第84話自己紹介と年下のお姉さま




「おかえりなさい、お姉さまっ!」

「おかえりなさい、お姉っ!」


「……………………」


 私が戻ってきた時に、二人はそんな事を言って恭しく出迎えたみたいになってたけど、あれはいったい―――――



 二人にリカバリーポーションを使いながら「あっ!」と思い出す。



『そう言えば二人に名前教えてないじゃん。だから変な呼び方なんだよ』



 私はその事に気付く。


 ただ、お姉さまのところは正直よくわからない。

 けどキチンと名前を教えれば問題ないだろう。


 うん。そうしよう。



「お姉さま、私たちを治療していただきありがとうございます」

「お姉のお陰でやっとズボンが履けたんだっ! ありがとうなっ!」


「え? う、うん」


 治療を終えた姉妹は、そう言って健気に頭を下げてくる。

 ありがとうも何も、あなたたちそんな事したの私なんだけど……。


 それよりも、名前教えないと――



「あ、あのさ、私の名前は『澄香』て言うんだ『透水澄香とおみず すみか』だから、澄香って呼んでくれるかな? 私は年下だし、姉ってなんかおかしいし」


 今更ながら自己紹介をする。



 それを聞いた姉妹の反応は――



「え、お姉さまって『スミカ』って言う名前なんですかっ? お姉さまらしい素晴らしいお名前ですねっ! 『スミカお姉さまっ!』」


「お姉は『スミカ』っていうのかっ!良い名前だな『スミカ姉っ!』」


「えっ! だから私は『澄香』だってっ! 姉はいらな――」


「あっ、、喉など乾いていないですか? 南の大陸から持ってきた、果実水などがあるのですが、お飲みになりますか? とっても美味しいですよっ」


「う、うん、ありがとういただくよ。それよりも、お姉さ――」


っ! ワタシも、南方の乾燥した果物を持ってるんだぜっ! これも美味しいから、食べてみてよっ」


「え、あ、ありがと、それもいただくよ。で、その姉って呼び――」


「はい、どうぞっスミカお姉さまっ!」

「食べてくれよっ! スミカ姉っ!」


「う、ううん、ふたりともありがとね。美味しくいただくよ」



「はいっ!」

「うんっ!」



『う~ん………………』

 甲斐甲斐しく私の世話をする姉妹に、更に言いにくくなってしまう。



「モグモグ、ムシャムシャ、ゴクゴクッ―― っ!?」


「ジ――――――ッ」

「じ――――――っ」



「………………」


 今度は二人に注目されてて、もの凄く食べずらいんだけど…………


 なんでこの姉妹は祈るように手を胸の前に合わせてガン見してんの?

 またその二つの果実が、ムギュってなってるよ。私とおんなじだよっ。



「………………」


 これって、もしかして、食べた感想を求めてるって事っ!?



「ジ――――――ッ」

「じ――――――っ」



『………………それっぽいね。私の感想待ち』



「ふ、ふたりとも、とっても美味しかったよっ! あ、ありがとうね。それよりも――」



「それは良かったですっスミカお姉さまっ! 喉が渇いたらいつでも言ってくださいっ!」

「うん、ワタシにも、欲しいときに言ってくれよっ! 直ぐに出すからなっ!」


「…………………………」


 全く取り付く島もない。

 しかも、めっちゃ喜んでるし。



 もうダメだ。もう何も言えない。


 こんな二人のキラキラした目を見たらこれ以上は言わない方がいい。

 ってか、無駄っぽい。そもそもこの目は何も聞かない目だ。



 それよりも、私にはもう一つ目的があるんだ。

 姉妹の様子は気になるけど、早くしないと夜が明けてしまう。



「あのさ、ちょっと付き合って欲しいっていうか、手伝って欲しい事があるんだけど」


「はいっ、スミカお姉さまっ! 私たちに任せて下さいっ!」

「おうっ、スミカ姉っ! ナゴ姉ちゃんとワタシに任せてっ!」


「う、うん」


 そう言って立ち上がり、二人とも快活に返事をする。

 その勢いに少しだけ引く私。



 それよりも私まだ何も言ってないけど……。



「この先の山の麓に、トロールの大群がいるらしいんだけど、討伐を少し手伝ってくれない? 一人でもいいんだけど思ったよりここで時間かかっちゃったからさ。大丈夫? 強制はしないよ。危険な事だし」


 そう二人に軽く頭を下げお願いする。

 この姉妹の強さならばかなりの助けになるし。時間短縮にもなる。



『…………それよりも、思ったより時間かかったのって、主にこの姉妹が原因なんだけど――』



 なんてことを脳裏をよぎるが何も言わない。

 しばらくの間、この姉妹の面倒見るって決めたのは私だし。



「はい、私たちがお供しましょう。そのトロールの死体を貢物として、スミカお姉さまに捧げましょう」

「おうっ! ワタシたちの活躍を見ててくれよっ! それとトロールの肉は美味しいんだぜっ!」


「貢物っ!? あ、ありがとう。そ、それじゃお願いするね。森を抜けていくから、私の後に付いてきてくれる?」


 二人に返答に若干どもりながら答える。


 死体の貢物って何!?

 なんか私、奉られそうになってない?



「はいわかりました。スミカお姉さまっ!」

「うん、付いて行くよっ! スミカ姉っ!」





 そうして私たち三人は、まだ暗いサロマ村を駆け抜け、ビワの森の中心の山を目指して移動を開始した。残りはトロールの討伐だけだ。



「ねえ、さっきゴナタが言ってたけど、トロールの肉も美味しい言って本当なの?」


 タタタタッっと森の中を走りながら、さっきの気になった事を聞いてみる。



「うん、スミカ姉っ。オークの肉よりはずっと美味しいぞっ! 焼いても煮込んでも絶品なんだよっ」

「ゴナちゃんの言う通りですね。一応高級食材の部類に入っているんですよ。その美味しさから」


「へ~、それはいい事聞いたよ」


 トロールの肉も美味しいんだ。


 この世界はあちこちに食材が溢れてるね。

 そうは言っても、それを狩れるのは一部の人間なんだろうけど。


 これでまたユーアへのお土産が確保出来る。



 大量のオークとトロールの大好きなお肉たちに囲まれて、その中で喜んでいるユーアの姿が目に浮かぶ。


 だけど、


『いや、いや、それはそれで気持ち悪いでしょうっ! サイコパス過ぎるでしょうっ!!』



  私は血まみれの、大量のオークの死体の中心で、無邪気に両手を挙げて喜ぶ少女ユーアを想像して、顔をしかめるのであった。




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