第418話イナの後悔と従魔の公開と




「イナの言ってた通り、中は確かに広いね。それと思ったほど暗くもないし。これぐらいならゴーグルは必要ないかな」


 ワイバーンもどきが開けた穴から洞窟内に入り、薄暗い内部の中で目を凝らす。


 顔を出した高さは凡そ20メートルぐらい。全高ではその倍近くある。

 中は鍾乳石のような岩盤で出来ており、見た目は頑強そうに見えた。

 

 見晴らすと、確かにイナの説明通りの広い空間となっていた。


 ただ梁のような岩盤が多数突出しており、大部屋小部屋の他に、複数の通路が見える。まるで天然で出来た規模の大きな迷路みたいだ。

 それとあちこちにカンテラを設置してあり、思ったよりかは明るかった。



「どれ、村の人たちはどこにいるんだろう」


 トンと地面に降りながら索敵モードに切り替える。

 足元は少しだけ湿っていて、滑りそうだが、これぐらいなら影響ない。



「ん、1か所に集まってる大量のマーカー付近に、大きな多数の反応があるね。まだ見つかってないみたいだけど、時間の問題かもしれない。だから少し急ごうか」


 タタ――――


 大量のマーカーを目的地と判断して、そこに向かうために地面を蹴る。

 恐らくそこには村人と牛と、イナの父親のラボがいるはずだから。



――



『あっという間に行っちゃった……』 


 スミカが飛んでいった夜空を見上げる。

 空中を跳ねるように昇って行き、あっという間に山の中に消えていった。


 アタイはそれを呆けた目で眺めていた。

 それはどこか現実味がなく、ただただ夢のようで、早く冷めて欲しいと思った。


 何の起伏も刺激もない生活だけど、それでもずっと平和なんだと思ってた。

 このまま年老いて死ぬまで、この村で親父と暮らしていくんだと半ば覚悟していた。


 なのに、その平坦な生活が終わりを告げようとしている。

 あの異形の魔物のせいで、大切な家族と共に、この生活さえも。


 アタイは母さんの言う通りに望んでいたし、ずっと憧れていた。

 今の環境の変化と、そして外の世界に。


 たけどそれはアタイ独りではダメなんだ――――

 

 

「親父…………」


 ポン


「ん?」


 後ろから肩を叩かれた。

 もしかして、今の呟きが漏れてしまったんだろうか。


「あの、イナさん?」

「あ、ああ。なんだい? え~と、ユーアちゃん?」


 振り向くと、クリッとした目でアタイを見る少女がいた。

 この中でも一番小さくて、最も幼い少女だ。



「お父さんは大丈夫だよ」


「え?」


「イナさんのお父さんと、村の人たちと牛さんたちもみんな元気で帰ってくるんだよ? だからもう安心してくださいね」


 やはりさっきの呟きが聞こえてしまったのだろう。

 ニコと微笑み、優しく励ましてくれる。


 だからと言って、


「いくらあのスミカが凄い冒険者でも、中には村人以外にも、たくさんの牛がいるんだぞ。いくら何でもそれは不可能だっ!」


 そんな非現実的な話を真に受ける訳にはいかなかった

 だって、その希望が裏切られた時の反動が怖いから。



「ふかのう?」

「ユーアちゃん、イナはスミカちゃんが出来ないって思ってるらしいぞ?」

「そうなんですか?」


 会話の一部がわからなかったのか、首を傾げるユーアちゃんに、そっと教える、もう一人の冒険者のロアジムさん。まるで孫とお爺ちゃんみたいだ。



「あ、ご、ごめんよ。少し言い過ぎた…… スミカは親父…… じゃなくて、アタイたちの村の為に、危険な洞窟に入って行ったのに……」


 アタイは深く頭を下げて謝る。


 小さな子供に八つ当たりをしたみたいで情けなかった。

 それとスミカに無理なお願いをしてしまった事に、後悔した。


 いくら冒険者だからと言って、ユーアちゃんの家族のスミカを、魔物がいる危険な洞窟に向かわせるなんて。


 いくら親父を助けたいからって、他人の家族をアタイのせいで――――



「イナ。これからわしとここで籠城だ。ユーアちゃんが魔法壁の外の魔物を何とかしてくれるからな。その間にわしが蝶の英雄の話をしてやろう」


「え?」


 後悔するアタイの頭を撫でるロアジムさん。

 こんな時なのに、その顔はいたずらっ子の様にニヤケていた。



「おじちゃん、それじゃボクとハラミは行ってくるねっ! スミカお姉ちゃんがボクに任せてくれたから。だからイナさんの事よろしくお願いいたしますっ!」


 ロアジムさんの話を最後まで聞いた後で、ユーアちゃんが一歩歩き出す。


「ほ、本当にユーアちゃんも戦うのかっ!?」


 その小さな背中に、思わずそう声を掛けてしまう。

 二手に分かれる事は話しで聞いていたけど……



「イナさん、ボクは一人じゃないよ? ハラミも一緒だから」

「ハラミ?」


 アタイの心配を感じ取ったのか、肩の上にいた白い子犬を地面に降ろす。

 アタシはその行動の意味が分からず「?」が頭に浮かぶ。


 その犬がハラミって名前なのは、今まで聞いてたからわかるけど。

 もしかして、それで一人じゃないって言いたいのか?



 何て、そのハラミを眺めていた途端に、それは変化した。


『がうっ!』


「きゃっ!」


 アタイはその姿を目の当たりにして、思わず情けない声を上げてしまう。

 一鳴きした後で、その姿が巨大な犬になったからだ。


「な、な、な、…………」

『くぅ~ん?』


 そんなアタイに擦り寄り、心配そうに可愛い声を上げる子犬。


「う、うわっ! で、でかいっ!」

『くぅ~ん』


 いや、もうこれは子犬じゃないって、だって長さで言えば牛より大きいんだから。



「うんとね、ハラミはね、魔物なんだよ。それとボクの妹なんだ」


 驚くアタイに近寄り、そう説明してくれる。


「は、はぁ? なんで魔物なんかっ!? それと大きさはどうなって――――」

「イナは、わしたちの冒険者カードを確認したよな?」

「え? う、うん、したけど」


 驚愕するアタイに、今度はロアジムさんが聞いてくる。


「なら、ユーアちゃんが魔物使いだと、知っておるよな?」

「え、あ、ごめん…… アタイ、冒険者とランクしか見てなかった、かも」


 そうだ、あの時は3人の正体を疑っていて、細かいところまでは確認していなかった。

 そもそもアタイにとっては、冒険者か否かしか、重要ではなかったから。



「ふむぅ、まぁいいだろう。それも含めてわしの自慢話に付き合ってもらうからな。それじゃ、ユーアちゃん。気を付けて行くんだぞ。何かあったらわしたちを置いてすぐに逃げるんじゃぞ」


「うん、ありがとうね、おじちゃんっ! でも心配しないで大丈夫だよ? ハラミはあんな魔物よりずっと早くて強いから、それとスミカお姉ちゃんもそう言ってくれたからねっ!」


 ユーアちゃんはそう言い残し、ハラミの背に乗って夜空に向かって駆けて行った。

 あのスミカの様に空中を蹴って、暗闇に消えていった。



「な、なんなんだよ、冒険者って…… みんなあんな常識外れなのか?」


 あっという間に消えていった、幼女と1匹を思い浮かべ、ポツリと零す。

 スミカもユーアちゃんもハラミも、アタイの常識が追いつかない。


 でも、


『きっと、これが外の世界なんだろうな、なんか驚きを通り越して、恐くなっちゃったよ。あんな人たちがこの村以外では普通にいるって事だもんな……』


 ちょっとだけ身震いがした。

 アタイの理解の外の、そんな人たちがいる事実に。



「では、わしらは二人の無事と成功を祈りながら、ゆるりと話をしようか。イナもそれを聞けば安心するだろうし、わしにとっても自慢話を披露できるいい機会だしなっ!」


「う、うん…………」


 そう言ってロアジムさんはアタイの前に座りだし、笑顔で話を始めた。

 


「そ、そうなのかいっ!? そんなものが他の街にはっ!」

「えええっ! 冒険者はみんなそうじゃないのかい?」

「二人ともあんな小さいのに、そんな魔物をっ!?」

「え、英雄? それも本当なんだなっ!」


 アタイはその話を聞いて、終始、驚きっぱなしだった。

 最初から最後まで、興奮しっぱなしだった。



 そんなロアジムさんの自慢話を聞いて、やはり世界は広くて不思議なものがたくさんあって、ここにいてはきっと体験できないものに溢れているんだと思った。


 それと、スミカとユーアちゃんの事も聞いた。

 みんながあんな冒険者ではないって事を。


 アタイはそれを聞き、心のつかえがとれた気がする。

 さっきまでの不安が、一気に希望に変わったとさえ錯覚する。


 ロアジムさんに出された、果実水のお替りを欲しいと思う程に。

 あの二人の話を聞けば聞く程、アタイの心には大きな余裕が生まれていった。


 それは錯覚なんて、曖昧なものではなく、きっと本当になるんだから。


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