第458話魔物の天災のお話 後編




「ギルド長っ! 倒した魔物が消えるってどういうことですかっ!?」


 更に増える情報に思いがけず席を立つクレハン。

 それだけルーギルの話に驚愕したともいえる。



「んあッ。それも情報が出回らなかった理由に拍車をかけてんだよッ! 肝心の普通じゃねえ魔物が、その言葉の意味通りに消えちまったんだからなッ。奴らの死骸を回収する間もなく、地面に吸い込まれるように溶けて消えちまったんだからなッ」


「と、溶けるですかっ!? 魔物が?」


「そうだッ! それしか言いようがねぇッ! んで、そんな変な魔物に心当たりねぇかッ? ここ最近、俺もお前も目の当たりにしてるだろうがよッ?」


「…………はい。心当たりと言うか、実際に戦ってますからね、普通ではないとは。それとスミカさんの報告にも何度かありましたから。それが何か良くない事が起きる前兆だとも懸念してますし……」


 ルーギルとロアジムを見渡して、今の自分の心中を吐露する。


「まぁ、それは俺も感じているッ。だから10年前から動いてるんだろッ? それに対抗する冒険者集めによぉッ! なぁ? ロアジムさん」  


「うむ。ルーギルの言う通りなのだよ。これ以上犠牲を出したくないからな。わしの息子のアマジもそれに巻き込まれ、妻のイータが亡くなったと思っておるからな」


「え? それってどういう……」


 ルーギルに振られ、答えたロアジムの話に目を丸くする。

 奥さんが亡くなったのは聞いていたが、その経緯までは知らなかった。



「うむ、先ほどの話で、わしがトロールに襲われた話はしたじゃろ? それがアマジたち家族にも同じ事が起こったって話なんだよ。他の村へ移動中に、大量に発生したゴブリン共に襲われたのだからな。普段は生息しない地域でな……」


「そのような経緯が…… それでその事をアマジさんは知っているのですか?」


「知ってはいるが、誰も恨む事も出来んから、怒りをそのまま自分に向けたんじゃろ。当時の弱い自分と冒険者たちに矛先を変えてな」


「………………」


 ロアジムの話を聞いて次なる言葉が出て来ない。

 こんな身近にあの事件の犠牲者がいた事にショックを受ける。


 あの災害が自然的なのか、はたまた人為的なものかはわからない。

 ただ多くの人々と国に脅威を与えたのは事実だ。



「でだッ。話を戻すが、あの時嬢ちゃんが言っていた事を覚えているか? サロマ村に出た巨大オークと素早いオークを指差して言ってた事だがよぉッ」


「え? は、はい。もちろん覚えてますよ? あんな衝撃的な話自体、聞いたの初めてでしたから。たしか『操られている?』とか『人工的に作られている?』とか、そうおっしゃってましたね。あの異常種のオークを前にして」


 ロアジムの話に気を病んでいたところ、再度聞かれ慌てて答える。

  


「そうだッ。スミカ嬢は確かにそう言ったッ。あん時はそこまで気にしてなかったが、今回の件であらかた予想が出来たぜッ! 20年前と10年前、更にその10年後の今の状況からなッ!」


「ちょっと待って下さいギルド長っ! え~と、10年前と現在の状況が酷似してるのはわかるのですが、20年前と言うと、また何かあったのですかっ!?」


 度重なる知りえなかった話に身を乗り出す。

 次から次へと出る未体験の話に困惑するクレハン。



「こほん。そこから先はわしが話そう。ルーギルはもったいぶって時間がかかるしな」

 

 一つ咳払いをし、今度はロアジムが話し出す。

 仕方なしと言う感じだが、その口元は正反対に見えた。


「え? は、はい、それではお願いしますっ!」

「おあッ! ここから良いところだったのによぉ」


「それでだが、まず20年前にも似たような事が起こったのだよ。未発見、もしくは未知の魔物が現れ、そして突如現れた何者かが退治していった事がな」 


「20年前…… わたしが生まれた時くらいですか。その何者とは?」


「で、その何者かは、現在Aランクのフーナちゃんだったという事だ」


「え? あのフーナさんが?」


「して、その10年後。今度もまたとある人物の活躍によって退治される事となったのだ。この人物は現在も行方知らずで、その素性に関しても情報が少ないがな」


「…………はい。続けて下さい」


「うむ、それでも現在わかっているのは、性別も年齢も不明。背丈は高く、真紅の全身鎧に身を包み、騎士のような出で立ちだったとの事。そして無数の剣を操っていたことがわかっているな」


 記憶を辿る様に、ゆっくりと話を終えるロアジム。


「騎士ですか? でもその感じだとどこの国にも所属していないんでしょうね? そして行方がわからないのも気になりますね……」


「あ、もう一つだけわかってるって言うか、俺が知ってる事があるぜッ」


 ヒョイと手を挙げ、再度話に混ざるルーギル。


「うん? わしが知らない情報か? なら話してくれルーギル」


「おうッ! 俺が知っているのは名前に関する事で、アイツの武器は剣じゃなく太刀だッ。んで、その太刀と真っ赤な鎧に名前が関係するらしいんだよッ」

 

「え? 武器と鎧の色からですか? ええと、太刀と赤ですよね? これだと男性か女性かの判別もつきませんね?」


「それはわしも初耳じゃな。じゃがそんな名前は聞いた事が無いぞ? 冒険者じゃないにしろかなりの実力者のはずなのだが、わしの記憶には無いな。他に何か情報はあるのかな?」


「いいやッ、それだけだッ。それ以外は俺も知らねえんだッ」


 更なる情報に期待したが、あまり有益ではなかった。

 これ以上の事は知らないらしい。



「それではルーギル。先ほどの話の続きをしてくれぬか? 10年前の人物は見当もつかんからな。20年前と10年前、それと現在に当てはまる、ある共通点の話をな」


 口端を緩め、話の先を催促するロアジム。

 その話しぶりからすると、二人は元々情報を共有しているようだ。



「ああ、そうだったなッ。これは全部当てずっぽうだがよッ、それでも信憑性がある程度高いものだと思って話すぜッ」


 椅子に座り直し、ここにいる二人を見渡す。


「はい、お願いします」

「うむ」


「今んところ多少のズレはあるが、10年ごとに何かしらの事件が起きているッ。その全てが魔物絡みなのは間違いねぇッ」


「そうですね。しかも未確認種の魔物が確認されています」


 ルーギルの話に相槌を打つクレハン。


「そうだッ。して、その都度どこの国かもわからねぇ何者かが現れ、窮地を――――」


「あっ! それが20年前のフーナさんと、10年前の真紅の鎧の人物。そして今回現れたのはスミカさんって言いたいんですねっ!」


 ルーギルの説明の途中で、堪らず割り込むクレハン。

 その目は先ほどとは違い、爛々としていた。



「こ、このッ クレハンお前ッ! 俺がせっかく――――」


「うむ、その通りなのだよ。わしとルーギルは少なくともそう予想している。これが偶然なのか、神の気まぐれなのかは知らんが、スミカちゃんとその仲間がそうだと思っておるのだよ」


 クレハンと同じ目をしたロアジムがその話に同意する。


「くッ! まぁ、そう言う事だッ。だから俺たちはスミカ嬢のやる事に協力してるんだッ。アイツのやる事が面白ぇってのももちろんあるがなッ!」 


「だが、それでも公には手助け出来ない理由もある。この国に未曽有の災害が襲来するなんて事を知らせれば、それこそ混乱するだろうし、そもそも確証に足り得る証拠が少ないのもあるがな」


「後は、嬢ちゃんにも足りないものがあるぜッ? 今のままでは――――」


「はい。それは実績と名声ですね? 今のスミカさんですとその両方が限定された地域だけですから。でもそれは他の二人も一緒ではないですか?」


「って、クレハンまたお前は俺の台詞を――――」


「うむ、それでもスミカちゃんの名は各地で売れ始めてはいるんだがな。この街の貴族や、他の街からの往来が多いノトリの街、行商人が多く通うナルハ村では英雄と呼ばれるまでにな」


「確かにそうですね、それなら人伝いで各地に広まってはいきます。人の出入りが多い場所ですから。が、それでもまだインパクトに欠けますね? もっとこう派手にと言うか」 


「だったら、2か月後のあの大会で――――」


「クレハンの言う事は最もだが、それをわしたちが強要する訳にはいかぬだろう。スミカちゃんは目立つことを嫌う節があるし、ユーアちゃんたちの事を一番に考えておるだろうしな」


 顎に手を当てうんうんと頷くロアジム。


「まぁ、そうは言ってもあの人は勝手に厄介ごとに介入して、自然と目立つことになりそうですけどね。普段の行いが善行よりっていうか、困った人をほっとけない性格のようですしね」


 ロアジムと同じように軽く頷きながら話すクレハン。


「俺も二人と同じ意見だぜッ! そもそもアイツは誰かに飼いならせる人種じゃねぇって事だッ。首輪なんかしたらこっちが喰い殺されそうだぜッ。だからアイツは好き勝手にやらせておいて、アイツが苦手な分野は俺たちが後ろ盾になればいいんじゃねぇかッ?」


 ガシガシと頭を掻きながら、投げやり気味にそう話すルーギル。

 ただその目元と口元は微かに緩んで見えた。


「そうですね、ギルド長のおっしゃる通りです。わたしたちのやる事はスミカさんたちの手助けです。今はまだそれしかできませんからねっ!」


「わしもそれに同意だな。それとスミカちゃんの存在はこの世界では目立ちすぎる。いずれあらぬ厄介ごとに巻き込まれる事もあるだろう。その時には今まで以上に助力すると約束しようっ! それまでは――――」


「ああ、それまでは嬢ちゃんのやりたい事をやらせておいた方が良いなッ。どうせそれが正しい方向に向かうのは間違えねえしなッ!」


 自然と互いに顔を見合せ、にんまりと表情を綻ばせる3人。

 今までの曇天のような空気が、一転して晴天に変わる。


 その訳は、ここにいない主役の少女の事を心の底から信じているに他ならなかった。

 


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