第494話災害級の一撃
「あ、マヤメっ!」
「ん、澄香。フーナはどうしたの?」
メドと戦っていた筈の、マヤメが私の影から現れた。
「どうもなにも、ようやく倒したと思ったら、今更になって、回復魔法で自分を回復してんの、マジ最悪だよ。しかも身体能力を上げる魔法まで使ってるしさ。これ以上強くなったら手が付けられないって」
フーナの動きに注意しながら、説明と愚痴を混ぜてマヤメに説明する。
「ん、フーナを倒した?」
「そ、かなりのダメージを与えたんだけど、私が油断したせいで回復されちゃったんだ。で、そっちはどうなったの? メドがいないっぽいけど」
もう一つの気配がない事に気付き、マヤメに確認する。
「ん、メドはノトリの街に行った」
「ノトリに? なんで」
「ん、キュートードの件で――――」
「って、その話はあとでっ! もう一度影に潜ってっ!」
「んっ!」
視界に捉えていた筈の、フーナの姿が掻き消えた。
それと同時に、マヤメには私の影に潜ってもらった。
『本当に最悪だよっ! こっちはまだ万全じゃないのってのに、あっちは完全回復してるじゃんっ! しかも前より速くなってるしっ!』
絶体絶命。
とまではいかないが、かなり切迫した状況だ。
フーナの動きを見たところ、体力もケガも完全回復。
しかも規格外の魔力で、自分自身に強力なバフまでかけている。
その一方で、私の体力は万全の状態の約6割。
しかも全身には、まだダメージを残したままだ。
『……悔しいけど、透明壁スキルはもう時間稼ぎにしかならないな。見える見えないに関係なしに、どうせあの怪力で弾かれるのが関の山だ。なら――――』
ふぅ、と一呼吸吐いて、ゆっくりと目を閉じ、脱力する。
自身の呼吸も心音も、肌を撫でる風も匂いも温度も、何も感じない程に。
「………………」
脳内でのイメージは、心臓にナイフをあてがわれている状況。
数ミリ刃が侵入するだけで、一瞬にして絶命する危機的状況。
そんな生死の掛かる、絶望的な状況だからこそ――――
サワ
「え? 今の攻撃を避けたのぉっ!?」
「………………」
――――人間、いや、この世の生物全般は、本能的に危機を回避する。
崖っぷちな状況こそが、全身の感覚を鋭敏にし、生きるために最善な行動をとる。
『ん、澄香凄いっ!』
「………………」
マヤメが影の中で驚いているが、それに答える余裕はない。
今私が使っているのは、まだ未完成の『spinal reflex 改』だった。
イメージで自分を追い込み、脊髄反射と本能で、無意識に攻撃を回避する技。
将来的には回避と反撃を反射で行う予定のもの。
だけど今現在は、回避(避ける)だけが限界だった。
『…………ふぅ、こっちの技は戦闘スキルだから、装備のように経験値でレベルアップはしないんだよね。 単純に使用して熟練度を上げるしかないから、ずっと後回しだったのが悔やまれるよ』
だけどこのままでは埒が明かない。
ただ逃げ回り、避けるだけでは、こっちがジリ貧だ。
何せフーナの体力は無限に近く、しかも回復できるのだから。
「むき~っ! さっきから本気で攻撃してるのに、なんで簡単に避けるのぉ~っ!」
2桁を超える攻撃を回避したところで、姿を現し、悔しがるフーナ。
短い両手をブンブンと振り、地団太を踏んでいる。
『マヤメっ! あとどのぐらい隠れられるっ? こっちはギリギリなんだけど』
『ん? あと30秒ぐらい。でも澄香は攻撃を見切ってる。どこがギリギリ?』
焦る私とは対照的に、いつもの調子で答えるマヤメ。
『見切ってるって言っても、一度でも間違えば即死に繋がるからだよっ!』
『ん』
『それに、
『ん? その後?』
フーナの戦闘力は異常だ。
まともに喰らったら最後、回復などできずに、このアバターなど爆散するだろう。
それにこの世界はゲームではない。
だからいつもよりも精神が削られる。
フーナの驚愕の戦闘力と、リバイブ出来ない重圧が私を追い込む。
『はぁ、これは私がまだ未熟だったって事だ…… 肝心な時に恐怖に勝てないようじゃ、この先フーナのような異世界人や強敵が現れた時に、みんなを守り切る事が出来ないって』
今後相対するであろう、未知のプレイヤーとの戦いに不安が残る。
私たちに降り注ぐ火の粉を振り払うのにも、今のままでは懸念が残る。
『んっ! 澄香、時間だからマヤは出る』
『なら私の傍にいてっ! でも手は出さないでね。フーナの相手は私だから』
『ん、でもどうする? 澄香の魔法壁で防ぐ?』
『それは通じないんだよ。でも考えがあるから――――』
現段階では恐らく、フーナを倒すことは不可能だ。
今の私の出せる『Safety device release』(安全装置解除)のMAXの攻撃でさえも、このフーナは堪え抜いたのだから。
けれど、それと勝敗は別の話だ。
倒しきる事は叶わないけど、勝つ方法は元々持っていた。
但しそれには、捨てないといけないものがあるけど……
「澄香っ! フーナの手が?」
「いっ!? 今度は一撃に賭けてきたっぽいっ!?」
速さだけでは、攻撃が当たらない事を察したのだろう。
右の拳が光っていることから、魔力を拳に集中させたとわかる。
元々の威力を考えると、恐らく空振りしただけでも、ここら一帯が吹き飛ぶだろう。
「んっ! 澄香っ!」
「わかってるっ!」
子供の喧嘩のように、両手を振り上げ、疾走してくるフーナ。
動きはまんま素人だが、その威力は災害レベルだ。
「マヤメっ! 目を閉じてて」
「んっ!」
バシュッ!
一先ず距離を取ろうと、迫るフーナに『発光』を使用する。
そして追加で透明鱗粉を私たちに散布し、姿を消す。
「うわっ! 眩しいっ! って、もうっ!」
が、一瞬怯んだだけで、すぐに走り出す。
しかも目を閉じた状態のままで、正確にこっちに向かって来る。
「はぁ? なんであの姿でっ!?」
大人バージョンならいざ知らず、幼女の姿で見切られた事に驚く。
目くらましも透明化も、僅かな時間さえも稼げなかった。
「くっ! このまま接近されて、攻撃されたら周りも吹き飛ぶってっ!」
「ん、どうする澄香?」
「一先ず、あの右手の魔力を何とかするしかないよっ!」
「んっ!」
じゃないと、シクロ湿原にまで被害が出る可能性がある。
その威力が予想できないから、キューちゃんたちにも危険が及ぶかもだし。
『でもどうする? 透明壁スキルを張ったとしても、フーナは避けて突進してくる。だったら空に――――』
タンッ
まるで核弾頭並みの、威力を秘めているであろうフーナの拳。
周りへ及ぼす被害を懸念して、透明壁スキルを足場に、宙に移動する。
「ん、澄香。もしかして空中に撃たせる?」
「その予定なんだけど、空でも私たちに撃たれるのは避けたいんだよ」
「ん?」
「魔法壁で防げるとは思うけど、正直、どうなるかわからないから」
「ん」
空に放つ分には、被害を最小限に抑えられる。
が、驚異的な威力を持つであろう、あの攻撃を防げるかには懸念が残る。
それはフーナが別世界の住人なのと、
特殊な力を授かったであろう、女神と言う単語に不安が残るからだ。
「もうっ! また逃げるのっ! わたしの方が早いんだから無駄だよっ!」
ヒュンッ
透明化している私たちを、関係なしに魔法で追跡してくる。
「マヤメ、念のためもう一度私の影に隠れて」
「ん、でもどうする?」
「あの攻撃を魔法壁に撃たせる。で、その後で最終手段で捕まえる」
「ん? 最終手段?」
「そ、あまり使いたくなかったけど、こっちも限界だから」
「ん、わかった…… マヤは澄香を信じる」
何か言いたそうだったけど、小さく頷いて、影の中に避難したマヤメ。
それを確認して、フーナの目の前に、赤に視覚化した透明壁スキルを展開する。
そして、拳を振り上げ向かって来るフーナに叫ぶ。
「あのさ~、何だかんだ言って、まだ私に一撃も入れてないし、その前に魔法も破ってないよね~っ! それで自分の方が強いって良く言えたよね~っ!」
「むかっ!」
「それと、あなたの仲間のメドって子も、見た目通りに弱かったから、マヤメがお仕置きしたって言ってたよ~っ!」
「えっ!?」
『んっ! マヤはそんな事言ってないっ!』
「もし本当に強いって言うんなら、その魔法壁を壊して早く助けに行ったら? メドって子が素っ裸で泣いてるよ? マヤメが全裸にして泣かしたらしいから~っ!」
『んんっ! マヤはそんなことしてないっ!』
「何だってぇっ!」
影の中のマヤメが、事実無根だと主張しているが、フーナには聞こえない。
そんなフーナは、怒りの形相で私を睨み、拳を透明壁に向かって振り上げる。
「ううう~っ! わたしだけじゃなく、メドの事も馬鹿にするなんて絶対に許せないっ! しかもわたしだって脱がしたことないのに、無理やりなんて酷すぎるよっ! こんなもの壊してやるっ!」
『よし、かかったっ!』
透明壁に放たれたフーナの拳を見て、内心でほくそ笑む。
私の透明壁スキルに対して、フーナが執着していたのはわかっていた。
壊すとか豪語してたし、それにメドの名を出せば乗ってくるとも思っていた。
そして全力で振り抜いた、災害級の威力を秘めた拳は――――
バリ――――――ンッ!!
この世界でも、元の世界でも、
「うそ、でしょ?」
『んっ!? ま、まさか、澄香の……』
「ほぉら、わたしが本気出せばこんなもんだよ~っ!」
一度も破壊されることのなかった、私の透明壁スキルが、一撃で砕け散った。
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