第21話 アルプス山脈の決戦 後編
——スイス アルプス山脈 アバドン族軍 副官 ナンシー ——
戦場から逃げ出した私たちは、凍てつく空気を切り裂きながら魔界の門がある山へと向かっていた。
眼下には緑に包まれた山々が広がっており、山の谷にある川の先には魔界の門のある雪山が見える。
距離にして十数キロ。空を飛べる私たちであれば、本来ならあっという間に着く距離だ。
しかし後方から迫る黒いドラゴンの背にいる黒髪の男の狙いから外れるため、私たちは大きく乱高下しながら進んでいる。
そのため思うように前に進めないでいた。
「ジャマル様! 後方に空間ができました! 上昇してください! 」
「クソッタレがぁ! 兵はあと何人残ってる!? 」
親衛隊長のダロスの進言に、ジャマルは苛立ちながらも急上昇した。
「ガーゴイルは全滅。アバドンの精鋭は親衛隊含め三千を切っております」
「グッ……2万近くいた精鋭部隊がたった数分で……化物が! 」
私の隣を飛ぶジャマルの顔からは、焦りと恐怖が覗き見える。
それはそうだ。戦うことすらできないまま一瞬で命を刈り取られるなど、鋼鉄の肉体と岩をも軽々と砕く腕力を持つジャマルにとって耐えられるものではない。
いい気味だわ。でもこのままでは時間の問題。そろそろ終わりにしなければ……
「ジャマル様。このままでは魔界の門に辿り着く前に墜とされます。地上に降りて森の中を進みましょう」
「地上にだと!? 徒歩であの山まで行けというのか? それじゃあ追いつかれちまうじゃねえか! このまま全力で飛べば間に合う! ダロス! 残った兵を俺を守るように列べろ! 残りの魔力を全て使い速度を上げる! 」
「……ハッ! 」
しかし私の提案は跳ね除けられてしまった。
こうなったら今行動を起こすしか……この混乱に乗じてなら成功するかも知れない。
私はそう考え腰に差した剣に手を掛け、並行するダロスに目配せをした。
私の目配せに気付いたダロスは黙ってうなずき、ジャマルとの距離をそっと詰めその死角に入った。そして右手に持つハルバードへ左手を添え、ジャマルへ向け振りかぶろうとした時だった。
「なっ!? なんだありゃあ!! 」
ジャマルが急に速度を落としそう叫んだ。
「ドラゴン……」
ジャマルの叫び声にダロスから視線を前方に移すと、そこには魔界の門のある山の手前に20頭以上のドラゴンが私たちを待ち受けていた。
どこに行ったのかと思ったらこんな所に……
最初から私たちが逃げることを読んで退路を塞いでいたのね。
「ジャマル様! 残り千を切りました! 」
ダロスが後方を見て叫ぶ。
後方からは黒髮の男が容赦なく同胞の命を刈っていき、前方には20頭以上のドラゴン。
これはもう完全に詰みね。
「ジャマル様。もう地上に降りるしかありません。このままでは魔王様に魔人が得た力を報告することができません。魔界のために! 我らが故郷のために貴方は生き延びねばならないのです! 」
私はそう言ってジャマルの腕を取り急降下を始めた。
「ナ、ナンシー!? クッ……ダロス! 地上に降りる! お前は俺と共に来い! 」
「ハッ! 親衛隊及びアバドン族の精鋭たちよ! ジャマル様の降下を援護せよ! 忠義を果たせ! 」
《《オウッ! 》》》
ダロスの号令に残りの精鋭と親衛隊は、降下する私たちの盾となりその命を散らしていった。
そんな彼らの犠牲のおかげで、私たちは無事地上の森に降りることができた。そして私たちは急いで木々の合間に潜んだ。
周囲を見ると私とジャマル。そしてダロスのほかに3人の親衛隊員しか残っていなかった。
「生き残ったのはこれだけか……」
「ジャマル様さえ生きていれば私たちの勝ちです」
「クッ……俺の軍団がまさか壊滅するとは……クソッ! クソッ! 」
ジャマルが悔しそうに近くにあった岩を拳で砕く。
「ジャマル様。速く移動しなければ、黒いドラゴンや前方にいたドラゴンの群れに見つかってしまいます。そうなれば森ごとブレスで焼かれるでしょう」
「それはわかってる! だがどうやってあの黒いドラゴンから逃れ、大量のドラゴンの下を抜けるってんだ? 」
ジャマルが空を見上げ言った。
木々の合間から黒いドラゴンが旋回している姿が見える。
「私に考えがあります。このチキュウには、私たちの顔に似た馬という生き物がいます。その馬と同じ姿になり移動すれば怪しまれることは無いでしょう」
認めたくないけど顔だけはそっくりだった。身体は私たちのように二足歩行ではないし、知能も低く言葉も話せないけど顔は本当に似ていた。
「馬だと!? この俺にニンゲンの家畜の馬の姿になれというのか! あんな服も鎧も身につけていない、下等な生き物の姿になるなど冗談じゃねえ! 」
「ジャマル様。ここには私たちしかおりません。私も親衛隊も鎧と服を脱ぎ屈辱を共に受けましょう。死んでいった同胞たちのためにも、どうかここは耐えてください。できなければ私も愛する貴方もここで死ぬしかありません。そして故郷の者たちも魔界も、あの黒髮の魔人とドラゴンに蹂躙されましょう。ジャマル様。私は死んでもいいです。ですが貴方だけは生きて……ううっ……欲しいのです……」
「ナンシー……クソッ! わかたったよ! 馬になりゃいいんだろうが! クソッ! クソッ! 魔人どもめ! いつかこの借りを万倍にして返してやるからな! オイッ! お前らも脱げ! 」
私の泣き落としが通じたのか、ジャマルは身につけていた全身鎧を脱ぎ始めた。私はその手伝いをしながらダロスに目配せをした。
ダロスは頷き、私と同じようにも親衛隊の鎧を脱がすのを手伝い始めた。
そしてジャマルの鎧を脱がし終えた時。背後から悲鳴が聞こえてきた。
『ギャッ! 』
『グアッ! 』
『た、隊長なにを! グフッ……』
ダロスがハルバードで生き残りの親衛隊の首を刎ね、そして胸に突き刺した。
そして鎧を脱ぎ終えたジャマルへと襲いかかった。
「ダ、ダロス!? 貴様どういうつもりだ! 」
ジャマルは足元に置いていたハルバードを瞬時に拾い上げ、頭上から襲いかかるダロスの斬撃を弾き返した。その表情は信じられないものを見るかのようだった。
「ジャマル。その命をもらい受ける」
「貴様ぁ! 俺を裏切るのか! 俺を殺して魔界に戻り四魔将になるつもりか! 主を見捨て逃げ帰ったお前が認められると思っているのか! 」
「そんな物に興味はない。興味があるのは貴様の命のみ! 」
「この野郎! ナンシー下がっていろ! この裏切り者をぶっ殺してやる! 」
「……はい」
私はジャマルの背後に移動し二人の戦いを見守った。
その圧倒的な力でアバドン族の王となったジャマルと、それに次ぐ力を持つと言われている親衛隊長のダロスの戦いは壮絶なものだった。
二人が振るう魔鉄製のハルバードは周囲の木々を根こそぎ倒し、そして岩を砕いた。
それは空から見たらすぐに分かりそうなものだが、それでも黒いドラゴンがここにやって来ることはなかった。
そして十数分後。ジャマルの振るったハルバードが、とうとうダロスの首を刎ね飛ばした。
「グッ……」
「!!! 」
私は一瞬ダロスの名を叫びそうになったが、唇を噛み締めそれをこらえた。
「ハァハァ……この裏切り者め」
ジャマルは腕や足。そして脇腹から血を流しながらもそう吐き捨て、ダロスの亡骸につばを吐きその場に座り込んだ。
「ジャマル様。ポーションをお持ちします」
私は剣を背に隠し、魔人の基地から回収したポーションを手にジャマルの背後から近づいた。
「ああ……チッ、まさかダロスが裏切るとはいったいどうなってやがるんだ。吸血鬼どもの策略か? 」
「いえ……それは違うでしょう」
私はそう答えながら心の中で、魔人の基地から回収した『身体強化』のスキルを唱えた。そして剣を両手で構え、ジャマルの背後から心臓めがけて一気に突き出した。
「あん? ならほかにどんな理由が……ガハッ! 」
「だって私が裏切るようにお願いしたのですもの」
深く突き刺し剣をえぐりながら、私はジャマルの耳元でそう答えた。
「ナ……ンシー……な……ぜ……」
「なぜ? 3年前に私の婚約者を殺しておいてどの口が言うの? あの時。目の前で最愛の恋人を貴方に殺され、そしてその亡骸の前で犯された時に私は貴方を殺すことを誓ったの。そのために貴方が唯一信用している親衛隊長を籠絡し味方につけた。フフフ、まさかこんなに早く実現するとは思わなかったわ。これであの人も浮かばれる」
胸から飛び出す刃を握りしめ、驚愕の表情を浮かべながら振り向くジャマルに私は満面の笑みを浮かべそう答えた。
「おれを……愛していると……嘘……だった……の……か……」
ジャマルは絶望した顔を私に向け、嘘だと言ってくれという口調でそう言った。
「どこの世界に目の前で恋人を殺した男を愛する女がいるというの? いえ、何でも力づくで手に入れてきた貴方には言ってもわからないわね。もういいわ、死になさい。そして魂となって魔界に戻り、私の恋人に詫びてきなさい」
ジャマルにそう告げた私は、剣を思いきり斬り上げその頭を真っ二つにした。
「はぁはぁはぁ……やった……ジャマルを殺した……仇を……あの人の仇を討てた。フッ……フフフ……アハハハハハハ! 」
地に染まった剣を投げ捨て、仇であるジャマルを殺すことに成功した私は狂ったように笑った。
そんな私の視界にダロスの首が映った。
私はフラつきながらもダロスの首の元へと向かい、そして拾い上げた。
「ダロス……ごめんなさい……私のためにこんな……ううっ……貴方を利用した私のために……こんな私を……愛して……うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 」
復讐のために利用した
私は……私のせいで愛する人を二人も殺してしまった。
「ごめんなさいダロス。今貴方の元に行くわ」
立ち上がりダロスの首を彼の身体に戻した私は、剣を拾い上げた。
そしてダロスの亡骸の横に座り、剣の刃を首にあてた。
その時。
突然前方の木の陰から男が現れた。
その男は黒髮で黒目で、そして全身真っ黒の革鎧を身にまとっていた。
そう、ドラゴンの背に乗っていた黒髮の男だ。
ああ……殺してもらえる。
私は楽に死ねると思い、その場で剣を下ろし目をつぶり死を待った。
「あ〜……なんというかそのぉ……おめでとう? 」
しかし死を待つ私に向けられた言葉は祝福の言葉だった。
☆☆☆☆☆☆
いやぁびっくりしたわ。
戦闘中に豪華な鎧を着たジャマルと思わしきデカイ筋肉ダルマの男のいる集団が逃げたから追い掛けてさ、ジワジワ追い詰めていったら森の中に逃げ込みやがった。
ヴリトラに乗って追い掛けるのも小回りが利かないから上空で待機させて降りてきたらさ、探知に反応のあった魔力が次々と消えていったんだ。何事だと思ってその場所に行ってみたら仲間割れしてるんだもんな。
どういうわけかジャマルと思わしき男は鎧を着てなかったんだけど、仲間に裏切られて殺される最期もお似合いだなと思ってさ。隠者のマントを羽織りながらスマホで二頭の馬の戦いを撮影してたんだ。
そしたら鎧を着た男の方の首が刎ねられて、鎧を着てんのに負けんなよと思っていたら、女性らしき馬頭がいきなりジャマルらしき男の後ろから剣を突き刺してビックリ!
二人の会話を聞いてると、どうやら仇討ちだったらしくてそれがまた酷い内容でさ。ナンシーって名前らしき馬頭に同情しちゃったよ。馬人間の世界も人間世界と変わらないんだなってさ。
それで復讐の協力者? の男の馬頭を抱きしめて泣き喚くナンシーの姿にもらい泣きしそうになっていたら、彼女が剣を拾い上げて首に添えて自殺しようしていたから慌てて隠者のマントを脱ぎ捨て姿を現したわけだ。
そしたら剣を下ろして見つめてきたもんだから、とりあえず復讐の達成おめでとうと言ったんだけど……
「はい? 」
「あれ? 空気読み違えちゃったかな」
俺はつぶらな瞳を向け首を傾げるナンシーを見て、掛ける言葉を間違えたことを察した。
「空気……ですか? あの……私を殺さないのですか? 」
「え? ああ……いや、そのつもりではあったんだけど、なんか可哀想になっちゃって」
そうか。剣を置いたのは俺に殺されようとしてたのか。そこにおめでとうなんて言われたら拍子抜けするよな。
「可哀想? そう……聞いてたのですね。ですが同情は無用です。私たちは貴方たち魔人を滅ぼすためにこのチキュウにやってきた侵略者。どうぞひと思いに殺してください」
「イヤイヤイヤ、俺は魔人じゃないから! 人族だから! 」
俺を魔帝と同じ魔人と間違えるなよ! 見てわかんねえのかな? いや、俺も馬の顔の見分けがつかないけど。このナンシーって子が女性なのも胸がなきゃわかんないし。
「ニンゲンがあれほどの力を……どうやら私たちは何も知らなかったようですね。しかしあのほどの超常の力を持つ貴方は本当にニンゲンなのですか? それに街にいたニンゲンより顔が平べったいような……」
「ぐっ……住む地域によって多少顔立ちの違いがあるんだよ」
悪かったな! ヨーロッパ人より平べったくて! ってか俺より見分けがついてるじゃねえか!
「そうでしたか。てっきり冥界の神の一柱である死神かと」
「まあそう思われても仕方ない能力ではあるな」
即死させたりゾンビ作ったり。
「でしたらその能力でひと思いにお願いします。私は罪な女。私のために命を失った愛する人の元へ行かせてください」
「あ〜だから殺す気が失せたんだよ。ナンシーだったか? お前は生かしておいてやる。色々詳しそうだしな」
悪魔軍を率いていたジャマルの愛人? 恋人? だったんだ。一兵卒なんかと違って色々と詳しいはずだ。あのシヴァの角笛のことも詳しく知りたいしな。
「そうですか……では自分でやることにします」
ナンシーはそう言って剣を拾い上げ、再び首にあてた。
『滅魔』
「あぐっ……力が……な……なに……を」
「魔力を抜いただけだ。ナンシー、そう死に急ぐなよ。なにもタダで情報を寄越せと言っているわけじゃない。お前のその罪を軽くしてやる。その代わり俺に協力してくれ」
問答無用で魂縛を掛けて自死を禁じて言うことを聞かせてもいいんだけど、酷い目に遭ってきたこの女性にそれをやるのは気が引ける。確かに地球に攻め寄せてきた悪魔ではあるが、この女性は復讐のために仇であるジャマルの愛人になっていたみたいだしな。できればこれ以上苦しめたくない。
「私の罪を? それはどういう意味ですか? 」
「そこのダロスって男を生き返らせてやる」
俺は首チョンパされた馬頭を指差しそう答えた。
「!? で、できるのですか? まさかゾンビにするのでは!? 」
「違う違う。そう睨むな。ゾンビってのは死体にその辺を浮遊している適当な魂を入れて作ってるんだ。ならその魂を指定できるスキルがあってもおかしくないだろ? 」
「り、理屈ではそうですが……死んだ者を生き返らせることができるなど、それではまるで神ではないですか」
「俺もそう思うよ。冥界に繋がる古代ダンジョンで手に入れたスキルだ。これまでに何万人も蘇生させてきた。蘇生させるのに色々と条件はあるが、そのダロスって男は間違いなく生き返らせることができる」
目を見開き、信じられないと言った表情で俺を見つめるナンシーにそう答えた。
馬顔だけど言葉が通じるのと表情の変化が大きいのもあって、案外感情が読めるもんだな。
「条件? 」
「ん? ああ、遺体が骨の状態で70%以上残っていることと、死んで1年以内じゃないと生き返らせることは難しいんだ」
この世に強い未練が残ってるとか個人差はあるが、概ね1年なのは今までの経験上間違いない。
「1年……そうですか。いえ、ダロスだけでも生き返らせることができるなら……あの……」
「阿久津だ」
「アクーツさん。ダロスを生き返らせてくれるなら協力します。私の知っている限りのことをお話いたします」
「阿久津だ。交渉成立だな。なら契約だ」
俺はそう言って契約のスキルを発動した。そして魔界に関してのあらゆる情報を提供し、俺に協力すること。人間や魔人と敵対しないこと。対価としてダロスを生き返らせることを宣誓した。そしてペナルティとして、契約を破った際は心臓を締めつけ続けることを決めお互いに承認して契約は終了した。
「光が胸に吸い込まれて……このようなスキルまで」
「破ったら苦しい思いをするから破らないでくれよ? さて、それじゃあ契約を執行する。『死者蘇生』 」
俺はさっそくダロスの遺体の前に立ち、死者蘇生を発動した。
するとダロスの遺体の上に白い魔法陣が現れ、それはゆっくり回転を始めた。やがて魔法陣から一筋の光がダロスを照らし光で包み込み、数秒ほど後に光が消え、続いて魔法陣も消えていった。
「これでよしと。んで次は……『魂縛』 」
ダロスの首が繋がりその身体から魔力を感じた俺は、気を失っている内に隷属させることにした。
蘇生させるという契約は果たしたしな。いくら術者に逆らえなくなるとはいえ、気合でどうにかなる程度の強制力じゃ不安だ。
俺は目の前で起こった現象に理解が追いつかないのか、口を開けたまま呆然とした顔でダロスを見つめているナンシーの前で、淡々と魂縛のスキルを発動していった。
「うっ……ぐっ……」
そして黒い霧がダロスの胸に吸い込まれた所で、魂を縛られた苦しみで意識を取り戻したのだろう。ダロスが手で胸を押さえ身をよじった。
「!? ダロス!! 」
ナンシーがダロスのもとに駆け寄る。
「ナ……ンシー? なぜ……ここは……どういうことだ? 確かにジャマルに首を……」
「ああ……本当に……ダロス、貴方は生き返ったの! アクーツさんが生き返らせてくれたの! ダロス……よかった……本当に……ううっ……」
混乱しているダロスをナンシーは抱きしめ、涙を流し喜んでいる。
「アクーツ? ハッ!? 貴様は黒いドラゴンの背に乗っていた男! 」
ダロスは俺の姿を見て勢いよく立ち上がり、ナンシーを守るように背に隠した。
「阿久津だ。なんだ? 発音しにくいのか? まあいいや。ナンシーが俺に協力することを条件にお前を生き返らせた。悪いがお前は強制的に言うことを聞いてもらうよう隷属のスキルで縛ってある。以後俺の命令に背くこと、そしてこの地球に住む人間に敵対することを禁じる。逆らえば魂が締め付けられ、地獄の苦しみを味わうことになる」
「なっ!? 生き返らせた? それに隷属? そんなことが……」
「現にお前は生き返っただろ? 隷属の効果を試してもいいが、かなり苦しいからおすすめはしないな」
「ア、アクーツさん……隷属って」
「悪いな。俺も守りたい人がいるんだ。悪魔軍の幹部を野放しにはできない。なに、無茶なことをさせる気はない。敵対せず協力してくれればいい」
そんなこと聞いていないと言いたそうな顔のナンシーに、俺は当然のことのように説明した。
蘇生するという契約は守った。が、自由にするなんて一言も言っていない。そもそもいくら愛する女性のためとはいえ、仕えていた主を裏切る男なんて信用できるわけがない。
「そう……ですよね。いえ、生き返らせてもらっただけでも……ダロス。私たちは負けたの。もう降伏しましょう」
「ジャマルは……討ったか……」
「ええ、貴方のおかげで復讐を成し遂げることができたわ」
「そうか。わかった、ナンシーと共にいれるならアクーツ殿の軍門に降ろう」
「ナンシーを愛してるんだな。主君を裏切るほどに」
俺はダロスへと少し意地悪な質問をした。
「ああ……確かに俺は長年仕えていた主君を裏切った。だがそれはナンシーのためだけではない。俺の復讐のためでもあった」
「え? 」
「ん? お前の復讐? 」
あれ? ナンシーの復讐のためじゃなかったのか?
ナンシーも驚いていることから初めて聞いたようだ。
「ああ、俺には年の離れた姉がいた。俺がまだ幼い頃。その姉を奴は俺から奪い、そして捨てた。ただ捨てただけではない。兵の慰みものにしたのだ。姉は心を病み自ら命を絶った。俺は復讐のために軍に入り、そして親衛隊長にまで上り詰めた。いつかジャマルを殺すためにな。ククク、奴は俺が捨てた女の弟だと気付きもしなかった。それだけ奴にとって女は吐いて捨てるほどいる存在だったということだ。捨てた女の家族のことなど知るわけもない」
「そういうことか」
初めから復讐心を持っていたからナンシーに協力したというわけか。
「ダロス……」
「ナンシー。黙っていてすまない。全てが終わった時に話すつもりだった。だが君を愛する気持ちは本当だ。信じてもらえないかも知れないが‥‥…」
「いいの。私も自分の復讐のために利用していることを黙っていた。そんな私が貴方を責めることなんてできるはずがないわ。でも貴方を失って自分の気持ちに気付いたの。こんな事を言っても信用してもらえないかもしれないけど、私は貴方を愛しているわ」
「信じるさ。フッ、俺たちは似た者同士だな」
「フフフ、そうね。似た者同士ね」
「ナンシー」
「ダロス」
「…………」
おいおい、俺の存在忘れてねえかこの二人。
俺は目の前で馬頭の男女が抱き合い、お互いの長い舌をベロベロし合っている姿を見て若干引いていた。
馬のラブシーンとか見せられてもなぁ。なんだかなぁ。
俺はそんな勝手にラブシーンを始めた二人から離れ、息絶えたジャマルと近くにいたアバドン族の男たちを空間収納の腕輪で回収するのだった。
さて、とっとと魔界の門に行って終戦宣言しないとな。
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