第379話キャンプ当日。それぞれの朝




 ゆさゆさ、ゆさゆさ、


「もぅ~、スミカお姉ちゃん起きて下さいっ! 早くお風呂入らないと、みんな先に来ちゃうよっ! ハラミも待ってるよっ!」


 大きく体が揺さぶられる感覚と、耳元で聞こえる声で、意識が覚醒……


「うん? むにゃむにゃ…… おやすみ~……」


 する事はなかった。

 逆に、程よい揺れと、聞きなれた心地いい声で意識が沈んでいく。



「ねぇ、起きてっ! スミカお姉ちゃんっ!」


「んん~、お日様がもう一度昇ったら起こして…… 昨日遠出したから疲れたんだよ。あと、私の分までお風呂入ってきて…… むにゃむにゃ……」  


「んもうっ! もう一度お日様昇ったら、明日になっちゃうよぉ~っ! それとスミカお姉ちゃんの分までお風呂ってどうやるのっ! ハラミ、もうお願いっ!」


『がうっ!』 ペロペロ


「うきゃっ!? な、何か生温い物が顔をっ! って、舐めるのは反則だよっ!」


 ガバッと飛び起き、濡れた頬をパジャマの袖で拭き上げ、文句を言う。


「反則じゃないもんっ! ハラミだって起こすの手伝ってくれたんだもんっ! それよりも早く準備しようよぉ~!」


「もう、わかったよ。お陰ですっかり目が覚めたから。それじゃ、一緒にお風呂して、先に行ってみんなを待ってようか? まだ時間あるし」


「うんっ!」


 朝から一段と元気なユーアを宥めてお風呂に向かう。



「それじゃ、バンザイして?」

「うんっ!」


 両腕を上げたユーアの服を、いつもの様にスポっと脱がす。

 私も脱いで裸になり、お風呂場に入る。


「頭から洗うね? 目は気を付けてね」

「うんっ! お願いしますっ!」



 そんなユーアがご機嫌なのは、もちろん――――



 ジャ―― ワシャワシャ


「ユーアとハラミは、何の食材を用意したの?」

「え? それは秘密です。でもハラミが探してくれたんだっ!」

「ハラミが? そうなんだ。なら楽しみにしてるね、今日のキャンプのご飯は」

「うんっ!」



 ――――もちろん今日が、慰労会を含めてのキャンプの当日だからだ。




 そんな私たちは何日かぶりに、自分たちのレストエリアに帰ってきた。

 なので、今朝はユーアと二人きり。あ、ハラミもいるね。


 ナゴタとゴナタもラブナも、昨夜は自分たちのレストエリアに。

 ナジメも一人で屋敷に帰って行った。



 やっぱりこういったイベント事は、待ち合わせをして合流したいじゃない。

 新鮮とまではいかないけど、待ち合わせも楽しみだったりするし。


 特に友人と待ち合わせをした記憶が無い元ヒッキーな私からしたら、これでも一大イベントだ。ユーアじゃなくても、多少は心が躍る。


 なにせ私だって、この日の為に頑張って準備したんだから。



「それじゃ、行こっか?」


 レストエリアを出て、いつもより2倍増しの笑顔のユーアに手を伸ばす。


「うんっ!」


 元気に返事をして、ギュッと私の手を取り一緒に歩き出す。



 そうして私たちは、シスターズとの待ち合わせ場所に向かった。

 このコムケの街を守る門の前に。



「今日もいい天気だね。これなら雨の心配はないかな?」

「うん、暖かくなりそうですねっ!」

『がうっ!』


 今日も雲一つない、遠くまで青い空が良く見える快晴だ。

 これなら絶好のキャンプ日和だ。




 


「な、なぁ、やっぱり変じゃないかな? ナゴ姉ちゃん……」

「大丈夫よ、ゴナちゃん。凄く似合ってるから」


 少し俯き、両手を胸の前で合わせて、指を絡めるゴナタに告げる。


「ア、アタシはどうかしら、ナゴ師匠…… おかしくない?」

「ラブナもイメージが変わって素敵よ。赤もいいけど、それも合ってるわ」


 スカートの裾を軽く持ち、クルと回って頬を染めるラブナ。



 そんな二人は今日の為に降ろした、新しい衣装に身を包んでいた。



「そ、そうかなぁ? お姉ぇも褒めてくれるかなぁ?」

「うん、きっとお姉さまも褒めてくれるわ」


 ゴナタはいつもの赤のホットパンツではなく、色は一緒だけど、フリルの付いた膝上のスカートを履いている。上半身は今の陽気に相応しい、桃色の麻の上着で、肩を派手に露出したタイプだった。



「ア、アタシもユーアやスミ姉が、褒めてくれるわよねっ?」

「もちろん、お姉さまもユーアちゃんも、喜んでくれるわ」


 ゴナタの後に続いてラブナも、頬を染めながらもじもじしている。


 そんなラブナの今日の服装は、いつもの真っ赤なローブではなく真っ白なワンピースだった。これもお姉さまの様にフリルがあしらえてあり、胸元の小さなリボンと腰の紐は赤色のものだった。



「でもナゴ姉ちゃんもきれいだなっ! お姉ぇも喜んでくれるよっ!」

「そうねっ! ナゴ師匠もいつもと違うから、スミ姉も驚くわっ!」


 先ほどの自信なさげな、しおらしい態度が一変して、今度はこちらに注目する二人。

 どうやら私に太鼓判を押されて、心に余裕が出来たらしい。



「え? そ、そうね、お姉さまは普段から、私たちをきちんと見てくれるから、きっと褒めてくれると思うわ。ユーアちゃんも絶対にね」


 先ほどの二人の緊張が移ったのか、無意識に上擦った声で返答してしまう。



「うん、ナゴ姉ちゃんもいつもと全然違うからなっ!」

「ゴナ師匠も、ナゴ師匠も、もう冒険者に見えないわよっ!」


「うん、ありがとうね、二人とも」


 今日の私の衣装は、いつもの薄青いドレスではなく、初めて履いた、薄青で丈の短いフリルスカートと、上は真っ白なノースリーブ。


 確かに二人の言う通りに違うと言えば違う。

 ただ見た目よりも、足元も肩も生地が短すぎて、そっちの方が落ち着かない。 



「それでは、お姉さまたちとの待ち合わせ場所に行きましょう。二人とも準備は大丈夫よね?」


「うん、ワタシは大丈夫だっ!」

「アタシは…… あ、靴だけいつものだったわっ! 新しいの出さないと」

「ふふ」


 そうしてドタバタしながらも、私たちはお姉さまより借り受けた家を出て、コムケの街の門を目指して歩いていく。



『こういった無駄な事も何だか新鮮に映るわね。本当に不思議で唯一無二の方です。あの方は――――』



 横目に、これから会う予定のお姉さまとユーアちゃんの住む家を見ながら、待ち合わせに向かって頬を緩めながら歩いていく。





「ナジメ、随分と早く出かけるのだな? あ、今日はスミカちゃんたちと出掛ける日か」


 エントランスにて、外に続く扉に手を掛けた瞬間、後ろ姿に声を掛けられる。


「うむ。また泊めてもらってすまぬのぉ、ロアジムよ。そうじゃ、これからシスターズたちとウトヤの森に『きゃんぷ』とやらに行くのじゃ。要は骨休みみたいなものじゃな」


 振り返り、何かの書類を手にしているロアジムに答える。

 そんなロアジムは、朝早いと言いながら身なりはキチンとしている。

 

 この様子だと、太陽が昇り切る前から仕事を始めてたらしい。

 一昨日に、ねぇねに会うために時間を作ったからその影響だろう。



「く~っ! ワシも忙しくなかったら付いていったというのになっ! もうっ!」


 物欲しそうな顔で、歳に合わない駄々をこねるロアジム。


「さすがにそれは、ねぇねたちも嫌がると思うのじゃ。今回は水入らずっておもむきじゃったからのぉ。孤児院の子供たちもスラム組も誘わなかったのじゃから」


「ん? なんだ、ナジメ。こんな早朝から出かけるのか」


 皮の胸当ての軽装に身を包んだアマジが通りかかる。


 その格好から、朝の鍛錬をしに行くつもりだろう。

 後ろにはバサもいる事から。



 それよりも気になる事が……



「むぅ、珍しいのぉ。アマジがわしに声を掛けるなぞ。お前はわしを嫌いじゃなかったか?」


「確かにそうだ。俺はお前を好いてはいない。今でもそれは変わらない。だが、スミカたちと出掛けると聞いて声を掛けただけだ。あいつとユーアにはゴマチが世話になってるからな。そのメンバーのお前をいつまでも無下には出来まい」


 腕を組み、淡々とその理由を話すアマジ。

 その表情はいつもの仏頂面で、その内面までは読み取れない。


 けど、


「……そうか、どうやらアマジも、ねぇねの影響を受けておるのじゃな。口ではそう言っておるが、昔と比べて目が違うのじゃ。ギュッと力が入ってないのじゃ」


 アマジを知らないものからしたら気付かない、些細な違いを指摘する。


「む、そうなのか? 幼馴染のエーイにも似たような事を言われたが…… うむ」

「でもわしの事は嫌っていても構わぬぞ? その理由も重々承知しておるからな」 


 わしの指摘で悩み始めたアマジにそう付け足す。


「そうか…… でも今思えば、これは俺の八つ当たりみたいなものだ。だからお前が気に病む必要はない。それよりも、そろそろ向かった方がいいのではないのか? ナジメよ」


「わっ! そうじゃな、わしが一番遠いからもう出ねばじゃっ! それじゃ世話になったのじゃ、ロアジムとアマジよ。ゴマチにも伝えてくれなのじゃっ!」


「おうっ! ナジメもシスターズたちによろしくなっ!」

「ああ、ゴマチにも伝えておこう」


「うむっ! ではなっ!」


 早朝から見送ってくれた、親子に手を挙げ外に駆けだす。

 今日も青く澄んだ空が広がり、これは絶好のきゃんぷ日和だろう。



 スタタタタ――――


 その青空の元、わしは待ち合わせ場所に駆けながら頬が緩んでしまう。

 さっきの親子との会話を思い出して。


「やっぱりねぇねは凄いのじゃっ! ロアジムを夢中にさせただけではなく、わしと長年仲違いしているアマジをも変えてしまうとはっ! わしは長年生きているが、あんな人間は初めてなのじゃっ!」


 ぴょんっ!


 わしは土魔法で足場を作り、建屋の屋根に出てその上を駆けて行く。

 まるで憧れのねぇねのように。


「この歳でこんなに毎日が楽しく感じるのは何十年振りじゃろっ! わしももっとねぇねと一緒にいたいのじゃっ! もっとねぇねを知りたいのじゃっ!」


 わしは一人、喜悦を上げながら、みんなの待つ場所まで最短距離で進んでいった。



 今日も楽しい一日の始まりじゃ。



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