第228話アマジの終点と終戦



「こ、こんな質量を人の身でどうしろとっ!」



 アマジは巨大なスキルの落下を前に

 ダメージの残る体で広場脇に向けて逃走を開始する。


 その考えは正しい。


 ユーアやシスターズの面々、ゴマチやロアジムたちを巻き込む訳にはいかないから、必然的にそこは安全地帯になる。私がスキルを操作して巻き込まないようにするからだ。


 アマジはそれを予期してなのか、シスターズのみんなのところに体を引きずるように近づいていく。


「く、ぐぅ、はぁはぁはぁ……」


『まさか……』


 こんな状況で人質?


 なんて思わなくもない。


 人間、そして生物全般追い詰められたら

 何をするか分からない恐ろしさがあるからだ。


『窮鼠猫を嚙むってことわざもあるからね、でも違うみたい……』


 私は、私の存在をも無視して、覚束ない足取りで歩き続けるアマジを見る。


 特に広場脇に辿り着いたり、シスターズの誰かを人質の取ったからアマジの勝ちなんてルールは元々ない。


 それに後者の人質に関してはあの体では絶対に不可能だろう。


 ある意味鉄壁に近い、守り主体のナジメもいる。

 それに回復した姉妹もシルバーウルフのハラミもいる。

 後衛にはユーアやラブナだっている。


『だったら、何故?』


 息も荒く、動きも緩慢で、見るからに何の戦闘力を持たない、それでも愚鈍に歩き続ける男を再度見る。


「はぁはぁ、俺、は、今度こそ……――を……」


 その男はある一点だけを見つめ歩き続けていた。


『………………』


 私は残り1機のスキルを展開する。


 それは――


「がはぁっ!!」


 と、愚鈍に歩み続けるアマジの胸を強く打ち付け

 再び広場中央に吹っ飛ばし、歩みを振り出しに戻す。


「ぐっ、く、がぁっ!」


 それでもその男は立ち上がり、私を素通りしてまたもや広場脇を目指す。


『………………』


 シスターズの中にいるある者を目指して。

 そこがあたかもゴールでもあるかのように。


「何を今更焦ってるか知らないけど、もっと早くに何とかしなかったあなたが悪い。だから諦めてすぐに降参しなよ。それだったら何もしないから」


「はぁはぁはぁ、待っていろっ……」


 私はそんなアマジの見つめる者に視線を這わし、そう宣言をするが、


『………………』


 まるで聞こえていないかのように、端から聞く気が無いように、ただ、ただ、ある一点を目指して歩みを進めていく。


 それ以外の何も、視覚にも聴覚にも情報が入っていないかのように。



『さっき、すれ違った時にも感じたけど、もうこの男の意識は……』


「はぁ、はぁ」


 ザッ


 男は遂に目的地に到着する。


『………………』


 それを見て私はスキルの落下を停止する。


 その影の下にはシスターズのみんなとロアジム。

 向こうにはアマジの仲間たち。


 そしてもう一人


「あ、ああ、こ、今度こそ、俺はお前をまもっ…………」


 一人の娘を抱きしめる傷ついた男がいた。


「え、えっ、お、親父っ!?」


 それはゴマチの全身を包むように抱きしめる

 父親としてのアマジだった。 



『…………窮鼠猫を嚙む。なんて思ったけど、全く逆だったね』



 私はゴマチを抱きしめながら気を失ってる

 アマジを見ながらそう思った。


『ああ、もうこれは私の知ってるアマジじゃないね?』


 そこには娘のピンチに駆け寄るたった一人の父親の姿だった。

 その顔には、いつもの不愛想な表情の欠片も見当たらなかった。


「ちょ、親父っ!親父ったらぁっ!」


 パシパシッ


 抱きしめられるゴマチは、複雑な表情で手を伸ばしアマジの背中を叩いてはいるが、その手には力が入っているようには見えない。


 そしてその肝心の叩かれる本人は


 涙を浮かべていた。



 薄っすらと目尻に涙を溜めながら、穏やかな顔で眠っていた。

 



※※




 恐らくアマジは地面に落とされた時には殆ど意識がなかった。



 それでもアマジの体を動かしたのは娘の危機を感じ取ったから。

 それは私がスキルでゴマチごと潰そうとアマジが勘違いしただけ。


 きっと正しい判断が出来ないくらいのダメージだったんだと思う。


 私が反射的にユーアを守るのと同じように

 アマジも潜在的にはゴマチの守護者だったのだろう。

 あの満身創痍の体で救おうと行動したことから。


 それが限界を超えた危機的状況で表に出てきただけの事。

 それは親として本来は当たり前の事。


 その理由はきっとゴマチとアマジとの過去に関わるはず。

 それをアマジが回復したら聞き出そうと思う。

 


『だって、お互いに生きてるのに家族じゃないなんておかしいからね……してるんだったら尚更――――』



 それにシスターズのみんなにも協力してもらったからね。


 私の戦いが始まる前にみんなに頼んだことの2つ目。


 それは――――


 アマジとゴマチの仲違いの理由を知る事だ。


 だからアマジは決してゴマチを傷つけないとシスターズには伝えてあった。

 近づくゴマチにシスターズが手を出さなかったのもそんな理由があった。



※※



「それじゃ、ちょっと離れてて。多分大丈夫だけど一応ね」


「「「はいっ」」」

「あの、スミカお姉ちゃん?」


「「「………………」」」


 私はみんなにそう声を掛けて、アマジにRポーション[S]を使う。

 そんなアマジはゴマチを抱いたまま静かに眠っている。


 因みにみんなっていうのは、シスターズとロアジムの他にもアマジの仲間の3人も含まれている。その目は心配そうに眠る男を見つめている。


 何だかんだ出会った時から悪役に見えてたけど、アマジは意外にも仲間に慕われているようだった。


『あっ、でも結構仲間想いだったのはあるのかな?バサもアオウオ兄弟が負けた時にも文句も言わなかったし、高そうな回復薬使ったって言ってたし』



「う、うう。お。俺は一体?」


 そんな事を考えていると、アマジが覚醒して辺りを見渡す。


『うん、問題なさそうだねっ』


 見たところ意識はもちろん体も大丈夫そう。

 さすがこのRポーションの効き目は抜群だ。


「はっ!ゴ、ゴマチっ!」

「あっ」


 アマジは腕の中の娘のゴマチに気付いて勢いよく離れる。


 そしてアマジを囲んでいる私たちを見渡す。


「そうか、俺は負けた……か」


 現状をすぐさま理解して肩を落とすアマジ。

 そこに戦意は感じられない。


 心から敗北を認めている様子だ。



『後は詳しく話を聞いて、それから…………』



 何て考えていると――――



「あ、ああああっ!!」

「んっ、何?」


 アマジは私を見て、突如体を震わせる。


『んっあれ?私っていうか、もっと上を見ている?』


 そしてすぐさま動き出す。


 ダッ!

 ガバッ


「へっ?お、親父っ!」


 と、何故か娘のゴマチを抱いて脱兎のごとく走り去る。


「えっ?な、何でっ?」


 私はその姿を見て慌ててみんなを見る。

 何故突然に逃げだしたかの理由を知りたくて。


「あ、あのぉスミカお姉ちゃん?」

「え、な、何?ユーア」


 そう言えばさっきも私を呼んでたような?


「あ、あのぉ、アマジさんね、きっとあれを見て逃げちゃったんだとボクは思うな。びっくりしてゴマチちゃんを抱いて……」


 そう言ってユーアは人差し指を天にかざす。


『♪♪』


 おおっ!ユーアがやるとなんか神々しいねっ!

 指も小さくて短くて可愛いねっ!



 ってそれよりも――――



「暗いね?何かこの辺り」

「う、うん。そうだねっ」


「お、お姉さま、まさかお忘れに?そんなお姉さまもっ」

「さ、さすがお姉ぇだっ!細かいことも気にしないんだっ!」


「あ、あのさぁっ!スミ姉ってたまに思うけど天然入ってるよねっ!」

「ぷっくくっ!ねぇねのその豪胆さはわしも見習わなければじゃなっ!」



 アマジがゴマチを抱いて逃げて行った理由。


 それは――――



 私たちの上に展開したままの巨大なスキルのせいだった。


 あれを目の当たりにして、またゴマチを守る為に動き出したんだろう。

 今までの人生で最大の身の危機を感じて。きっとそんなところだ。


 だってあれは人間が、どうこうできる代物じゃないしね……



 

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