第352話祝勝会で涙するスミカさん




「お帰りなさいリブ姉さん。随分早かったですね……」

「お帰りですリブ姉。まだお昼前です。はぁ」


「お疲れ様です、皆さん……」

「「「お疲れ様です……」」」


 宿の部屋に戻ると、ロンドウィッチーズのマハチ、サワラ、そしてエーイさんお手伝い組の順番に労いの言葉をもらう。


 ただ言葉とは裏腹に、私たちから目を逸らし視線を逸らしている。

 特にサワラなんか小さく溜息が漏れている。


 喜びの凱旋のはずなのに、出迎えはどんよりとした空気だった。



「ほら、だから言ったじゃないのさっ! 絶対にこんな早く帰ってきたら微妙な空気になるってっ! これもスミカたちがハチャメチャ過ぎるからだからねっ!」


 落胆しているマハチたちを見渡して、その原因を私とラブナに擦り付けるリブ。


「ハチャメチャって、また古い言い方だね。それと何でも人のせいに――――」

「スミ姉、もう小言はいいわよっ! アタシたちは目的を果たしてきたんだからっ! 胸を張ればいいのよっ!」


 リブを注意しようとしたところ、またもやラブナに遮られる。

 そんなラブナは言葉通りに上体を逸らしている。

 

 まるで、ツンと突き出た膨らみがその自信を表しているかのようだった。


「………………」

「………………」


 そして、張る胸のない私とリブはお互いに顔を見合わす。


「………………ふんっ!」

「え?」


 って、言うのは嘘で、私も胸を張ってラブナの隣に並ぶ。

 その大きさはラブナと比べても遜色ない程だった。

 

 その体勢のままみんなを見渡して口を開く。


「あのさ、みんなが勘違いするのもわかるけど、私たちはシクロ湿原の魔物を退治してきたからね。リブもラブナと協力してマハチとサワラを襲った魔物を倒したんだから」


 胸を張りつつ、指を立てて説明する。


「いや、スミカっ! それおかしいからさっさと元に戻しなよっ! 無理してその防具でハリボテ作ってもみんなにバレてるからさっ!」


「え? バレてる?」


 なんで?


 リブの突っ込みに真顔で返す。


「だってそれ、布地が胸に集まってるだけで、谷間が全く見えないのよね。そんなの中身が空っぽだってわかるじゃないのさ、ほら」


 そう言い切って上から胸元を覗き込まれる。


『く、そこは盲点だったっ! なら今度は――――』


 ギュッ


 装備を操作して、背中から胸にお肉が集まるように引き絞る。

 これなら深い谷間が出来上がるはずだ。


「ふぅ~ どうリブ?」

「…………なんか、やり切った顔してるけど何も変わってないわよ?」

「え?」


「って、いい加減その話から離れなさいよね、スミ姉たちっ! それと早く食事に行くわよっ! そこで続きを話せばいいでしょっ!」


 最後、なぜかお怒り気味のラブナに突っ込まれて部屋を後にした。

 きっと空腹で機嫌が悪かったのだろう。





「でもリブ姉さんが無事で安心しましたっ! ありがとうございましたっ! スミカさんとラブナさん、リブ姉さんを守ってくれてっ!」


「その話が本当なら、リブ姉も頑張ったです」


「サワラそれ本当だからっ! 私も頑張ったからっ!」



 私たちは『あしばり帰る亭』の1階食堂のテーブルに着きながら談笑している。祝勝会の会場を有名なここに決めていたからだ。


 そんなみんなの前には祝い酒ならぬ、祝い果実水ときれいな水が用意されていた。

 なんでもシクロ湿原の水を蒸留したものらしい。


 因みに料理の食材はリブの方から店長に渡しており、今はオードブルで出来上がるであろう料理を待っている最中だった。香ばしい臭いがここまで漂ってくる。



「サワラそれは本当だよ。私もリブがあんなに強いなんて驚いたぐらいだから」

「そうねっ! リブさんは威力もそうだけど、魔力の操作が抜群なのよっ!」


 私に続き、ジト目のサワラにリブを持ち上げ称賛するラブナ。


「はい、でも実はリブ姉が活躍してもしなくてもどっちでも良かったんです。元気に返って来てくれただけでいいんです。仮に活躍しなくても」


 殊勝な事を言っているが、余りサラワに信頼されてなさそうな答えだった。


「だ~か~ら、私はラブナちゃんとの合体魔法であいつらを粉微塵に――――」


「おっ 料理が運ばれてきたねっ! リブその話は食べながらにしようよ。冷めちゃうと美味しくないでしょう? せっかくの有名料理なんだからね」


 リブの話の途中で、料理がテーブルに並べられ始めた。


 有名って聞いていたから、フランス料理みたいなお洒落で堅苦しいものを想像していたけど違っていた。


 並べられた料理は、普通のお皿に普通に調理されたものに見える。

 決して高価な食器ではないし、料理の見た目もそこまで凝ったものでもない。


「うわ~っ! 嗅いだことないもの凄くいい匂いだよっ! 盛り付けも花なんか添えて、ちょっとだけお洒落に見えるよっ! サラダもツヤツヤで新鮮そうだねっ!」


 並べられた料理は全部同じ食材で、焼く、煮る、蒸す、揚げる、炒めるなどで調理されており、またはサラダにも使われていた。


「へえ~、一種類の食材でここまでの料理が作れるんだっ!」


 並べられた数々の料理を見て感嘆の声を上げる。


「食後は冷たくて甘いデザートもあるそうよ?」

「マジで?」

「まじで? うん、食材を提供した時に説明してもらったからさ」

「そんな事いいからさっさと食べるわよっ! いただきま~すっ!」


 リブから教えてもらっていると、一番の空腹であったラブナが食べ始める。


「モグ、うわっ! スミ姉、これ本当に美味しいわよっ! モグモグ」

「もう、いただきますはみんなでって、孤児院で習わなかったの?」


 独り、一心不乱で料理を口に運ぶラブナに注意する。


「あ、ごめんなさいスミ姉。でもアタシだけじゃないわよ?」

「え?」


 そんなラブナの一言に、周りを見渡してみると…………


「冷めるって言ったのはスミカでしょ? モグモグ」

「早く食べないと美味しい順から無くなりますよ? モグ、美味しいですっ!」

「モグモグ」


 こちらはリブたちロンドウィッチーズの面々。


「お肉も柔らかくて、付け合わせのソースも合いますわっ!」

「焼いても固くなならないなんてお土産に欲しいですっ!」

「香ばしいけど、それに負けない程濃厚な味ですねっ!

「サラダもカラフルで瑞々しくて歯ごたえもあって好きですっ!」


 こっちはエーイさん率いるお手伝いさんたち。


 いずれもその味に絶賛し舌鼓を打っていた。

 気が付いたら、食べてないのは私だけだった。


「あれ?」

「そんな訳だからスミ姉も食べちゃったら? 本当に美味しいわよ?」

「うん、そうだね。いただきますっ!」


 私も両手を合わせて、早速ステーキ料理を口に運ぶ。


「………………美味しい」

「でしょ?」

「う、うん。お肉も臭みがなくて物凄く柔らかいんだけど、その上にかかってるソースも絶品なんだよ。結構風味が強いんだけど、お肉もそれに負けないぐらい濃厚だし」


 うんうんと頷きながら飲み込む。

 マジで美味しい。


「あ、そのソースも同じ食材からよ? 何でも内臓の部分をコシて作るらしいわ。店長が教えてくれたわよ」


 向かい側の席からリブがそう教えてくれる。


「へぇ~、本当に何でも食べられる食材なんだね」

「はい、皮の部分も骨も食べられるそうですわよ?」

「どんだけ~っ! まるでアンコウみたいじゃんっ!」

「え? あんこう?」

「い、いや、何でもないよ、教えてくれてありがとうエーイさん」

「はい、これぐらいでしたら」


 今度は隣のエーイさんが説明してくれたけど、美味しさでおかしなテンションのまま返してしまった。ちょっと反省。


「うわっ! スープも濃厚かと思ったけど、サッパリしてるっ!?」

「浮かんでいる花がきれいですわねっ!」

「スミ姉っ! こっちの焼いただけのも美味しいわよっ!」

「はい、口開けてマハチ、あ~ん」

「いいえ結構ですリブ姉さん。モグモグ」

「サワラも、あ~ん」

「モグモグ」


 そんなこんなで、その味の感想をみんなで言い合って和気あいあいと食事は進んだ。出てきた料理全てが美味しかった。


 これだけの料理を作れる腕前もそうだけど、その食材も見事なものだと思った。 

 どんな調理方にも、決して本来の味を損なう事のない素晴らしい食材だ。


 元々は一体何の魔物だったのだろうか?

 できればユーアにもお土産で持ち帰りたいぐらいだ。



「本日は食材を提供していただきありがとうございます。ワタシがここ『あしばり帰る亭』の店主兼、料理長です。お味はいかがですか?」


 最後のデザートを食べていると、コック帽を被った責任者の男の人がやってきた。

 料理も作り終えたから挨拶に来たのだろう。


   

「うん、この桃色の冷たいデザートも最高だねっ!」


 濃厚で爽やかな甘みを感じながら、開口一番に答えた。

 まさかこの世界でアイスに似たものを食べられるとは思ってなかった。


 他のみんなは水色や黄色、藍色や白色のアイスを美味しそうに食べていた。

 色もたくさんの種類があってカラフルで可愛かった。

 現代だったらイン〇タ映えしそうだった。



「あ、料理長質問があるんだけどいい?」

「はい、なんなりと」

 

 スプーンを口に入れたままで手を挙げるラブナ。

 ここに来てからラブナのお行儀が残念になってる。


「やっぱりここの名前の『あしばり帰る亭』って、その味が忘れられなくて帰ってきちゃうって意味の名前よね?」


「はい、その通りですラブナさま。ですがもう一つの意味もあるんですよ?」

「もう一つ?」

「あ、私は知ってるわよ。食材を提供したからさ」


 ラブナと料理長の話にリブが得意げに加わる。

 ただその答えを言うつもりはないみたいだ。


『ふ~ん、私も宿に帰るって思ってたけど、他にも意味があるんだ』


 残りのアイスをゆっくりと堪能しながら、その話に耳を傾ける。



「はい、実は『帰る亭』って言うのは、この食材にちなんだ名前なんです」

「へ~、変わった名前ね。で、その名前はなに?」

「カエルです」

「え? カエルって、あの湿原に大量にいた? キュー何とかって魔物?」


『………………え?』


「はい、この食材はキュートードなんです。繁殖能力も高く討伐も容易で、尚且つ、花の色によってそれぞれ味も違い、それでもあらゆる部位を調理に使えるので大変重宝している食材なんです」


「へ~、あのカエルがそんなに役に立つんだ」


「はい、そしてそのお召し上がっているデザートの色が、元々に近い色だったりします。頭の花はサラダにも、付け合わせにもデザートにも使えるんです。それでは皆さまごゆっくりと、ワタシはこれで失礼いたします」


 料理長は挨拶と説明を終えると、恭しく礼をして調理場に戻って行った。



「………………」


「うん? スミ姉なんで食べながら泣いてるのよ?」

「え? な、何でもないよ。グス」

「スミカどうしたのさ? 美味しくなかったの?」

「美味しいよ…… もの凄く…… ううう」

「ああ、泣くほど美味しかったってわけねっ!」

「うん、そうだね……」

「わははっ! スミカって意外と子供よねっ!」

「そ、そうだね…… あはは……」 


 私は無理やり笑顔を作って残り全てを平らげた。

 一番最初に出会ったキューちゃんと同じ桃色のアイスを。



 こうして祝勝会は、最後まで盛り上がりながら終わりを告げた。

 後は一晩休んでコムケの街に帰るだけだ。



『もう帰る…… カエル? ごめんねキューちゃんたち…………』


 私は上空から眺めたシクロ湿原の色とりどりのきれいな花と、そして私に懐いてきたキューちゃんたちを思い出して心の中で謝罪した。



 やっぱり異世界怖い。

 早く帰ってユーアで癒されたい。


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