ガナット・レティー 5

 俺の防具は鱗獣りんじゅうの鱗を加工した、スケイル系素材が中心だ。頭部から首を覆うスケイルヘルムは部分的に鉄板を使用し、前面が上下に開閉可能な作りになっている。

 首から下は剣を構えたとき前になりやすい左側を広く覆い、右側は少しだけ軽装にしている。スケイル系の防具は通気性がよく、それだけでも装備したままの動きがぐっと快適になるのだ。


 俺は兜を拾い上げながら、鎧の隙間からどうにか風を送り込もうとしているナチに目を向ける。


「脱ぐなよ? いきなり全裸になられたら混乱したのかと思う」

「いや脱がないから、馬鹿なんじゃないの? ってか、脱いだとしても全裸にはならないし」

「なら良かった。早く準備しろよ、休憩なくなるぞ」


 そう言って俺が急かすと、ナチは不満げに口を尖らせながら毛皮のフォールズを拾い上げた。


 ナチの防具はレザー系素材が中心になっている。頭部全体を覆うレザーヘルムの額部分を鉄板で補強し、顔は目の周りを広く開けたレザーマスクで視界確保を優先している。

 重ねたレザーをベースにした胸当ての一部にも鉄板を使用し、腰は毛皮のフォールズで覆っている。腕と脚、胴に関してもレザー系の素材が中心で、肘から手首までとすね部分を鉄の防具で覆っているが、全体的に敏捷性を優先した作りになっている。


 フォールズを巻いたナチはレザーマスクを手に取ると、少し考える素振りを見せてから自分の袋にしまい込む。

 休憩中は水を飲むし、多少の固形物を食べたりもする。すぐ外すことになるであろうマスクをつけても、あまり意味がないと判断したのだろう。


 オルトは一人フル装備のままだったので、周囲の警戒を続けながら俺たちの準備が終わるのを待っていた。

 するとまた暇になったのか、ニヤッと笑ってから口を開いた。


「まぁ、女の裸が目の前にあったら楽しく仕事できるかもな」

「ふざけんな、お金とるからね」

「おいおい、ずいぶん自信あるんだな? 無料なら見てもいいけど、金払ってまで見たいもんじゃねぇだろ」

「はぁ!? 見たことないくせになにが分かるのよ!」


 オルトの言葉が的確に逆鱗を打ち抜いたのか、ナチの怒りが一瞬にして頂点に達した。

 つるはし片手に鬼の形相でナチが詰め寄ると、オルトは挑発的な笑みを浮かべたままサッと身構える。


「いや、水浴びの時とかたまに見てるだろ」

「そんなのは見たって言わないのよ」

「なんだ、ベットの上じゃないとカウントしないのか?」

「はぁーーーーー!?」


 また始まってしまったが、今度のはいつも通りの見慣れた喧嘩だった。さっきと違って不味い雰囲気はなく、今の俺にはむしろホッとする光景ですらある。


 俺が盛り上がるオルトとナチを眺めながら、これだけ元気ならこいつらは休憩いらなそうだな~、なんて思っていると、いち早く準備を終えていたバドが慌てて二人を止めに入る。


「ちょ、ちょっと、ナチルナさん、つるはしそれはまずいですよ」

「どいてバド、こいつの頭掘り返してやる」

「はっはっはっ、やってみろ」

「オルトさんもやめてください、ナチルナさんもつるはしそれ置いて! ちょっと、ガナットさんも止めてくださいよぉ」


 これもいつもの光景だ。さっきは動けずにいたバドだが、普段はこうして二人の喧嘩を率先して止めに入る。

 別にちゃんと任命したわけじゃないが、俺があまりにも放置していたらいつの間にかバドの役目になっていた。


 しかし大抵は止めることができず、結局こうして俺に助けを求めてくるのだ。


「え、やだよ。こいつらの喧嘩止めに入るとこっちまで巻き込まれる」

「そんなぁ、僕じゃこの人たち止められないんですから」


 ヘルムでバドの顔は見えないが、泣きそうな声で必死に懇願してくる。恐らくヘルムの下では、いつもの困った苦笑いを浮かべているのだろう。


 問題児二人のお願いなら無視するが、いつも苦労を掛けているバドのお願いは聞いてあげたくなってしまう。


「はぁ…、仕方ないな」


 俺は小さくため息をつくと、向かい合う二人の間に割って入る。


「オルトー、いい加減にしろよ。あんまりナチをからかうな」

「あー、はいはい。分かった分かった」

「ナチも落ち着けって、いつのも冗談だろ」

「冗談で済むことと済まないことがあるでしょ!」


 ナチは怒りを露わにすると、握りしめていたつるはしをブルブルと震わせる。なかなかご立腹な様子だ。


 正直なところ、こういういじり方でナチがここまで怒るとは思っていなかった。ナチも女性だということだろう、長年一緒にパーティーを組んでいても知らないことはあるものだ。


 新たな発見はリーダーとして収穫ではあるが、今のナチをどうなだめたらいいのかよく分からない。女性の尊厳を踏みにじられて怒っているのだから、そこを認めればいいのだろうか?


 自信はないが、試してみる価値はあるだろう。


「あー……、うん。俺はナチの裸なら金払ってでも見たいぞ」

「は? ………は!? なに言ってんの!?」


 試してみたら、ナチが顔を真っ赤にしてつるはしを振り上げた。そのままこっちにジリジリと詰め寄ってくる、どうやら狙いが俺に移行したらしい。


 いまのは完全に失言だった。

 どうにも判断力が鈍っているようだ。気付いていなかったけど、俺も想定以上に疲れが溜まっていたらしい。


 やはり疲労の度合いを的確に把握するのは大切だ。今後はもうちょっと注意して、適度に休憩を挟むようにしていこう。

 

 俺は迫り来る危機から距離を取りつつ、そう心に誓ったのだった。

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