第118話ラブナの自信とその能力とは




 ツギハギだらけの赤いローブを翻し、斜に構えたラブナ。


「さ、さあ、今にゃら、戦わないで許してあげるわよっ! そ、そうね、アタシの召使いになるならば、今回の事は許してあげるわっ! ど、どう、良い条件でしょ!?」


 相変わらずの仁王だちスタイルで、指を突きだしそう叫ぶ。

 なんか子分から召使いにランクダウンされてるし。



「いや、いいよ。召使いなんて嫌だし。それに、あなたの言うユーアを守れるって力も実力も、披露してもらってないし」


「そ、そう? な、にゃら、仕方ないわねっ! こ、後悔しなさいっ!」


「う、うん」


 そう啖呵を切るラブナは、全身が細かく揺れている。

 っていうか、震えている。



『この子って、絶対に実戦の経験が無いよね? 今日がデビューだよね?』


 未だ指を突きだしたままのラブナを見てみる。



「な、なにゅよっ! アタシをジロジロ見ないでよっ!!」


『なんか、可哀想になってきた。だって……』


 突き出してる指先もそうだが、ローブから除く白い足も口元も引き攣っているし、プルプルしている。それに口調ももう噛み噛みだ。しかもまた涙目だし。 



『お仕置きは止めにして、その自信満々の実力を見てみよう』


 うん、そうしよう。


 私は思考を切り替える。

 そもそもお仕置きなんてしたら、ユーアに嫌われちゃうかもだし。



「そ、そっちから来ないなら、ア、アタシから行くわよっ! いいっ?」

「うん、遠慮しないでいいよ」


 ってか、一応私は敵の立ち位置なんだからいちいち確認しないで欲しい。



「そ、そうなら、いくわにょっ!」


 タッ!


 後方にステップをして、私との距離を少し離す。

 距離を取ったって事は、中距離か遠距離からの、攻撃手段があるって事だ。



『いくわにょって、また噛んでるし。本当に大丈夫かな?』


 なんてまた、余計な心配をしてしまう。



「よ、避けないと火傷するわよっ! 炎よ我が敵を貫く弾となれっ! 『炎弾』」


 ドシュッ!


 距離を取ったラブナは、指先から炎を纏った小さな弾丸のようなものを射出した。



「え、魔法を使えるの!?」


 若干驚きながらも、横にステップしてこれを躱す。



「よ、避けられたっ!? 『炎弾』『炎弾』『炎弾』『炎弾』っ!」


 ドシュッドシュッドシュッドシュッ!



「よっ!」


 ラブナは、初撃の一発を私が躱したと見るや否や、続けて更に炎の弾を、4発連続で撃ち込んでくる。


 トンッ

 トンッ

 トンッ

 トンッ

 

 私はその全てを、軽くステップして躱していく。



『う~ん、スピードはそれほどでもないかな? 威力も大した事ないみたいだし』


 狙いを外した炎の弾が、地面に穿った穴を見て判断する。

 深さも大きさも、おおよそ15センチくらいだったから。



『まあ、野ウサギとか、それか数を撃ち込めばウルフくらいならいけるかな?』


 私はそう分析を終える。


 まさかこの子が魔法を使えるとは思わなかったが、確かに大した力だとは思う。


 この世界では魔法使いは少ないって聞いたし、しかも実践レベルならもっと希少だとも。



『ああ、ここがあの子の練習場って言ってたのはこの事だったんだ。だから最初来た時に、あちこちに穴が空いてたり、岩が焦げてたんだ。 あれ? それじゃ木の枝が切断されたような跡は?』



「ま、また、ぜ、全部避けられたのっ! なら、風よ我が敵を切り裂く刃となれっ! 『風刃』」



 そう叫び、手を手刀のように振るったラブナの手からは、


 ヒュッ!


 小さく風切り音を出して飛んでくる、高速の空気の刃だ。

 その形は薄っすらとだが、鎌のような三日月の形を成していた。


「おっとっ」


 足元を狙ってきた風の刃を、横に足を運ぶ事でなんなく躱す。



『これが切断された跡の正体って訳か。それにしてもちゃんと考えて攻撃しているね。さっきの炎の弾では当たらないと判断して、速度が速い風の刃に切り替えて、尚且つ、私の足を止めに来たって事だ』



「ほんっとにもうっ! 何で当たらないのよっ!『風刃』『風刃』『風刃』」


 ヒュッヒュッヒュッン!


 今度も炎の弾が躱された時と同じように、数にものを言わせて、風の刃を撃ち込んでくるが、それでも、


「………………」


 スッスッスッスッと問題なく躱す。


 勿論そんな速度の攻撃など、銃弾の嵐の中を潜り抜けてきた私に当たる筈がない。

 そもそもが、ナゴタの高速移動よりもかなり遅いし。


 そして私は、幾度もラブナの魔法による攻撃を躱し続けた。

 ラブナが疲弊して動けなくなるまで。



「はぁっはぁっはぁっ! んとにもうっ! 何で当たらないのよっ! 一体あなたは何なのっ! ただの新人冒険者じゃないでしょっ! はぁっはぁっ」


 さすがに小規模な魔法とはいえ考えなしに連発したせいか、随分と余力がないように見える。ラブナは膝に手を掛け、呼吸を荒くしている。



「もう種切れかな? なら私の勝ちでいいでしょ? それと私はれっきとした新人冒険者だよ。それは間違いない。どう、もう降参する?」


「ま、まだアタシは全力を出してないっ! アタシの魔法さえ当たれば、あなたなんか一発なんだからっ! あたしはユーアと冒険をするんだからっ! こんなところで負けてなんていられないのよっ! 土よ水よっ! 我が敵を飲み込む地面となれっ! 『泥沼』」


「とっ!?」


 限界が近いながらも放ったラブナの魔法は、私の立っている周囲の地面を土の沼に変えていた。立っているだけでズブズブと、両足が地面に引き込まれていく。



「うわっ、足が沈むよっ! ってか汚いっ!」


「ははっ! これでもう素早い動きは出来ないわよっ! 今度こそアタシの攻撃はあなたに直撃するわっ! そう、これで終わりよっ! アタシがユーアを守るのよっ! 水よ我が敵を貫く槍となれ『水槍』5連槍っ!」


 私との勝負をつける為、最後の力を振り絞ったであろうラブナの攻撃の魔法は、その名の通り、水で形成された鋭い槍が5本、私に向かって打ち出される。きっとこれが全力だろう。


 シュッシュッシュッシュッシュッ!!



「スミカお姉ちゃんっ!」


「お姉さまっ!」

「お姉ぇっ!」


「よっとっ」


 パアンッ!


 パッパッパッパア――ンッッ!!



「はあぁぁっ!? はぁっはぁっ、アタシの魔法を手で弾いたって言うのっ! う、嘘でしょっ!? だ、だってアタシの全力の魔法だったのよっ!? それを素手で弾き返すなんてっ! あ、あり得ないでしょっ!? あんた一体何者なのよっ! はぁっはぁっはぁっ」


 ガクッ


 息を切らせ両膝をつくラブナの言う通り、私は攻撃を避けられないと悟って、水の槍の魔法を片手で弾いてやり過ごした。


 まあ、足は抜こうと思えば抜けたんだけど。



 私は力尽き、膝をついたままのラブナを横目に、


「ナゴタ、ゴナタ」

 こっそり名前を呼び、ウィンクをする。


 私の小声での呼びかけと合図に気付いた姉妹は、それに軽くうなずく。

 その後ユーアとハラミの近くによって行き、何かを囁く。


 そして、


「あ、あれ~~、なんでナゴタさんとゴナタさんが、ボクを捕まえるの~~っ! 助けてよぉ~ラブナちゃん~~!」


「えっ? ユ、ユーアっ! なんで捕まってるのよその二人にっ! も、もしかしてあなたたちユーアを騙してたのねっ! 最初からおかしいと思ってたのよ冒険者を狩っていたあなたたちがっ! ちょっとユーアを返しなさいよっ!!」


 そうラブナが叫んで見上げる先には、ユーアがゴナタに後ろから羽交い絞めされ、ナゴタがユーアの顎をクイッと持ちあげている状況だった。



「あははっ! 今頃気付いたの? 私たちはこのボクっ娘少女を狩る為に、わざわざここまで来たんだよ。最近は私たちも警戒されてきたからね。でも人目を避けて、ここまで連れて来たかいがあったってものだねっ!」


 今度は私が姉妹を睨みつけているラブナに、泥沼から抜けて追い打ちの言葉を浴びせ掛ける。



「なっ? あなたまで冒険者狩りだったのっ!?」


「ははっ! だったら何だって言うの。力を使い果たしたあなたはもう動けないでしょ。この勝負は私の勝ち。だからあなたは、そのままこの少女が痛ぶられるのを黙って見ていなよ。この少女が苦痛に歪むその顔をね」


 そう言って私は、唖然としているラブナを横目に、姉妹に捕らえられているユーアの元まで歩いて行く。


 ラブナに大事な事を伝える為に。




□ □ □ □




 一方その頃、

 コムケの街から十数キロ離れた街道付近では。



「何とか見覚えがある道に出たのじゃ。確かこの街道を日の沈む方に進めばいいのじゃったな?  夜になれば街門も閉じてしまうじゃろうから、少し急がねばならぬのう」


 わしは無事に迷うことなく街へと続く整備された街道に出た。

 記憶によればここからだと多少急げば夕刻には到着する予定だ。


「昨年は道が変わっておって、結局違う国に行ってしまったが、今年は大丈夫そうじゃの? そもそもわしは十数年も冒険者として旅をしてきたのじゃ。だから迷うなんてことは殆ど無いのじゃ! 絶対に辿り着けるのじゃっ!」


 わしは独りとことこと街道を進んで行く。


 すると前方から1台の荷馬車が遠目に映る。おそらく行商人だろう。

 そして、その周りには4人の武装する男たちがいた。

 これは護衛依頼の冒険者だろう。


 ガタガタと近づき、わしの前でその一行は停止する。



「お、おうっ、こんなところで嬢ちゃんは一人なのか?」 

 

 荷馬車を先導するように歩いていた冒険者の男がわしに声を掛けてくる。


「うむ、わしは一人じゃが何かようかのう?」

「い、いや、いくらこの辺りは魔物が少ないからって、子供が一人じゃ危険だろう? 親御さんとか、護衛の人はいないのか?」


「うむ、見ての通りわしは一人じゃ。これでもわしは昔、冒険者じゃったから心配せずともよいぞ? 気にせずに先に行ってくれてもいいのじゃ」


 わしはひょいと街道脇に道を譲る。


 まあ、避けなくてもすれ違うくらいの幅はあるのだが、これはわしは心配してくれて声を掛けてくれた事への礼儀だろうと思って。


「へ、へえっ、昔冒険者だったんだ? 昔って、嬢ちゃんが生まれる前の話じゃないよな? 嬢ちゃんから昔って聞くと、まだ生まれてない気がするのだが――――」


「はっ、何を言うっ! わしはもう50年以上も冒険者をしておったのじゃぞ? 生まれる前の話な訳なかろう?」


 わしはその男の言葉に憤慨して腕を組み「ぷくぅ」と頬を膨らます。

 元冒険者として先輩の。わしへのその言葉に。


 

「ふ、ふ~ん、50年もやってたんだ。それでこれから何処に行くつもりなんだ? この先の街へは馬車でも2日は掛かるところだぞ?」


「2日じゃとっ!」


 わしは冒険者の男の説明に驚く。


 まだそれ程距離があるだなんて予想外だった。

 これでは夕方どころか、今日中に着くのはきっと不可能だろう。


『はあ~、また今夜は野宿かのう? もう柔らかい布団で寝たいのじゃ。香辛料たっぷりのお肉を早く食べたかったのじゃが――――』



「えっ? 嬢ちゃんは一体何処に行くつもりだったんだ? コムケの街から出てきたんだろう?そっちから歩いてきたから」


「えっ? す、すまぬ、もう一度言ってくれ」


「だからコムケの街から来たんだろう? 俺たちはコムケの街に向かってるから、その方向から来た嬢ちゃんはコムケの街の出身なんだろう?」

「い、いや、わしはこれでもコムケの街へ向かうところじゃ…………」

「え? …………」

「わ、わしはコムケの街に――――――」

「そ、そっかぁ、なら俺たちと一緒に行くか? 嬢ちゃんなら軽そうだから馬に乗せても大丈夫そうだし、荷物も殆ど無いしな。それとそんな薄着で寒くないのか? あと、その胸に書いてあるのは名前なのか? なじめ?」


 わしの頭に優しく手を置きながらそう提案してくる。


「う、うむ、よろしく頼む。後わしは寒くもないので心配無用じゃ。それとわしの名前は『ナジメ』じゃ。それじゃお願いするのじゃ…………」


「ああ、わかった、それじゃ馬に乗せるぞ」


 ヒョイと軽々わしを持ち上げて、馬の上に座らせてくれる。


「うむ、色々すまぬのじゃ。これで夕刻には着きそうじゃ。恩に着るのじゃ」

「ああ、そうだな途中馬を休ませても、夕刻には着く予定だ。それじゃ出発するぞ」

「よろしく頼むのじゃっ!」


 わしを乗せた馬と一行は、ガタガタと街道を進んで行く。

 何とか閉門の時刻前に間に合いそうでホッとした。


「わははっ! ここは見晴らしが良いのじゃっ! お馬さんは高いのじゃっ!」


 そうしてわしは視察予定のコムケの街へ無事に到着した。

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