第492話エボリューション
※スミカ視点
「ふう、危なかったぁ。まさか起きてたとはね。私としたことが不用心だったよ。しかもこの世界の物じゃないアイテムまで破壊できるなんて」
新たに用意した、Rポーションで回復しながら反省する。
昏倒していたはずの、フーナの意識をキチンと確認しなかったことに。
能力を限界まで使った為の疲労と、手応えがあったために失念していた。
「…………にしても、どんな夢を見てるの? 動きが恐いんだけど」
立ち膝で、顔を左右に振りながら、手の平を閉じたり開いたりしているフーナ。
良くわからない奇声を上げながら、恍惚の表情で涎を垂らしている。
「はぁ~、どうせ碌な夢じゃないだろうね? あの表情はさっき見たからね」
すぐ隣にいる私に気付かずに、夢中になっているフーナを眺めて嘆息する。
きっとフーナの脳内では、口には出せない破廉恥な事が展開されているのだろうと。
そんな私は新たに獲得した能力を使って、危機的状況を脱した。
回復を寸前で中断され、目を覚ましたフーナの反撃を抑える事に成功した。
その増えた能力と、それを使う羽目になった状況はこうだった。
【幻夢】
対象が鱗粉を吸い込むことで、幻を見せる事が出来る。
現状の心の深奥にある、一番強い欲求を夢に見せる。
対象者に触れるか、300秒経過で解除される。
そして幻夢を使用した訳は、ほんの数分前に遡る――――
※
パリ――――ンッ! ×10
「あ」
「よしっ!」
目の前でRポーションを破壊され、虚を突かれた私に襲い掛かってきたフーナ。
お互いにダメージは残っているが、確実にフーナの方が軽傷だった。
「このまま一気に行くよっ!」
自分を奮い立たせるためか、気合を発しながら突っ込んでくる。
その動きは今までよりも相当に遅い、けどそれは私も一緒だ。
「くっ!」
回復はもう間に合わない。
避けようにも体が言うことを効かない。
スキルで防ぐこともできるが、また吹っ飛ばされるのがオチだ。
そんな危機的状況、フーナにとっては絶好の、そんな大事な時に――――
コテン
「あっ!」
「え?」
目の前で盛大にフーナがコケた。
長すぎるローブを踏んずけて、勢いそのままに私の横をギュンと飛んで行った。
ここに来てその無駄に長いローブが、文字通りに足を引っ張った。
「た、助かった~、よし、今の内に回復する時間を――――」
パタパタ
顔から地面に突っ込んだ、フーナの姿を見て『幻夢』を使用する。
回復の時間稼ぎと、その効果を確かめるために。
「お、かなり効果が早いね。よし今の内に」
寝ぼけ眼で立ち上がり、何かを呟いている姿を見て、すぐさま回復をする。
色々と規格外なフーナにも、幻夢が効いた事に安堵しながら。
※
「ふぅ~、少しはダメージが抜けたかな? でもまさかここまでフーナが食い下がるなんて思いもよらなかったよ。本当は使いたくなかったけど、仕方ないかぁ…………」
回復を終え、体調を確認しながら、さっきの事を思い出す。
フーナには宣言通りに全力で仕掛けた。
自滅覚悟でありったけをぶつけた。
でも【幻夢】だけは使いたくなかったと、少しだけ後悔する。
それだけ強敵だったのだと、自分を納得させながら。
ただ全力を出すのは、出会った時の私でと、内心では決めていた。
だってこの能力が増えた要因は、このフーナにあったから。
「……正々堂々とか謳うつもりはないけど、フーナのおかげで増えた能力で、そのフーナに勝ってもあまり嬉しくないんだよね。元々持っていたもので勝ちたかったからね」
新たに増えた【幻夢】の鱗粉の効果と、バージョンアップし、僅かに扱いやすくなった【実態分身2.5(7大罪ver)】。
そして――――
ファサ
おもむろに羽根を広げる。
「お?」
その大きさは、人一人分を覆い隠せるほどのサイズになっていた。
ちょうど私がすっぽりと、その羽根に収まるほどの大きさだ。
『うん――――』
ゆっくりと目を閉じ、広げた羽根で私自身を包み込む。
第三者からはまるで、成虫からさなぎに戻ったかのように映るだろう。
蝶の成長過程は一般的に、
『卵⇒幼虫⇒さなぎ⇒成虫』と、段階を踏んで成長し、新たな形態へと生まれ変わる。
いやこの場合は生まれ変わるでなはく、進化と呼んだ方が正しいだろう。
羽化して成長した姿は、さなぎとは全くの別物になるからだ。
ファサ
「――――うん? 見た目も結構変わってる?」
なら、さなぎに戻った私も生まれ変わるのは必然とも言える。
さなぎから成虫へと進化したように、私もまた進化する。
「え~と、ドレスの
鏡面にした、透明壁で自分の姿をチェックし、ちょっと驚く。
原型は殆ど一緒だが、以前よりも装飾が増えていた。
ゴシック系を元に、そこにロリータ系が足された感じだ。
「それと、大幅に変わっていると言えば、やっぱ色合いだよね」
元々は黒を基調とし、あつらえているフリルは白だった。
だが今回の衣装(装備)は――――
鏡の前でクルンと回って、全身を確かめる。
「うん、グレーだね、全身。 まさかレベルアップした装備の効果に似せてるとか?」
黒の部分は、濃い灰色に。
白だったフリルの部分は、淡い色の灰色に変わっていた。
白と黒。明と暗。光と影。陰と陽。
そこに同時に存在するが、決して交わらない『対』となるもの。
白黒つけるとはよく言ったものだ。
元の色合いを例えるならば、【黒】が私のいた元の世界。
生きる意味や希望を無くした、一寸先も見えない漆黒の世界だ。
なら【白】はきっとこの世界だろう。
ユーアやみんながいるこの世界が、私には眩しく映るから。
なら【灰色】は、その両方の世界を内紛した色だろう。
白でも黒でもなく、二つが混ざり合って、どこか曖昧な世界。
「…………なるほど。 この状態だと私の存在が希薄になるって言うか、この世界から半分消えている状態なんだ。この世界にも元の世界にも存在しない、ゴーストみたいなものか」
フーナとの戦いは、これまでにない、膨大な経験値を与えてくれた。
6だったレベルが、一気に10まで上がるほどに。
それ程の難敵だったのだろうと思う反面、どこか納得できない部分もある。
覚えた能力が、私の意にそぐわないものだったから。
だからか、増えた理由に、納得がしずらかった。
「それはきっと、フーナも他の世界から来た住人だった影響か、この世界の於けるフーナの存在が特殊なんだと思う。女神がどうとか言ってたから、その女神とも関係あるかもだし」
ハッキリとした理由はわからない。
だけど、フーナと戦ったことが原因の可能性は高い。
「まぁ今はいいか。これ以上は机上の空論だし、まだ確証できるほどの証拠もないしね? ならフーナが目を覚ましたら聞いてみるか。もっと情報を補填しないとこれ以上は時間の無駄だから」
未だに奇声を上げながら、奇妙な動きをしているフーナ。
あんな表情のフーナを見たら、フーナが好物の幼女も少女も逃げ出すだろう。
「あ、まだ時間が残っている内に、もう少し装備の確認をしよう。幻夢は触れても解除できるけど、正直、この状態のフーナに触れるのがおっかないし」
だらしない顔のフーナを横目に、メニュー画面を開く。
「ん~、レベルがかなり上がったけど、やっぱり数は変わらないんだ……」
透明壁スキルの最大数も、距離も面積も形状も変化がなかった。
今まではレベルと同時に、各カテゴリーの最大数も上がっていたのに。
「その代わりにこの能力を覚えたって訳かぁ。それ程に強力だって事だよね」
メニュー画面を繁々と眺める。
そこには、現在のレベルの脇に、新たな表記が増えていた。
※
=防具スキル(LV.10 現在のモード《表裏一体》)
最大数 20
距離 100M
大きさ 100M
形状 図形(展開後に変更可)
色 自由
重量 200t
※
「…………モード《表裏一体》? これが今の私の状態かぁ」
全身が灰色に変わり、装飾が増えて、ゴテゴテした自分を見下ろす。
「で、その詳しくはこっちっと。さっきは戦いの最中で少ししか見れなかったからね」
メニュー画面を操作し、詳細の欄を見付けて目を通す。
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