第160話上空でのお姉さん宣言
「そう言えばナジメ。何でここの院長たち大人が不正してるってわかったの?ナジメの土龍で脅したらすぐ逃げちゃったんだよね?」
そう、ナジメは院長含め、孤児院にいた大人たちを「クロ」と言っていた。
孤児院に向かいながら、それがどういった理由かが気になっていた。
「それはさっき話したじゃろう?身に着けている物が孤児院の現状と不釣り合いだったのと、それと逃げて行ったのがその証拠じゃっ!」
と、未だナゴタに肩車してもらっている上で胸を張っていた。
「…………それじゃ、不正の証拠も証言も一切無いわけね?勿論そんな状況じゃ、きっと主犯共々街から出て行ったかもだし」
ギロリと胸を張っているナジメを睨む。
「う、うむ。まぁそう事になるじゃろうな。じゃ、じゃが奴らがいなくなっただけでも良かったじゃろ?これからは国より真っ当に支給されるんじゃ。管理するものがいればもう安心じゃろう?」
「院長を追い出すとかは私にだって出来たんだよ。証拠を見付けて追い出すのが目的だったんだけど……それに管理する人を用意するのが大変なんじゃないの?」
「そんな事はないのじゃ。孤児院の院長に代わる人材と他の者に関してはもう動いているのじゃ。少なくとも7日あれば必要な人数は揃うと思うぞ? それとスミカがあ奴らを追い出したら色々問題だったのじゃ。わしだからこの後の事も抑える事が出来るのじゃぞ?」
「う~ん、ナジメの言う通りだね。追い出すのは簡単だけど、その後はね」
確かにナジメの説明通り、私が力ずくで追い出すのは簡単だが、それ以降、私の身がどうなるか分からない。この世界にも法があるのだから、何かしらの罪状が与えられただろう。
『まぁ、そこら辺も加味して手出し出来なかったんだよね。国家や権力に抗える戦力だけ持っててもジリ貧だし。だから私は違う力が欲しく、オーク討伐にも参加して名声が付いた。ユーアを全てから守る為だったら、私はあらゆる力を手に入れる。その為に動く。ただそれだけ。でも今回は――――』
「ナジメのお陰で、何とか目処が立ちそうだよ。ありがとうねっ」
私は透明壁を足場にして、ナゴタの上のナジメの頭を軽く撫でる。
「んなっ!?」
ナジメは思慮浅く短絡的な行動だったが、結局はナジメの持つ力で解決に進んでいる。冒険者の強さだけじゃなく、ナジメが手に入れたその力を使って。
「うん、どうしたのナジメ?」
「………………」
私はなでなでしながら、俯いて大人しくなったナジメに声を掛ける。
「………………ねぇね」
顔を伏せたまま独り言のように何かを呟くナジメ。
『ねぇね?ってお姉さんの事?』
「――――ナジメ?」
「あ、ああ、何でもないのじゃ。お主に撫でられたら、ねぇねの事を思い出しただけなのじゃ。だから気にしなくとも大丈夫じゃ」
「……お姉さん?いるんだ」
「うむ。正確には『いた』になってしまうかのう? もう別れてから100年近くは経っておるから生きてるのか死んでいるのかもわからぬし。わしがあの時もっと強かったなら、もっと勇気があったなら、臆病でなかったなら、ねぇねを守れたかも、なんて考えてしまうんじゃ。お主を見ているとのう…………」
「………………」
「………………」
ナジメは空を見上げながら、懺悔でもするように独り呟く。
「お主の強さの少しでも、あの時にあったならば、ねぇねとは……」
「ナジメ?」
「……………ナジメ?あなたは」
「すまん、心配かけてしまったのじゃ」
そう独白が終わったナジメの顔はいつもの表情に戻っていた。
そして軽くナゴタの上で腕を伸ばし伸びをする。
「よし、ではスミカ派手にやってくれなのじゃっ!」
と孤児院を指差し一言叫ぶ。
何かを振り払うように。無邪気に見える笑顔で。
「…………ナジメ。そのお姉さんには何て呼んでもらってたの?」
私は無理やりに笑顔を作るナジメに問いかける。
「…………何故じゃ?」
「うん、お姉さんを思い出させちゃったのは、私が原因かなと思ってさ」
「『ナーちゃん』じゃ。だがお主は悪くはないぞ? わしが勝手にお主だったらと思ってみたり、ねぇねと重ねたのもわしが弱かったせいじゃ。だからお主は気にせずともよいのじゃ」
「……うん、わかった。それでナジメのお姉さんはどんな人だったの?」
「わしのねぇねはのう――――」
ピョンとナゴタの肩の上から飛び降り、私の傍らに来る。
「――――わしのねぇねは体が弱かったが、とても優しくて、お主のように心根が強く、わしを守ってくれたのじゃ。迫害されるわしたちを体を張ってな。そんなねぇねは――――」
小さな手でキュッと私の手を握り、
「わしの自慢の姉じゃったのじゃっ!!」
と満面の笑みで私を見上げていた。
「――――そう、素敵なお姉さんだったんだね。よし、それじゃさっさと派手にぶっ壊してみんなの所に戻ろうかっ!」
「んなっ!わわわっ!!」
「お姉さまっ!?」
私は透明壁を足場にして空に向かって駆けて行く。
タンッタンッタンッタンッタンッ!
握られた手を引き、ナジメの小さな体を抱きながら。
ヒュオォォ――――――ッッ
「よし、こんなものかな?」
「うわわっ!う、浮いているのじゃっ!」
少しだけ強い風が私たちの体を抜けて行く。
ナゴタがいる地上から100メートル程上空だろうか。
朝を迎えたばかりの街は、薄っすらとだが白い靄が覆っている。
遠くに見える山々は、靄と光を浴びて幻想的にも見える。
「どうナジメ?気持ちいいでしょうっ!」
私とナジメは透明壁の上で景色を眺めている。
下には孤児院とユーア達がいるレストエリアも見える。
「う、うむ、気持ちいいと言えば気持ちいいのじゃが、そ、それよりも怖い方が、つ、強いのじゃ」
私の腕の中でプルプルしているナジメを見る。
「うん、怖いの?こんなに景色もいいのに」
「景色?――――確かに綺麗じゃなっ!」
ナジメは恐る恐る首を回して周囲に視線を這わし景色に見惚れる。
「ね?綺麗でしょ。それでもまだ怖い?」
「そ、そうじゃな先程よりは落ち着いたようじゃ。それでもこの高さは初めてじゃから、さすがに平気まではまだ遠いのう」
腕の中でまだ少し震えているナジメをギュッと強く抱きしめる。
「どう、これでもまだ怖い?」
「いいや、怖くなくなったのじゃ。わしの服は温度を余り感じない筈なのに、お主の腕の中は何故か暖かいのう。安心するのう」
私はそれを聞いた後で、更に上空に視覚化したスキルを展開する。
大きさは50メートル。形はビルのような角柱。重さは最大の100t。
「んななっ!そ、そのような巨大な物を一瞬でっ!? い、一体お主はどれだけの力を隠して――――」
「ねえ、ナジメ。怖かったり、自分では解決できない悩みだったり、助けて欲しい事とか、聞いて欲しい事とかあるんだったら私を頼りなよ。こうやって二人抱き合うだけで簡単に解決できる怖さもあるんだからさ」
「お、お主――――」
「色々あるんでしょう?私に手伝ってもらいたい事。それでナジメが怖くなくなるんだったら、悩みが消えるんだったら手を貸してあげるよ。もちろん私だけじゃなく、シスターズ全員でね」
「うううっ、わしは………………」
「だからさっ――――――っ!!」
私は視覚化したスキルを孤児院に向けて操作する。
ありえない程の質量と大きさを持った透明壁スキルは、空気抵抗を物ともせず風を切り裂き、私たちの目前を通り過ぎる。
ビュオオォォォッッ――――――
その風圧が私たちを襲うが、ナジメを抱いたまま乱れる髪を抑える。
「――が――の――――に――――よっ!」
「な、なんじゃ、か、風で良く聞こえぬのじゃっ!」
ナジメは少しよじ登って私の耳元でそう叫ぶ。
「私がナジメのお姉さんになってあげるよっ!だからお姉さんに何でも頼りなよっ!妹を守るのが姉の務めだからさっ!!」
私は今度はナジメの耳元でハッキリとそう言った。
「お主、お主は…………何故わしにこんなにもっ!」
「どっちなの? 私がお姉ちゃんじゃヤダ? それとも――――」
ギュッと私の首にナジメの腕が回される。
ホワホワしたナジメの髪が頬に触れる。
「わ、わしはお主を『ねぇね』と、よ、呼んでいいのかのぅ?」
「もちろんっ! それじゃ行くよっ!ナーちゃんっ!!」
「わ、わしの名前は普通にお願いするのじゃっ!恥ずかしいのじゃっ!」
私は涙声のナジメを抱きしめ直してトンっとスキルの上から飛び降りた。
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