第359話譲れないもの同士の激突




「ふぅ~。あれ? ナゴ姉ちゃん。ムツアカさんって人、まだ来てないんだけど」


「「「はぁ、はぁ、はぁ」」」


 午前中も半ばを回ったところで、模擬戦を止めて一息つくゴナタ。

 その後ろでは、数人の冒険者たちが膝に手を突き、荒い息を吐いている。


「あ、伝えるの忘れてたわ。ムツアカさんはロアジムさんのところに呼ばれてるから、午後からの合流になるそうよ」


 愛用の武器を収納し、トコトコと私の元に歩いてくるゴナタ。



「そうなんだ。なら、午後からも楽しそうだなっ!」


「ふふ。実は私も楽しみなのよ。歴戦の戦士の立ち回りとか、戦術とか、色々聞いてみたいと思ってたから」


 頭の後ろで腕を組んでいる妹に答える。

 

「うん、ワタシも教えて欲しいなっ! ただハンマーを振り回すだけじゃなく、お姉ぇやナゴ姉ちゃんみたいに、考えて戦わないとダメだからなっ!」


「そうね、色々試してみましょうね。感覚や経験だけに頼った戦い方では、きっとこの先行き詰るから。知識も経験も同時に鍛えていきましょうね」


「うん、わかったぞっ! ナゴ姉ちゃん」


 ニカっと笑顔で答えるゴナタ。


 そう。

 きっと今のままでは、ダメだ。


 お姉さまという、全てが別格の存在を見たら、今のままではいられない。


 ナジメもラブナも、そしてあのユーアちゃんも。

 みな同じように、強くあろうと心に秘めている。


 それがお姉さまを、守る力、補う力、救う力、導く力、肩を並べて戦う力。

 人それぞれに願う力は違うけど、きっと行きつく先の想いは一緒。


 それは――――


『それは、お姉さまとずっと一緒にいたいから。だから必要な力を求めてる。だから離されないように努力する。あの人の傍にいるのが相応しい人になりたいから』


 でも、きっとあの人はそれを望んではいない。

 力がある無しに関わらず、関わった人たちを全力で受け入れるから。



「ナゴ姉ちゃんっ! あれって?」

「………………え? どうしたの、ゴナちゃん」


 深い思考に沈んでいた為に、ゴナタへの返事が遅れる。


「あれ、お姉ぇじゃないかな?」

「うん。お姉さまだわ。でも一緒にいるのは冒険者かしら?」


 訓練場の脇から見える通りには、見知らぬ女性3人と話をしている、いつもの美しいお姉さまがいた。その一緒にいる女性の格好から冒険者、更に魔法使いだとわかる。


「あ、お姉ぇが飲み物渡したぞっ!」

「うん、知り合いの冒険者かしらね?」


 ゴナタの言う通り、お姉さまは収納魔法から取りだした、飲み物を手渡していた。


『さすがお姉さまですね。お姉さまは容姿も人格も素晴らしいから、色んな冒険者が寄ってくるのですね』


 ここだけを見れば、私たち姉妹は何も感じなかった。

 最近のお姉さまの交友関係が広がっている事を知っていたから。


 それが、あろうことか――――


「痛っ!」


 お姉さまが悲痛な声を上げる。

 背の高い赤髪の魔法使いの女が背中を叩いたからだ。


「うふふ」

「くふふ」


 そしてその後、急かされたのか、お姉さまはギルドの中に入っていった。

 そんなお姉さまの後ろ姿を見て、小馬鹿にするように嘲笑する魔法使い。


 お姉さまに施しを受けておいて、あり得ない態度だった。

 それが、私たちが目にした光景だった。



「ナゴ姉ちゃんっ! あいつらお姉ぇをっ!」

「うん。わかってるわ。何故かおあつらえ向きにこっちに向かってくるから」


 私たちの視線に気付いたのか、背の高い赤髪の女がこちらに歩いてくる。

 その後ろには、2人の少女が強張った表情で付いてきていた。


 それに対し、先頭の赤髪の女だけは殺気を纏わせていた。



『一体、何だってそんなにやる気なの? 恨みを買う覚えは山ほどあるけど、3人とも会った記憶にないわ。でもそんなもの、今の私たちには――――』


 正直どうでもいい。

 どんな事情や大義名分があろうとも、この際関係ない。


 お姉さまに手を出し、愚弄した3人を私たちが許せないから。

 そもそも争う理由なんて、どちらか一方の理由があれば成立する。


 特に冒険者となれば尚更だ。

 実力で屈服させるだけだ。 


「………………」

「………………」


 だから私たちは動かずここで迎え撃つ。


 ここなら訓練場合法的に、愚かな冒険者を排除できるから。

 模擬戦と銘打って、粛清できるから。




――――



「ちょっと、そこの姉妹っ!」


「何でしょうか?」

「何だっ!」


 赤髪の女が予想通りに声を掛けてくる。

 ラブナみたく威勢を撒き散らせて。



「私と決闘しなさいっ!」


 何の前置きもなく、指を突きつけ声高に叫ぶ。


「何故、って理由を聞いてもいいですか?」

「うん、うんっ!」


「そんなの決まってるじゃないっ! 何で冒険者狩りの姉妹がこんな街にいるのさっ!」


「「「っ!?」」」


 その赤髪の女の言葉を聞いて、にわかに騒めき立つ他の冒険者たち。

 訓練をやめ、その3人に無言で注目する。



「………………それが理由?」

「………………」


 他の冒険者たちを視線で抑えて尋ねる。



「違うわよっ! 私のメンバーが、昔のあなたたちに遭遇したのよっ! 今では何とか冒険者に戻れたけど、当時は心が壊れて、それで――――」


 ここまで捲し立て、赤髪の女は後ろを振り返る。


「リブ姉さん。わたしたちも参戦します」

「リブ姉一人じゃ心配です」


 そこには怯えた表情だったはずが、一転して唇を引き締める少女がいた。

 どうやら、その言葉通りに私たちと戦うみたいだ。



「理由はわかりました。要するに意趣返しって訳ですね?」


 3人の鋭い視線を受け止めながら尋ねる。


「そうよっ! ここであなたたちを倒して、傷を癒すのよっ!」

「傷ですか? 見たところそうは見えないけど。それに私たちはあなたたちと会った事はないかと」

「そんなの、そのあなたたちの凶悪な胸部に聞いてみなさいっ!」

「胸部? 胸に聞く、ではなく? まぁ、いいいでしょう。どうやらお互いに許せないものがあるのだから」

「そうよ、だから私たちと勝負しなさいっ!」


 ズンと一歩前進し、再度指を突きつけ咆哮する赤髪の女。

 

「わかったわ。理由があるのはこちらも一緒だから。そうですね、なら私たち2人と、そちらは3人でいいわ。何ならハンデとして、武器は使わなくてもいいけど」


 両手を広げて赤髪の女に向き合う。


「はんっ! 何それ? 負けた時の言い訳のつもり? Bランクともあろう冒険者がカッコ悪いと思わないのっ!」


「…………そう。私たちのランクを知ってても、その高慢な態度は変わらないのですね。あなたは余程の実力者なのかしら?」


 腕を組み、私たちを鋭く睨む女を見る。

 纏う雰囲気から、かなりの強者とは感じる。


『この赤髪の女冒険者だけは…… 他の2人とは違うようね。だって――――』


 この女だけ、私たちを射殺す程の、強烈な殺気が滲み出ている。


 そして組んでいる腕も足も僅かに緩み開いている。

 咄嗟の状況に対応するために、余計な力を入れていないのだろう。



「私はDランクのリブよっ! マハチとサワラもよっ!」


「Dランク? そう、意外ね。もっと上かと思いましたが」


 他の2人ならともかく、リブと言う女のランクを聞いて少し驚く。


「リブ姉さんを、ただのDランクだと思ったら大間違いです」

「リブ姉は、わたしたちの為にDランクです」


 リブの説明に対して、意味深な補足を入れる二人。

 DランクはDランク。他に意味などないというのに。



「それじゃ、始めるわよっ! えっと、そこのあなた。立会人になってちょうだいな。正式な模擬戦を行うからさっ!」


 リブは近くにいた、若い冒険者に声を掛ける。


「え? え? 僕ですかっ!?」

「うん。お願いできる?」

「べ、別にいいのですが、あなたはナゴタさんとゴナタさんの強さを知っても挑むのですか? それにもう二人は冒険者を襲う事はないのですよ?」


 若い冒険者の方が、私たちを擁護するように赤髪の女に告げる。


 だが、


「それは遠くから見て何となくわかったわ。きっと今は違うんだなって。でも過去の事は消せないし、明日には戻ってるかもしれない。昔の『神速の冷笑』と『剛力の嘲笑』って呼ばれてた時代にさ」


 擁護してくれた冒険者の言葉は、今のリブには届かなかった。

 無意味、とまではいかないが、止める理由には足らなかった。



「ありがとうございます。でも、私たちは大丈夫なので、立会人をお願いします」

「ワタシからもお願いなっ!」


 私はそのやり取りに感謝しながら、頭を下げる。

 隣のゴナタも同じように頼んでくれる。



「わ、わかりました。ナゴタさんとゴナタさんがそうおっしゃるなら…… ただし、模擬戦ですから、相手を再起不能にするほどの攻撃は無しですよっ! その時は命を賭けて止めに入りますからねっ!」


 そう言いながら恐々と、中央に歩き出す若い冒険者。


 よく見ると、手と足が同時に出ていた。

 どうやら、余計な覚悟をさせてしまったみたいだ。


「は、はいわかりました。それではよろしくお願いします」

「う、うん、よろしくなっ!」


 そんな冒険者にぺこりと頭を下げると、隣のゴナタも下げる。

 私と同じように、迷惑を掛けたと感じたんだろう。



「そ、それでは模擬戦開始っ!」



 そうして、お互いに譲れないものの為の戦いが火蓋を切った。

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