第453話初夏の空と桃ちゃんと




「まずはウトヤの森だよね? そこでキューちゃんたち拾っていかないと」


『ケロ?』 


 街を出て、北西の空を見上げながら行き先を確認する。


 その訳は、先日開かれたシスターズたちとの慰労会で、今から行くシクロ湿原に生息しているキュートードをウトヤの森の湖に連れてきちゃったので、元のお家に返すって理由がある。


 で、そのついでにルーギルの依頼で、キュートードの料理で有名なノトリの街へ。

 こっちはお仕事で、依頼内容はキュートードのフルコースをコムケに持ち帰る事。

 本当に実在するかわからない、ルーギルのお嫁さんの記念日の為に。

 

 私としてはキューちゃんに会えるのが楽しみだったりする。

 あの色とりどりの花が咲き乱れる、本場のキューちゃんを見れる事にわくわくしている。



「あれ? どっちが目的かわからなくなりそうだなぁ」


 ルーギルの依頼の事よりも、断然やる気が出るのはシクロ湿原に向かう事。


 でも、優先順位的にはキューちゃんたちかな?

 依頼の方は時間に10日程の余裕があるからね。



「てなわけで、先にウトヤの森を目指しますかっ! みんなに会えるのが楽しみだね? 桃ちゃん」


『ケロロ?』


 頭の上に大人しくくっついている、桃色のキューちゃんに声を掛ける。

 姿は見えないけど、きっと私と一緒で喜んでいるはずだ。


 

「じゃ、かなり余裕があるから、ゆっくり走っていくね? 危なかったらちゃんと教えてね? その時は抱っこするか、フードを作って中に入っていれば安全だから」


『ケロ』


「それではしゅっぱ――――つっ!」

『ケロロ――ッ!』

 

 きれいに舗装された街道を、キューちゃんと一緒に駆けて行く。


 シュタタタタ――――


 肌を撫でる暖かい風と、遠くに見える緑の多い山々。

 遥か先の地平線と混ざり合う、青く茂った草原を見ながら夏が近い事を感じる。



「ん~、やっぱりこの世界は気持ちいいね。お日さまの下がこんなにも心地いいとは思わなかったよ。数週間前の私からは想像できないよね?」


 昼夜が逆転した、あの薄暗い部屋の中で、私は独りで生きていた。

 話し相手はもちろん、友達と呼べる存在も、ましてや家族もいなかった。


 ただ一人黙々と、そして目的も持たず漫然と過ごしてきた。


 今の私から見ると、あの頃の自分が情けないし、叱ってやりたい。

 あの世界で独りで生きてきた自分を正したい。


 こんな世界もあるんだよ、ともっと早くに教えてあげたかった。

 ユーアやみんなが精一杯に生きている、この世界の方が刺激的で攻略のし甲斐があるんだよって。



「そう出来てたら、今よりも楽しい世界が出来てたかもね? 5年間も自分の世界に引き籠ってたんだから勿体なかったよ。でもその時間も必要で大事だったんだけどね」


 独りになって最初の2年間は死んでいた。

 いや肉体的な話ではなくて、心の話。


 全てを無くし、現実に意味がなくなり、逃げ込んだのがゲームの中。

 ただその先でも逃げられない現実が私を襲った。


「あの時は辛かったなぁ、外も中も絶望しかなかったしねぇ…… 特にここに来る前の3年間が一番堪えたかも。でもその時間があったからこそ、全ての欠片思い出を集められたし、そのお陰で立ち直る事も心の整理もついたんだよね」


 家族を亡くした最初の2年間は、ひたすら宛てもなく彷徨っていた。

 いるはずのない、妹の影を追い駆けて彷徨い続けた。


 向かってくる相手は全て消滅させた。

 敵味方関係なく、視界に映るもの全てを破壊した。


 一人を守るために研鑽してきたこの力を、全部を壊す為に振るってきた。


 なんでこの人たちは楽しそうなの?

 どうしてみんなで笑っていられるの?


 私なんて忘れちゃったよ。

 笑顔の仕方も笑い方も、それを向ける相手も。



「でも今の私は独りじゃないし、頼られる相手も頼る仲間もいるしね。ユーアと出会って友達も仲間も増えて、そして守る力をまた大切な人の為に使える事が嬉しいよ。こうやって桃ちゃんとも友達になれたしね?」


『ケロロ?』 


「ふふ、ありがとうね心配してくれて。でも今は楽しいし、みんながいるから大丈夫だよ。あ、そう言えば桃ちゃんにもあげようと思って忘れてたんだ」


 一度立ち止まり、メニュー画面を出す。


「はい、これあげる」

『ケロ?』


 地面に桃ちゃんを降ろして、あるアイテムを前足に巻く。

 珍しそうに自分の手を覗き込んでいる



『フレキシブルSバンド』


 巻き付けた対象の大きさを変えられる。 

 最小1/10 最大10倍に。

 質量もそれに伴い変化するが、本来の物を超えることは出来ない。


 因みにこれはハラミにあげた物と同じものだ。



「で、大きくなりたいか、小さくなりたいかイメージしてみて?」


 しゃがみ込んで桃ちゃんに使い方を教える。


『ケロ?』


「って、なんで小さくなったのっ!? もう普通のカエルだよっ!」


『ケロロ』


「いや、だって、普通は大きくなりたいとか思うでしょう? 私なんか特にそう思うよ。元々は高身長なのに、このアバターのせいで子供に見られるし…… って、今度はデカ過ぎっ!?」


『ゲロロォ?』 


 最小から、いきなり最大にまで大きさを変えた桃ちゃんを見上げる。

 5センチから一気に5メートルまで大きくなった。


「うりゃっ!」


 ポフ 


 巨大化した桃ちゃんに、思わず飛び込む。

 そこにキューちゃんのお腹があったらダイブするのは世の常だ。



『ゲコ』


「うひゃ~、すべすべしてて気持ちいいねっ! ちょっとひんやりもしてるし。これからの季節には最適だよ。お? 腕の綿毛もホワホワしててちょっと暖かいんだね? 夏と冬どっちも最高だねっ!」


『ゲココ?』 


「でもそれじゃ運びにくいから、一度戻ってみて?」  


『ケロ』


「よし、小さいのも大きいのも可愛いけど、やっぱりこのサイズが一番可愛いね。それじゃ残り半分、ウトヤの森目指して出発しようか」


 もう一度頭の上に張り付いてもらい、目的地を目指して舵を取る。

 こうして桃ちゃんと、私の旅が始まった。


 ただ次の目的地で、もう一人加わる事になるとは思わなかったけど。

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