第447話流血と未来の私




 ((うぎゃ――――っ!! ちょ、嘘でしょっ!? なんであんた達がっ!))


 

「ん?」


「え?」

「なんだ?」


 何やらお風呂場の方から絶叫が聞こえ、ナゴタとゴナタと顔を見合わせる。



「この声はラブナだよね。なんで悲鳴上げてんの? リブたちとお風呂だよね」


 ラブナの居所を教えてくれた、ナゴタとゴナタに再確認する。



「はい、そうですね。でもあの感じだと結構大事おおごとかもしれませんね?」

「そうだなっ!『うぎゃ――――っ!』なんて叫び声、初めて聞いたもんなっ!」


 そう言いながらも、慌てる様子のない二人。

 ただ事ではない悲鳴の筈なのに、のほほんと答える。



「まぁ、魔物が入ってくる事もないし、きっと転んだとかそんなだよ」


「でもスミカ姉ちゃん。ラブナちゃん『あんたたち』って言ってたよ?」


 配膳を手伝っていたユーアにも聞こえたのだろう。

 お皿を持ちながらお風呂場の方を気にしている。



 そんな中、続いてラブナの叫び声が聞こえてきた。



 (( 火よっ! 炎よっ! 地獄の業火よっ! アタシの前に――――)) 



「ちょ、これって魔法の詠唱じゃないのっ!」


「は、はいっ! 最近ラブナが覚えた火の範囲魔法ですっ!」

「うわっ! あいつ風呂場で何と戦ってんだっ! リブさんたちはっ!?」


 鬼気迫るラブナの詠唱に驚愕する私たち。

 なんで家の中で魔法を使う状況になってんの?



「こ、こうしちゃいられないっ! 私はお風呂場に行くからナゴタとゴナタも付いてきてっ! ユーアと子供たちは危ないからここにいてっ! ナジメも何かあったらみんなを守ってあげてっ!」


「はい、お姉さまっ!」

「わかったぞ、お姉ぇっ!」


 スタタタタ――――ッ! 


「スミカお姉ちゃん、気を付けてねっ! ラブナちゃんを助けてねっ!」

「ここはわしに任せるのじゃっ! リブたちもよろしく頼むのじゃっ!」


 ユーアとナジメの声援を背中に受け、居間を飛び出しお風呂場に向かう。



『もう、なんだって家の中で魔法をぶっ放そうとしてんのっ! そもそもリブもいるんでしょ? それにマハチとサワラだって…… ん? マハチとサワラ?』


 あっ!


「ちょっと待ったっ!」


 キキィ――――ッ!


 お風呂場に向かう途中である事に気付き、急停止する。



「あ、お姉さまっ! そんな直ぐにはっ!」

「うわっ! ちょっといきなりっ!」


 ぼよ~んっ! ×2


「いっ!?」


 私がいきなり急停止したので、勢いよく背中に衝突するナゴタとゴナタ。


 ただ擬音の通りに全く痛くはなかった。

 天然のデュエルエアバッグ搭載の姉妹だからね。

 ちょっとした衝撃なんか吸収しちゃうよ。


 でも私の心は何気に痛かったけど。


 って、それよりも。



「あのさ、ラブナって、マハチとサワラの知ってるの?」


「正体ですか? それって――――」

「う~ん、正体かぁ?――――」


 ゆっくりと歩きながら、後ろの二人に尋ねると、


「「あ」」


 何かを思い出したのか、二人とも小さく口を開けたまま固まる。

 どうやら私の言いたい事がわかったようだ。



「だからそんなに慌てる事ないよ。どうせ知らずに一緒にお風呂に入ったんでしょ? それでマハチとサワラの『あれ』を目の当たりにして、乙女らしく驚いてるだけだから」


「そ、そうですね、を見せられて錯乱してるんでしょうねっ!」

「だなっ! ワ、ワタシだって子供の頃に見た以来だもんなっ! は」


 頬を僅かに赤く染めて、私の話に同意するナゴタとゴナタ。

 マハチとサワラの正体を知ってるからこその反応だった。



 なにせ、マハチとサワラこの世界で初めて会った『男の娘』だからね。



――――



「うう~、なんて物をアタシに見せたのよっ! そもそもなんで誰も教えてくれなかったのよっ! リブさんたちはずっと孤児院にいたでしょうっ!」


 目の前に用意されたご飯にも手を付けず、怒りが収まらないラブナ。

 腕を組み赤い顔で子供たちをジト目で睨みつけている。


 因みに今はラブナを救出してきて、みんなで晩ご飯の最中だ。



「ぷっ くくっ!」

「ちょっと、スミカお姉ちゃんっ! 笑っちゃダメだよっ!」


 ラブナの剣幕に耐え切れず、吹き出した途端に隣のユーアに怒られる。



「いや~、だって、私たちが駆け付けた時のラブナを思い出したら我慢できないって。あんな姿のラブナを見たらさ。 ね? ナゴタとゴナタもそうでしょう? ぷっ!」


 私と一緒に目撃した、姉妹の二人に振ってみる。


「お、お姉さま、ラブナが可哀想ですよ、うふふっ」

「も、もう、やめてくれよお姉ぇっ! くふふっ」


 振られた二人も私と同じような状況だった。

 気の毒とは思いながらも、我慢できずに笑いが漏れている。



 そんな私たちを見て、ロンドウィッチーズのリブが口を開く。


「まぁ、私も悪かったかもね。ラブナにマハチとサワラの事教えてなかったからさ。中身を知っているナゴタとゴナタ姉妹が伝えたもんだと思ってたし」


 両隣に座る、今回の騒動の一端になっている二人を見ながらそう話す。

 

「わたしも知ってるものだと思ってました」

「知ってて入ってくる痴女だと思ってました」


「んなわけないでしょっ!」


 リブに続いて、事の発端となったマハチとサワラの話を聞いて、更に激昂するラブナ。


「だって、そんな話も素振りもなかったし、見た目だって女の子そのものなのよ? 誰かが教えてくれるか、あれを見ないとわからないじゃないっ!」


「ラブナちゃん、あれって?」


 そんなラブナを見かねてユーアが話に加わるが、いきなり地雷を踏む。

 わかっていても誰もそこには触れてこなかったのに。



「あ、あれって、あれに決まってるじゃないっ! お、おち、おち、おち……」

「え? おちんちんだよね?」

「し、知ってるならなんでアタシに言わせようとするのよっ!」

「だって、きちんと言わないとみんなに伝わらないよ?」


 熟したトマトのような顔のラブナに、ユーアが真面目に答える。


「もうっ! ユーアまでアタシをからかうのねっ! 鼻血を出して倒れたアタシをっ!」

「ラ、ラブナちゃん、そんな事があったの? なんで鼻血出たの? 大丈夫?」

「え?」 


「ぷっ くくっ!」 

「ちょっと、お姉さまっ!」 


 真剣に心配するユーアとの温度差がありすぎて、思わず笑いそうになる。

 ユーアは誰にでも優しいけど、それが純粋過ぎて時に残酷に見える。



「な、なんでって…… そ、それはあれよっ! お風呂場で火の魔法を使ったからのぼせちゃったのよっ! きっとそうなのよっ!」


 わたわたと今作った風な下手な言い訳をするラブナ。


 因みに詠唱が終わる前に倒れた事をユーアは知らない。



「そうなんだ。なら今度からはお風呂で魔法使っちゃダメだよ?」

「う、だって、あんなもの見せられたら――――」

「だってじゃないよ? 鼻血出したらみんな心配するんだから」

「うん、それは悪いと思って…… じゃなくて、そもそも悪いのはアタシじゃないわっ!」



 クイクイ

 

「ん?」

「ねぇねぇ、スミカ姉、あのさ」


 二人のやり取りをおかずにしていると、後ろから羽根を引っ張られる。


「どうしたのイナ? 二人は気にしないで食べてていいよ」


「いや、とっくに食べ終わったんだけど、ユーアちゃんの事はもう知ってるとして、他のシスターズって誰なんだ? スミカ姉に聞いた話のそれらしい人いないんだけど」


 キョロキョロと食卓を見渡して、おかしな事を聞いてくる。



「ああ、ゴタゴタしてまだ自己紹介してないもんね? でも全員いるよ?」 


「え? だって、ユーアちゃんと同じくらいの小さい子と、スミカ姉みたいなスタイルの双子の姉妹と、あとは、よぼよぼの小さいお婆ちゃんって言ってなかった?」


「違うよ。今ユーアと話してるのはラブナって子で、私と一緒にお風呂場に行ったのがナゴタとゴナタの双子姉妹。で、孤児院の前で会ったのがナジメ。それと従魔のハラミで全員。だから揃ってるよ?」


 みんなを見渡して、イナにはそう答える。

 ユーアもラブナもナゴタとゴナタもナジメもいるし。



「ええっ! だってみんなアタイより可愛くて美人だし、それに大人っぽいし、もの凄く大きいしっ! 全然想像してたのと違うんだけどっ!」


「いや、そう言われても、今教えたのが本当にパーティーメンバーだから。そもそもなんでイナはそう思ってたの? 全然違うんだけど」


 ショックを受けてあんぐりと口を開いているイナに聞く。

 何をどう覚えてたのか知らないけど、特徴が真逆なのはなんでなの? 



「だってスミカ姉は、アタイに『口の悪いユーアの友達と、姉妹の二人は容姿端麗で、スミカ姉と似てナイスバディーで、後は100歳の幼女』って言ってたんだっ! だからアタイは――――」


「ああ、そう言う事。ならイナの勘違いだね? 私の説明は間違っていないから」


 うんうんと頷いて一人納得する。


「はぁ? じゃ、じゃぁっ! あの巨乳姉妹と似てナイスバディーの部分はっ!? 」


「え?」


「ラブナちゃんは、ユーアちゃんの友達って聞いて、勝手に幼いものだと勘違いしたと思うんだっ! ナジメちゃんは幼女って聞いて、小さいお婆ちゃんだと思ったっ! でもナゴタさんとゴナタさんに似てナイスバディーってどうなってるのっ!?」


 人目をはばからず、ナゴタとゴナタを指差し詰問するイナ。

 その当の本人は「え?」って感じでこっちを見ている。



「え? そ、それは…………」

「うん」

「そ、それは将来の事だよ。近い未来に私もああなるからね」

 

 疑惑に満ちたイナの目と、ナゴタとゴナタの方を見ないでそう答えた。


「そ、そんなんわかるか―――――っ!!」


 そうしてまたイナの絶叫が食卓に響き渡った。



 その後は、ちゃんとした自己紹介を済ませて、この日はお開きとなった。

 相変わらずここは賑やかだな、と自然と笑顔が浮かび、帰ってきたと実感を感じた。


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