第7話 憧れ
—— 阿久津公爵領 東日本 東京地域 板橋区 板橋駅南口 新田 広志 ——
『板橋在住のトレジャーハンターギルド員は、板橋署と連携して北池袋まで南下する! リーダーはこの俺、D +ランクパーティ『エクセレント板橋』の古田だ! これから向かう場所は最前線だ! 公爵様の軍とデビルバスターズ本隊の援軍が来るまでオークとオーガどもを俺たちで防ぐぞ! 気合入れていけよ! 』
『滝野川町内会自警団はサクラ通りの封鎖だ! もうすぐ日が暮れる! 急げ! 』
『下板橋町内会自警団は池袋方面からやってくる住民の保護をすることになった! 武器と防具を受領次第、マルエースーパーの前に集まれ! 』
「俺たちはここで避難民の誘導と護衛みたいだな」
自警団長の命令を聞いた俺は、後ろを振り返り同じマンションに住む幼馴染の本田にそう話しかけた。
「あぶねっ! 通りの封鎖とか言われたらどうしようかと思ったぜ」
「少し寿命が伸びたな。少しだけどな」
どうやら団長は交渉上手なようだ。確か営業マンだとか言ってたな。
自警団長と言っても20代後半と若い。まあ徴用制度自体が18から30歳までの健康な男が対象だ。その中で一番歳とランクが上の人間が、どこの町内会の自警団でも団長を務めているから当然なんだけどさ。
とりあえずうちの自警団長は、通りの封鎖任務を引かなかっただけ有能だ。少しだけだが寿命が延びた。
俺と本田は高校を卒業して徴用されてまだ1年も経っていない。研修の半年を抜けば、まともにダンジョンに入れるようになってたった4ヶ月だ。しかも最初はノルマも緩いこともあり、まだゴブリン程度しか倒した経験がない。当然スキルなんて一つも覚えてないし、ランクも最近Eランクになったばかりだ。
そんな俺たちが池袋から向かってくる上級ダンジョンの魔物を食い止めれる訳がない。
そう、もうすぐここに魔物の大軍がやってくる。それも上級ダンジョンから出てきた魔物が……
全ては今から3時間ほど前に、法螺貝のような音色が聞こえてきた時から始まった。
すごく小さな音だったけど、なんというか気持ち悪い音だった。でもその音が聞こえたのは家にいる家族の中では俺だけで、お袋や夏休み中の妹には聞こえなかったようだ。しかし本田には聞こえたらしい。
そして音色が聞こえなくなり、なんだったんだろうなとしばらく本田とSNSでやり取りをしていたその時だった。
突然町中に避難警報が鳴り響いた。
それと同時に携帯に自警団からの招集の連絡が入り、そこで池袋にある初級と上級ダンジョンから魔物が大量に出てきた事を知った。
最初はダンジョンから魔物が出てくるなんて信じられなかった。
しかしテレビの報道やSNSを見て、それが本当に起こったことなんだと信じざるを得なかった。
それから急いで妹とお袋に避難準備をさせ、俺は本田と合流した。
その後、時間が経つにつれ魔物が出てきたダンジョンは池袋だけじゃない事を知った。東京は新宿・渋谷・秋葉原。神奈川は横浜。それに千葉に仙台に神戸や岡山のダンジョンからも魔物が出てきたようだった。
移動中にM-tubeとツイッタラーなどのSNSによってそれらの情報を得たんだが、正直見るのが辛かった。そこにはゴブリンやオークが次々と人間を虐殺していく姿と、魔物から逃げ惑う人たちの姿。そして至る所でゴブリンやオークに服を剥ぎ取られ、のし掛かられている女性の姿が映っていた。
あの女性たちがその後どうなったかなんて、今どき中学生でも知っている。
その後、西日本総督府からメディアを通し、現時点では鬼系ダンジョンからしか魔物が出てきていないと報道があった。しかし念のため、鬼系に限らずダンジョンがある全ての地域の住民は避難するようにとも。
避難場所は居住地や学校。それに勤め先のエリアによって決まっている。ここ半年以上毎月行われている避難訓練によって、家にいる人も仕事に出ている人もそれぞれがどこに避難すればわかっている。
俺たち徴用期間中のランク持ちはというと、ダンジョンに潜っていない時は住んでいる地域の自警団に組み込まれる。その結果、俺と本田はこうして武器と防具を各駅に設置されている武器庫から受領しているわけだ。
なぜ自分の装備を使わないかというと、ギルド員以外は武器の携帯を禁止されているので家にないんだ。普段使っている武器や防具は、ダンジョンの横の倉庫に保管されている。もうオークとかに盗られていると思うけど。
不幸中の幸いなのは帝国貴族との戦争が起こった時のために、日本全土にシェルターを大量に設置してあったことだ。そのうえ俺たちがいつでも民兵として家族を守るために戦えるよう、各自治体に武器庫も用意された。これら全て阿久津公爵様が借金をしてまで用意してくれたものだ。
さらに公爵様は日本全土を覆う結界の塔まで作ってくれた。あの時はこれでまた帝国軍が攻めてきても安全だと、日本中の人たちが喜んだ。
それがまさかこんなことに……よりにもよって駅の近くにある鬼系ダンジョンの魔物が飛び出してくるなんて……
『おい、みんな見ろよ。池袋の魔物の数……』
俺と本田が武器と防具を受け取っていると、後ろで並んでいる男たちが駅の大型モニターを指差していた。
そこには東京のダンジョンから飛び出してきた魔物の数が、大まかに表示されていた。
「渋谷と秋葉原はそれぞれ最低800体で新宿は1500。そして横浜と池袋は2000以上か……」
「オーガも入れて2000かよ……これじゃいくら軍の本隊が来たって……」
本田が青ざめた表情でそう口ずさんだ。
「……やっぱり寿命が少し延びただけだったな」
こうして数字で見ると絶望的だな。
この中で一番マシなのは、初級ダンジョンしかない渋谷と秋葉原か。いや、渋谷は新宿と近いからそうでもないか。秋葉原はお台場の結界防衛軍が向かっているらしいからこれ以上増えないだろう。それに初級程度のダンジョンから出てくる魔物なら、もうすぐやってくる戦闘機で抑え切れるはずだ。
中級ダンジョンのある新宿は、オークも出てきているだろうから戦闘機だけじゃ厳しいな。軍とデビルバスターズの本体が来る前に、街に出てくる魔物の数は倍くらいになっているだろうな。
横浜は初級と中級と二つあるからな。新宿より厳しいだろう。
上級ダンジョンのある池袋はどうしようもない。オーガまで大量に外に出たのなら、軍とデビルバスターズがやってきても制圧に時間がかかる。そうしている間に中層のオークウィザードやキング種が出てくるだろう。
それらは飛空戦艦の砲撃なら倒せるだろうけど、駅と周囲のビル内には多くの人が避難している。モンドレットなら構わず撃たせたかもしれないが、阿久津公爵様はやらないだろう。
公爵様はまったくメディアに出てこない人だけど、領民の安全に気を配ってくれるような人だ。同じ日本人だしそんな事はしないと思う。それは良いことなんだろうけど……
そうなるとダンジョンから出てくる魔物も、今ここにジワジワと近づいてきているオークやオーガも止めることはできない。
いくら帝国最強の軍と呼ばれている阿久津公爵軍でも、陸軍だけじゃ1万人くらいだ。オーガに対抗できるデビルバスターズギルド員なんてもっと少ない。それを日本各地に分散させないといけないわけだから、恐らく市中に散った魔物の討伐よりも、新たにダンジョンから出てくる魔物を抑える事を優先するはずだ。下層の強力な魔物を野に放つわけにはいかないしな。
結果として池袋からここに向かってきている魔物は、俺たちがを止めないといけないという事になる。
死ぬ……オークでさえ余裕で負ける自信がるのに、オーガまで来たら確実に死ぬ。
でも逃げるわけにはいかない。駅のシェルターにはお袋と妹がいるんだ。俺たちが死ねば家族を守る人間はもういない。
「ダンジョンの中みたいに逃げれねえのは辛いとこだよな」
本田が引きつった笑みを浮かべながらそう言った。
「やるしかねえよ本田……俺たちの後ろには家族がいるんだ」
「そうだな……お袋と婆ちゃんがシェルターにいるんだ。負けられねえよな」
「一匹でも多く狩ってやるさ。軍が助けに来てくれるまで少しでも時間を稼いでやる」
俺はそう言いながら震える手で武器と防具を装備した。
そして池袋方面から必死の形相で逃げてくる人たちを保護しながら、シェルターのある駅ビルやデパートへと誘導するのだった。
――東日本 横浜地区 佐藤
「ハァハァハァ……くっ……オラァ! 」
俺は2体のオークの間に一足飛びで入り、ミスリル製の刀を横なぎに振るった。
ブギャッ!
オークは死角から現れた俺に反応できないまま腹部を切り裂かれ、ハラワタを飛び出させながら前のめりに倒れた。
横では俺と同じようにオークを切り裂く奈津美と、炎槍でオークの胸を貫いている
そして斜め前では、トレジャーハンターの2パーティが倒した二匹のオークにとどめを刺していた。
これで全部倒したな。さすがに守りながら10体のオークを相手にするのはキツかった。
「さあ! 今のうちに急いで桜木町駅まで行ってくれ! ここは俺たちが抑える! 」
俺は横浜駅から逃げてきた30人ほどの集団に向けてそう叫んだ。
「た、助かった……スマン! 恩に着る」
すると怪我をした少女を背負ったスーツを着た中年の男性が、申し訳なさそうに言いながら俺の横を通り過ぎていった。
その後ろを青ざめた顔のOLの女性や中高生。そして作業服を着た男性にウェイトレス姿の女性など、様々な服装の人たちが俺や奈津美やトレジャーハンターたちに頭を下げながら続いていった。
「よし……もう少し先に進もう」
俺は肩で息をしている奈津美と燐。そしてトレジャーハンターたちへそう言って横浜駅方面へと歩き出した。
正直たった二時間だってのに、連戦に次ぐ連戦で俺もキツイ……けどゴブリンやオークに追われている人たちがこの先にもっといるはずだ。オークに犯されている女性たちも……
俺たちが行けば救える。あの地獄と化した横浜駅から逃げてきた人たちを俺たちなら……
奈津美もハンターたちも同じ気持ちなのだろう。文句を言うことなく黙って俺についてきてくれていた。
俺と奈津美と燐。そしてトレジャーハンターたちは、横浜駅から逃げてくる人たちを安全な場所へ誘導する任務についていた。
たった数時間前にはこんなことになるなんて想像すらしていなかった。
今日は奈津美たちと中華街で食べ歩きをして楽しんでいたのに……それがまさかダンジョンから魔物が出て来るなんて……
あの音色だ……4時間ほど前に聞こえたあの吐きそうになるほど気持ちの悪い音色から全てが始まったんだ。
音色が聞こえなくなってから30分後にギルドから貸与されている緊急アラートが鳴り、横浜駅の北にある鬼系ダンジョンから魔物が大量に飛び出してきた事を知った。それだけじゃない。渋谷や新宿や池袋に仙台に神戸も岡山も、全ての鬼系ダンジョンから魔物が飛び出してきたらしい。
それを知った俺たちは、急いで装備を整えギルドが指定した集合場所である山下公園に向かった。そこでは50人ほどのトレジャーハンターと、15人ほどのデビルバスターズのギルド員が既に集まっていた。
しかしその場には神奈川支店の支店長も受付嬢もおらず、Bランクのパーティが指揮をとっていた。
わかっていた。支店は中級ダンジョンのすぐ隣にある。恐らくダンジョンから飛び出してきた大量の魔物に呑み込まれたんだろう。いつも笑顔でお疲れ様と言ってくれていた受付嬢たちがゴブリンとオークの餌食に……
集まったみんなが支店のことには触れなかった。でも皆が静かに怒っているのがわかった。
その後さらに集まったギルド員たちをデビルバスターズがトレジャーハンターを率いる形で10班に分け、それぞれが横浜駅に続く通りを進むことになった。
後方の桜木町駅とその先の中華街では、警察と消防。そして自警団により大規模な防衛陣地を作っているところだ。そこまで逃げて来る人たちを助けながら誘導するのが俺たちの任務となる。
残念ながら今の俺たちに横浜駅を奪還する戦力はない。だけどせめて逃げて来る人たちだけでも助けたい。まだ俺は動ける……だからまだ助けられる。
さっきかなりの数の戦闘機が頭上を通り過ぎていき、横浜駅の方から破砕音が聞こえてきた。恐らく戦闘機でダンジョンから出てきた魔物を撃ち殺しているんだろう。
対戦闘機用の兵器がオークにどれくらい通用するかまわからないが、これ以上オークは増えないと見て問題ないだろう。それに阿久津公爵家の陸軍と本部の援軍がもう間も無くやって来る。そうなれば反撃開始だ。
そんな事を考えながら、俺は乗り捨てられた車両で埋まっている通りを探知のスキルを発動しながら進んでいった。
途中逃げ切れずゴブリンやオークに殺された人間の亡骸がそこら中にあった。そして服を裂かれ、体液まみれにされ息絶えている若い女性の遺体も……
それらから俺は唇を噛みしめながら目を逸らし、そして魔物への憎しみの感情を募らせていた。
そしてしばらく進むと前方の交差点に20ほどの魔物の反応があった。
多い……俺たち3人とEとD−ランクのトレジャーハンターたちだけで戦うのは厳しい。
応援を呼ぶにもこの道は他の班とは離れている。
それに一箇所に固まって動かないこの反応……応援を呼んでいる暇はなさそうだ。
「みんな止まってくれ。20体のオークらしき反応がが前方の交差点を曲がったところにある。何かを囲んでいる。恐らく捕まった女性だろう。応援を呼んでいたら間に合わない。俺は助けようと思う」
俺は後ろを振り向いて皆に状況の説明をした。
「20……大輝、助けよう」
奈津美は数の多さに一瞬ためらったが、それでも今地獄を味わっている女性たちを助ようと言った。
「先輩、行くわよ! まださっきの人たちが通ってからそんなに経ってないわ。今なら助けられる子もいるはず」
燐は何を迷っているのかと言わんばかりだ。
「「「リーダー、行きましょう! 」」」
トレジャーハンターの皆も剣と槍を握りしめ、助けることを選択した。
「なら奇襲するぞ。俺が先陣を切る。凛はスキルで援護を頼む」
「わかったわ。全部焼き豚にしてやるわ! 」
「燐、魔力はもう残り少ないのだろう? 無理をして戦えなくなるようなことがないようにな」
「うっ……そうなったら弓で戦うわ」
「当たらないけどな。それより急ごう! 」
俺は当たらない弓を構える燐にそう告げて交差点に向かって駆け出した。
そして交差点にたどり着き魔力反応のある側面に視線を向けると、そこには全裸に剥かれた20代から30代くらいの女性が5人ほどオークに犯されていた。
そして彼女たちを囲むオークの周囲には、一緒に避難していたであろう10人以上の男性の首のない死体や胴を切断された死体が転がっていた。よく見ると首が真後ろを向いている小学生くらいの男の子の亡骸も……
「こ……このクソ豚野郎! ぶっ殺してやる! 『水刃』『水刃』『水刃』! 」
俺は女性を犯すことに夢中で、俺の存在に気づいていないオークの首に向けて連続して水の刃を繰り出した。そしてそれは3体のオークの首に命中し、オークは大量の血を流しながら倒れた。
「『炎槍』! 」
それと同時に背後から燐の2本の炎槍が2体のオークの背中を貫いた。
「私が斬り込む! 皆は孤立したオークを狙うんだ! 」
「「「はいっ! 」」」
奈津美がトレジャーハンターに指示をしたあとオークの中心へと向かっていった。
「燐はハンターたちの援護を! 」
俺は燐にそう告げたあと、奈津美の反対方向から奇襲に動揺しているオークの群れに斬り込んだ。
奇襲により15体にまで減ったオークに俺たちは優勢に戦った。ハンターたちは何人か負傷をして戦線を離脱したが、なんとかオークを残り6体にまで減らした。
このままいけば勝てる。
そう思った時だった。
「先輩! 前からゴブリンとオークが! 」
「クソッ! このタイミングで! 」
燐の言葉に横浜駅方面を見ると、50体以上のゴブリンとオークが車の上を移動しながらこっちへと向かってきているのが見えた。
どうする!? いくらなんでも数が多すぎる。撤退するか?
犯されていた女性たちは……よく見ると2人は首を折られ息絶えている。残りは放心状態だ。でも生きている。
彼女たちを背負って逃げれるか?
無理だ。ハンターたちも走るのがやっとな上に、目の前のこのオークたちがそうさせてはくれないだろう。
ならっ!
「奈津美! 燐! それとハンターの皆! 俺がこのオークを引き受ける! 女性たちを背負って桜木町駅まで逃げろ! 」
俺はオークが投げつけてきたバイクを避けながら皆に逃げるように言った。
「なっ!? 大輝! 私も残るぞ! 」
「先輩! 私だって残るわよ! 恋人を置いて逃げれるわけないでしょ! 」
「考えがあるんだ! 俺を信じて逃げてくれ! 一人の方が成功しやすいんだ! 早く! 時間がない! フンッ! 」
一緒に残るという恋人たちに策があると。俺はそう自信ありげに言いながら、今度は標識を引っこ抜いて振り回そうとしているオークの懐に入りその腹部を切り裂いた。
「そんな……わかった! 本当に考えがあるんだな!? 絶対に生きて戻るんだぞ! 」
「奈津美先輩!? 」
「燐! 大輝は私たちを置いて死ぬような男ではない! 私たちが惚れた男を信じるのだ! 」
「うくっ……大輝先輩! 約束よ! 絶対に戻ってきてよね! 『炎槍』! 『炎槍』! 」
燐はそう言ったあとオークに牽制の炎槍を投げつけ、奈津美とハンターたちと共に素早く女性たちを背負って来た道を駆け出した。
「いい子だ……」
俺は言う事を聞いてくれた二人の背を見送りながら、剣や標識を手に持つオーク5体に対峙した。
オークたちの後ろからは、ゴブリンとオークの群れがもうすぐそこまでやって来ている。
「さて、派手に戦って時間を稼ぐとするかな」
策? そんなもの最初からないさ。
俺がどれだけ引きつけてもゴブリンとオークは女を追いかける。なら逃げるわけにはいかないだろ?
あーあ、覚悟はしていたけど、とうとうこの時が来ちまったな。
エルフとケモ耳ハーレム……作りたかったな。
まあ夢は夢か。
それでも奈津美と燐という美女たちと毎日のように三人でえっちなことしまくったし、童貞のまま死ぬよりは幸せ者か。
あ〜でも死にたくねえなぁ。また腕一本で勘弁してくんねえかな? 無理か。
俺に阿久津公爵様のような力があれば生きて帰れるんだろうけど、あいにくとそんな力は無い。
ならせめて惚れた女を守るために戦うしかねえか。
「オラッ! なに震えてんだよ! 俺と踊ろうぜ? 命を賭けた
俺は金縛りにあったように急に震え出したオークたちに、刀を構えながら精一杯カッコつけた。
しかしオークたちは視線を俺の頭の上に向けたまま徐々に顔を蒼白にさせ、終いにはションベンまで漏らしていた。
その様子に何かおかしいとオークの背後に視線を向けた。するとこちらに向かっていたゴブリンとオークの群れも同じように、視線を上に固定したまま硬直し震えていた。
俺はますますおかしいと思い、戦闘中にやってはいけないと思いつつもオークたちの視線の先である俺の頭上を見上げた。
しかしそこには薄暗くなった空と雲しか無かった。
なんだ? 何もねえじゃねえか。何に怯えてんだ?
俺はオークたちが何に怯えているのかわからず、視線をオークたちに戻そうとしたその時。
「なっ!? あ……ああ……ド、ドラゴン……」
突然なにもなかった空を覆い尽くすほど巨大な黒いドラゴンが、すぐ隣のビルをかすめるほどの低空で通り過ぎていった。
しかもドラゴンはそれ一頭だけではなかった。
黒いドラゴンが通り過ぎたあと、それに続くようにエメラルドグリーンのドラゴンが何頭も通り過ぎていった。
な、なんでドラゴンがこんな所に……まさか九州の竜系ダンジョンからもドラゴンが出てきた!?
そんな……オークやオーガどころじゃない……滅ぶ……日本が確実に滅ぶ……あんなの勝てるわけない……
俺は初めて見た巨大なドラゴンの姿と、そのドラゴンが大量に竜系ダンジョンから出てきた事実に、膝から崩れ落ちそうななるほどの絶望を感じていた。
しかし全てのドラゴンが通り過ぎたあと、更なる絶望が俺を……いや俺とここにいるゴブリンとオークを襲った。
最初に通り過ぎた黒いドラゴンが戻って来たのだ。
「あ、死んだわ」
俺は40メートルはあろうかというほどの巨大なダラゴンが頭上で滞空している姿を見上げ、ブレスによって一瞬で消し炭にされる未来が訪れることを確信した。
よりにもよってオークと心中とか……建物の中に逃げ……てもどうせ酸欠で死ぬか。
せめて戦って死にたかったな。家畜が殺される時の気分てこんな感じなのかな?
もう牛肉食べるのやめようかな。あ、死んだら食えないか。
怖え……ヤるなら早くやってくれよ。
ん? ありゃなんだ?
生きる事を諦めて死んだ目でドラゴンを見上げていると、ドラゴンが胸に何かを巻いていることに気付いた。
なんだよあの黒い布は……ドラゴンのくせにペットみたいに服を着てんじゃ……あれ? あのマークは……
ドラゴンの胸に巻かれた布は、マイクロビキニのように明らかにドラゴンのサイズに合っていなかった。が、よく見るとその布の中央には見覚えのあるマークが刺繍されていた。
悪魔の頭にその首を切り落とそうとしている交差した二本の剣……間違いない。ギルドの紋章だ。いや、黒地に銀の刺繍は軍の紋章……てことはまさか……
俺がまさかまさかと思っていると、ドラゴンの頭部に黒い革鎧を着た男性が現れた。
「お? ティナの言った通りだったな。君が佐藤大輝君だろ? 初めましてだな」
「あ……あ……あく……阿久津公爵様!? 」
な、なんで公爵様がドラゴンに……まさかテイムってやつをしたのか? そんなスキルもダンジョンにあるのか? ってそんなのもう物語の勇者じゃん! チーレム作ってドラゴンをペットとかまんまテンプレ勇者じゃん!
「そうだよ。ティナの精霊が佐藤君がピンチだって教えてくれたから戻って来たんだ。危なくスルーするところだったよ。あ、先に片付けるか。『滅魔』 」
公爵様は高度を下げたあと、何かスキルのようなものを発動した。
すると目の前で震えていた5体のオークが、まるで糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
いや、目の前のオークだけじゃない。
その後方にいた50体はいたゴブリンやオークたちも一斉にその場に崩れ落ちた。
「し、死んでる……一瞬でこの数の魔物を……」
す、すげえ……何をしたのかわからないけど、この圧倒的な力。まさに勇者……黒いドラゴンに黒い鎧とか魔王っぽい格好をしているけど、この圧倒的な力を人を救うために使うその姿は紛れもなく勇者だ。
やべえ! カッコいい! やっぱり九州に行って公爵様の近くでハンターをやりたい! そして俺も勇者様に少しでも近づけるように強くなりたい! んでもって公爵様と同じようにエルフとケモ耳ハーレムを作りたい!
公爵様は俺の夢や憧れを全て具現化した人なんだ。この人についていけば俺も成長できる幸せになれる! 一生ついていきます阿久津公爵様!
そう決意した時だった。
「まとまった数が手に入ったな。うん、横浜ダンジョンも近いし練習にはちょうどいいか。『還魂』! 」
阿久津公爵様が聞いたことの無いスキルを発動すると、目の前のオークやゴブリンとオークの群れの死体の下の地面が黒く光った。そして黒い魔法陣のような物が現れた。
その魔法陣はしばらく回転し、一瞬強い光を放ったあと消えていった。
俺が一体何が起こったのか首を傾げていると、突然死んだはずのゴブリンとオークたちが立ち上がった。
「うええぇっ!? 」
ちょっ! なんで!? 確かに死んでいたはず!
「うまくいったな。命令だ。人間を傷つけることを禁ずる。そしてお前たちはダンジョンへと戻り力尽きるまで戦え」
公爵様がそう言うと、ゴブリンとオークは虚な目で公爵様を見上げたあと頷いた。そして横浜駅の方向へとゆっくりと歩き始めた。
「え? え? まさか今のって……」
死体を生き返らせて操るって……死霊魔法ってやつか? 公爵様はゾンビまで作れるってこと?
「うーん、動きが鈍いな……まあ最初だから仕方ないか。そのうち機敏に動けるようになるだろう。ああ、佐藤君、悪いが俺はこれで失礼するよ。横浜ダンジョンの周りに転がっている魔物の死体もゾンビ化しないといけないんでね。また落ち着いたら遊びに来てよ。あ、その亡くなった人たちの遺体は氷漬けにして保管するように言っておいてくれ。じゃあまた。ヴリトラ行くぞ! 」
公爵様がそう言うとドラゴンは翼をはためかせ高度を上げた。そして横浜駅の方向へと飛んでいった。
俺はそんな公爵様の乗るドラゴンと、その後をついていくかのようにフラフラと歩いているゾンビ化したオークたちを呆然としながら見送った。
遺体を氷漬けって……まさか人間も?
「あ〜うん……どこからどう見ても魔王……だよな」
俺の勇者への憧れは一瞬にして消え去ったのだった。
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