第46話大豆工房よ永遠に!閉店ではないよ




「メルウ、こっちでいいんだにゃ!」

「はいニャの!」


 私はメルウを抱いて、最短距離で倉庫に向かう為に屋根の上を疾走する。


「そこの通りニャのっ! 曲がってすぐニャのっ!」

「うん」


 私は透明壁を足場にメルウの言う場所に着地する。


「ここニャの、このニャかなのっ!」


 メルウはそう言って、大きな扉の鍵を開けて中に入っていく。



 薄暗い倉庫の中には、大量の大小さまざまな壺や木箱があり

 色々な匂いが充満していた。


「ここにあるものは全部持っていっていいんにゃね?」

「はいニャの。ここにあるのは全部大丈夫ニャの! でも全部は……」


 私は急いでアイテムボックスに全部収納して表に出る。



「よし、終わっにゃメルウ。急いで戻るにゃ」

「は、はいニャのありがとうニャのっ!」


 メルウは少しびっくりしたように返事をする。


「帰りは背中にのってにゃ。その方が早いのにゃっ!」


 私はメルウが背中に乗り易いように腰を降ろす。


「は、はいニャの、よろしくお願いニャのスミカお姉さんっ!」


 メルウは私の肩に掴まりながら足を上げる。

 私はスッと立ち上がってメルウを持ち上げて再び屋根の上を走る。


「………………」


 ん――、来るときにも思ったけど、同じくらいの身長でもユーアよりメルウの方がやっぱり重いよね。何てふと考える。


 でもこんな事言ったらメルウは怒るかな?

 子供でもちゃんと女の子だし。


 それよりもユーアにはもっと栄養を取ってもらわないとね。

 お肉ばっかりじゃなくて。



 そんな事を考えている間に広場に戻ってきた。



「こ、これは…… ちょっといにゃくなった間に……」

「ニャんなのこれは? ス、スミカお姉さん……」


 戻った私たちはその光景に思わず立ち尽くしてしまう。



「お――い、まだかっ! こっちにも味噌をわけてくれよっ!」

「わたしが先に並んだのよっ! ズルしないでっ!」

「豆腐と醤油両方とも売ってくれっ!」

「ええっ! もう無いだってっ!?」



「………………」

「………………」


 そこには大豆商品を購入する人たちで溢れかえっていた。

 ちょっと目を離した隙に大混雑していた。



「お――いっ! スミカさん、ちょうどいい所に来たッ! 在庫こっちに持ってきてくれないかッ!」


 呆然と立ち尽くしている私たちを見付けて、揉みくちゃになりながらマズナさんが叫ぶ。


「メルウ、まずはマズにゃさんの所に届けようっ!」

「は、はいニャのっ!」


 メルウを背負ったまま、透明壁を使ってマズナさんの所に到着する。



「持って来たにゃっ! どこに出せばいいにゃ?」

「ありがとうなッ! ここに置いてくれッ!」


 マズナさんの指示通りに在庫を出していく。


「あ、スミカさんッ! 味噌はログマさんのところも足りなさそうだから、持って行ってくれないか?」


「うん、わかったにゃっ! それとメルウは置いていくにゃ。マズにゃさんだけでは足りないと思うから」


 「それでいい?」とメルウにも確認する。


「はいニャのっ! お父さんを手伝うのっ!」

「おうッ! 助かるぜッ!!」


「それじゃ、ネコの衣装は必要にゃいから、着替えてこようか」


 私はメルウが乗りやすいように前屈みになる。


「メルウもう一度乗って。ユーアを拾って三人で着替えに行くから」


 私はまたメルウを背負って、今度は売り込みの為に空中で声を上げているユーアの元に辿り着く。その前にログマさんのところにも味噌を置くのは忘れない。



「ユーアおつかれさんっ! もう充分売り込みは出来たから私たちも下で手伝いをしようにゃっ!」


「スミカお姉ちゃんっ!? わかりましたっ!」


 私は背中にメルウを、お姫様抱っこでユーアを抱えて、さっきレストエリアを出した場所に透明壁を使って跳躍していく。


「よし、着替えたら急いで皆に合流するにゃ」

「はいっ! スミカお姉ちゃんっ!」

「はいニャのっ!」



 私たち三人は急いで来た時と同じ服装に着替える。


「ん?」


 だと思ったら、ユーアだけは半袖と短パン姿だった。



「あれ? ユーア、ワンピースどうしたの?」


「汚れちゃうと思って、こっちの動きやすいのにしたんです。スミカお姉ちゃんが選んでくれたお洋服汚したくなかったので」


「そんなの気にしないでいいのに。汚れたら洗濯するし、また買ってあげるよ?」

「うん、それでもなるべく汚したくないんです」


 そんなユーアの頭に手を乗せながら、



「ごめんね、嫌な言い方しちゃった。大切にしてくれて嬉しいよ」

「えへへっ」

「でも、大切にしてばかりじゃダメだからね? 洋服なんだからきちんと着てあげないとね」

「はいっ! スミカお姉ちゃんっ!」


 未だに賑わっている出張所に戻って、手分けしてお手伝いを再開する。



※※



 それからは大変だった。



 もう昼時を過ぎたっていうのに人混みがなくならない。


 途中、案の定持って来た全ての在庫がなくなってしまい、私のアイテムボックスの在庫を出しても足らなかった。


 大豆の在庫がなくなったマズナさんとメルウは、買いに来たお客さんたちに平謝りをして『予約』って形で納得してもらっていた。

 明日からも当分繁盛しそうだ。



 肉担当のログマさんとカジカさんは、途中でカジカさんが自分のお店に戻って、お店の肉をマジックバッグに持ってきて販売していた。

 流石ログマさん夫妻。無駄がない。



 ニスマジは、大豆工房の繁盛具合を見て、マズナさんと商談して、ニスマジのお店に保存の効く味噌と醤油を卸してもらう契約をしていた。ちゃっかりしてる。



 ルーギル率いる冒険者たちは、途中でお酒を挟んで宴会のようになっていた。

 大豆商品をツマミにして。



 私とユーアもあちこちに駆けずり回り、手が回らないところを見つけては手伝いをしていった。一息つく時間もなかった。



 そんなこんなで昼時はとっくに過ぎ、もう夕方に差し掛かる時間になっていた。さすがに在庫も全てないので、今日はここまでだろう。



「おうッ! スミカ嬢ォ。俺らはこれで帰るかんなァ。旨いもの喰わせてもらってありがとなァ!」


「ありがとうございました。スミカさんとユーアさん。わたしも定期的に大豆商品を購入したいと思います。そしてお二人ともおつかれ様でした」


 ルーギルとクレハンが冒険者を引き連れてお礼を言ってくる。


「いいって、助かったのはこっちなんだから。正直私の見通しが甘かったから、手伝ってもらって感謝しているよ」


 私は素直に来てくれた冒険者たちに頭を下げる。

 本当に助かった。


「あ――、スミカ嬢。こっちも新人冒険者の依頼が増えるから良かったんだぜぇ!」

「どういう事?」


 私は首を傾げてルーギルに問いかける。


「そりゃァ、さっき大豆屋の店主に聞いたんだけどよォ、大豆の食品を作るのには大豆が大量に必要になるだろうォ? それで依頼も増えるってわけだァ!」


「あ――、なるほどね」


 それを聞いて私は「ポン」と手を鳴らす。



「それに、これだけの食材なのですから、真似して商売をする店が増えてくるかもしれません。そうすれば更にたくさんの依頼が冒険者ギルドにくると考えてもいるんです」


 ルーギルに続いてクレハンが補足を入れる。


「まあ、そういう事だァ! 持ちつ持たれつって奴だァ! それじゃ楽しませてもらったぜぇ! たまにはギルドにも顔出してくれやァ!」


「それでは失礼いたします。ギルドで待ってますよ」


 そう言ってルーギル達は冒険者を連れて帰って行った。


「おじちゃんまたね――っ!」

「おう、ユーアちゃん!おじちゃんまたくるからな――」


 ユーアもそう言って別れを告げる。


『あっ!』


 人混みに紛れてが見えなくなってしまった。


 ユーアと仲がいいおじちゃんって、一体何者なのだろう?





 私とユーアは人の少なくなった大豆工房の脇に移動して、涼みながらドリンクレーションを飲んで休んでいる。



「ふうっ――、これでメルウのお店は大丈夫だね、きっと」


 あれだけの好評ぶりなら、明日以降もきっと賑わうことだろう。



 てか、全部売れちゃって明日から売るものがないんじゃないの?

 なんて心配するぐらいの繁盛ぶりだった。



「スミカお姉ちゃんは凄いですっ! 本当にメルウちゃんのお店を助けちゃいましたっ!」


 隣のユーアがドリンクレーション片手に笑顔を向けてくる。



「なに言ってるの。私の作戦だけではうまくいかなかったと思うよ? ユーアが前の日のギルドで冒険者の人たちにお願いしてなければ、30人の冒険者も来なかったし、ルーギル達も来なかった事になるんだからね。皆で頑張った結果だけど、最後の一押しはユーア。あなたのお陰なんだよ」


 ユーアが昨日ギルドで宣伝をしていなかったら、今回の作戦は失敗していたと思う。



「そんな、ボクなんかより、スミカお姉ちゃんの方が――――」



「そうだな、ユーアは頑張ったと思うぞっ!」

「そうね、ユーアのお願いがなかったら、こうまでうまくはいかなかったでしょうね?」

「そうよぉ、ユーアちゃん。結果は集まった皆で出したけど、切っ掛けはユーアちゃんなんだからぁ」



「ログマさんに、カジカさんに、ニスマジさん?」



 突然声を掛けられたユーアは驚いて大きな声を上げる。

 まぁ、私は来るのわかってたけどね。



「そうだよ。三人の言う通りだよ。ユーアがメルウを助けたいと思わなければ、私も何もしなかったかもだし」


 そう。

 全てはユーアが私に助けたいとお願いしたことから始まっている。


 最初の切っ掛けも、最後の巻き返しもユーアがになっていたんだ。


「でも、ボクがスミカお姉ちゃんにお願いしなくても、スミカお姉ちゃんならきっと……」


 みんなに認められてるのに、ユーアは自分に自信がないようだった。


 でも、もうそろそろかな?



「ユーアお姉さんっ! ここにいたのっ!」

「ここにいたのかッ! ユーアさんっ!」


 二人とも探し回っていたのか、少し息を弾ませてユーアの前にくる。


「ど、どうしたの? メルウちゃんとマズナさん」


 またもいきなり現れた二人に驚くユーア。


「突然いなくなっちゃたから、帰っちゃったと思ったのっ!」

「そうだぞ、お礼の一つも言わせないでいなくなるから探したんだぞッ!」


「え? えっ!?」


 そんな二人に困惑するユーア。


「メルウとルーギルさんからも聞いた。そこのスミカさんも、冒険者の人たちも、ログマさん夫妻もニスマジさんが来てくれたのも、全員が全員ユーアさんのお陰だったてなっ!!」


「えっ!? ボ、ボク?」


「そうなのっ! ユーアお姉さんがみんなにお願いしてくれたのっ!」

「そうだッ! それで俺たち親子は助かったんだッ! だから――――」


 そう言って二人は地面に膝を折って座り込む。



「このご恩は、一生忘れないのっ!」

「このご恩は、一生忘れねえッ!」



 手の平も地面に揃えて、深く頭を下げて感謝の言葉を告げた。



「ちょっと、メルウちゃんもマズナさんも顔をあげてよぉ――」


 ユーアはそんな突然の行動に驚き、慌てている。



「ね? これでわかったでしょう、ユーア。ユーアはこんなに皆からお礼を言われて、認められて、それでも違うって言うの?」


 私は意識しながら少しキツイ言い方をする。

 これもこれからのユーアの為だと思って。



「スミカお姉ちゃん……」

「っ!!」


 それを聞いたユーアは黙って下を向いてしまう。


『……ううっ』


 や、やっぱり言い過ぎたのかな?


 どうしよう? これでユーアに嫌われたら……

 何だか私が泣きたくなってきたよ。


 もし『スミカお姉ちゃんなんか大っ嫌いっ!』

 なんて言われたら、10年は引きこもれる自信があるよ。



 スッ


「………………」


 そんなユーアは静かに二人の前で腰を降ろす。

 その表情は俯いているのでわからない。


 でも―――



「メルウちゃん、マズナさん、こんなボクでも二人のお役に立てて嬉しいですっ!」



 顔を上げたユーアの表情は、屈託のない向日葵の様な笑顔だった。


「本当にありがとうなッ! ユーアさんッ!」

「本当にありがとうなのっ! ユーアお姉さんっ!」


「うんっ!」


 その笑顔を見て笑顔で答える親子。

 これで今回の件は、ユーアの自信にも繋がったと思う。



 こうして、ユーアのお願いから始まった、大豆工房◎出張所での救援作戦は終了したのであった。


 これから先もこの親子は、家族で助け合いながら頑張っていく事だろう。



※※※※





「そういえばさぁ、あの『空宙ネコ姉妹』可愛かったなぁ~~」


「おう、そうだなっ! おれは黒ネコが好みだったっ! あの長い黒髪が良かったなぁ! ちょっとキツメな目も。それと黒に映える中味の『白』も」


「そうかぁ? 俺は、やっぱり灰色ネコのショートの子が良かったっ! 目がくりくりしててさぁ!」


「いいや、三毛猫一択だろうっ! あの小動物みたいな動作や背格好。可愛かったなぁ~」



 一部のそっち方面の人たちで『空宙ネコ三姉妹』のファンクラブができるのは、もう少し後かもしれない。


 あと、スミカはようだ。


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