第420話襲撃と畏れられる蝶の英雄




 マング山の洞窟内部は、入り組んでいて予想より広大だった。


 大小さまざまな部屋に、ところどころにある地底湖。

 分け隔てるように立つ鍾乳石の壁に、どこか似たような通路。

 

 見上げる天井は、高くて50メートル以上。

 現代で言えば、高さだけでも体育館の7倍近くある。


 その中を、索敵を頼りに疾走する。

 滑りやすく、尚且つ薄暗い凹凸の多い地面も、速度を落とすことなく突き進む。


 このぐらいの悪路では、私の走りを妨げることは出来ない。

 平地を疾走しているのと、そこまで大差ない。


 なんだけど……



「ちっ! また行き止まりなんだけどっ! もうムカつくっ!」


 思わず舌打ちしてしまう。

 私の進路を塞ぐ、冷たい壁に手を触れて愚痴が出る。


 だって都合これで5度目なんだから。

 文句の一つも出るってものだ。


 幸いなのは、マッピングが進んでいるお陰で同じところで迷ったりはしない。

 そうは言っても、引き返す時間はかかってるけど。



「はぁ~、もしかしてユーアとハラミの姉妹組の方が良かったかも」


 来た道を戻りながら、選択ミスだったかなと、ふと思う。

 特にハラミならば、魔物の臭いを追えたであろうから。



「ただ、戦いになった場合はこの洞窟だと、ハラミの機動力を充分に生かせないんだよね。バサとの模擬戦でも、訓練場の広さで満足に動けなかったみたいだし」


 外の敵をユーアとハラミに任せたのは、そんな理由がある。

 逆に、私も洞窟内の方が戦いやすいとも思っている。


「空を飛ぶ敵は、私でも時間がかかるし。特にアイツらは透明壁スキルを躱してくるから厄介なんだよ。なら狭い洞窟の方が、いくらでも立ち回りできるからね」



 前回、シクロ湿原で相対した、姿と気配を消せる白リザードマン。 

 あの時はラブナとリブの魔法のお陰で、位置を特定できて倒す事が出来た。


 そして今回の敵もシスターズの、ユーアの手を借りている。


「ん~、そう考えると――――」


 偶然なのか、必然なのか、私の能力と相性が悪い敵が増えてる気がする。

 今のところ倒せない事はないが、力技では通じない敵が現れ始めている。


 まるで、私の能力が敵に知れ渡っている様に。

 私の装備の盲点を突いてくるように。



「だとすると、色々と厄介だよ。こっちの情報が筒抜けかもしれないし、戦えば戦う程、相手はどんどん情報を補填していくんだからね…… ふふ」


 何て考えて、こんな場面でも少しだけ楽しくなる。

 気分が高揚していくのを感じる。


 だってそんなものは、ただのイタチごっこなのだから。

 情報が知れ渡ったからと言って、特に不利でも卑怯とも思わない。


 単純で簡単な解決法を私は知っているし、何度も経験しているから。


 なら、その解決方法とは?


 そんなものは単純に、それ以上に私が強くなるだけ。

 今までもそうして、数多の敵を消してきたからね。



「おっ! どうやらもう少しで奴らに追いつきそう。なら一応透明化して近付いてみよう」


 もう何度目になるか、広い通路を抜けた所で、ようやく魔物の影を見付けた。

 私は一旦立ち止まって、物陰で透明鱗粉を自分に散布する。



『マーカーの数通りに、相手は5体。それとイナのお父さんと、村人と牛たちは?―――― いた』


 高さが50メートル程ある、その天井を付近を飛んでいるワイバーンもどき。

 氷柱の様に突き出した鍾乳石をものともせず、時折奇声を上げ飛んでいる。


 そして村人たちは、この部屋の洞窟内にいた。

 地面から凡そ、20メートル程の高さの横穴の中に。


 その最中、数名の村人が、魔物に向かって攻撃をしている。

 弓や石での投擲、松明などで近づく魔物を追い払うように。



『なんだって、そんな逃げ場のないところに…… ん? 違う。魔物が入れない場所で籠城しているって事か。で、牛たちはその後ろに避難させているみたいだね』


 視認と索敵で確認すると、村人たちは入り口の狭い洞窟で立ち向かっている。

 その狭い入り口のせいで、魔物たちは右往左往しているように見える。



『けど、それも時間の問題か。ワイバーンもどきが業を煮やして、洞窟の入り口付近を狙って攻撃しているからね』


 村人たちの攻撃を掻い潜って、隠れている洞窟に杭の顔面を打ち付ける魔物たち。

 時折ドカと鈍い音がし、破壊された岩と共に入り口が広がってきている。


 このままだと、半刻もしないで突破されるだろう。



「みんなっ! このまま耐えきるんだっ! これ以上こいつらに好き勝手させるなっ! それにこのまま耐えれば、俺の娘のイナが助けを呼んできてくれるからなっ! だから踏ん張るんだっ!」


「「「おうっ!」」」


 そんな絶望的な状況の中でも、一人の村人を中心に士気が下がる事がない。

 臆することなく必死な形相で、果敢に異形の魔物に抵抗を続けている。


 ただしそれも時間の問題だった。

 体力や気力よりも先に、物量に押し切られてしまったからだ。


 たて続けに押し寄せる攻撃に、遂には入り口の下部を大きく破壊されてしまった。


「うわっ!」

「えっ!? ラボっ!」


 その衝撃で落下するラボと呼ばれた村人。

 崩された足元の岩と一緒に、空中に身を投げ出される。


「ラボっ!」


 それを見て他の村人が手を差し出すが、そこにも魔物が迫ってきている。

 これでは助けを待つどころか、このままだと全滅だ。


 なら、

 

「『Safety安全 device装置 release解除 Trois』」


 シュ ン――

 タンッ!


 ガシッ


「えっ!?」


 私は身体能力を底上げして、落下するイナの父親に飛びつき抱きあげる。

 そしてそのまま足場を作りながら、破壊された洞窟の中に着地する。


 トンッ


「な、な、ラボが空中を跳ねて…………」

「ど、どうなってるんだっ! どうやって戻ってきたんだっ!?」

「しかもなんだって、横になった体勢で浮いているんだっ!?」


 無事に戻れたラボの姿を見て、目を見開き驚愕する他の村人たち。

 中には腰を抜かしたようで、座り込んでしまった者もいる。



「ああ、そうか。透明化を解いてなかったよ。驚かせてごめんね。でもちょっと待ってて、先ずはラボさんを降ろすから」


「………………」

「「「っ!!!!」」」


 驚く村人を他所に、先ずは抱き上げたまま無言のラボを降ろそうとする。

 このまま姿を現したんじゃ、見た目的にも可哀想だからね。

 なんて、一応気遣ってみる。


 だってこのまま透明化を解いたら、お姫様抱っこされた姿を見られちゃうから。

 そんな姿を曝け出したら、きっと後からいい笑いものになりそうだからね。


 そう、気を利かせたはいいが、溺れる者は藁をも掴む。なのか?

 ラボは、私の首にグッと腕を巻いたままで放心していた。



「ん? もう安全だから離してくれない?」


 なので、目を覚まさせる意味でも小声で声を掛ける。


「はっ! なぜ俺は助かったんだっ! それに何で浮いてるっ!?」


 すると、すぐさま正気を取り戻し、慌てたようにキョロキョロと辺りを見渡し、更にジタバタと混乱したように腕の中で暴れだす。


「ちょ、危ないってっ! 今降ろすからジッとしててよっ!」

「うわっ! また声が聞こえてきたっ! 幼女の声がっ!」


 落ち着かせる意味で声を掛けたのに、更に暴れだすイナの父親。

 ってか、何で声で幼女とか勝手に判断してんの? 大人だよ?



『はぁ、もういいや。このまま降ろそう』


 いい加減相手にするのも疲れたので、足から無理やり降ろす。


 ストンッ


「おっ? おっ! なんだ? 一体どうなってる――――」


 降ろしたラボはまだ混乱しているようで、焦点が合ってないように見える。

 まるでゾンビか夢遊病者の様に、腕を前に出しながらフラフラしている。



『ふぅ~、良かった。後は透明化を解除して、色々と話を――――』


 一応無事なラボの姿を見て、胸を撫で下ろす。

 イナに助けてくれと頼まれてたからね。


 なんて、安心していると、


 プニ


「お、な、なんだっ! こんなところに見えない壁がっ!」

「っ!?」


 プニプニ


「か、壁なのになんだか暖かいぞっ! まるで小さい頃のイナの――――」

「ブチッ!」


 ブンッ!


「うわっ!」


 私はラボの腕を取り、空中に投げ飛ばす。

 失礼な事をのたまい、全く悪気のない女の敵を。


 ドガッ!


「グゲッ!」

「あああっ! しまった、ついっ!」

 

 そのまま洞窟の天井に激突して、呻き声を上げるラボ。

 私は慌ててキャッチして、すぐさま透明化を解く。



「ちょっと大丈夫っ!? ほんとゴメンっ! イナに頼まれてたのにっ!」


 またもやお姫様抱っこしてしまった、腕の中のラボに声を掛ける。


「う、あ、ああ、大丈夫だ。背中を軽く打っただけだから。そ、それよりもイナを知っているのか? 俺の娘の名前を聞いたような?」


 朧気ながらも意識はあるようでホッとした。イナの名前に反応したから。

 どうやら私もイナの父親という事で、無意識に手加減したみたいだ。



「うん、そのイナで間違いないよ。私はイナに頼まれて――――」


 と、ようやく説明できるかと思いきや、



「うわ~っ! ラボが蝶の魔物に襲われたぞっ!」

「しかも急に姿を現したぞっ! アイツらの仲間かっ!?」

「ラボを助けるんだっ! みんな武器を取れっ!」

「「おおっ!!」」


 今度は透明化を解いた、ラボを抱く私の姿を見て敵と判断される。



『はぁ~、もういい加減にして欲しいんだけど。この蝶の装備が悪いの? それとも登場の仕方が間違ってたの?』


 そんな村人たちを見ながら、入り口を視覚化した透明壁スキルで塞ぐ。

 これ以上何かに邪魔されたら、さすがの私もキレちゃうからね。



「あのさ、これ以上騒ぐんだったら、この男をボコボコにして、魔物のエサにするからね。そうされたくなかったら、私の話を黙って最後まで聞いて。わかった?」


「「「コクコク」」」


 ギロと睨んで威圧を込めて、そう宣言する。

 それを聞いて、無言で頷く村人たち。



 どうやらこれで先に進めそうだ。

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