ガナット・レティー 7

 ダハバラナ湖の南側に大きく広がる巨大な森林。それがいま俺たちの目の前に広がるダハバミカ大森林、通称、妖精の庭だ。


 その可愛げのある呼び名とは対照的に、太く背の高い草木が無数に生い茂り、むせ返るような深い緑に覆われている。

 もう何度も訪れているのだが、常にうす暗く視界が悪いこの場所は、なんだか薄気味悪さがあり緊張感が手放せない。


 それほど危険な魔物は生息していないが、死角や生き物の気配が多く、索敵をナチ一人に任せるのは酷な環境だ。

 ここでは俺もいつも以上に神経を尖らせ、周囲を警戒する必要がある。そういう部分も含めて、あまり好きになれない場所だった。


 ここに限った話ではなく、普段からオルトのサーチとナチの索敵を併用したい場面は結構多い。それなら不意打ち対策は万全だし、魔物との偶発的な遭遇もぐっと減らせるだろう。


 しかし、オルトはうちのパーティーで貴重な魔法戦力だ。

 索敵で消耗しすぎて、いざ戦闘で役に立たないなんてことになったら目も当てられない。俺の索敵で代用できる状況なら、オルトの魔法はできるだけ温存しておきたいのだ。


 それにある程度知能が高かったり魔力に敏感な魔物は、自分がサーチの範囲に入ったことに気付いてしまう。

 そうすると、逆に敵を呼び寄せるなんてことにもなりかねない。


 さっきまでいた水牢洞窟では、不意打ちや挟み撃ちを一番に警戒していた。そのためサーチ頼りの索敵になっていたが、普段は敵と味方が互いの存在に気付いている状態で、敵の正確な数や配置を確認するために使うことが多い。


 正直なところ、サーチの的確な使用方法はまだ手探りな部分が大きいのだ。


 俺は周囲の警戒を続けながら、腰に手を当て背中をぐっと伸ばす。

 この辺りが気の抜けない場所なのは確かだが、それでもさっきまでいた洞窟内に比べれば開けているし、あのうす暗いじめじめした空間から数時間ぶりにでてくれば解放感もある。


 それはみんなも同じなのだろう。オルトがコキコキと派手に首を鳴らすと、ナチは周囲を見渡しながら身体を左右にひねり、バドもぐるんぐるんと大きく肩を回していた。


 そうやって一通り身体をほぐしたところで、オルトがこちらに顔を向ける。


「んじゃ、どこで休む?」

「ん? そうだな、いつもの場所でいいんじゃないか」


 俺がそう答えると、みんなが一斉に同じ方向へ歩き始めた。


 俺たちが明水露鉱石採取の依頼に取り掛かり始めてからの七日間、採掘場所は一度替えたが休憩場所は毎回同じ場所に決めていた。

 オルトだって当然それは承知しているはずなのだが、休憩の度にこうして場所の確認をしてくる。


 それは休憩場所に限ったことじゃない、オルトはことある毎にこうして俺に判断を求めてくるのだ。

 それにはパーティー全体の認識を統一するという意味合いが強いのだろうが、別の目的もあるんじゃないかと思っている。


 ようするに、俺がリーダーであるということの再確認なのだ。しかもそれはメンバーに対してではなく、俺に対しての確認だ。


 オルトはよく、俺にリーダー然とした態度を求めてくる。その代わりに、俺をリーダーとして立ててくれる場面も多い。


 それはありがたくもあるけど、正直そういうことをされるたび精神的疲労が蓄積していく。できれば止めて欲しいが、必要なことだと理解もしているからなかなか止めろとは言いづらい。

 これもリーダーとしての、小さい悩みの一つだったりする。


 そのまま少し歩いていると、途端に草木が少なくなってくる。

 さっきまで俺たちがいた場所は森林の端の方で、あれだけ深い緑に囲まれていてもまだまだ浅いところだった。


 最深部近くは行ったことがないが、こんなものじゃないらしい。

 この大森林は非常に広大で、少し深いところに入っただけですぐに道が分からなくなってしまう。

 そして一度迷ってしまうと妖精の案内がなければ帰ってくることができないと言われていて、それが妖精の庭と呼ばれる所以なのだ。


 毎年新人を中心に、一定数の遭難者後を絶たないような場所だ。だから俺たちがここに訪れる時には、毎回知られたルートのみを通ることにしている。


 そこからさらに歩を進めると、木々の間からダハバラナ湖の姿がチラリと見えた。そこで俺はふと思い立ち口を開く。


「そうだ、この辺でスラ――」


 そう言いかけた刹那、カサリと小さな音が耳に届いた。

 風が草木を撫でる音だと言われば、その通りだと聞き逃してしまうかもしれない。しかし、そこに混じる違和感を見逃さないものがいた。


「止まって」


 さっきまでのだらしなさが嘘のようなナチの鋭い声音に、みなが瞬時に警戒を強める。

 ナチに数秒遅れてその気配に気付いていた俺は、いち早く剣を抜き警戒対象と向き合っていた。


「…グランドビートル、スネイルイーター種か」


 木の陰から覗いた顔に呟きつつ、俺は一瞬気が緩む。


 グランドビートルは、地面を這いまわる虫獣類ちゅうじゅうるい・甲虫系の総称だ。木に隠れて全身は見えないが、頭部の大きさから全長2メートルほどだろう。

 こいつはスネイルイーターと呼ばれる種類で、大型のカタツムリを主食にしている肉食性だ。小動物や人を襲うこともあるが、大きさ的に等級は高くて8前後というところだろう。


 ド新人なら痛手を負うこともあるだろうが、俺にとっては大した脅威じゃない。


 とはいえ、スネイルイーターの太く鋭い顎は油断をすれば肉を裂き食いちぎられる。俺はすぐに気を引き締め直すと、視線を前方に固定したままパーティーメンバーに声をかけた。

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