第1話 運命



「う……ん……ここは……確か私はオークに……あ……あああああ!! ハッ!? ゆ、裕くん? 裕樹! 裕樹はどこ!? 」


 ホテルのベッドの上で目が覚めた女性が、生前の出来事を思い出し自らの身体を抱きしめながら絶叫した。しかしすぐに子供の存在を思い出したのか、身体を覆っていたシーツを跳ね除け全裸のまま我が子の名を呼びながらベッドから這い出ようとした。


「お母さん大丈夫よ。お子さんはほら、ゆっくり眠ってるわ。ちゃんと生きてるわ」


 そこへティナと獣人の女性たちが駆け寄り、女性をシーツで再び覆いながら隣のベッドを指差した。


 そこには3歳くらいの男の子が寝息を立てていた。


「ゆう……き……ああ……生きていた……良かった……裕樹……で、でもなぜ? 確かに裕樹はゴブリンのナイフで胸を刺されて……私もあの時オークに首を……」


「俺が生き返らせました」


 自分と子供の最期を思い出したのだろう。震えながら眠っている我が子を抱きしめている女性に、俺は蘇生をしたことを告げた。


「え? 生き返……あ……阿久津公爵様!? 」


 すると彼女は俺の存在に初めて気付いたようで、子供を抱きかかえながら床に膝をつこうとした。


 そんな彼女を俺は手で制しつつ口を開いた。


「そのままでいいです。俺は蘇生のスキルを持っているんです。これは【冥】の古代ダンジョンを攻略した時に手に入れたスキルです。それを使って今回ダンジョンから出てきた魔物に殺された方を蘇生して回っているんです」


「お母さん、本当のことよ? もう多くの女性や子供が生き返ったの。旦那さんや家族にまた会えるのよ」


「蘇生のスキル……そのようなものが……それで私たち母子を……あ……ありがとうございます阿久津公爵様……ううっ……またこの子を抱けるなんて……なんとお礼を言っていいのか……ありがとう……ございます……ううっ」


「礼など言う必要はありませんよ。領民の命を守るのが領主の努めです。俺はその努めを果たせなかった。多くの領民に、特に女性たちに地獄のような苦しみを与え死なせてしまった最低の領主です。蘇生はそのお詫びです。貴女の心の傷が癒えるまで、全力でサポートさせてください。これは領主として貴女を守れなかった俺の償いなんです」


 俺は泣き崩れる女性の前に膝を付き、そう言って頭を下げた。


「そんな阿久津様のせいでは……ううっ……ありがとうございます……ありがとうございます」


「この病院には女性しかいませんから。何かあったらいつでも呼んでください。ご主人やご家族の方には生きていることは伝えていません。心の整理がついた頃に貴女から伝えてください」


 オークが街に溢れた時にSNSで広まった動画はかなりの数を削除したが、それでも一度出回ってしまった動画を完全に削除することは不可能だ。


 その動画には女性たちがオークに犯されている物も少なくないわけで……


 だから俺は女性を蘇生する際に家族には知らせていない。それは彼女たちが決めることだから。


「……はい」


「帰りたくないと言うなら新たな戸籍を用意しますので、この九州で第二の人生をお子さんと歩むこともできます。貴女がどんな選択をしても全力で支援しますから、ここにで働いている女性たちになんでも相談してください」


「阿久津公爵様……お気遣いありがとうございます」


「いえ……では俺はこれで」


 俺はそう言ってティナと共に病室を出た。


 ふぅ……今までやったどんな蘇生よりもキツイな。



 三日前。ラウラとアメリカの魔物の殲滅を終え日本に戻ってきた俺は、各地から集められ冷凍保存されている領民たちの蘇生作業に取り掛かった。


 どうしても世界中に拡散した動画の削除や、被害女性のための施設を用意するのに時間がかかってしまい遅くなってしまった。


 それでやっと沖縄に離島にあった廃墟ホテルを改修し終えたので、蘇生を始めることになった。ここ以外にも同じ島やほかの島にある廃墟ホテルも改修しているので、今月中には亡くなった女性や子供たちの全員分の病床は確保できる予定だ。


 女性以外の各地から冷凍し運び込んだ十万を越える領民の遺体は、全て南九州にあるチルドセンターに安置してある。これらは女性と子供の蘇生を終えたら順次取り掛かるつもりだ。


 ちなみに勇敢に戦った兵士や自警団の者たちは、桜島の倉庫に運んでまとめてすでに蘇生した。生き返った兵たちは『本当に約束を守ってくれた! 魔王様バンザイ』とか言ってはしゃいでたけど、自警団の者たちはゾンビになったと思ったのか絶望した表情をしていた。そんな彼らにゾンビになったら意識なんてあるわけないだろと言ったら、本当に生き返ったんだと泣きながら喜んでいたよ。


 生き返った者全員があんな反応ならいいんだけどな。だがひどい目にあった女性はそうもいかない。オークに犯されただけではなく、抵抗して殺された記憶を持つ女性は蘇生しても恐怖で錯乱したり、なぜ生き返らせたのと。死なせてくれなかったのと泣き叫ぶ女性も少なくなかった。そして中には俺の目の前で命を絶とうとする女性も……


 さっきのように子供を持つ女性はまだいい。少なくとも再び子供を抱くことができて喜んでくれているのだから……


 そんなことを廊下を歩きながら考えていると、隣を歩いていたティナがくるりと回って俺の前に立ち話しかけてきた。


「コウ? また色々考えちゃってるのね? 」


「ん? ああ……本当に生き返らせてよかったのかななんてさ」


「ゴブリンやオークに犯されて殺されずに救出された女性もたくさんいるわ。彼女たちだけではないのよ……私たちには彼女たちが立ち直れるように支援することしかできないの」


「そうなんだけどさ……」


 確かにゴブリンやオークに殺された女性より、犯されて生き残っている女性の方が圧倒的に多い。彼女たちは軍が保護し、身体に残る魔物の体液を洗浄したあと各地の保養所で療養している。彼女たちの中にも命を絶とうとする女性が少なくないと報告を受けている。


 だから俺はすぐに動画の削除を命令し、新しい戸籍を用意するなど救済策を考えた。それにより命を絶とうとする女性は減りはしたが、それでも彼女たちの心を救うことはできない。


 魔物が街に溢れ、すぐに軍を派遣した。できることは全てやった。でも目の前で生き返ったのに死のうとする女性を目の当たりにして、本当に蘇生してよかったのか悩むことになった。


 あんなに苦しませるなら、死なせたままでいたほうがよかったんじゃないか? 死は救いでもあるんじゃないか? 


「もうっ! 貴方はできることを全てやったわ! あとは女性たちが乗り越えることよ。生きている限り逃れられない不幸が襲い掛かることもあるわ。でもコウのように手を差し伸べてくれる人がいる限り、乗り越えることができると私は信じている。大事なのは彼女たちをずっと気にかけてあげること。あとは時間が解決してくれるわ。セレスティナたちだって乗り越えたじゃない。だからきっとあの人たちも大丈夫よ」


「そうか……そうだよな」


 確かにセレスティナやオズボードの元妻たちは、あれだけひどい目に遭ったのに今は笑顔でオリビアと一緒に仕事をしている。


 サポートと時間か。


 俺が蘇生したあの女性たちも、いつかセレスティナたちのようになってくれるといいな。そのためにはサポートをする人員を増やさないとな。セレスティナたちにも手伝いを頼もうかな。


「ふふっ、前向きになった? 」


「ああ、うじうじ考えていても仕方ないしな。やれることをやろうと思う。今日の蘇生はこれくらいにして、ちょっと帝国本土の領地に行ってセレスティナたちに応援を頼んでくるよ」


「それはいいわね。ついでに領地を巡回してきなさいな。転移装置を設置して以来、領館と悪魔城を往復しかしてないんだから、領民とあっちの軍に顔を見せてきなさい。そうすれば兵も引き締まるから。子供に怖がられるからって避けてたらだめよ? 」


「うっ……わかったよ。領都を巡回してくる。お昼もあっちで食べてくるから」


 俺はティナに図星を突かれて渋々と頷いた。


 領都の兵といい住民といい、俺を魔王だなんだと化物を見るような目で見やがるんだよな。子供にまでそういう目を向けられるのがどれだけショックか……てか魔人に言われたくねえっての!


「ふふふ、いい子ね。たまにはゆっくりしてらっしゃい。ずっと働き詰めなんだから」


「それはティナも同じだろ。本当に助かってるよ」


 悪魔軍との戦い以降、彼女たちは休み無く働いている。


 メレスも魔帝が帝城に行ってる間、こっそり来て手伝ってくれている。


 軍には交代で休みを与えているというのに、彼女たちは文句も言わず働いてくれているんだ。


「いいのよ。だって私たちの領地なんですもの」


「そうか。さすが俺の婚約者たちだ。すべてが終わったらちゃんと式を挙げるから」


 魔王をぶっ倒したらさすがにもう何も起こらないはずだ。結婚して幸せな家庭を築くんだ。


「ええ、白亜の宮殿でね♪ 」


「うっ……ガンバリマス」


 復興費用とダンジョンの壁を分厚く頑丈な物に替えるために、また大量の領債という名の借金をしちまった。まあルシオンを脅して無利子で買わせたから元金だけ返済すればいいんだけどな。それでも借金は借金だ。


 でも返すアテはあるから大丈夫だ。時の古代ダンジョンにも挑むし、魔界に希少金属が山ほどあることは間違いない。それに魔王が貯めているお宝もたくさんあるはずだ。それらを売れば借金の返済をしたうえで、白亜の宮殿くらい建てるのは余裕だろ。


「ふふっ、冗談よ。貴方の妻になれるなら式場なんてどこでもいいわ」


「そこまで言われたら建てないわけにはいかないな。まあ見ててよ。領の借金も全部返済してでっかい宮殿を建ててみせるから」


 魔界で略奪……じゃなくて賠償金を手に入れて俺の甲斐性を見せてやるぜ!


「もう……冗談なのに。でも嬉しい」


 ティナはそう言って俺の胸に顔を埋めた。俺はそんな彼女を抱きしめキスをしたのだった。


 その後、ホテルの地下に設置した転移装置を使い二人で悪魔城に戻り、ティナと別れた俺は再び帝国本土の公爵領に繋がる転移装置を使い領館へと転移した。



 ☆☆☆☆☆☆



「あれ? セレスティナ。オリビアは? 」


 領館の最上階の転移室から出た俺は、オリビアに会いに領主代理の執務室へと向かった。


 しかしそこにオリビアの姿はなく、秘書のセレスティナが彼女の代わりに執務をしていた。


「あ、アクツさん。オリビアさんは先ほど帝城の夜会に出掛けましたよ? 聞いていませんでしたの? 」


「あ〜今日だったか。忘れてたよ」


 そういえば先週に夜会があるとか言ってたな。魔帝の野郎。こっちは戦後処理で大忙しだってのに、悪魔を退けた祝いだとか言って頻繁に夜会を開催しやがって。


「うふふ、アクツさんもお忙しいですからそういう時もありますわ」


「あはは、フォローをありがとう」


 それにしてもセレスティナの笑顔は柔かくなったな。ティナの言っていたとおり、時間がある程度解決してくれるもんなんだな。


「どうかしました? 私の顔になにかついてます? 」


「いや、元気になってくれてよかったなと思ってさ。ありがとう。セレスティナたちのおかげで救われたよ」


「そんな……救われたのは私たちの方ですわ。アクツさんがオズボードから私たちを助けてくれて、こうして立ち直る場所を用意してくれただけではなく、私たちが働きやすいように領館も住居でさえ男子禁制にしてくれたんですから。おかげで少しずつですが、男性と接することが苦にならなくなってきました。本当にありがとうございます」


 セレスティナはそう言って椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。


「俺はできることをしただけさ。立ち直れたのは君たち自身の力だ。セレスティナ。これからもオリビアを近くで支えて欲しい」


「アクツさん……はい。オリビアさんの力になれるよう努力いたしますわ」


「ありがとう。あ、そうそう。オリビアを支えてくれって言っておいてなんだけど、今回の日本に魔物が溢れた件で被害にあった女性たちがいてさ。できれば彼女たちの相談に乗ってあげてほしいんだ。転移装置は設置しておくから、時折顔を出してあげてくれないかな? 」


「そのお話は聞いております。皆でなにか力になれないか考えていたところです。私たちで良ければ是非お手伝いさせてください」


「ありがとう。助かるよ」


 良かった。彼女たちがついてくれれば被害にあった女性たちも少しは気持ちが楽になるだろう。


「お礼なんて必要ありません。私たちがアクツさんやオリビアさん。そして静音さんにしてもらったことですから」


「そうか……なら頼むよ。そういえば静音はどうしてる? 」


「映像の編集をするとかで、特別休暇を交代でとって24時間編集室に籠もってますわ」


「映像の編集? 何も頼んでないんだけどな。またBL系の物でも作ってるのかね? 」


 そういえば映画を作るとかなんとか言っていたようないないような……まあ休暇を利用してやってるならいいか。


「うふふ、静音さんも皆さんも目に大きなクマを作ってまるでゾンビのようでしたわよ? 」


「ハハッ、いつも通りってことか。さて、それじゃあ俺はちょっと領都を見回ってくるよ」


「ふふっ、そうしてください。アクツさんの顔を見たら兵も引き締まりますから」


「あはは、ティナにも同じことを言われたよ。じゃあ行ってくる」


 俺はそう言って執務室の窓を開け、飛翔のスキルを発動し領都の上空へと飛び立った。



 ☆☆☆☆☆☆



 チッ、どいつもこいつも青ざめた顔で俺を見上げやがって。


 俺は領都の上空を低空で飛行しながら、俺の姿を見るなり蜘蛛の子を散らすように建物の中に入る領民や、青ざめた顔で見上げる領都防衛隊の兵の姿に舌打ちした。


 あーあ。本当なら今ごろオリビアと執務室の隣の部屋にあるベッドでいちゃついてたはずなんだけどな。


 夜会のことをすっかり忘れてたよ。


 まあオリビアが俺の代わりに行ってくれて、貴族たちのとこに仁科たちが潜入するキッカケを作ってくれているから悪いことばかりじゃないんだけどさ。


 そういえば仁科は本当に変わっちまったよな。なんか殺伐としているっていうか、深い闇を背負ってるような雰囲気なんだよな。やたらオークを目の敵にしているようだけど、やっぱりダンジョンから出てきた魔物を討伐する時に何かあったんだろうな。でも何があったのか和田も飯塚も口を閉じて教えてくれないんだよな。


 そういえば和田もルシオンの愛人になったのに、突然捨てられたとか言って荒れてたな。なんでもルシオンがどこからか連れてきた女性に愛人の座をあっさり奪われたらしい。


 わざわざ俺のところまで来て、あんな女より私のほうが綺麗なのになんでよ! って女の姿でそりゃあまあ荒れてたよ。そんな和田を前に俺は、もうコイツは男じゃなくなっちまったんだなとしみじみと感じた。


 しかしあの単純馬鹿ルシオンなら余裕だと思って和田の部隊を送り込んだんだけどな。まさか一度愛人にした和田を捨てるとはな。でも姿を自由自在に変えれる和田より夢中になる女ってどれほどの美女なんだろ? 少し気になるけどまあいいか。


「さて、次は繁華街に行くか」


 表通りをひと通り見回った俺は、次に外壁近くの酒場や娼館があるエリアへと向かうのだった。






 ――テルミナ帝国本土 阿久津公爵領 領都 繁華街 サキュバス族 カリーナ家三女 ルリア・カリーナ――




「それでシン。領館には入れそう? 」


 酒場の二階の個室で、私は向かいに座るインキュバスへと偵察の結果を聞いた。


「それがダークエルフの姿があり、とてもではないですが侵入することは不可能かと」


「ダークエルフが!? 」


 私はシンの言葉に唇を噛んだ。


 クッ、ここにもエルフ種が……不味いわね。エルフやダークエルフが使役する精霊には私たちの幻影魔法が通じない。ご先祖様も精霊のせいで、あと一歩というところで魔人に見破られ魔界に戻らないといけなくなったと聞いたわ。


 ダークエルフがいるんじゃインキュバスに領館を警備している女の兵士を籠絡させ、私が中に入りこむのは難しいわね。入った途端にバレそうだわ。


 入口の警備の兵も中で働く者も全員女ばかりだと聞いたから余裕だと思ったのに……


 こうなったら深夜に空から領館に侵入して中で働く女に姿を変えて……は、かなり危険ね。あの領館はほとんど城みたいだし。しかも警備の兵の数が異常に多い。領都の門を守る兵の数倍はいるわ。それにこれでもかって数の砲台をあちこちに設置してるし。


 私は酒場の窓から見える領館を見て、その厳重な警備と装備を前に空から侵入することは難しいと感じた。


 結局ここもアクツの本拠地サクラ島と同じで侵入不可能というわけね。


 そもそもなんでサクラ島に行く手段が、エルフの森から発着する飛空艦のみなのよ。しかもエルフが操縦しているらしいし。そんなの乗れるわけないじゃない!


 かといってこの大陸から海を超えて、サクラ島に飛んでいくのも無理だわ。そんなに長時間飛べるわけないし。


 だからこの大陸にもあるアクツの領地に来たというのに……領都の住人からアクツがたまに来ると聞いて、領館で働く女に化けて忍び込もうと思ったのにこれじゃあ計画が台無しだわ。


「ルリア様。もう諦めてはいかがでしょうか? アクツというニンゲンは聞けば聞くほど化物のような男。この街のどの住人もアクツのことを魔王だと言って恐れています。血は薄くなっているとはいえ魔族である魔人にそこまで言わせるのです。もしも捕まりでもしたらどんな目にあうか……」


「なっさけないわね! アクツが魔王様と同等なはずないでしょ! どれだけ強くてもしょせんはニンゲンの男よ! 会えさえすれば私が虜にしてみせるわ! 」


 ほんと、インキュバスの男はなよっちいわね。魔力も私たちサキュバスより少ないし。魔人のいる世界だから役に立つと思って繁殖場から連れ出してきたけど、全然役に立たないんだから。


 しょせんは種馬よね。


「で、ですがルリア様。ヒルデガルド様は、魔人の王のいる城への侵入に成功したと連絡がございました。バルバラ様もこの隣領のルシオンという魔人の王のひ孫である男をすでに虜にしたとも。ルリア様がアクツを籠絡せずとも、魔人の国を混乱させるにはもう十分ではないかと思います。ここはヒルデガルド様と合流し、城に出入りする上位貴族を籠絡した方がより効果的かと」


「嫌よ! 私はアクツを籠絡すると決めたの! ここにいればいずれ姿を見せるわ。時間はまだ1年近くあるんだし。それまでここで待ち続けるわ」


 あれだけお姉様たちにタンカを切っておいて、今さらできませんでしたなんて言えるわけが無いわ。絶対にアクツを籠絡してお姉様たちに私のことを認めさせてやるんだから。


「1年ですか……手持ちの資金はそこまで保ちませんが……」


「うっ……」


 失敗したわ。まさか潜伏していた街で集めた紙のお金が使えないなんて……あの街では使えたのに、ここでは金貨とか銀貨しか使えないのはなんでなのよ。


 なんとか魔界から持ってきた貴金属を売って金貨に替えたけど、とてもじゃないけど1年もこの街の宿に滞在できるほどの金額じゃないわ。


 こうなったらこの街の住人を殺して入れ替わって……駄目よ! そんな盗賊みたいなことを誇り高きサキュバス族の族長の娘ができるわけないわ! 


 ならその辺の男を籠絡して居候を……うっ……それも嫌。お金のために体を売るなんて、それじゃあ私が娼婦みたいじゃない。私のこの身体を使って籠絡するのはサキュバス族のためになる事にだけ。私はそんな安い女じゃないんだから!


「仕方ないわね……シン。なにか仕事を探してきて。この街で二人で働きながらアクツが現れるのを待つわよ」


 仕方ない。働いて稼ぐしか無さそうね。サキュバス族の族長の娘の私が魔人の下で働くなんて……屈辱だわ。


「滅ぼすべき敵である魔人の下で働くのですか? 」


「なによ! 私だって嫌よ! つべこべ言わずに高給でずっと座っているだけで、誰とも接触しない仕事を早く探してきなさい! 」


「それは仕事なのでしょうか……」


「そうよ! 私の美貌ならいるだけでお金になるはずよ。いいから早く探してきなさい! ちゃんと絶世の美女だと伝えるのよ!? 」


「……はい」 



「なによあの顔。本当に頼り甲斐がないんだから」


 私は肩を落としながら個室から出ていくシンの後ろ姿にそう愚痴った。


「あーあ。働きたくないなぁ。それもこれもアクツがとっとと現れないのがいけないのよ。ほんと、いつ現れるんだろう……」


 そうボヤきながらテーブルに肘を付き、顎に手を当てながら窓の外を眺めていた時だった。


 領館を横切るように飛ぶ人影が私の視界に映り込んだ。


「え? 人? 人が飛んでる? 翼もないのにいったいどうやって……ん? 黒い髪? ハッ!? まさか!? え、えーと……た、『鷹の目』! あ……間違いない……あの平べったい顔はアクツだわ! 」


 私はこの街では見かけない黒い髪の人影にまさかと思い、遠くを見ることのできるスキルを発動した。そして私の目に飛び込んできたその顔は、テレビで見たアクツその人だった。


 ツイてるわ! まさかこんに早く出会えるなんて! これはもう運命ね! アクツは私に籠絡される運命なんだわ! 


 こうしてはいられないわ! すぐに行動しないと逃げられる!


 私は急いで酒場の一階に降り、アクツを呼び込むため行動に移るのだった。


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