第177話英雄の異世界アルバイト
「メ、メルウちゃん、私は何すればいいのっ?」
私は腕まくりをし、メルウちゃんに何をするのか聞いてみる。
役に立たない以前に、取り敢えずは何か仕事を貰わないと始まらない。
「スミカお姉さんは、お会計に並んでいる人たちをお願いするのっ!値段はお会計の所に書いてあるの」
「わ、わかったよっ。メルウちゃんは?」
「わたしは商品の説明するの。まだ知らない商品が多いから、お客さんには説明が必要なの」
「な、なるほど。何かあったら大声で呼ぶからねっ」
「うん、わかったなのっお願いするのっ!」
そう言って、メルウちゃんは呼ばれている人たちや、商品を眺めているだけのお客さんに駆けていく。未だ常連客より、新規のお客さまが多いんだろう。人気が出たのはごく最近だし仕方ない。
「い、いらっしゃいませ。こちらの商品で宜しいでしょうか? ど、銅貨5枚です。あ、ありがとうございました~」
そんなこんなで急遽、この世界に来て初めてのお仕事が始まった。
冒険者も仕事って言えば仕事だけど、私にはこっちの方が仕事らしい気がする。
なんせ冒険者の方は、殆どチート装備やゲーム内での膨大な戦闘経験のせいで助かってるわけだし、でもそれも私だって言えば、それはそれで間違ってはいないんだけど。
「ぎ、銀貨一枚お預かりで、す。銅貨3枚のお返しになります。あ、ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております~」
こうして装備の能力も戦闘スキルも関係なく、うろ覚えの知識と、半端な経験で何とかこなしていく。これでも学生の間に色々なところで働いたことがあるから、そつなく捌く分には問題ない。
まぁ、その後の数年は自宅警備員で過ごしていたけど。
しかも一人ぽっちのマンションで……
「おあっ!な、何でこの街の英雄がこんなところで働いてるんだよっ!?」
「はぁっ!?そんなわけないだろっ!って……ああ確かにその格好はっ!」
「ほ、本当だわっ。あたし握手して欲しいかもっ!カッコよかったしっ!」
「今日はユーアちゃんはいないのかい?おじちゃんが来たんだけど」
『………………』
「あ、赤毛の子にも会いたい――――」
「いや、いや、武器の他にも色々大きいあの姉妹だろっ――――」
「モフモフしたい、モフモフしたい、モフモフしたい――――」
一人の並んでいるお客さんが、私の正体に気付き声を上げる。
それに続いて、他の人たちも私を見て驚いている。
『…………やっぱりこうなるよね? ずっとチラチラと視線を感じていたからね。ただ訝し気に見てるだけだったのに、はっきりと声に出されちゃうとさすがにね』
私は下を向き「はぁ」と短くため息をついて周りを見渡す。
何かおじちゃんもいた気がしたけど。
そこには好意的な目や、息を呑む目、はたまた見開く目や観察するような目など、色々な視線が私に向けられていた。
そして、
「うおぉっ――――っ! 大豆屋にまたスミカちゃんが来てるぞっ!」
「ホントだっ!俺これ買うから握手してくれよっ!」
「ネ、ネコの衣装は着けないのか?それと三毛とグレーのネコの子はっ!」
「わ、わたし夕飯はこっちで買うわっ!だからお話してもいいっ!」
「お母さんっ!僕もお話したいっ!」
『~~~~~~っ!!』
ダムが決壊したように、私目掛けて街の人たちが押し寄せる。
大豆屋工房サリューの商品以前に、私が目的になってしまっていた。
「ちょ、ちょっと私はメルウちゃんの手伝いをしてるんだから、買ってくれないともう帰るよっ? 売れないならば私は必要ないからねっ!」
私は押し寄せる人だかりに向かって声を張り上げる。
せっかく手伝いを受けた以上は、タダ見なんてさせない。
売りに売って在庫を空にしてやる。そうすれば私もお役御免だ。
「きちんと一列に並んでよっ!それと商品の調理の仕方とか説明は、看板娘のメルウちゃんに聞いてっ!私は詳しく知らないからねっ!」
そう人たちに大声で伝えて『実体分身』を隣に出現させる。
ついでに、スキルでここら一体に透明な屋根を展開し雨を防ぐ。
「それと買った人は私の分身と握手していいから、でも二振りだけだよっ!後がつかえちゃうからね。すぐに次の人に交換だよっ。あ、それ以外のお触りは絶対禁止ねっ!やったらわかってるよね?黒い壁で挟み込むよ?」
「ああわかったっ!邪魔しちゃ悪いもんなっ。分身でも握手できればいいぞっ」
「そうだな、こんな機会は中々ないかもしれないもんなっ!」
「お母さん、早く早くっ!」
「こんな小さいのに強いだなんて、本当に憧れるわっ!」
「はぁ、はぁ、はぁ」
私はみんなにそう宣言して、自分の仕事をこなしていく。
分身体は握手専門。私はお会計と役割を分担して。
にぎにぎ
「あ、ありがとうございますっ!」
にぎにぎ
「ありがとうございます」
にぎにぎ
「ありがとうねっまた来てね」
ピラッ
「ありがとうございま――って覗くなこらぁっ!!」
「ちっ!」
ぷにぷに
「ありが――ってお前までっ!」
「痛ぇっ!」
これなら回転スピードを落とすことなく商品は売れていく。
実体分身も便利すぎ。
しかもアバターだから疲れも殆ど無いしね。
だけど、精神的には慣れない接客で疲弊していく。
一度甘いもので糖分を補給したい。
『もうっ。店主のマズナさんはいつ帰ってくるのっ! あとメルウちゃんこれを見越して、私に手伝いさせてないよねっ!?』
私はたくさんのお客さんを捌きながら店内に目を向け、メルウちゃんのおさげを探す。
『あれっ!?マズナさん帰ってるきてるじゃんっ!』
店主のマズナさんは、持ってきた商品を並べながらお客さんと話をしている。
『接客中?じゃ忙しいよね。それとメルウちゃんは――――あっ?』
メルウちゃんは、ちょうどお客さんが途切れた所で私と目が合った。
「………………にこぉ」
『………………?』
メルウちゃんの笑顔の意味は良く分からなかったけど、まだまだお仕事が続きそうな事だけは分かった。
『~~~~~~っ』
だってマズナさんが持ってきた商品は台車にもたくさん残っていたからだ。
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