第506話現実と非現実




「も、もし仮に、ナジメさまの話が本当ならば、ユーアちゃんを大切にしているあの人が、この街どころか、この国を見限って、自分の国に帰ってしまいますよっ! そうなったら誰がっ!」


 自分の立場を忘れて、声を荒げるクレハン。


 それは、自分たちの住むこの街もそうだが、延いては、この国の安寧を案じての事だったが、



「ち、違うのじゃっ! 勝手に早とちりするでないぞっ! ユーアたちは大丈夫じゃっ! それはわしが保証するっ! じゃから一旦落ち着くのじゃっ!」


「えっ!? す、すいませんっ! あまりにもナジメさまが真剣だったので、思わず最悪なシナリオを想像しちゃいましたっ! それで、本当に大丈夫なんですよねっ! ねっ?」


「だから落ち着けと言っておるじゃろうにっ! ユーアたちは何でもないのじゃっ! 直ぐにハラミと二人で目を覚ますはずなのじゃっ! じゃからそんな要らぬ心配する必要ないのじゃっ!」


「は、はいっ すいませんっ! と、取り乱してしまって…………」


 二度目に渡る注意で、些か落ち着いたクレハン。

 それでもナジメとユーアたちの間を、何度も視線が行き来している。



『うむ………… クレハンの心配もわかるのじゃ。このままねぇねが帰ってきたらきっと驚くじゃろう。そしてわしたちを責めるやもしれぬ。留守の間、ユーアを守れず、何が守護者だって、何が元Aランクじゃって、罵詈雑言を浴びせられるかもしれぬ、じゃが――――』


 微かに瞼が動くユーアたちを見て、そっと胸を撫で下ろす。

 クレハンにはああ言ったが、内心では同じ状況を懸念していた。  



『じゃが、ユーアたちは大丈夫じゃ。そろそろ目を覚ますはずじゃ。わしが気になるのは、エンドが消えた時に感じた魔力の種類じゃ。あれは人族でも竜族でもないものじゃった……』


 あの魔力の正体がわからない。


 ただハッキリと言えるのは、人間でも魔物でもない、もっと壮麗なもの。

 おいそれとは出会えない、もっと格上で、更に上位な存在なもの。



『ユーアたち、いや、わしが発見した時は、ユーアだけは起きていた。じゃが、その魔力が周囲を覆った瞬間、そのまま気を失ってしまったのじゃ。あれは悪いものではなかったはずじゃが……』


 邪悪なものも、危害を及ぼす気配も感じなかった。

 それどころか逆に、荘厳で神聖なものを感じた魔力。


 例えるならば『光』。

 それは眩しくも、柔らかく、全てを寛容する優しさを含んだ魔力の奔流だった。


 

「う、う~ん、ここは一体…… あ、なんでアタシはハラミの上で寝てるの? ユーアはどこ? ってクレハンは何でここにいるのよ? それとエンドは?」 


「あれ? なんでボク寝ちゃったのかな? あっ! ナジメちゃんもラブナちゃんもハラミも、みんな無事でよかったよぉ~っ!」


『がうっ!』


「おお~っ! 三人とも目を覚ましたかっ! これで安心したのじゃっ!」

「よ、良かった~っ! みんなお元気そうで」


 ナジメ達が見守る中、ようやく目を覚ましたラブナとユーアとハラミ。

 状況を理解できずに混乱しているが、意識が戻ってホッとするナジメ達。




「で、結局エンドはどうなったのよ? アタシたちが無事なのはわかったけど」 

「ラ、ラブナちゃん、ちょっと苦しいよぉ~っ!」


 お互いの無事を確認した後で、開口一番ラブナが口を開く。

 その目は今までになく、真剣なものだったのだが、



「説明するからユーアを離してやるのじゃっ! さっきから苦しそうではないかっ! それに、後ろでハラミがお主を睨んでおるぞっ! 体も意識も無事じゃったのだから解放してやるのじゃっ!」


 真摯な表情とは裏腹に、ユーアに抱き着いているラブナを注意する。


「別にいいじゃないっ! 姉妹が抱き合ってダメな取り決めなんかあるの? それにユーアも頑張ったんだから、それのご褒美も兼ねてるんだから、別にいいじゃないっ!」


「取り決めなんぞないが、それでも話を聞く態度というものがじゃな…… しかもご褒美って、それはお主だけで――――」


「だったらいいじゃないっ! そのまま話を続けてよっ!」

「ラブナちゃんっ!」


「う、うむ。わかったのじゃ。最近、お主もねぇねに似てきたのぉ……」


 目だけは真剣ながらも、締まりのない口元を見ながら、思わず愚痴が出る。


「何か言った?」


「な、何でもないのじゃ。それじゃ崩落に巻き込まれたところから説明するぞ。クレハンは二度目になるが、何か気付いたところがあったら言ってくれなのじゃ」


「はい、わかりました。ナジメさま」


 こうして、目を覚ましたユーアたちも交えて、再度説明を始めたのだった。



※※



「とまぁ、そんなところじゃな…… む? これは中々美味しいのじゃっ! 色んな果物の味がするのじゃっ!」


 一通りの説明を終え、ドリンクレーションで喉を潤すナジメ。

  


「ん~、何だかモヤモヤするわね。いきなりいなくなった事もそうだけど、結局エンドは何しに来たのよ? あっちから仕掛けてきておいて、全然本気じゃなかったみたいだし」


「わたしはみなさんの戦いを見ていませんが、話を聞く限り、何か事情があったか、本来の実力を出せない理由があったのかと思いますが」


 ラブナの話を聞き、クレハンなりの意見を述べる。


「うむ、わしには皆目見当がつかんが、何かしらの事情があったのは間違いないと思うのじゃ。ユーアは何か気付いたことがあるか?」


 ここで、ハラミと大人しく聞いていたユーアにも意見を求めるナジメ。


「う~ん、ボクもわからないけど、でもエンドちゃんは最初から怖くなかったよ? ちょっと怒ったふりしてたけど、全然怖くなかったんだよ?」


 ハラミのブラッシングの手を止めて、真っすぐな瞳で答える。  


「……そうか、なら余計にわからなくなったのじゃ。敵対する意思がないのに、わしらに絡んできた理由に、尚更見当がつかないのじゃ。じゃが、一つだけわかったことがあるんじゃ」


 ここで勿体ぶる様に、ニヤリと笑みを浮かべ、ユーアたちを見る。


 そんなナジメのニヤケ顔に、ラブナが即座に反応する。


「わかったこと? どうせナジメが言いたいのは『わしたちは竜族相手にも渡りあえたのじゃっ! だから誇っていいのじゃっ!』とか、言いたいんでしょ?」


「んなっ!?」


「でもエンドは本気じゃなかった。だから渡り合えたってのは、ちょっと言い過ぎじゃない? 本気出されたらもっと危なかったわよ? まぁ、それでもアタシたちも本気出してなかったからお相子ってな感じね。そもそもスミ姉から貰ったアイテムには、他にも使い道があるし」


 自身の周りに『リフレクトMソーサラー』を出現させ、不敵な笑みを浮かべる。



「ま、まぁそう言う事じゃ。わしも結局使い損ねたからのぉ。出し惜しみしてたわけじゃなく、単にラブナの方が使いこなしてたから、今回は任せただけだしのぉ」


「そうよ。アタシとユーアの合わせ技だって披露していないんだし、ユーアだってハラミを呼んだのは最後の方じゃない? だから渡り合えったってのは間違いよ。あのままやりあってたらもっと善戦してたわよ」


 フンっと鼻を鳴らし、盛大に胸を張るラブナ。


「あ、でもボクはいっぱい頑張ったよ? だからエンドちゃんが怒ったら負けちゃったと思うんだ」


 そんなラブナとは対照的に、真っすぐな胸でユーアなりの素直な感想を述べる。



「そ、そんな事ないわよ。ユーアももっと視えるようになったんでしょ? スミ姉のアイテムのお陰で。 相手の弱い箇所とか、見える風景とか」


「うん、でもまだちょっとだけだよ? でもそれだけじゃエンドちゃんには通じないと思ったんだ。 あれ? 今ラブナちゃん、ハラミの頭撫でた?」


「え? 今撫でようと思ったけど? なんで?」


 目を擦った後で、何度も瞬きを繰り返す、ユーアを不思議そうに見る。



「……ううん、何でもないんだ。それよりももう帰ろうよ。ボクお腹が減っちゃったんだ。それとハラミをお風呂に入れたいんだ」  


「そうね、ならそろそろ戻るわよ。アタシもハラミを洗うの手伝ってあげるわっ!」


「あ、わしはここを整地してから戻るのじゃ。外れにある土地とは言え、ねぇねの土地じゃからな。クレハンはどうするのじゃ?」


 ハラミに乗り込んだ二人に声をかけ、後ろにいるクレハンに視線を送る。


「わたしはもう少しここを調べてから戻ります。色々と報告する必要があるので。なのでその後で直してくれると非常に助かります。ナジメさま」


「そうか、わかったのじゃ。ならユーアたちは先に戻っていいのじゃ。これ以上何もないと思うが、それでも一応気を付けるのじゃ」


「うん、わかったわよ」

「うんっ!」

『ガウッ!』

 


 こうしてエンドとの戦いは、予想外の結果で幕を閉じたのだった。


 竜族に遭遇するどころか、まさか戦いになるなんて、予想だにしなかったナジメ達。そんな三人は、どこか現実離れした出来事に、困惑したままに解散した。


 みな口には出さないが、一様に、不安と憂いとしこりを残したままに。




――――――




 一方、少し時をさかのぼり、アドとエンドが消えたその頃。

 マヤメとの戦闘を終えたメドは、独りでノトリの街を訪れていた。



「ん、これで全部。あとこれで足りる?」


「いや、多すぎだって! そんな大金と素材は受け取れないぞっ!」


 メドが差し出した金額と大量のキュートードに、目を丸くするノトリの門兵。



「ん、でもダメなところでキュートード獲った。だから全部返す。お金は迷惑かけたから」


「迷惑って言うが、そもそも嬢ちゃんは何者なんだ? いきなり悪いことしたって、頭下げられても、キュートードを盗った本人かわからないんだが……」


「ん、だからその証拠がこれ」


 大量の、しかも氷漬けにされているキュートードを無表情で指差す。


「う、ま、まぁ、確かにこれを見たら間違いなさそうだが…… それよりも何者か聞いていいか? キュートードは弱いって言っても、そこそこ素早い魔物なんだ。簡単に子供が狩れる魔物じゃないぞ?」


「ん、ワタシはフーナさまの従者のメド。だから簡単」


「えっ!? フーナってあの、魔物一匹退治するのに、山ごと消しちまったって言う、災害の魔法使い幼女のフーナかっ! それと前国王を救った恩義で、自由に王城に出入り出来る、この国で唯一の冒険者で有名な、あのフーナのかっ!」


 メドの正体とフーナの名前を聞き、仰天する門兵。 


「ん、何だか説明口調。だけどそれで合ってる。だから受け取って」


 ジャラと金貨の入った布袋をそっと差し出す。


「いやいや、そんなの尚更受け取れねえぞっ! そんなもの受け取ったら、俺が国王から何言われるかわからねえってっ! そもそもキュートードは戻ってきたし、実質の被害はゼロどころか、狩りの手間も運搬の手間も省かれて、逆にこっちが助かってんだぞっ! しかもこんな大金まで――――」


「ん? だったらお金の分は頼みごとしたい。それでチャラでいい?」


「た、頼み事? な、なんだ?」


 これ以上まだ何かあるのかと、恐る恐る聞き返す。



「ん、噂を流してほしい」


「噂?」


「ん、この街の英雄にフーナさまが負けた。それを広めてほしい」


「え? それって、カエルの英雄さまのスミカの事か?」


「そう、そのカエル」


「だ、だが、そんな根も葉もない噂を流したら、フーナの名誉や名声に――――」


「ん、それは問題ない。事実だから」


「なっ!?」


 門兵の言葉を遮り、キッパリと言い切ったメドに言葉を失う。



「な、何故、そんな事になってんだっ! しかもあのフーナはこの国どころか、大陸最強と名高い魔法使いだろう? いくらカエルの英雄さまが強いって言っても、さすがに……」


「ん、ワタシたちがキュートードを獲ったから怒られた。そして負けた」


「ま、負けただとぉっ! か、仮にその話が本当だとしても、その噂を広げる意味があるとは思えないぞっ! それこそ大陸最強の名にキズが残るだけじゃないのかっ!」


「ん、意味はある。フーナさまに感謝してくれる人間も多いけど、嫌いな人間も多い。たくさん人間を助けるけど、それと同じくらい迷惑かけてる」


「あ、ああ、確かにそう言った話は耳に入ってくるな……」


 どこか遠くを見ながら、ポツリと呟く門兵。

 各地で活躍する反面、色々とやらかしている噂も多いなと。

 


「ん、だからワタシたちがいなくなった方が喜ぶ人間も多い。それと期待されても困るから。また迷惑かけると思うから」


「はっ? いなくなる? それは一体どう言う――――」


「んっ! ワタシはもう戻る。フーナさまが呼んでるから。だからお願いっ!」


「はっ!?」



 シュン――



「なっ! き、消えた…………」


 どこか急かされるように、忽然と姿を消したフーナの従者のメド。

 肝心なところを聞けずに、目の前からいなくなってしまった。



「い、一体何だってんだ、最近のこの街は…… 湿原に得体の知れない魔物が現れたと思ったら、蝶の格好の少女に退治されて、カエルの英雄が生まれるし、その英雄さまが今度は、盗人らしい大陸一の魔法使いを懲らしめるしで、はぁ~……」


 短期間に起こった数々の事を思い出し、自然と溜息が出る。

 

「何だか、数か月前の生活が懐かしく思うよ。人の出入りが多く、その分仕事も忙しかったが、それでもずっと平和だったからなぁ~」


 どこか遠い目をしながら、空を眺めてポツリと零す。

 昔は良かったなと、なんと無しに現実から目を背けると、

 


 ジャラ


「ん?」


 踵を返し、持ち場に戻ろうとしたところで、つま先に何かが当たり、一気に現実に引き戻される。そこには――――


「あ」


 そこには、消える前にメドが置いていった、大金が残されたままだった。



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