第362話白の狂喜と黒の狂気




「あははっ! 何者って、随分と他人行儀じゃないの。一緒に夜を共にした事もあったし、それに肌を合わせた事もあったよねぇ~」


 薄い唇に指を添えて、無邪気ながらも少し甘ったれた声で話す白い少女。


 フリルのついた純白の衣装はもちろん、見える指も手も髪も、スカートから覗く細い足も、その少女の全ては雪の様に白かった。

 ただ、顔はフードを目深に被っているので今は見えない。



「あ、あなたは突然現れて、何を言って……」

「何って、私は事実を言っただけよ? それともあれは遊びだったのかしら~?」

「あ、遊びも何も、私はあなたの事なんて知りませんっ!」


 見た目の体型や話し方は無邪気な少女なのに、どこか色気を感じる仕草。

 けれど、なぜか心地よく感じる声と、気品のある振る舞い。


 それが突然現れた、真っ白な少女に対する印象だった。

 姿形と中身がチグハグな少女だった。


 それと……

 その無邪気な中にも、どこか【狂喜】を含んだ笑い方が気になった。



「あはは、そうなんだ。知らないんだぁ。だったら思い出させてあげるわ?」


 むぎゅ


「え? きゃっ! 一体何をっ!?」


 瞬く間に、白い少女が私の左胸を揉みしだく。

 私は逃げるように慌てて後方に跳躍し、その行動に驚く。


 何の予備動作も前触れもなく、意識の外で私に触れていたその動きに。


「あなたは一体何者ですかっ!」


 私はそう聞かずにはいられなかった。


「きゃははっ! 今ので思い出せないの? 私は何度もあなたに触れて、その豊乳が羨ましくて何度も盗み見してたのに? 幾度も触れたのにわからないの? きゃははっ!」


 微笑なのか、嘲笑なのか、はたまた冷笑なのか哄笑なのか、

 その少女の感情と目的が見えない。


「わ、わからないわっ! だから何だって言うのですかっ!」


「え~、なら思い出させてあげる~。元々あなたには刻み込んでいた物だからっ! あはは――――」


「えっ! 一体何を?」


 笑い声を上げながら、その少女の姿がパッと掻き消える。



『こ、これは肉体的な速さじゃなく、まるで――――』


 その瞬間、


「うぴゃっ!」


 私もゴナタと同じように何かの攻撃を受けて、顔から地面に崩れ落ちた。

 お尻の痛みに涙を流しながら。



――――――


 同時刻、

 ナゴタが倒れたと同時に、黒い少女がリブに詰め寄っていた。



「な、何なのよっ! マハチとサワラに何をしたのよっ!」


 突然現れた黒い少女に激昂するリブ。

 その理由は、地面に降ろされて、気を失ったままの仲間がいるからだ。


「何って、そんなの決まってる」


 端的に話し、黒い少女は目深に被っていたフードを上げる。  

 その声には僅かに怒気が含まれていた。



「なっ!? あ、あなたはっ!」


 リブは黒い少女の素顔を見て驚愕する。


 全身黒のドレス風の衣装もそうだが、ガングロでも見間違うはずのない、少女の顔がそこにはあった。


 リブがこれまでの人生で、最も衝撃を受け、著しく価値観を狂わせ、強烈にその存在を印象付けた人物が、リブ自身に向けてどす黒い殺気を放っていた。

 


「何故、あの姉妹に手を出した」

「な、何故って、それは――――」

「私はあの二人を守ると決めている」

「だ、だから、その理由は――――」

「リブたちは私を怒らせた」

「なっ!? いいから話を聞いて――――」

「だから覚悟して」

「か、覚悟っ?」

「リブたちを制裁するから」

「っ!?」


 何一つ話が通じず、予想外の方向に進む話に焦るリブ。

 必死に弁明しようとするが、それは意味のない事だとわかった。


 この黒い少女は最初から、リブの話を聞く気なんてない。

 突如、現れた時から、少女の怒りはリブたちに向けられていたからだ。


 そんな怒りをあらわにする少女に、リブはこれまでにない恐怖と【狂気】を感じ、身を震わせていた。


 これ以上、この少女の怒りを買おうものなら、何も出来ず、一方的に人生を終わらせられてしまうとも感じ、その恐怖に慄いていた。



「あ、あのさ、何ではそんなに怒ってるのさっ!」


 意を決して、今までの面影のない、激昂する黒いスミカに質問する。

 このままの誤解もそうだが、こんな結末なんて決して認めたくない。


「妹」

 ポツリと黒いスミカが答える。


「え? 妹って、もしかして、パーティーメンバーって事っ!?」

「だから覚悟しろと言った。それに手を出したリブたちに」

「なっ!? う、嘘でしょっ! だって、あの姉妹は冒険者狩りよっ! な、なんで仲間なのさっ! そんなっ!」


 リブはその事実に驚愕し、同時に総毛立つ。


 スミカのパーティーメンバーは特殊を通り過ぎて、もはや異常過ぎる。

 尋常ではない、強者の集まりだと理解している。


 そして、それを束ねるスミカも、この世界では異質し過ぎて、その実力が図り切れず、全く底が見えない。


 そんなスミカの逆鱗に触れ、目を付けられたならば、この先の未来などない。

 

 絶望、恐怖、戦慄、畏怖、後悔、恐慌。

 おびただしい数の、負の感情がリブに押し寄せる。



「あ、あ、あ、……」


 身が竦み、震える体で絞り出した声は、言葉ではなかった。

 無意識に出たのは、何の意味も持たない、ただの音だった。



 トンッ


「ひぃっ!」

「………………」


 怯えるリブの目の前に、黒スミカが急接近する。

 短い悲鳴を上げ、本能的に後ずさりするリブ。



「こ、このままでは、私もマハチとサワラも殺…… い、息が苦しい……」


 相対する黒スミカから発せられる威圧で、呼吸のリズムが狂う。


「う、あ、あああ――――」


 地面に足を降ろしているはずが、それさえも感じない。

 足が生えているのかも定かでない。


 そんな恐怖にかられながらも、意識の全てが黒スミカから離れない矛盾。


「ご、ごめ、ごめ、ん、スミカっ! ゆ、許してっ! もし許してくれるなら、死んだって構わないわっ!」


 絞り出すように出たセリフがそれだった。

 矛盾しているが、これがリブが出した答えだ。

 

 この少女に無慈悲に理不尽に殺されるぐらいなら、自殺した方が幸せだ。

 恐怖にさらされながら死刑を待つよりは、自決を選ぶ方が前向きだ。


 リブは錯乱しながらも、そう結論付けて覚悟を決めた。



「リブ、それがあなたの答えか。でもそれは許され―――― って、あれれ?」

「ううう、これで私は死………… って、スミ、カ?」


 突如、素っ頓狂な声を出して固まる黒スミカ。


 その顔は色白の、いつもの色のスミカに戻っていた。

 濃密な殺気が薄れた事により、リブもすぐに気が付く。



「ご、ごめんね、リブっ! 私の偽物が変な事言ってたよねっ!」

「に、偽物? 偽物なの? あのスミカがっ!? あっ」


 短い悲鳴を上げ、ガクンと膝から崩れ落ちるリブ。

 命を脅かす存在が去った事により、気が緩み力が抜けたのだろう。


「だ、大丈夫、リブっ!? 立てないならそのままでいいよ、私が運ぶからっ!」

「う、うん、お願いするわ、腰に力が入らないのよ。それとキチンと訳を話してよね」


 弱々しいながらも苦笑いで答えて、私を見上げるリブ。

 そんなリブを抱きあげて、訓練場脇に歩き出す。


『………………』


 なんでこんな事になったのだろう?


 ルーギルたちと話を終えて、リブたちを探し、辿り着いたのが訓練場だった。

 冒険者だけの人だかりができ、巨大な炎の蛇が現れて嫌な予感がしたからだ。


 すぐさま冒険者たちにその理由を聞いて、戦い続けるナゴタたちとリブを止めようと割って入った。実態分身を使い、一度に両方を制止しようと。



 ナゴタたちには、分身体の私を行かせて説得を。


 リブたちには本体の私が、炎の蛇を魔法をスキルで閉じ込め消滅させ、その後に説得をするつもりだった。


『って、はずが、戦闘力を持った色違いの分身体がみんなを攻撃してた……。ナゴタとゴナタはお尻を突き出したまま気を失ってるし、マハチとサワラも気絶してるし、リブは怯えて腰抜かしてるし……』


 ブツブツと呟きながら、マハチとサワラ、そしてナゴタとゴナタも透明壁スキルに乗せて、ゆっくりと運び出す。 


『あの時、私は実態分身を使ったんだよね? 焦って変なの使ってないよね?』


 念のために、ステータス画面を覗いてみる。

 巨大白リザードマンの討伐の時に、確認し忘れてたし。



『どれどれ……… おっ? 新しいのが増えてる、の? これって?――――』 



――――――


【実態分身2.0(7大罪ver)】


 自身の能力を分けた分身体を発現することが出来る。

 能力値及び、スキルの割り振りは任意。

 制限時間は5分間。 

 分身体の性質はその状況に左右され、白黒verに振り分ける。


 白ver【狂喜】嫉妬・怠惰・傲慢・強欲・憤怒・暴食・色欲

 黒ver【狂気】嫉妬・怠惰・傲慢・強欲・憤怒・暴食・色欲  



――――――



「………………へ?」


 何これ?


 

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