第226話裏切者の正体と大罪を犯す男




「な、何でナジメがここにいんのっ!?」


 目の前のナジメがゆっくりと動き出す。

 私はそれを見てその分後退する。


「何って?それはな――」


 そのナジメは目や口元に笑みを浮かべてはいるが、

 それは決して浮かれた表情ではなく。


「…………っ」


 目も口角も吊り上げ、それは歪んだ笑顔に見える。

 そんなナジメの姿が陽炎の様に薄れ、そして――


「っ!?」


「シッ!」

 その姿の中から武器を持ったアマジが現れる。


「なっ!?もしかしてっ!!くっ!」


 私は首を狙うアマジの小剣をしゃがんでやり過ごす。


「シュッ!」

 アマジはそれを見て、鉄甲での顎狙いでの突き上げを放ってくる。


「んくっ」

 私は頬に風圧を感じながら、それさえも回避する。


「こ、こんのぉっ!」


 そしてカウンター気味にアマジの横っ面に上段蹴りを放つが、その蹴りはアマジに届く直前にその勢いを失う。


「えっ!?」

 失ったんじゃなく、私の意志でその蹴りを止めていた。


 何故ならアマジだった筈の顔が変化したからだ。

 いや、顔だけではない姿、形、そして気配も。


「こ、今度はナゴタっ!」


 私は足を下ろしすぐさま後方に跳躍する。

 そして広場脇に目を向ける。


 そこには真剣に観戦しているシスターズたちがいた。


『っ?』

 トントンっと後退しながら再度みんなを視界に入れる。

 何度見ても間違いなく全員あそこにいる。


『ナ、ナジメもナゴタもいる。って事はこれはアマジの能力っ?』


 私は慌てて気配を探すが、意識を割かれて中々見つけられない。


『く、さっきはナジメを通過して現れた。でも今度はっ』


 辺りを見渡すが見当たらない。

 今ある気配はナゴタだけ。


「んっ?」

 私は地面で動く黒いものを見付ける。


「これは影?……なら上だっ!」

 即座に顔を空に向ける。


 そこには矢を引き絞り、照準を合わせているアマジがいた。


「ちっ、早いっ!」

 シュッ


 と、空中のアマジを視界に映すとすぐさま矢が放たれた。


「これぐらいっ!」

 私は迫り来る矢を素手で掴む。


 そして空いている方の手でスキルを展開する。

 それは2メートル程の細長い円柱。


「んっ」

 それを投げ槍の要領で空中にいるアマジに投擲する。


 シュンッ


 そのポール状の円柱は、一直線に空気を割きアマジに向かうが


「っく、曲がれっ!!」

 目の前で90℃軌道を変えて、どこに当たることなく飛んでいく。


 それを見て私は若干胸を撫でおろす。


 もうこの正体は分かっている。

 分かってはいるが……


「ふう、よくもそんな性格の悪い技を使えるね?」


「くくっ。さあ、何のことだ?」


 そうしらばくれる返答をしたのは勿論アマジ。

 今の姿は直前まで視たゴナタの姿ではない。


「あ、そう。別にはぐらかすならそれでも構わない。どうせその特殊能力の正体だなんて簡単だもん」


「そうだな。受けた者なら分からない方がおかしいだろう」


「そうだね、どうやって姿形を見せてるのかは分からないけど、3体出せる投影幻視ってやつを1体に絞ってる。で、見える偽物に気配を集中させて、あなた自身の気配を誤魔化してる。3体合わさった気配の方が濃密だからね」


 恐らくアマジのやってる事はそんなところだ。


 3体分の気配を1体に集約して、その大きくなった気配に紛れる様に移動してるのだろう。ただそれでもシスターズの誰かに視えるっていう仕掛けは分からないが。



「……魔法を使うお前が、その視えるものの正体を掴めないのが腑に落ちんが大体は正しい。だがそれを知ったところで――――」


「魔法?」


 アマジの言葉を遮って、その単語を復唱してしまう。

 このアマジの言い方だと魔法が関係するって事だろうと。


 ただこの場合魔法じゃなくて魔力かもしれないけど。


『なら、他人の魔力を読み込んで、それでその姿に視えるって事?実際にそう視えるのは私の思い込みのせい?』


 私はチラリとシスターズの面々を見る。


『………………』


 特に驚いてる様子も、慌ててる様子もない。


 だったらそう言う事なのだろう。


 アマジは同じ波長の魔力に似せることが出来る。

 その3体分の濃密な気配が、私にだけ幻影を視せている。

 多分これで正解。


『正体が何となくわかったけど、これって……』


 非常に厄介極まりない能力だ。


 殴ろうとした相手が守るものの姿に変わったら、頭で理解してても一瞬躊躇してしまう。それが家族だったり、はたまた飼っている可愛いペットでも同じ事だろう。その姿に一時戸惑ってしまうのは。


『だって、それが正しい人間の反応でしょっ!』


 私はそう叫びたいのを我慢する。

 アマジの人の心の弱みを突くような能力に。


 そしてアマジとの対戦前にロアジムが言っていた事を思い出す。


 『大切なものの想いが強い程、アマジとは相性が悪いのだよ』


 と私に忠告していたことを。


 それが今見たアマジの能力の事だろう。



「クククッ。ようやくお前のそんな表情が見れた。その苦渋に満ちた情けない顔をな。だがまだ足りぬ。未だお前の目は全く死んでいない。ならその先を出させてやるっ!俺の前に跪まずかせてなつ!」


 アマジは小剣と鉄甲に装備を戻し、一足飛びで私の間合いに入ってくる。


「って、いい加減調子に乗ってっ!」


 その装備だとアマジはまた接近戦を挑んでくる。


 私はすぐさまスキルを両手に展開する。

 その形は円柱2本をつなぎ合わせたトンファー形態。


 低い体勢で私に接近するアマジにスキルを振り下ろす。


 ガギィン


 と、アマジはその一撃を難なく小剣で受け止める。


「どうした?真似事は終わりかっ!」

 小剣とトンファーが交わる中、アマジがそう声を掛けてくる。


「イチイチうるさいなっ!それは私の勝ちで終わってるんだよっ!」

 私はもう1本のスキルをアマジの脳天目掛けて振り下ろす。


「俺はお前に負けたつもりもないがなっ!」


 ガギィ 


 それを鉄甲で受け止めそう返すアマジ。


 私はスキルが止められたのを確認して持ち手を回す。


 そのトンファー形態のスキルは、アマジの鉄甲を巻き込むように「グルン」と軌道を変え顎を下から打ち上げる。


「ぐがっ!」


 その鉄甲を掻い潜っての予想外の一撃に堪らず後退するアマジ。


 ザッ


「まだっ!」

 私は一歩でアマジの懐に潜り込み2本のスキルを左右から振り抜く。


 ブンッ ×2


 アマジの左右から挟み込んだ私の攻撃は、態勢を崩すアマジの体を捉え


「って、またっ!?」


 その姿を掻き消しただけだった。


「んとにもうっ!いい加減イライラしてきたっ!」


 ザッ!


 私はそう愚痴りながら掻き消えた気配の、更に先に一歩踏み出す。


「そこぉっ!」

「ちぃっ!」


 そこには本物のアマジの姿があるからだ。

 後退する自分の前に投影幻視を出して隠れ蓑にしたのだろう。


 私はアマジの姿を目で捉えトンファー形態を解除し


『今度はもっと強烈なの一撃喰らわせるっ!』


 新たなスキルを展開する。


 それは地球儀のような球体。


 それを腕に埋め込むように展開する。

 見た目は某ネコ型未来ロボみたいに手先が球状になっている。


 ただしその大きさは私を超えるほど巨大な物。


 それを大きく振りかぶって


「んんんっ――っ!!」


 ブウォンッ!!


 とアマジに向かい渾身の力で球体の拳を放つ。


「えっ?」


 が、そこにいたのはまたもやアマジではなかった。

 今度はこの世界に於ける、私の守るべき一番の存在。


「ユーア?」


 その最愛の妹がそこには立っていた。


 そしてその後ろには微かに違う気配が感じ取れた。

 これはきっとアマジの気配だ。


『――お前っ!ユーアを盾にっ!』


 私は何の躊躇も戸惑いもなくユーアの姿ごとアマジを殴りつけた。


「なっ!?」


 ドゴォォ――ンッ!!


「がはぁっ!!」 


 避けきれずにスキルの一撃を喰らったアマジは、それでも小剣と鉄甲を交差して防御していた。たが圧倒的物量に負け、その体は大きく後方に飛ばされる。


「許さない」

 私は飛んでいくアマジに向かってスキルを展開する。


「ぐはぁっ!」


「許せない」

 私は背中をスキルで強打されたアイツアマジを追う。


「ぐくっ!」


「絶対に」

 私は倒れこむアマジに向かって更にスキルを展開する。


「し、下からっ!?がっはぁっ!!」


「許してはならない」

 私は宙に舞う男を追いかける為スキルで足場を作る。

 そして残りのスキルを使ってアマジを拘束する。


「なっ!腕がっ!?……」


「もうここで」

 トンっと足場を使い空中に浮くアマジに追いつく。

 こんな奴の名詞なんてこの際もうどうでもいい。


「ぬ、抜けんっ!!」


「終わりにしてもいいよね」

 更にもう一枚足場を作りその上に立ち、苦痛に歪んだ男を見る。


「くっ、化け物め………………」



 そこには両腕を左右からスキルで拘束され

 空中に足を投げ出し浮いているアマジがいた。


 その姿は十字架に磔にされた罪人のようでもあった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る