冒険者という職業 3

「これで本依頼の受注手続きは完了致しました、ほかに御用件はございますか?」


 必要事項の記入を終えミリエラが尋ねると、ガナットは待ってましたというような顔をして受注した依頼書を指で差す。


「これって現場まで結構距離があるじゃないですか。だから移動中に別の依頼もこなせればと思うんですが、なにか良い依頼ありませんか? 貼りだされてるやつにはめぼしいのがなくて」

「そう、ですね…、少々お待ちください」


 ミリエラはガナットの要求に少し考えるような素振りを見せると、また席を立ち今度は裏の事務所へと消えていく。

 それから少しして戻ってきたミリエラは、一枚の依頼書を持っていた。それをガナットたちから読めるように半回転してカウンターに置く。


「当ギルドからの依頼なのですが、こちらはいかがですか?」

「おー、ギルド依頼か、限定付きですか?」


 ギルド依頼とは、そのまま冒険者ギルドがだす依頼のことだ。

 実際は国や上級貴族などから領地内の問題解決を求められたギルドが、ギルドの依頼として冒険者を募る場合が多い。


 そういった依頼はおいしい内容のものが多いのだが、受注するために特別な限定条件がだされる場合があるのだ。


「いえ、限定は付いていないのですが、できれば信頼できる方にと思いまして」

「そうなんですか、そう言ってもらえると嬉しいですね」


 そんな会話をしながら、ガナットは依頼書に目を通す。

 限定条件は付いていないが内容は悪くないものだったようで、確認を求められたパーティーメンバーも一様に頷いていた。


 通常、重要度の高い依頼はすぐに貼りだされるのだが、なかには重要度が高くても貼りだしを控える依頼がある。

 ギルド依頼の多くはそういったもので、こうしてギルド側から信頼できる冒険者に直接声をかけるのだ。


 レーテルの冒険者ギルドには、現在Dランクだけで二千人近い冒険者が所属している。その中から受付の副主任を務めるミリエラが選んだということは、ガナットたちのパーティーはなかなか高評価だということだ。


「それじゃ、この依頼も受けます」

「ありがとうございます。それでは手続きを行いますので少々お待ちください」


 思いがけず良い依頼を受注でき、ガナットたちはひっそりと盛り上がっていた。しかし浮かれた様子はほどほどに、すぐ真剣な表情へと変わっていた。


 こういった部分も、ミリエラが選んだ一つの要因なのだろう。

 どれほど優秀な冒険者であったとしても、必ず依頼を達成できる保証なんてどこにもないのだ。


 以前達成できた依頼を失敗することもあるし、小遣い稼ぎのつもりで受けた数ランク下の依頼を失敗することもある。

 舐めてかかった依頼が引き金となり引退した冒険者もいるし、対峙した魔物をこいつは雑魚だと侮り死んだ者もいる。どれだけ経験を重ねても、リスクがゼロになることはない。


 AランクやSランクに名を連ねるの冒険者であっても、一度も依頼を失敗したことのない冒険者の方が少ない世界なのだ。

 冒険者はみな失敗を重ねることで学び、成長していく。冒険者にできることは、ただ全力で備えることだけだ。


「本依頼の受注手続きは完了致しました、ほかに御用件はございますか?」

「あー…、いえ、大丈夫です」

「かしこまりました。お気をつけて、良い報告をお待ちしております」

「はい、必ず」


 カウンターを離れるガナットたちを見送る間もなく、ミリエラはすぐ次の冒険者の対応に追われる。


 ミリエラは、いままで何人の冒険者を送りだしたかなど覚えてはいない。

 だけど、最後の言葉はいつも本心で口にしてきた。


 どれだけ備えても失敗はする。

 どれだけ恐れても死ぬことがある。

 明日の保証すらありはしない。

 

 しかし、思わぬ成功に出会うことがある。

 確実な死を目前にして生還した者もいる。

 失敗を確信しながら、大金が転がり込むこともざらだ。

 

 どれが冒険者らしい経験なのかは一概に言えない。

 ただそれが、冒険者の日常なのだ。

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