第319話姉妹仲良くお使いに




 ナジメと別れてスラム街を後にし、一人で商業地区を目指す。


 帰路が一人なのは、ナジメがまだスラムの土地を見終わってないって事と、もう少しみんなの話を聞きたいそうだ。なので私は一人で帰ってきた。



「で、私はこれをニスマジに届けるっと」


 別れ際に受け取った、紙でできた封書を眺める。

 これはナジメが何かを書き込んだもので、届けるように頼まれたものだった。



「え~と、屋根の上は登れないんだよね……」


 ニスマジのお店まで、近道しようとしたけど諦めた。

 どこにパンツの中身報告人がいるかわからないからね。


 一番手っ取り早いのは、透明化鱗粉を使って姿を消せば誰にも気付かれないけど、それは何か違うって思う。


 だって今はユーアと一緒のこの世界の住人だし、あまり世界とかけ離れた能力を使いたくない。それこそ違う世界の存在だって思い出しちゃうだけだから。


 さっきのナジメの言葉じゃないけど、自分が他とは違うってわかってはいても、やっぱり周りに認めて欲しいんだと思う。私も『同じ』人種だって。



 そんな理由で軽々しい使用を控えたいと思う。

 一種の自己満足の類だけど、私なりにこの世界にいる為の願掛けみたいなもの。


 ただ私たちの生活や、ユーアたちを脅かすなら遠慮はしない。

 それこそ装備以外にも、私自身の【裏スキル】を使っても守り抜く。

 その覚悟だけは忘れない。



「まぁ、そんなスキルを全力で使ったら、私は消滅しそうだけどね。幸い半分で済んでいるのはこの装備とアイテムボックスのおかげだよ。それと頼もしい仲間もいるからね」


 身に着けている装備と、みんなを思い出して物思いに耽る。

 そして装備やアイテムに頼らない力が欲しいとも思う。


「う~ん、そうなるとプレイヤースキルを上げるのが一番だよね。もっとこれから色んな事を試してみよう将来の為に。それと【spinal reflex 改】の習得もまだだしね。って、あれ?」



 ブツブツと一人呟いていると、見知った可愛い後ろ姿を発見する。

 この世界では珍しい、シルバーの髪色のボブヘアーの少女を。


「んふふ~♪ にくにっく~♪ お~にっく♪ く~♪っ」


 そしてその少女は足取り軽く、聞いたことないメロディーを口ずさんでいた。

 随分とご機嫌の様子だった。


 その少女の今日の服装は、白ワンピで肩が露出しているタイプ。

 気候も暖かくなってきているから非常に季節とマッチしている。

 その上からは緑色のエプロンを身に着けている。何かの仕事の途中だろうか。


 見える手足は深雪のように白く、傷や痣など見当たらない。

 それこそ処女雪のように、触れるのも躊躇う程の無垢さだ。


 小さい輪郭の中のクリッとした大きな瞳は深緑色。

 光沢のある小さく薄い唇、そして張りのある頬は思わずツンツンしたくなる。

 

 その容姿を見ると、将来はきっと美人になると断言できる。

 ただ今はまだ幼さが前面に出ている。その将来はもっと先の話だろう。


 だから今だけなのだ。


 その可愛い時代を愛でて堪能できるのは。

 


 今は視覚で十二分に堪能した。


「ごくっ」


 なら次は触覚と嗅覚で堪能しよう。そうしよう。


『って事で、ま、先ずは後ろから首筋に抱きついて、あの甘い匂いを堪能………… はっ! それってどっかの変態ギルド長と一緒じゃんっ!』


 自分のこれからする行動を思って一人突っ込み、そして愕然とする。

 思考も行動もあの変態ギルド長と何ら変わらない事実に。



「何やってるんですか? スミカお姉ちゃん」

「へ?」


 自分の思考にショックを受けていると、その少女が声を掛けてくる。


「あ、ユーアっ! わ、私は今からニスマジのお店に行くところだよっ!」


 少しだけ驚きながら上擦った声で返答する。


「そうなの? ならボクと同じですねっ!」

「そうなの? なら私と同じですねっ!」 

「真似しないでくださいスミカお姉ちゃんっ!」

「ふふ、なら一緒に行こうか。お昼ご飯は食べたの?」

「はい、みんなでお肉食べましたっ!」

「そう、良かった。それじゃ行こうか」

「うんっ!」


 手を伸ばすと笑顔でキュッと握ってくるユーア。

 そんな妹の小さな手を取って、私たちは歩き出す。


 他愛のない話をしながら、本当の姉妹の様に二人で歩いていく。

 これから先もずっと一緒に。







 ユーアと二人、怪しげなお店の前に到着する。

 そこはもちろん『黒蝶姉妹商店』 ニスマジのお店だ。



「…………今日も外にはあのムキムキ3人組はいないね……」


 辺りを見渡し、この店の看板男? の3人組がいない事に安心する。

 アイツらいるとユーアの教育にもよくないからね。



「スミカお姉ちゃんどうしたの、入り口はここだよ?」


 扉に手をかけたまま、ユーアが不思議そうに聞いてくる。


「え、な、なんでもないよっ! ちょっと安心しただけだからっ!」

「安心ですか? 大丈夫なら入ろうよ」

「う、うん、そうだねっ! ユーア」


 少しだけどもりながら、ユーアに続き暗幕をくぐる。


 そんなユーアが一人でここに来た目的はお使いだった。


 どうやら孤児院で足りないものがあったらしく購入に来たそうだ。

 お金はナジメのメイドさんから受け取ったらしい。

 何だかんだでナジメはしっかりと手を貸してくれている。



「こんにちは~っ! ニスマジさんいますか?」

「こんにちは…………」


 ユーアは子供らしく元気に挨拶をしながら店内に入る。

 私は周りを警戒しながら軽く挨拶する。

 外にいなかった看板男三人衆が中に入る可能性があったからだ。



「あらぁん? 最近ちょくちょく会うわねぇ? 二人ともぉ」

「あ、こんにちはっ! ニスマジさんっ!」

「そうだね、ニスマジ」


 店の奥から出てきた店主に挨拶をする。


「それで今日はどういったご用件かしらぁ?」


「ボクはこれを買いに来ましたっ!」


 ユーアは持っていたメモをニスマジに渡す。


「うん? 下着に食器に鍋に、それと…… うん。数が多いから、店の子にお願いするわね、ちょっとぉ~っ!」


 メモを受け取ったニスマジは他の店員さんに頼んでいる。

 私はそれを見届けた後で、ニスマジに近付く。


「あ、あのさぁ、いつもの男3人はどうしたの?」


 口に手を当てながら小声でニスマジに聞く。


「うん? ああ、あの子らは暫く忙しいのよぉ。他の仕事を手伝ってもらってるからぁん」

「そう、なら安心したよ。で、他のって?」

「安心? あの子らは工房の方に回って貰ってるのよぉ。スミカちゃんたちの衣装の増産の為に人手が欲しくてねぇ」

「ふ~ん……」


 看板男三人衆がいない事には安心したけど、嫌な事を聞いた。



「スミカお姉ちゃん、ボクお店の中見てきていいですか?」


 内緒話をする私たちにユーアが聞いてくる。


「うん、だったら私も行くよ。お家に足りないものもあるからね。あ、これナジメから頼まれたからニスマジに渡しておくよ」


 ユーアの後に続く前にナジメから預かった封書を渡す。


「ナジメさまから? わかったわ、わざわざありがとうねぇん」

「うん、よくわからないけど渡したからね。それじゃユーア行こうか?」



 受け取ったニスマジを確認して、ユーアと二人で店内を見て回る。

 

 そして二人でお揃いの夏服も買い、帰り際に商品を受け取ってお店を後にした。

 


「ユーアは急いで帰らないといけない感じ?」



 お使いが終わってにこにこ顔のユーアに聞いてみる。


「うん、お片付けまだあるんですけど、なんで?」

「ちょっと屋台で補充したいものが結構あるんだよね? 忙しいなら一人で行くけど」

「や、屋台ですかっ!? 補充って?」


 屋台と聞いて上ずった声で答えるユーア。

 よく見ると期待で目がキラキラしている。

 お目当てはきっとお肉なんだろう。



「うん。串焼きとかスープとかスラムの人たちに配っちゃったからね」

「そ、それじゃ、ボクも行きますっ!」

「なら、買い食いもしようか? 新製品もあるかもだから」

「はいっ! スミカお姉ちゃんっ!」


 ユーアに合わせてちょっとだけをアピールして繁華街に向けて歩き出す。

 ここに来た時と同じようにユーアと手を繋ぎながら。


 こうして今日一日の予定は終了した。

 明日はまたスラムと街の往復だ。

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