第481話足手まとい




「うが――――――――っ!!」


 甲高い絶叫と共に、数十メートル先の廃屋が突然弾け飛ぶ。


「くるわよっ!」

「うんっ!」


 それはゴナタの一撃を受けて、数軒の建屋をブチ抜いた先のアドの咆哮だ。

 瓦礫と粉塵が舞う中、小さな影がゆっくりと歩いてくるのが見える。



「おいッ! ナゴタ大丈夫なのか? それとゴナタお前もッ!」


 姉妹が揃い身構える中、ルーギルが横目で聞いてくる。


「はい。私はお姉さまから貰ったアイテムで回復しました」

「うんっ! ワタシはお姉ぇに貰ったアイテムで着地したんだっ!」


 ナゴタは胸に手を当て、ゴナタは足元を見ながら答える。


「ははッ! 要するにお前らは、二人揃って嬢ちゃんに助けて貰ったみてぇなもんかッ? ここにはいない、ちっこい英雄さまによォッ!」


 そんな姉妹を見て、冗談交じりに話すルーギル。


「ちっこいとは何ですか? お姉さまを愚弄すると許しませんよっ!」 

「ちっこくないぞっ! 器がでっかいんだっ! お姉ぇを馬鹿にするなっ!」


「ううッ」


 そんなルーギルとは反対に、怒り心頭のナゴタとゴナタ。

 スミカの事については軽口も冗談も通じなかった。



 そしてもう一人、


「がうっ!」


 その存在自体が冗談だと済ませたい者が、悠然と姿を現す。


「がうっ! さっきのはゴナタだな? かなり痛かったぞっ! またぶっ飛ばしてやるから覚悟しろよなっ!」

 

 ナゴタたちの前に戻ってきたアド。

 その様子はさっきまでとは違っていた。



「おいッ! もしかして…… 効いたのか?」


 アドに視線を向けながら、小声で姉妹に尋ねるルーギル。 


「はい、そうみたいですね。ゴナちゃんの攻撃が効いたみたいです」

「そうだな。脇腹を気にしてるみたいだしな」


「だな、なら少しは光明が見えたって感じかッ。先は長げぇ気もするが……」 


 軽く右の脇腹をで押さえて立っているアド。

 ただそれが一時いっときの痛みなのか、ダメージなのかの判断が難しい。


「先は長いですか? 私はそうは思いません。もう少しで崩せそうな気がします。ゴナちゃんのさっきの一撃が急所に決まればですが」


 アドが押さえている右の脇腹、そして残った右腕を見て話す。


「いや、それが難しいってんだよッ。もうさっきみてぇにまともには受けねえだろッ? 既にゴナタの攻撃は警戒されてるぜッ?」


「わかっています。それでもこのまま続ければ、きっと隙が出来ます。そこをまたゴナちゃんに決めて貰えば勝負はつくと思われます」


「隙かぁッ………… だったら俺も――――」


「なので不本意ですが、ルーギルにも手伝ってもらいます」


「いや、それ、俺が今言おうとした――――」


「そうだなっ! ルーギルは冒険者じゃないけど、悔しい気持ちは一緒だからな」


「って、おいッ! それも俺が言おうとした――――」


「おしゃべりはここまでですっ! 来ますっ!」


 武器を構えなおし、警告を発しながら、素早く身構えるナゴタ。

 鋭い視線の先では、アドが地面を蹴った瞬間だった。


 タンッ!


「がうっ! 先ずは邪魔なルーギルからだぞっ!」


「って、相変わらず速えッ! って、なんだぁッ!?」


 シュ ――――ン


 アドの速さに驚愕すると共に、映る景色が瞬く間に変化する。

 柔らかいものに包まれながら、経験した事のない速度で、視界がグルグルと変わる。 



「んあッ!? これって、まさか――――」

「そうですよ。私が抱きかかえてるんです。で不快ですけど」


 ルーギルを抱えながら走るナゴタは、心底嫌そうな表情で答える。


「んなッ!? ならさっさと下ろせよッ! かなり恥ずかしいんだぜッ!」


 それはそうだろう。

 30代半ばの男が、その半分にも満たない少女に抱っこされているのだから。

 身長差にしても30以上ある。



「そうしたいのは山々ですが、降ろした瞬間にアドに襲われますよ? 本気で攻撃してくるかは別にしても、そもそもあなたでは耐えられないでしょう? だから今はもう少し待っていて下さい」


 今はゴナタがアドを牽制しているが、姿が見えた途端にやられるのは明白だ。


「くッ! 確かにその通りだッ。だが、このままではただの足手まといだろッ? 俺は自分の身を自分で守るから、お前らは好き勝手に暴れて来いよッ」


「そういう訳にもいきません。何故かお姉さまがあなたを気に入ってるし、この先も必要とおっしゃってたので。だから出来る限りは守ります」


「何故は余計だが…… でもスミカ嬢が俺をッ?」


「そうみたいです。目的を叶えるためには欲しい人材と、以前にお姉さまがおっしゃっていました。あなた以外にも、お姉さまに関わった人たちの殆どはそうらしいですが」


「目的ッ? 嬢ちゃんがユーアとの生活以外に目的があんのかッ!?」


 ここにきて暴露された、スミカの意外な話に驚くルーギル。


「何を勘違いしているのですか? それも含めてユーアちゃんの為に決まっているでしょう? 詳しい詳細までは聞いていませんが、お姉さまの行動は全てユーアちゃんの為ですから」


 至極当然だとばかりに、キッパリと言い切るナゴタ。


「ま、まぁ、それがアイツらしいが、それと俺が一体どう関わってんだッ?」


「さぁ? お姉さまの崇高で高尚なお考えは、私のような凡人には想像できません。でも素晴らしい事をお考えだと思います。ユーアちゃんも含めて、関わったみんながきっと――――」


「ナゴ姉ちゃんっ! もう持たないぞっ!」


 デトネイトHブーツの機動力を生かし、距離を取りつつ立ち回っていたゴナタだったが、瞬く間にアドに追い付かれ、ハンマーで攻撃を受けていた。

 このままだと次の一撃を受ければさっきの二の舞になる。



「ルーギル、一度降ろします。ゴナちゃんのおかげで標的が変わりましたから」

「お、おうッ!」


 ルーギルを近くの廃屋の影に降ろし、すぐさまアドに向かって疾走するナゴタ。


「くッ!」


 自分よりも幼く、そして小さな後ろ姿を見て、自然と拳を強く握る。



「チッ! 俺は何しにここに来たんだッ! これじゃあん時と一緒じゃねぇかッ。フーナとパーティー組んで、何も出来なかったあの時とよォッ!」


 ギリと奥歯を噛み、過去の自分を思い出す。


「スミカ嬢が俺を必要と言ったッ。その理由はわからねぇが、このまま無事に終わったとしても、そこに何の意味があるんだッ」


 ナゴタも戦線に戻り、苛烈を極める姉妹とアドの戦い。

 そこに自分が入れる余地はないと、頭で理解してても悔しい。


 何もできない自分。


 果たしてこのまま、指を咥えて見ているだけでいいのか?

 若い冒険者に守られっぱなしで、どの面下げて帰れるというのか?


 スミカが帰って来た時に胸を張って、今の話を報告できるのだろうか?



「いんやッ! もうごちゃごちゃ考えんのは無しだッ! 俺も好き勝手やらしてもらうぜッ! そんで結果は後に付いてくんだろうッ! あの蝶の英雄さまみてぇによッ!」


 自由奔放で、生意気で、それでも最後に何とかしてしまう、そんなスミカの背中を思い浮かべて覚悟を決めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る