第270話姉妹の想いと長女のお話




「な、なんなのだ? その見た事もない飲み物はっ!」



 テラスで見学していたはずのロアジムが血相を変えて駆けてくる。

 一緒にいた、ユーアとゴマチと駆けてきたはずなのに、途中で抜かれる。


『……本当に見た目通り体力ないよね? ロアジムは。これでよく趣味とはいえ冒険者やってるよ。杖のおじ様と変わらないんじゃないの?』


 血相を変えて駆けてきたはずが、途中から必死に変わっているロアジム。



「スミカお姉ちゃんっ! もう終わったの?」

「ス、スミカ姉ちゃん、その巨大な剣、俺にも持たせてくれよっ!」


 ロアジムより先に到着した幼女の二人が、私に寄って来る。


「うん、なんかムツアカさんは連戦で疲れちゃったみたい。だからこれで今日は終わり。それとゴマチ、危ないからあまり振り回さないでね?」


「そうですよね、ずっとスミカお姉ちゃんの大きな剣と戦ってたもんね」

「あ、ありがとうっ! スミカ姉ちゃんっ!」


 ユーアを撫でながら、ゴマチにはなんちゃって大剣を渡してあげる。

 重さはそれ程でもないけど、長いから危険な事をゴマチには注意をして。


「はぁ、はぁ、はぁ、みんな早いなっ! もうちょっとゆっくりを所望する」


 ようやく、私の前に到着したロアジムは息が乱れていた。


 だから、


「はい、ロアジムにも」


 肩を上下させて、息を整えているロアジムにドリンクレーションを渡す。


「お、おおっ! さっきのはこれかっ!? では早速。んぐ、んぐ、――」


 余程ノドが渇いていたのか、味わう様子なく一気するロアジム。

 せっかくの黒糖味なのに、もう少し味わってほしい。


「あ、甘くてうまいぞっ! それにこれは?」

「そうだよ。味は違うけど、さっきムツアカさんに渡したのと効果は同じ」


 目を若干見開き、驚いているロアジムに説明する。 


「で、スミカ嬢。さっきのお願いの件なのだが」

「うん? ああ、冒険者の指導の話だよね?」


 ロアジムの感想待ちしていると、ムツアカが声を掛けてくる。


「実はさっき聞いた時に、思わず笑いが出てしまったのだが……」

「そうだったね。あ、ちょっと待って、向こうが何やら騒がしいから。」


 話を中断して、私のなんちゃって大剣を持って行ったゴマチの様子を見る。

 そんなゴマチは、アマジとバサの前で大剣を振り回している。



「おおっ! 俺も親父やスミカ姉ちゃんみたいに戦えそうだっ!」


 楽しそうに、はしゃいだ声を上げて何だか楽しそうだ。

 上段斬りや、突きの真似事をしている。


 端から見たら、5メートルの武器を振り回す幼女。

 可愛くても、正直近づきたくない。


「ゴマチよ。俺にも貸してはくれぬか?」


 その様子を見て、興味津々の様子のアマジ。

 多種の武器を扱うスタイルだから、興味があるのだろう。


「ええっ! 俺が貸してもらったんだぞ」

「もし、渡してくれれば、明日の習い事はなしにすると約束する」

「はい、親父っ!」

「あ、ああ。悪い…… なんだこれはっ? 予想以上に重さを感じぬぞっ!」


 なんちゃって大剣を受け取ったアマジは、その軽さに驚愕している。

 そしてゴマチがやったように素振りを始める。


「ぬ? やはり使いづらいな。距離感と重さのギャップに慣れるまで時間がかかる。それにしても何の材質で出来ているんだ?」


 ブツブツと言いながら、素早い連撃を繰り出す。

 感触を確かめる様に、何度も持ち替えてみては。


「うむ。これなら長槍の要領で扱えばまだいけるか。斬りも突きも、剣の腹での打撃にも使える。それと飛び道具の防御にも使えるな――――」


「ねぇ、親父、もういいだろ? 返してくれよぉっ!」


 なんちゃって大剣の研究に没頭している横で、ゴマチがごねる。


「もう少し待ってくれ。他に何か、新しい使い道が――――」

「親父ぃ~っ!」



「はぁ………………」


 何やってんだろうね。あの武器バカは。

 子供のおもちゃに親が夢中になって、最後に子供が泣いちゃう、

 そんな典型的なパターンだよ。テンプレだよ。


「仕方ないなぁ」


 私はアマジが大剣を上段に振りかぶったタイミングで、スキルを操作する。



「ふむ。ここから上段に構え…… ぐ、な、なんだ、いきなりっ、がはぁっ!」

「お、親父? 何してんだ? それ軽いんだぞ?」


 アマジは振り上げたなんちゃって大剣に押しつぶされる。

 それを不思議そうに眺めるゴマチ。



「これで少しは反省したかな?」


 再度スキルを操作して、重さを5キロに戻す。

 さすがに車数台の重さには耐えられなかったようだ。



「待たせたね? それじゃ続きをお願いするよ」


 何にやらこっちを睨みつけてるアマジを無視して、話の先を促す。


「あ、ああ。ワシが笑ってしまった後の話からだなっ!」

「そうだね」

「ワシが笑ってしまったのは、スミカ嬢の頼みごとと同じ内容を、元々ロアジムさんからも頼まれたからなんだよっ」

「え?」

「だから、被ってしまったのを聞いて、思わず笑いが出てしまったんだっ! そもそもロアジムさんが、ワシ等を今日招集されたのも、そういった話の為だったらしいからなっ!」

「う~ん、それって偶然だったのかな?」


 顎に人差し指を当てて考える。


「偶然じゃないぞ? スミカちゃん」

「うん? そうなの」


 ロアジムがドリンクレーションの残りを啜りながら話に加わる。


「そうじゃ。ナジメからバタフライシスターズが大会に出るって話を聞いてなっ! それでナゴタちゃんと、ゴナタちゃんが、この街の冒険者の指導をしてるだろう? だから少しでも鍛錬の時間を作ってあげたくてなっ!」


「え? 大会って聞いて、そこまで考えてくれてたの?」

「そうだよっ! スミカちゃん」

「そうなんだ………… ありがとう。ロアジム」


 小さく「ぺこり」と頭を下げる。


 さすが「冒険者バカ」て言いたいけど、ここは素直に感謝する。

 それと前にも思ったけど、ロアジムは好々爺に見えて、時折鋭い洞察力を見せる。


『……腹黒く、何かを企むっていうよりは、常に最善な何かや、先を見通す、先見の明を持っているんだと思う。だから悪い気もしないし、心配もない気がする』


 もしかして、かなりやり手の貴族だったりするのだろうか?


 ユーアを撫でて、破顔しているロアジムを見てそう思う。



「それで、こっちとしてはありがたいんだけど、全くナゴタとゴナタが指導に参加しないってわけにもいかないんだよ」


 私はある事を思い出し、そう告げる。


「うん? それはどうしてだい? スミカちゃん」

「それは、姉妹の二人が、償いで冒険者たちの指導をしてるからなんだよ」

「あ? ああ、そうだな、そうじゃったな」


 ロアジムは思い出したようで、大きく頷く。


「だから、回数を減らしてもらって、大会が終わってから、また通常通りに再開するよ。その空いた時間をおじ様たちにお願いしたいかな?」


 指を立てて、そう提案する。


「う~む、なら大会終了まで、指導の不参加は出来ないのかい? ムツアカたちがいるから問題ないと思うのだが……」


 それに対して、私たち寄りの妥協案を出してくれる。


「そう出来たらいいんだけど、恐らくナゴタとゴナタは嫌がると思う」

「それは何故だい? スミカちゃん」


 ロアジムの案に異を唱えた私に問い掛ける。


「それは、ナゴタとゴナタは過去の過ちを、もの凄く恥じているし、後悔もしているんだよ。でも、指導をしたからって、それが帳消しにはならない事も二人は知っている」


「うむ……」


「それじゃ、何で二人は指導をしてるかって話になるんだけど、それは――」


「それは?」


「――――嬉しかったんだよ」


「嬉しかった?」


「そう、嬉しかったんだよ、ナゴタとゴナタは。 この前の模擬戦で、過去に絡んだ冒険者たちに全てを許されたわけではないんだけど、指導を頼まれて、頼られて、受け入れられたことに喜びを感じてるんだよ」


「………………」


「だから嫌な顔もせず、率先して指導に行ってるんだと思う。嬉しくてね」


「…………なるほどな」


「そんな感じだよ。だから負担を減らしてくれるだけでいいよ。まぁ、二人は負担だなんて思ってはないけどね」


 ナゴタとゴナタの、あの時の泣き笑顔を思い浮かべてそう告げる。


「わかったっ! なら調整はわしとムツアカで行おうっ! 姉妹の想いを決して蔑ろにしないようになっ! それにしてもスミカちゃんは姉妹をよく見ておるのだなっ!」


「うん。お願いするよ。それとナゴタたちを見てるのは別に普通じゃない? だって妹たちの事だもん。それに私はお姉ちゃんだし」


 特に、悩むこともなくそう告げる。



 その理由は――


 私がこの世界で初めて作ったパーティー。


 それが

 『バタフライシスターズ』


 シスターズ(姉妹)と名の付く、私の所属するパーティー。

 そのリーダーが私なんだから、その役割はもちろん「長女」だ。


 なら、長女の私は妹たちを守る事が当たり前。

 肉体も、精神も、想いも、全て私が守る。



 それがお姉ちゃんの役目だからね。




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