第236話騙し騙されるスミカ




 私とユーアは色違いだけど、お揃いの服で色々なお店が並ぶ街並みを歩いていく。


 ユーアが先導するように私の手を引きながら。


「ふ~ん♪ ふふん♪ ふ~ふ♪ ふ~ふ♪ ふ――んっ!♪♪」

『ふふっ』


 そして楽しそうに良く分からないメロディーを口ずさんでいた。

 毎回似てるようで違うけど、この音楽はなんだろう。




 今の時間はお昼少し前。


 商店街の通りにも人がまばらに増えてきている。


 それでもいつもの様な、奇異な視線や囁き声は聞こえない。

 時折目が合いすぐ逸らす人もいたけど、それは若い男の人だけだった。


 可愛い姉妹がお揃いの洋服を着て、歩いてる姿が微笑ましく映ったんだろう。

 私と目が合うと、少しだけ顔を赤くしていたことからそう思う。


『なんか変装してる気分だよ。これだったらたまにはいいかもね』


 いつもは視線を無視しているが、それだって気を遣う。


 私の行動は妹のユーアにも影響がある可能性もあるから、慎重に動く事に越したことはない。逆にユーアはお利口さんだから私は全然心配していない。



 何て変な事を考えながらトロの精肉店に着いた。




「こんにちは。ログマさんいる?」

「こんにちはっ!」


 私とユーアはトロの精肉店に入って、店内奥に向かって声を掛ける。

 商品が並ぶ買い物エリアにはいなかったからだ。


 ガラガラ


 奥の扉が空きログマさんが姿を現す。


「い、いらっしゃいませっ! 今日は何を買いに来たのよっ!」


 出てきたのは赤いローブとタイトな白のスカートを履いた男だった。

 そして仁王立ち姿で、私たちに指を突き付けている。


「………………」

「………………」


「………………」


 ああ、そうだった忘れてた。

 ログマさん、ラブナのコスプレしてるんだった。

 私たちの人気にあやかって、店の売り込みの為に。


「………………」

「………………」


「な、何のようなの今日はっ!」


 ちょっとだけ指先がプルプルしている。

 無理をしているんだと良く分かる。


 ログマさん……


「………………」

「う、……あ、……」


 そしてユーアは魂が抜けたように固まっている。


 事前には教えていたけど、それでもショックが大きかったようだ。

 冒険者の前に、色々とお世話になった恩人がこんな格好をしてたらね。


「あ、あのログマさん、カジカさん奥にいるんですか?」


 私は居た堪れなくなり、近づいてヒソヒソと声を掛ける。

 ユーアも固まったままだし。


 それに奥さんのカジカさんに見つからなければ、普通に話せる筈だから。


「えっ? あ、ああ今は恐らく準備で上にいるだろうが……」

「2階?」


 なら食堂の準備だろう。

 お昼時も近いことからそう予想できる。


「だったらそれ止めて下さいよ。ユーアがびっくりしてるから」


「う、だ、だがカジカがいつ来るか分からないからな。気配消すのは昔から得意だし……素の状態を見られたら……」


「それは大丈夫。私がカジカさんが近づいてきたら教えるから」


 装備がなくてもアバターの索敵モードは使えるし。


「あ、ああ、分かった。ユ、ユーアちょっといいかっ?」

「えっ? は、はいっ!」


 ログマさんはコクコクと頷きながら、私の後ろで固まっているユーアを呼ぶ。そして何やら二人で密談を始める。きっとコスプレの説明をするのだろう。


『まぁ、私はアバターのお陰で視力も聴力もいいから聞こえるけど』



((ユーア、あのなこれはカジカから言われて仕方なくだな……))


((あ、実はボク、スミカお姉ちゃんから一昨日に聞いてたんですっ。でもびっくりしちゃってお仕事なのにごめんなさい……))


((そ、それなら良かった俺の事は気にするな。それで、あの身分が高そうな子供は誰なんだ? 一緒に来たからユーアの友達か? それか俺の事を知ってるから常連だと思うが、それにしても……))


 そう言いログマさんは腕を組み少し考えこむ。

 チラチラと私を盗み見しながら。


((えっ? ログマさんもですか?))

((??))


『………………またか』


 心の中で「はぁ」と溜息をする。


 この説明って誰かに会うたびにしないとならないの?

 なんて面倒くさく思いながら。


 そもそも私の衣装(装備)て顔の部分は何もないんだよ。

 コートのようなフードにしても、帽子にしても。


 だったら私の顔は分かるよね?

 化粧だって元々してないし、髪型だってそのまま。


 ならこの世界の人たちは何で判断してるのだろう?

 私の存在を何を基準にして認識してるのだろう?


 でもナゴタとゴナタなら、服装や雰囲気が変わっても

 きっとある部分で認識されるんだろう。

 瑞々みずみずしく豊満に育った青い果実を見て。


『あんなエロ可愛い姉妹もいないからね、なかなか。だったら私は……』


 試しに手を横に開いてヒラヒラさせてみる。


「…………」

 鳥や蝶が飛ぶようにヒラヒラと。


「………………」


 まぁ、これで正体が分かったら色々悲しいけど。



「お、スミカかっ!? てっきり俺は――」

「嘘でしょっ!!!!」


 すぐに私に気付いたログマさんを見て大声を上げる。


「スミカお姉ちゃん…………」


 そうしてその脇ではユーアがトーンを落として悲しい目をしていた。


『うっ! そ、その目はどっちの意味なのっ!?』


 服装変えただけで気付かれないぐらい元々の存在が薄い私なのか?

 それとも、そんな事までして分かってもらおうとしている私なのか?


 一体どっちなんだろうっ!!



「冗談だ。スミカ」

「えっ!?」


 「テヘ」なんて擬音が似合う砕けた笑顔で

 悶々と悩んでいる私に声を掛けてくるログマさん。


「いつもお前には驚かされているからな、ほんの仕返しみたいなものだ」

「そ、それじゃ最初から私の正体分かってたのですか?」

「正体って、お前は大袈裟だな。客の顔なんて一度見たら覚えるさ」

「へぇ~」

「それにお前はユーアの姉だろう? 尚更忘れるわけないだろう」

「う、うん。ありがとう。それで仕返しって何ですか?」

「それはいつもお前が大量の肉や、それとお前がやる事――」

「あ、カジカさんこっち来ましたよっ!」


 私は索敵に動きがあったのでログマさんに急いで伝える。

 緊急事態だ。


「あ、あなたがやる事が突拍子もない事ばかりで、いつも驚かされるのよっ!さっきだって、どこかの貴族の息子が謝罪とお礼にきたんだからねっ!スミカの名前出してっ!」


 ログマさんはラブナに扮して裏声でそう話す。


 見事な切り替えぶりだ。

 これはカジカさんの目が届かないときはサボっている証拠だ。



 て、それはいいけど、何か気になる単語が……


「え、貴族? と謝罪とお礼?」


「そ、そうよっ!あなたが来るほんの少し前よっ!」


「あ、カジカさんは来ないから普通に話してください。嘘なので」

「嘘だとっ!? お、お前はっ!」

「いや、さっきのお返しですよ。それよりも貴族って?名前は?」


 私はユーアを後ろから抱きながらログマさんに尋ねる。

 もう予想はついているけど一応ね。


「ああ、それはアマジと名乗ってたな」


 ログマさんはまた素に戻り、その時の事を話し出す。



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