだし、ゆっくりと全身の力を抜く。

 脱力しながら目を瞑り、湿原を駆ける暖かい風を全身で感じる。



「ん? 澄香。疲れてる?」


 隣のマヤメが私の顔を覗き込んでくる。


「ん、まあね。なんか色々と偶然が重なって、見逃された感じだからね。フーナの家族たちがやる気だったら、かなり危なかったよ」


 マヤメに答えながら、フーナが消えていった空間に視線を向ける。


 メドに敵意がないのはわかっていた。

 けど他の二人は、私がフーナの敵だと認識していた筈。


 それでも襲ってこなかったのは、何か別の要因があったのだろう。

 黒の少女のエンドと、青の少女のアドが、それぞれ気になる事を言ってたし。


 まるで、ここに来る前に何者かと、戦ってきたような物言いだった。



「ん、この後どうする?」

「そうだね、一度街に帰ろうか。そして明日にはマヤメの故郷に向かおうか」

「ん、お願い」



 こうして、フーナが起こした一連の騒動は、予想だにしない結果で幕を閉じた。

 フーナの素性も正体も目的も、何もかも明かされないままに。



『結局、フーナを倒しきる事は出来なかったかぁ。なんか向こうの都合に巻き込まれたっぽいけど、それでも得たものはあるんだよね。あんな実力者がいる事も、前もって知れたし――――』


 未だ戦闘の余韻が残った頭で、ついさっきまでの事を思い出す。

 勝者も敗者もない意味の無い戦いだったけど、得たものもあるって。  



『――――それに強力な能力も増えたから、寧ろ感謝の気持ちの方が大きいかも。フーナが相手じゃなければ、獲得しなかったかもだし』


 失ったものは何もない。

 それどころか逆に増えている。


 今後再会する事があったら、ユーアたちにも会わせたいくらいだ。

 なんて思ったけど、それは危険すぎるから、このまま秘密にしておこう。


 なんせあの災害幼女は、小さい子が好きだからね。

 ユーアなんて美幼女を前にしたら、フーナが発狂しそうだし。



『ま、何だかんだで、そこまで気に入ったって事かな? みんなに紹介したいぐらいには面白い家族だったからね。それにみんなの刺激にもなるし。まぁ仮に、フーナが暴走しても、メドたちが押さえてくれそうだし』


 そんな事を想像し、自然と頬が緩む。

 まだ別れたばかりなのに、次の再会を楽しみにして。



「ん? 澄香、どうしたの? なんかニヤけてる?」

 

「え? ニ、ニヤけてなんかいないよ? ただ楽しみが増えただけだよ。ってか、ニヤけてるって、乙女に失礼だよ」


 メドから顔を逸らし、明後日の方向を見て答える。


 結果的に、フーナ達との出会いはプラスだった。

 感謝することは多々あれど、決して恨み言を言うつもりはない。



 かに、思えたが――――



 そんな思いは、ノトリの街に到着するまでだった。 






 いつもの門兵さんに挨拶して、マヤメと二人で宿に向かう。

 


「ん? みんな澄香の事見てる?」

「そう、だね。なんかいつもより視線を感じる気がする……」

『ケロ?』


 桃ちゃんを頭に乗せ、『あしばり帰る亭』に向かう道中、ヤケにみんなの視線を感じる。

 そう言えば、街の入り口の門兵も、いつもと態度が違って見えた。


 元々『カエルの英雄』って、不名誉な名で有名になっているのは知っていた。


 そもそも街のあちこちに、蝶の羽根が生えたカエルの看板やらのぼりが立っているからだ。


 だからか、注目を浴びるのも仕方がないと思っていた。


 今までは気遣ってか、目があったら笑顔で返してくれた。

 それが今や、目が合うとスッと逸らされる。


 頭の上の桃ちゃんに注目するのならわかる。カエルの英雄だからね。

 この街でキュートードをペットにしてるのは、私ぐらいのものだし。


 けど、そんなみんなの視線は、何故か下半身に集中しているような……




「お帰りなさいませ、スミカさまとマヤメさま」


 毎回お世話になっている宿屋兼、食事処のあしばり帰る亭に帰ってきた。

 出迎えてくれたのは、店長を兼任しているいつもの料理長だった。



「ただいま。今夜も泊まりたいんだけど、空いてる?」


 相変わらず混雑している、店の中を見渡して聞いてみる。

 ここでも変な視線を感じるけど、意識から外す。



「はい、いつものお部屋をご用意しております。お食事はどうしますか?」


「ん~、そうだね。少し休みたいから、1時間後に部屋に持ってきてくれる?」


 食堂でもいいんだけど、部屋で食べる事にした。

 どこで食べても美味しいんだけど、今はあまり注目されたくない。



「はい、承知いたしました。それでは後ほど二名様分、部屋にお持ちいたしますね」


「うん、それでお願い」

「ん、お願い」

『ケロ』


「そ、それと、お伝えしたい事があるんですが、お時間少し宜しいですか?」


 グルと周りを見渡し、気まずそうな顔で呼び止められる。


「あ、そう言えば、私も報告することがあったんだ。キュートードの件で」


 そんな料理長の顔を見て思い出す。

 キュートードの窃盗にまつわる、フーナ達との一連の話を。



「はい、その件は耳に入っております。かなり有名な冒険者が犯人だったって事や、スミカさまが退治して下さったって事も。その件では大変お世話になりました」


「あ、そう言えば、メドが来たんだっけ? 話ってその事?」


 恭しく頭を下げる料理長に確認する。



「い、いいえ、それとは違います。少し言いにくいので、お耳を拝借しても宜しいでしょうか?」 


「? 別にいいけど……」 


 何故か言いにくそうにしている、料理長に耳を近づける。


「あ、あのですね、半刻ほど前ですが、ある声が聞こえてきたんですよ。まるで魔法か何かで、この街中に反響するように」


「魔法で? それがなんて言ってたの?」


 半刻前って言うと、フーナと私が戦っていた時だ。



「そ、それがですね、その声は、スミカさまがノーパンだと言っていたんですよ……」


「………………はあ?」


 料理長から離れて、その顔をマジマジと見つめる。


 意味が分からない。


 なんでその声が私の事を言っていたのか。

 そして、ノーパンだなんて、あらぬ誤解招くような事を言ってたのかも。



「…………因みに、その声ってどんなの?」


 何となく嫌な予感がしながら聞いてみる。

 たった一人だけ、私をノーパンだなんて言った、張本人を思い出し。



「そ、そうですね、まるで子供のような声でしたよ。幼い感じの女の子のような声で『蝶の英雄さまはノーパンだ』と言ってました………」


「ん? 澄香は過激なの履いてる」

「………………」


 間違いない。あの時だ。

 

 私と言い争いになった時、フーナが同じことを叫んでいた。

 仕返しとばかりに、私がノーパンだって、街に向かって大絶叫していた。


 あの時は、周りに誰もいない事を確認し、聞かれなかったことに安堵していた。

 それが魔法で拡声してただなんて、あの時は予想だにしなかった。



『はっ! ま、まさか――――』


 じゃ、なに?


 ここに来る道中で、私が注目されてた理由って、それが原因なの?

 桃ちゃんじゃなく、下半身を見てたのって、中身を確認したいって事?

 カエルの英雄は、実はノーパンだって、みんなが勘違いしてるって事?



『くっ! ノーパンはあっちなのにっ!』


 あの変態幼女、最後の最後で、最悪な置き土産を残していきやがったな。



「………………ムカ」

「ん? 澄香。震えてる?」

『ケロロ?』


 前言撤回。

 感謝の念よりも、恨みの方が限界突破した。



『……あのピンクの悪魔めっ! 今度会ったらまたGホッパーでお仕置きしてやるっ! もちろんこの街の中心で、全裸にひん剥いてから乗せてやるかんねっ!』


 そう強く心に決めて、無言のままで2階に上がっていった。

 更にみんなの視線が、下半身に注目されたのを、気付かない振りして。


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