第48話コムケ街に危険が迫っているようです




 私とユーアは連れ立って冒険者ギルドに入っていく。

 昨日も来ているので一日ぶりだ。



「さてと、依頼の掲示板はいているかな?」

「今の時間だと、いてますよ。スミカお姉ちゃん」


 現代の会社員の満員電車と同じで、混雑するのは朝と夕だけ。


 朝は掲示板にある依頼の取り合いと確認。

 夕は依頼達成報告と報酬の受け取り。


 そんな感じで、その時間帯は混雑する。

 なのでそれ以外はいているとも言える。


 そうは言っても、日中でも掲示板を覗く人が全く居ないわけではない。


 簡単な依頼であれば日中に受けて、夕方に終わる依頼もある。

 だが報酬はそれなりなので、基本日中は少ない事が多い。



「あれ? 誰もいないなんてあるんだね」


「そうですね、スミカお姉ちゃん。でも冒険者の人たちはカウンターにみんないるみたいですよ。なんでかなぁ?」


「ふ~ん」


 掲示板の前には誰一人いなかった。


 かといって、依頼が無いわけではなかった。

 数多くの依頼が掲示してあったからだ。



「まぁ何でか良く分からないけど、いてることはいい事だねっ! それじゃユーア。この隙にどんなのがあるか見てみようよ」


「はいっ! スミカお姉ちゃんっ!」


 カウンターの騒がしい人だかりを横目に見ながら掲示板前に移動する。



「――――!――――かァ!?」

「――が――の!!」

「………………」

「!?――――だ――う!!」

「――っ!!」



「…………」

「??」


 なんか盛り上がってるんだけど、あまりにも声が多すぎて聞き取れない。

 なんかルーギルの声も聞こえた気がするけど、今はいいかな?



「あ、スミカお姉ちゃん、今日もメルウちゃんの所の依頼があるよっ!」

「本当だ。お昼に残ってるって事は、朝も出てたのかな?」


 今じゃマズナさんのお店もあの一件以来かなりの人気店だ。


 あの時すっからかんになった大豆商品が足らず、素材採取の依頼を日に何度も出しているようで、昨日私とユーアも受けた依頼だった。


「誰も受けないんだね、今日は。半日で終わるから夜にはぎりぎり間に合う時間だけど」

「そうですね、なんでだろう?」


 ユーアもやっぱりわからないみたいだった。


「ユーア、ちょっとお茶にしようか。依頼は今日受けないんでしょう?」

「うん、今日は大丈夫です。孤児院には昨日行きましたから」

「なら、今日はガラガラだから、テーブル席に行こうかっ」

「はいっ! スミカお姉ちゃんっ!」



 私とユーアは6人掛けのテーブルに移動して隣同士で座る。


「はいユーア。冷たい果実水とデザートはレーションのショートケーキね」

「え、しょーとケーキですかっ! やったっ――――!」

「ふふっ」


 ユーアは、両手をばんざいして喜んでいる。


 私は自分の分とユーアの分、

 そしておかわりの分もそれぞれテーブルに並べていく。


「お手拭きもあるから、きちんと手を拭いてからね」

「ふえっ?」


 おしぼりを出すのも待てなかったユーア。

 既にフォークで口に運んでモグモグしている。


 あまりそういった習慣がないから仕方ないのかもしれないけど。


「もう、ユーアったら。ほら、そのままでいいから手を貸して」

「ふぁいっ!」


 私に差し出されたユーアの小さい手をふきふきする。

 指の間も指先も丁寧にっと。


「ぐふふっ! ぐみかごねえちゃんスミカおねえちゃんぐすぐったいでずくすぐったいです!」


「??」


 何を言っているのかわからないけど右手が終わった。

 次は左手だ。


「んじゃ、次はこっちね」


 右手と同じように、左手もふきふきしていく。

 指の間も指先もきちんとねっと。


「ぐふっ、ぐふふっ」

「う~ん…………」


 それにしても、本当に小さい手だね。


 こんな手でナイフ持って採取の仕事をするんでしょう?

 ユーアに合ったナイフでも探してみようかな。


『どれどれ……』


 私はユーアの手の平を開いて、私の手の平と合わせてみる。


「…………」


 ん――、私よりも関節一つ分近く小さいね。

 それにしても小っちゃくて、すべすべしてるねっ!


「♪♪」


 私は更にさわさわと感触を確かめてみる。


「ぐふふっ」

「うむ…………」


 こ、これが、若さ、なのかっ!

 いやいや、今の私も充分若いからっ! 見た目だけは。


「――――――」


 しかも、白くて弾力もあって、もちもちしている。

 うん、さすが若いっていいね!



※※ 



その頃、大勢の冒険者たちが集まっているカウンターの前では――



「やっぱァ、その噂は本当だったてかァ?」


「ああ、ルーギルさん。遠目にしか確認出来なかったが、あの村の壊れた柵や、家屋が見えた。恐らくあの村は全滅してしていると思う。姿の見えたオークの奴らによって」


「はぁ、やはりそうでしたか…… ギョウソさん、危険な中での貴重な情報に感謝します」


 この大勢の冒険者の中、不穏な空気の中で話し合っているのは、


 コムケ街の冒険者ギルドのギルド長の『ルーギル』

 副ギルド長の『クレハン』

 コムケ街の冒険者を纏める『ギョウソ』


 そんな三本柱の話し合いだった。



「それにしてもよォ、なんで『サロマ村』が狙われたんだァ?」


 これはルーギル。


「ギルド長、わたしの考えではオークたちが追いやられた先がサロマ村だったのではないかと思います」


 ルーギルの疑問にクレハンが自分の考えを告げる。


 それに何かピンときて、ルーギルが再度口を開く。


「ああッ! ってことはその前のビワの森に何か住み着いたってことかァ?」


「そうです。最近ビワの森も以前に比べて魔物の姿が少なくなっていると聞いています。そうでしたよね? ギョウソさん」


「ああ、クレハンさんの言う通りだ。いくら間引いていると言っても以前より確実に少なくなってきている。それと中心の山付近に50センチか、それの倍近い大きさのデカい足跡を見た者もいる。もしかして何か居着いているのかもしれない」


「なるほどなァ、要するにビワの森の山か洞窟に、デカい足跡の奴が居着いて、弱い魔物共を喰らって数を減らし、賢い魔物は向こう麓のサロマに逃げたってことかァ?」



 コムケ街の南東にある『ビワの森』

 そしてその南にある『サロマ村』


 その二つの地域で、今現在わかっているのは、



1.ビワの森。

 採取の材料が多く群生する森で、新人冒険者の人気の場所。


 新人冒険者の為に、冒険者たちで魔物を間引いていたが、その森が、最近魔物の姿が以前に比べて、異常に減っていた。


 そしてビワの森の中心の山の付近で、大きな足跡が確認される。



2.サロマ村。

 ビワの森の南に位置する100人くらいの小さな村。


  ひと月ほど前から、ここコムケの街への流通が止まっていたことから村が全滅したとの噂。その真偽の確認のために、斥候として昨日向かったのがギョウソとその数名。


 そしてサロマ村にオークの存在と村が全滅したとの確認がされた。



 その情報を先ほど持ち帰ったギョウソたちと、ギルドの冒険者たちを交えての話し合いの最中であった。



「まあァ、ビワの森のデカい足跡は『トロール』なんじゃねえかァ?」

「……その可能性が大きいですね、そのサイズの足跡だと」

「ああ、オレもそう思う」


「かァッ――! それだったら1体2体じゃねえだろうよォ。あんまりでかい森じゃなくたって根こそぎ森の魔物が減ってんだろォ? 10体? もしくはそれ以上だろォ」


「…………」

「っ!!」


「「「………………」」」



 ルーギルの信憑性の高い話に、クレハン、ギョウソ、そして大勢の冒険者たちは一様に固唾を飲み黙り込んでしまう。


 今のその現状はそれほどまでの状況だった。


 このコムケの街からビワの森へは歩いて二時間ほどの距離。

 サロマ村はその南の麓。


 ビワの森の魔物が減ってるということは、トロールたちがほぼ喰い尽くしてきたと思って間違いない。


 その麓のサロマ村は、繁殖力の強いオークたちが同じく村人たちを陵辱し、喰らい尽くすのも時間の問題だろう。


 そしてこの二つの種族が次に向かうのは――――



「…………次に奴らが狙うのは、この『コムケ街』ですね。間違いなく」


 ルーギルも含め、大勢の冒険者が誰も言葉を発せなかった雰囲気の中で、クレハンは重く口を開く。


「だよなァ。その時を迎え撃つ手もあるがァ、この街に被害が及んじまう」

「でも討伐隊を組んで殲滅するのが、一番の最善かもしれません……」


「「「………………」」」


 クレハンのその言葉により、その場の空気が重力を持ったかのように重くなる。



 オークにしても1体だけならば、Eランクでもなんとか渡り合える。


 ただ、オークは群れをなしていることも多く、100人くらいの村を全滅させた事から10や20ではきかない。少なくとも30体以上は確実だろう。


 トロールに至っては、1体でCランク一人でギリギリ。

 相性によってはCランクでも危うい。


 それが、予想だと最低でも10体以上。



 ランクはないが、Cランク以上のルーギルがこの街で一番の戦力。

 次いで、Dランクのギョウソと、その数名。

 クレハンの昔のランクでもEランク上位。


 正直この街の冒険者のでは荷が重い、いや無謀に近いだろう。


 ただ対処可能な人数は揃っている。

 それは人的被害を別に考えれば、の話になってしまうが。


 さすがに討伐隊を組むと言っても、ルーギルからも推薦はし難い。

 街の為に死んでくれ、と言っているようなものだからだ。




「やっぱり、俺が行くしかねえかァ!」


 ルーギルは頭の後ろを掻きながら、そう発言する。


「いや、ギルド長。それは無謀でしょう。わたしも一緒に行きますよ。それでも可能性は低いですが……」


 副ギルド長のクレハンが反応して討伐隊に志願する。


「なら、オレもですね」


 Dランクのギョウソも志願するが、その後は続かなかった。


「フーナさん、もしくは、ナゴタ、ゴナタ姉妹でもいれば確実だったんでしょうね」


 クレハンは、現在はこの街にいないAランクの『フーナ』とBランクの双子の姉妹『ナゴタ』『ゴナタ』の名前を出す。


「まあなァ、でもあいつらが戻るのはいつになるかわからねぇ。今言っても仕方ねぇだろうよォ」


「……そうですね。本当に」


「いや、それよりもよォ、嬢――――」


 ここでルーギルの言葉は途切れる。


 ルーギルが頼んで、ある人物を探してもらっている、その冒険者が戻ってきたからだ。


「オウッ! どうだった? 見つかったかァ」


 早速ルーギルは戻ってきた冒険者に催促する。



「ル、ルーギルさん見つかりませんでしたっ! 住んでいたとされたテントも、立ち寄ることの多い出店にも繁華街にもいませんでしたっ! 最後に立ち寄った『トロノ精肉店』から足取りが見つかりませんっ!」


 あちこち走り回ったであろう冒険者は、息が乱れたまま報告する。


 そう、ルーギルはギョウソから報告を聞いた時に、この状況を打破できるのに必要であろう、探してもらっていた。



「カァ――ッ! 見つからなかったかァ! 今回は藁をも掴みたい状況だったんだがなァ!」


 ガリガリと頭を掻きながら、ふと視線を上げる。


 その先には―――



「って、いたァ――――ッ!」



 誰もいない休憩テーブルで、我が物顔で飲み物やケーキを大量に並べ、なぜか笑いを堪えている幼女と、その幼女の手をニヤニヤしながら揉んでいる少女がいた。


 その二人は――


 この街の新人Cランク冒険者の『スミカ』と

 そして相棒のユーアの姿だった。


「ぐふふっ!」

「むふふっ」


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