第445話不思議な依頼




「うお――――いっ! スミカ嬢っ!」


 ラボ親子の勘違いに凹んでいると、後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。


「うん?……………」


 この野蛮で、無神経で、不潔で、戦闘狂でもあり、見た目山賊のくせして、奇跡的に結婚しているようなデカイ声は……


「なに? 冒険者ギルド長のルーギル」

 

 ここまで駆けてきた、ルーギルに振り向く。


「なに? じゃねぇッ! お前の悪口全部聞こえてっぞッ!」 

「え?」

「え? でもねぇッ! 声で山賊とかわかるかよッ! 結婚してて悪かったなッ!」

「はぁ、もう因縁付けられるのは酔っ払いでうんざりなんだけど。しっしっ!」


 ヒラヒラと手を振ってルーギルをあしらう。


「くっ! 相変わらず嬢ちゃんは――――  じゃなくてだな。それよりもなんでギルドに報告に来ねぇんだッ? 依頼は終わったんだろうッ? 戻ってきたって事はよッ」


 苦笑いから一転して、訝し気な視線に変わる。


「え? 報告……………… は明日行くよ。今日はもう遅いし」

「スミカ嬢お前、今の今まで忘れてただろう。依頼人もいるのによぉッ」

「うん。ごめんね?」


 可愛くペロと舌を出し、顔の前で両手を合わせて素直に謝る。

 忘れてたのは事実だしね。


「スミカ姉…… 本当に冒険者なのか……」

「どんどん英雄の印象が変わってくる……」


 ただしその後ろでは、またラボとイナが白い目で私を見てたけど。



「でだ、報告自体は明日でもいいんだがよぉッ。実は折り入って頼みがあるんだがいいかッ? 個人的な事なんだがよッ」


 体を寄せ、神妙な顔つきに変わり小声で話す。


「やだ」


「実はさっきの嬢ちゃんの話にも出てきたが、嫁の俺の記念日に…… って、まだ何も聞いてもいねぇのに断るなよなッ!」


 頼みごとをあっさりと断った私に目くじらを立てる。

 

「だって、たった今帰って来たばかりなんだよ? もう働きたくないよ」


 腕を組みぷいとそっぽを向く。


「いや、今からじゃねぇ。後5日の猶予…… じゃなくて、3日後でも構わねえんだッ。ノトリの街に向かってご馳走を買って来て欲しいんだッ! キュートードのフルコースをなッ!」


「キューちゃんの? なんで?」


 腕を解きルーギルに向かい合う。


「さっきも言いかけたが、嫁との記念日なんだよッ。そこで豪華な料理を用意してくてなッ。仕事ばかりでいつも寂しい思いをさせってかんなッ」 


「ふ~ん。本当にいるんだ。人外の嫁さん」


「くっ……………… まぁ、そんな訳だ。それに嬢ちゃんもノトリは依頼で一度行ってるだろう? だから3日後に出発して1週間くらいゆっくりしてくれやッ。費用は全部俺持ちで、依頼として報酬も出すからよッ」


「? 3日後は別にいいんだけど、なんで1週間も滞在しないといけないの? そもそも記念日っていつなの? 良く分からないんだけど」


 明らかにイミフな事を言うルーギルに突っ込む。

 10日も先なら出発も当日でいいはずなんだけど。



「んあッ!? そ、そうだな、嬢ちゃんはこの国に来たばっかで知らねえと思うが、ちょうどその時期が一番味が乗ってて美味いらしいんだよッ! ちょうど10日後が最高らしいッ! だからその日程で行ってくれよなッ! なッ!」


 慌てて付け足したように、更に不思議な事を話すルーギル。

 なんでそんなに日程に拘るのかがわからない。



「あのさ、カエルの魔物にそんな収穫時期みたいなのあんの? しかもピンポイントでその日とか。少なくとも私は知らないんだけど」 


 異世界の事なので断定はできないけど、今まで聞いた事ない。

 ノトリの料理長も、あの不思議少女のメヤも言ってなかったし。



「スミカお姉ちゃん、どうしたの? ルーギルさんもこんばんはっ!」


 ヒョコと私の脇から顔を出し、笑顔で挨拶をするユーア。


「うん、なんかルーギルが私に個人的に依頼したいんだって。3日後に出発して、1週間滞在して帰って来いってさ。イナたちの案内や、スラムとかにも行きたかったのに」


 私とルーギルの間に来たユーアに事の成り行きを説明する。



「え? そうだったんですか…… ならスミカお姉ちゃんがお仕事中は、ボクがラボさんとイナさんを案内しますっ! ボクもシスターズだからねっ!」


 凹凸のない胸を突き出し、元気にお手伝い宣言するユーア。

 ちょっとだけドヤ顔で、背伸びしてる姿が可愛い。



「なら出かけた後はユーアに任せちゃおうかな? なんかあればロアジムかナジメに聞けばいいと思うし。 ね、それでいいよね?」


 後ろを振り向き、一緒だったロアジムに確認を取る。


「うむ、わしは全然かまわないぞ。寧ろ頼ってくれた方が嬉しいくらいだっ! スミカちゃんが出かける前に貯まった仕事を片付けるからなっ! ユーアちゃんも遠慮する出ないぞっ!」


「うん、ありがとうおじちゃんっ!」


 ユーアを撫でながら、笑顔で快く引き受けてくれた。

 

 これで心配事が減り、身軽になれた。

 なら暫く街を離れても大丈夫だろう。



「って事だから、その依頼受けるよ。詳しい話は報告と一緒で明日でいいよね?」


「あ、ああッ。それで構わねぇッ。でもすまねえな、俺個人の頼みで、嬢ちゃんを巻き込んじまってよッ。そもそも嬢ちゃんしか間に合わねぇ距離だからよぉッ」 


 ガリガリと頭の後ろを掻きながら、軽く頭を下げるルーギル。

 なんか急にしおらしくなった気がするけど。



「別にいいよ。依頼出した時点でそれも仕事なんでしょう? それに近々行くつもりだったんだよ。ウトヤの森にキューちゃんを残してきたままだから」


「ん? 何の話だッ?」 


「ああ、実はね、以前にシクロ湿原からウトヤの森にキューちゃんを連れてきたんだよ。それで今回の依頼のついでに故郷に帰す予定だったんだけど、忘れてそのまま帰ってきちゃったんだ」 


 首を傾げるルーギルに簡単に説明する。


 そう。

 本当はナルハ村に行く前に行く予定だった。

 けどロアジムに急かされたので、帰りにする事にしたんだ。

 しかもそれもど忘れしたって言う、おっちょこちょいな話。



「魔物をあちこち連れ回すって………… スミカ嬢お前は何をしてたんだッ? って、まぁいいか。今更嬢ちゃんに常識を語っても手遅れだしなッ!」


「ちょ、私だって、一般的な常識ぐらい――――」


「ああ、もうわかったぜッ! なら明日はよろしく頼むなッ!」


「あっ!」


 スタタタタタ――――


 私が言い返す前に、そそくさこの場からいなくなるルーギル。

 あの図体にしてはかなりの逃げ足だった。



「く、あの結婚詐欺野郎めっ! 明日会ったら十倍に返してやる」


 曲がり角で姿が消えたその背中に、拳を握り復讐を決意する。


 私一人だけなら聞き流せたんだけど、今はみんなが一緒だ。

 だからこれ以上私の評判を下げる悪評を広めないで欲しかった。


 特に、


「ス、スミカ姉は、魔物が怖くないのか? なんであちこち連れてくんだよ……」

「ああ、しかもあの人はギルド長だろ? そんな人に対して、あの態度は……」


 今の話を聞いて、私を見る目と更に物理的に距離が開いた二人。

 親子で寄り添い、何とも言えない目でこっちを見ている。

 明らかに、心の距離も開いている。



『はぁ、私にも原因があったにせよ、そこまで警戒しなくてもいいんじゃない? そもそも蝶の英雄って肩書がなければ、ここまで幻滅されなかったかもね……』


 背中の蝶の羽根をヒラヒラさせて、ちょっとだけ悲しくなった。




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